やっぱり田舎が・・・ / 丹波山人
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旧制中学の同級会をやると言うので、朝九時十三分の草野発で山陽線垂水駅近くの会場に出かけた。十一時丁度に会場に到着したら、まだ準備が出来ていないと言うので、辺りを一回りして十二時に会場に戻ったら丁度乾杯を済ませたところだった。
挨拶もそこそこに杯の交換
で忙しい。みんなから会報編集の労をねぎらわれ
、原稿がだんだん減って行くが、最後の一兵になるまで発行は続けると豪語して、会報の話は終わり。
何せ皆さん八十四歳を半ば過ぎた連中だから、話がどうしても自分の健康、奥さんの健康に流れてゆく。
会場の増田や本店は垂水では有数の魚
のおいしい店だから、出るものが断然新鮮でおいしい。二時間あまり頑張って勘定はなんと三千二百円也。魚には目のない我が家の奥さんに二人分御土産を包んでもらって二時半頃の垂水発で帰途につく。
帰りは山陽電鉄を利用。JRより高いところを走るので、海が良く見える。
淡路島がはっきりと見えた。比較的波も穏やかそうで、またボート
に乗りたくなった。
それにしても垂水駅近辺の雑踏、三宮界隈に比べればまだましなほうなのだろうが、丹波の山奥から出てきた人間には、埃っぽくて堪らんねえ。電車に乗れば、これまた礼儀知らずの若者、特に女性に多い。下校途中の小学生。牧 伸二の歌じゃないが、ア〜アいやんなっちゃった あ〜あああああ
驚いた。である。
五時過ぎ、なつかしの我が家について深呼吸。
やっぱり我が家はいいねえ。それに今田の山の深緑。最高です。
挨拶もそこそこに杯の交換
何せ皆さん八十四歳を半ば過ぎた連中だから、話がどうしても自分の健康、奥さんの健康に流れてゆく。
会場の増田や本店は垂水では有数の魚
帰りは山陽電鉄を利用。JRより高いところを走るので、海が良く見える。
それにしても垂水駅近辺の雑踏、三宮界隈に比べればまだましなほうなのだろうが、丹波の山奥から出てきた人間には、埃っぽくて堪らんねえ。電車に乗れば、これまた礼儀知らずの若者、特に女性に多い。下校途中の小学生。牧 伸二の歌じゃないが、ア〜アいやんなっちゃった あ〜あああああ
驚いた。である。
五時過ぎ、なつかしの我が家について深呼吸。
2008年6月27日(金) at 22:43
久しぶりに露天風呂 / 丹波山人
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今日は朝からN造園4人で裏山の清掃をしてもらった。ちょうど笹ゆりが満開で、清掃予定区域だけで10本がなんともいえない気高い香りを放って咲いている。これらを傷つけないよう、慎重に草刈をするよう頼んで始めてもらった。私は草刈がしやすいように、草むらの中にある竹や雑木の切れ端などを片付けた。本職はさすがに仕事が速い。午前中に大部分が片付いて、午後は清掃地域から離れたところにある松くい虫にやられた松4本の整理をしてもらった。何しろ直径二十センチ以上の大木なので、慎重に仕事を進め、一本切るのに約半時間かかった。
今日は幸い好天気で、作業には好都合だったが、みんな汗びっしょり
になったので、途中で思いついて今年初めての露天風呂
を立てることとし、急いで風呂の清掃をし、ボイラーを作動した。五時近くになって作業が終わるとほぼ同時に風呂の準備が出来たので、Nさんたちに入ってもらい、私も入った。久しぶりの露天風呂
はやはりのんびりして本当に気持ちがいい。
新緑の山肌を眺めながら、汗を流した。
今日は幸い好天気で、作業には好都合だったが、みんな汗びっしょり
2008年6月24日(火) at 22:09
i口先だけで国の平和は守れるか / 丹波山人
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昼過ぎのテレビで航空自衛隊航空実験団での、テストパイロット養成訓練のドキュメンタリーを見た。
3佐1名、1尉4名、合計五名の学生が、教官とマンツウマンの教育体制で各種の高等操縦技術を一つ一つマスターして行く過程を克明に描いた迫真的ドキュメンタリーだった。
最新式のF-2戦闘機だから常に音速に近いスピードでの体勢変換である。当然パイロットの体には物凄い重力がかかって来る。ある状況では4.6Gとか5.2Gとかの表示が出ていたが、((G)とは操縦者の体にかかる重力の単位)そうした生理的限界に近い状態で何秒かを耐えなければならないパイロットの精神的強靭さに脱帽する思いだった。
実は私もこの重力との戦いを経験したことがある。私は昭和33年、陸上自衛隊の空挺団に転属し、落下傘降下訓練を受けた。当時使っていた落下傘は、T-7という米軍が第二次世界大戦で使用した旧式の落下傘で、開傘時の衝撃がひどく其のときにかかる重力は6Gと言われた。よく漫画で、頭を殴られると目から星が飛ぶ絵が書いてあるが、実際星が飛ぶように感じることがある。落下傘の場合はほんの一瞬だから何とか耐えられるが、戦闘機の場合はそれが何秒か続くのだから、よほど強靭な体力と精神力がなければ、失神しかねないと思った。
いずれにもせよ、そうした厳しい訓練を受けて、より精強な戦闘能力を築き上げる努力が日夜行われていることを国民の多くが知って貰いたいものだ。
昨日、沖縄で戦没者(民間人)の慰霊祭が行われ、そこに参列していた人が、「戦争は絶対にしてはいけません云々」と言っていたが、そこまでは誰でも言う。しかし、では「どうしたら戦争をしなくて済むか」其の方法は、具体的努力目標は誰も言わない。奇麗事ではすまない厳しい現実が、世界の現実なんだと言うことを、もっとみんなが自覚してほしいものである。
厳しい大空での訓練を終わって教室に戻ってきた若いパイロットの目が、きらきらと輝いて、頬にやさしい微笑が浮かんでいたのがとても印象的だった。

3佐1名、1尉4名、合計五名の学生が、教官とマンツウマンの教育体制で各種の高等操縦技術を一つ一つマスターして行く過程を克明に描いた迫真的ドキュメンタリーだった。
最新式のF-2戦闘機だから常に音速に近いスピードでの体勢変換である。当然パイロットの体には物凄い重力がかかって来る。ある状況では4.6Gとか5.2Gとかの表示が出ていたが、((G)とは操縦者の体にかかる重力の単位)そうした生理的限界に近い状態で何秒かを耐えなければならないパイロットの精神的強靭さに脱帽する思いだった。
実は私もこの重力との戦いを経験したことがある。私は昭和33年、陸上自衛隊の空挺団に転属し、落下傘降下訓練を受けた。当時使っていた落下傘は、T-7という米軍が第二次世界大戦で使用した旧式の落下傘で、開傘時の衝撃がひどく其のときにかかる重力は6Gと言われた。よく漫画で、頭を殴られると目から星が飛ぶ絵が書いてあるが、実際星が飛ぶように感じることがある。落下傘の場合はほんの一瞬だから何とか耐えられるが、戦闘機の場合はそれが何秒か続くのだから、よほど強靭な体力と精神力がなければ、失神しかねないと思った。
いずれにもせよ、そうした厳しい訓練を受けて、より精強な戦闘能力を築き上げる努力が日夜行われていることを国民の多くが知って貰いたいものだ。
昨日、沖縄で戦没者(民間人)の慰霊祭が行われ、そこに参列していた人が、「戦争は絶対にしてはいけません云々」と言っていたが、そこまでは誰でも言う。しかし、では「どうしたら戦争をしなくて済むか」其の方法は、具体的努力目標は誰も言わない。奇麗事ではすまない厳しい現実が、世界の現実なんだと言うことを、もっとみんなが自覚してほしいものである。
厳しい大空での訓練を終わって教室に戻ってきた若いパイロットの目が、きらきらと輝いて、頬にやさしい微笑が浮かんでいたのがとても印象的だった。
2008年6月21日(土) at 23:30
我が家のこの頃 / 丹波山人
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五月二十五日から始まった今年のオープンガーデンも、やっと終わって、3週間の訪問者は記帳された方だけで60人あまりだった。
其の、バラを中心としたシーズンに変わって、今ゆりを主役にしたシーズンが始まっている。
私も日本庭園のほうの植木の剪定・刈り込み
このごろ池の錦鯉
昨夜は家の前の茂みを蛍がふわふわと飛んでいるのに出くわした。これもまさに夏の風物詩である。昼の鶯の鳴き声とともに、山家暮らしの特権というべきか。
2008年6月19日(木) at 21:52
禁煙の勧め / 丹波山人
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ジョージさんが隠れタバコの話を書いておられるのを見て、調子に乗って私も一言。
結論から言うと「私はタバコを吸わない。其のおかげで随分得をした。」
私の父はいわゆるヘビースモーカーで、
一時たりとも口からタバコを離せないほどだった。戦争が終わって万事もの不足の時代、タバコも例外でなかった。幸か不幸か、あの頃この今田の村は葉タバコの生産が盛んで、多くの家に葉タバコの乾燥倉があり、専売局には内緒で屑葉を自家用にしていた。(当時、タバコは全部「専売局」に納める規則になっていた)其のおかげで、父もタバコを切らさずに済んで、田んぼで農作業をするにも、竹を切って作った自作のパイプでタバコをくゆらしながらやっていた。そんな父の苦労を知っていたから私は一切タバコを口にしなかった。
実は、戦争中軍隊
には「ほまれ」という軍隊専用のタバコがあり、値段も一般よりうんと安い値段で買えたが、戦争が激しくなるにつれ、其のタバコも配給が少なくなった。士官学校で将校の心得として、「将校は自分が吸うためでなく兵隊の慰労・激励のために常にタバコを携帯しているように」と教えられていたので、私も戦争中は自分の背嚢のなかに数箱のタバコを忍ばせていたが、自分で吸うことはなかった。
戦争が終わり、そんな気苦労をする必要もなくなったので、それきりタバコ
との縁がなくなり、今日に至っている。
タバコが一箱いくらするかも知らないが、あれから六十年余り、その間のタバコ代だけでも計算すると莫大なものになるだろう。またタバコを吸う人は概して歯が悪い。歯が悪いと食事のとき良く噛むことが出来なくて消化が悪い。結局健康にも悪い。年取ってからいろいろの病気に悩む元である。
お若けえの! 悪いことは言わねえから、今からさっぱりタバコはお止めえなせえまし!
結論から言うと「私はタバコを吸わない。其のおかげで随分得をした。」
私の父はいわゆるヘビースモーカーで、
実は、戦争中軍隊
戦争が終わり、そんな気苦労をする必要もなくなったので、それきりタバコ
タバコが一箱いくらするかも知らないが、あれから六十年余り、その間のタバコ代だけでも計算すると莫大なものになるだろう。またタバコを吸う人は概して歯が悪い。歯が悪いと食事のとき良く噛むことが出来なくて消化が悪い。結局健康にも悪い。年取ってからいろいろの病気に悩む元である。
お若けえの! 悪いことは言わねえから、今からさっぱりタバコはお止めえなせえまし!
2008年6月17日(火) at 11:23
笹ゆりが開いた / 丹波山人
歳月人を待たず / 丹波山人
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今からちょうど十日前、先月22日から三日間、東京で行われた自衛隊幹部学校の同級会に出席し、ついでに鎌倉地方に住む中学校の同級生三人とも会ってきた。前者は一年ぶり、後者は中学校卒業以来六十七年ぶりの再会である。
東京市ケ谷の防衛省隣の市谷会館で行われた幹部学校同級会では、昨年の出席者18名に対し、今年は14名、この一年間の死亡者は6名、82名の同級生のうち生存者37名、40%を切るという寂しさ、厳しさで、いよいよ人生も最終段階に来たなという実感であった。まさに「超後期高齢者」である。それでも、集まった者はいずれも意気軒昂で、往時を語り現在の風潮を慨嘆し、さすがかつては三軍を叱咤した面影彷彿たるものがあり、楽しいひと時を過ごした。
其の前日、新幹線を熱海で途中下車して、藤沢駅で中学同級生三人と再会した。何れも私が編集係をしている同級会誌の常連投稿者で、またそのうちの二人は私の数少ないメール友達である。七十年近い昔の同級生だから、顔を覚えているはずもない四人だが、日ごろの文通のおかげで、出会った瞬間から完全に打ち解けて、子供の頃の思い出話に花が咲いた。三人のうち二人は杖をついていて、足元がやや危なげだったが、頭脳は明晰で、記憶力も少しも衰えていなかった。
私たちの母校旧制灘中学校は、入学して二年目に火災
で校舎が全焼し、一時仮住まいした御影師範学校の校舎は
大水害で阪神国道が交通杜絶になったことがある。そんな思い出やら、戦争中の苦労話など、話はなかなか尽きなかった。
「青年は希望に生き、老人は追憶に生きる」

といわれる。歳月は人を待たず、われわれは否応なしに人生の終着点に向かって日々まっしぐらに進んでいるわけだが、せめて心の持ちようだけは、老人も明日の希望を描いて毎日を生きてゆくようにしたい。
三日間留守にした我が家に帰って、あたり一面の青葉
と小鳥のさえずり
の中で、生きていることのありがたさをしみじみと感じた次第であった。
東京市ケ谷の防衛省隣の市谷会館で行われた幹部学校同級会では、昨年の出席者18名に対し、今年は14名、この一年間の死亡者は6名、82名の同級生のうち生存者37名、40%を切るという寂しさ、厳しさで、いよいよ人生も最終段階に来たなという実感であった。まさに「超後期高齢者」である。それでも、集まった者はいずれも意気軒昂で、往時を語り現在の風潮を慨嘆し、さすがかつては三軍を叱咤した面影彷彿たるものがあり、楽しいひと時を過ごした。
其の前日、新幹線を熱海で途中下車して、藤沢駅で中学同級生三人と再会した。何れも私が編集係をしている同級会誌の常連投稿者で、またそのうちの二人は私の数少ないメール友達である。七十年近い昔の同級生だから、顔を覚えているはずもない四人だが、日ごろの文通のおかげで、出会った瞬間から完全に打ち解けて、子供の頃の思い出話に花が咲いた。三人のうち二人は杖をついていて、足元がやや危なげだったが、頭脳は明晰で、記憶力も少しも衰えていなかった。
私たちの母校旧制灘中学校は、入学して二年目に火災
「青年は希望に生き、老人は追憶に生きる」
三日間留守にした我が家に帰って、あたり一面の青葉
2008年6月2日(月) at 00:35
オープン・ガーデン / 丹波山人
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一月ぶりにブログを書く。
昨日と今日は、一年ぶりの丹波オープンガーデン
。昨日はやや天気が不安定だったが、今日は晴天に恵まれひっきりなしの来訪者で、嬉しい一日となった。特に、来訪者のほとんどが、「去年の参加者から{藤森さんとこだけは必ず行くように・・・}と言われて来ました。」と言って頂いた事は、今までの数年間「観る人に歓びを、作る者に楽しみを」をモットーとして庭つくりに精を出し、見に来られた人たちに心を込めて庭つくりの楽しさを語りかけてきたことが実を結んだのだと実感して、本当に嬉しかった。
また、バラを主体にした洋風庭園を家内が、茶室を中心にした日本庭園を私が担当して整備し、来訪者に対しても其の担当にしたがって説明してあげたことが、「夫婦共同作業による庭造りの典型」として好感を呼んだようであった。いわゆる「分業による協業」である。見学者のほとんどが五十歳あるいはそれ以上の女性で、しかも申し合わせたように、ご主人の助力ないしは共同作業ということが殆んど全くないということは、男性の高齢期の過ごし方について考えさせられることが多いと思う。
ともあれ、この一月間ずーっと気にかかっていたことが片付いて、やれやれである。明日からまたブログをまじめに書くことにします。
※
昨日と今日は、一年ぶりの丹波オープンガーデン
また、バラを主体にした洋風庭園を家内が、茶室を中心にした日本庭園を私が担当して整備し、来訪者に対しても其の担当にしたがって説明してあげたことが、「夫婦共同作業による庭造りの典型」として好感を呼んだようであった。いわゆる「分業による協業」である。見学者のほとんどが五十歳あるいはそれ以上の女性で、しかも申し合わせたように、ご主人の助力ないしは共同作業ということが殆んど全くないということは、男性の高齢期の過ごし方について考えさせられることが多いと思う。
ともあれ、この一月間ずーっと気にかかっていたことが片付いて、やれやれである。明日からまたブログをまじめに書くことにします。
※
2008年5月26日(月) at 23:35
一番乗りを目指して / 丹波山人
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一昨日のジョージさんのブログに刺激されて、今朝辰巳のパン屋さんへ行ってきました。蛙の宮さんから北へ約一キロ、案内どおりの静かな普通の民家のようなお店です。
ちょうど十時、
開店時間に着きました。まだ人影はなく、おばあさんが赤ちゃんを抱っこして庭におられました。「開店はまだですか」と尋ねたら、愛想良く「もう始めています、どうぞ」といわれたので、店に入る前にちょっと立ち話をしました。話しているうちに、ここは昔、私が今田小学校のとき、同級生だった子の家だそうです。
店に入ると、まさに、いま焼きたて
といわんばかりのおいしそうなパンが20種類以上並んでいました。ジョージさんお勧めの、中にあんこがぎっしり入った長いパンは、今日はやっていないとのこと。またバターを沢山使う種類のものは、最近のバター不足から、当分お休みとのことでした。結局、手当たり次第に十五種類ほど買って、清算したら二千三百円ほどで、小銭入れしか持って行かなかったので、二十円不足で、それだけ負けてもらいました。
とにかく、一番乗りを達成
し、大満足で帰って来たら、家内に「こんなに買い込んで子供みたい。今日は一日ご飯なしよ」と、叱られました。
ジョージさんのように写真が入れれば、おいしそうなパンの数々が紹介出来るのですが。また勉強します。
それでも夕食は、ちゃんと普通のご飯が出ました。おかずがおいしいものばかりでちょっと食べ過ぎ、パンシロンのご厄介になりました。上手の料理なおかあちゃん、有難う!!
ちょうど十時、
店に入ると、まさに、いま焼きたて
とにかく、一番乗りを達成
ジョージさんのように写真が入れれば、おいしそうなパンの数々が紹介出来るのですが。また勉強します。
それでも夕食は、ちゃんと普通のご飯が出ました。おかずがおいしいものばかりでちょっと食べ過ぎ、パンシロンのご厄介になりました。上手の料理なおかあちゃん、有難う!!
2008年4月30日(水) at 22:53
夫婦でドライブ / 丹波山人
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オープンガーデンを一月先に控えて、家内は庭の手入れに忙しく、昼食の準備ができかねるとあって、急遽三田へ食事に行くことになり、まずまずの天気の中をドライブに出かけた。途中あちこちで今を盛りの山桜やもくれんなどの花を愛でながら三田へ向かう。やはり今田より大分暖かいと見えて、春の訪れはかなり早い。
昼食を終えてから、新三田のロイヤルホームセンターへ自家用車につけるシルバードライバー標識
を買いに行った。先日家内が篠山のホームセンターへ買いに行ったら売り切れになっていたとか。思うに、田舎のほうが高齢者でも車を運転する人が多いということだろうか。
帰りは同じ道を帰るのをやめて、青野ダムを回って帰ることとし、新三田から東へ向かう。1キロあまり丘陵地を登ったところに有馬富士公園があったので、(この路は今まで何度か通っているので、ここに公園があるのは知っていたが一度も入ったことがない)一度入ってみることにした。
広い駐車場に車を入れ、
(無料)まず周りの山々の美しさに感激。
さらに公園内の美しさにこれまた大感激。
ピンクと白のヤマモモの植え込みが広々と開けて、ちょっと大げさに言えば、まるで夢心地。イベント会場らしい建物群の間を抜けて丘陵地の端に立つと、眼下にきれいな湖が見える。我が家の前にある新池の三倍はあろうか。湖畔に下りるまでにさまざまな石組の庭園を巡りながら湖岸に着く。途中芝生の中に二・三十羽の中型の鳥
が集まって草の中の何かをついばんでいるのでそっと近づくと一斉に飛び立って湖の中へ着水した。鴨だった。
そこでベンチに腰掛けて対岸を眺めると、わらぶきの民家
や湖に突き出た小島らしきものなどが見えたので、かなりの距離があることはわかったが、とにかく行ってみようとブラリブラリと歩いた。途中岸辺に立ち止まると、さっきの鴨たちが餌をくれるかと期待して沢山寄ってくる。かわいいものだが、あいにくこちらは何も餌を持っていないので、鴨たちにごめんねと謝って岸を離れた。さらに進むと菖蒲園があり、目下育成中だった。その先は、実験圃場があり、鹿よけの網や電線が張り巡らされていた。その先に古い田舎家を再現した新築の農家があり、中をのぞくと、公園の職員たちが休憩しているところだった。見学を頼むと、どうぞどうぞと気軽に招き入れてくれ、いろいろ話をしてくれた。
ここで熱いお茶を淹れていただきながら住まいの中を見学した。お茶を入れてくださった上品なおばさん
は、聞くところによると、ボランティアで公園の管理を手伝っている市民グループの一人だとのことで、この公園がちょっと変わった管理システムで運営されていることを知った。
ここで十分あまり休憩した後、さらに湖を回って元の出発点に戻った。途中の湖の周遊道路には山つつじ
が新鮮なピンク色で咲いていた。
一時間あまりの見学だったが、本当に心を洗われるような清清しい
ひと時だった。
この後、花山院・青野ダムを経て草野周りで帰宅した。さすがにちょっと疲れて、三十分ばかり昼寝
したが、本当に楽しいドライブ
だった。
昼食を終えてから、新三田のロイヤルホームセンターへ自家用車につけるシルバードライバー標識
帰りは同じ道を帰るのをやめて、青野ダムを回って帰ることとし、新三田から東へ向かう。1キロあまり丘陵地を登ったところに有馬富士公園があったので、(この路は今まで何度か通っているので、ここに公園があるのは知っていたが一度も入ったことがない)一度入ってみることにした。
広い駐車場に車を入れ、
ここで熱いお茶を淹れていただきながら住まいの中を見学した。お茶を入れてくださった上品なおばさん
ここで十分あまり休憩した後、さらに湖を回って元の出発点に戻った。途中の湖の周遊道路には山つつじ
一時間あまりの見学だったが、本当に心を洗われるような清清しい
この後、花山院・青野ダムを経て草野周りで帰宅した。さすがにちょっと疲れて、三十分ばかり昼寝



