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ナウシカのblog

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お金じゃない価値 / ナウシカ

> 看護全般
総合病院の眼科に勤務して2週間経ちました。
疲れているけど充実した毎日です。

私がこの病院に勤務していたのは9年前。
入れ替わりが激しい業界ではありますが、ここはほんと人が辞めない。
給料は、そこらへんの医療機関の中でも一番安いんじゃないかと思うぐらい安い。
だけど皆、辞めない。

辞めない理由…働いているとひしひしと感じますね。
先輩方が優しい、丁寧に教えてくれる。
一度でも一緒に働いたことのあるスタッフにはフレンドリーに声をかけてくれる。
後輩のミスも先輩がさりげなくフォロー。
それに大ベテランのスタッフでも、実に謙虚で『私もまだまだなのよ』と言いながら、後輩が萎縮しないように教えてくれる。

それに何と言っても管理職がしっかりしてますね。
スタッフの家族構成や生活実態、悩み事などにも気を配ってくれて、精神的なサポートも押し付けがましくなくしてくれる。
ほんと温かい職場です。

私は以前、外科病棟に半年間だけ働いていて、妊娠して体調が悪くなったことで辞めてしまったんですが、9年経った今も以前と変わらず、会う人ごとに声をかけてくれます。

眼科でオペ後の患者さんとか外科病棟に迎えに行くこともあり、懐かしい先輩方に会って、数分話をするのも楽しいひと時です♪


子どもの時から患者でお世話になり、高校を卒業して看護学校の実習でもお世話になり、2人の子どもを出産する時もお世話になり、また仕事でもお世話になり…ああ〜もうこのまま、ここで骨を埋めるのかしらなんてことも考えたり…

まぁ〜とにかく眼科はいろいろと特殊で覚えないといけないことが山ほどあり、頑張んないといけないですわφ(..;)
訪問看護もしばらくは掛け持ちで続けていくので、時間は有効に使わないとね。

おお〜もうこんな時間(・・;)
訪問看護の報告書を書かなくてはぁ〜φ(..;)
2007年12月2日(日) at 22:34 

古巣の総合病院へ / ナウシカ

> 看護全般
昨日、古巣の総合病院に面接に行ってきました。
それで来週から午前中だけ働くことになりました。
午後はこれまで通り訪問看護。

『内視鏡室と眼科とどっちがいい?』と聞かれ、内視鏡検査の介助はしたことないし、眼科外来にしてもらいました。

面接の後に早速健康診断があって、内科外来に行くと先生(女医)は子どもが一緒の保育園に通うお母さんでしたw(゜o゜)w
それで今度は心電図とるために検査室へ。
これまた同じマンションのお母さん。
こないだ子どもが一緒に七五三した仲ですわ!

偶然は重なるもんでビックリするなぁ〜
更衣室やら案内してくれた副看護師長は、10年前に外科病棟でお世話になった人(当時、婦長代理)だったし。
私がうつ病で心療内科に通っていたことも、私が学会員であることも、私の家庭の事情もよく知ってくれている人で…まぁ〜縁があるんでしょうかね〜

とにかく知ってる方々のいる職場で働くのは気が楽ですね。
来週から頑張ろうp(^-^)q
2007年11月15日(木) at 10:01 

七五三 / ナウシカ

出産・育児 > アルバム

女の子はいいね〜
やっぱり着物が可愛い(*^^*)

その娘が一言。
『うみ、はちごさんもした〜い!』
『はちごさん!? えっ、八五三?』

そうやって延々と続くんかい!?
こちとら金がもちませんよ〜(/o\)
2007年11月11日(日) at 21:52 

自分と世間のギャップ / ナウシカ

健康 > ココロ
こういうblogをやってると、いろいろと心配してくれたりする人もいます。

『こんなこと書いて大丈夫なの?
こんなに家族のこと晒して大丈夫なの?』
『人から同情を買いたいの?慰めてもらいたいの?
励ましてもらいたいの?誰かに頼りたいの?そう見えるよ』

こないだ中学時代の友達といろいろ話していました。
親子関係で問題を抱えているという点では、私と似た境遇の子です。

その子がポツリと言ったんですよね〜
『世間的に見たら、私なんか不幸に見えるかもしれない。
普通じゃないかもしれない。
だけど、自分としてはそんなに不幸だなんて思ってないんだよね。
それなりに幸福なんだよね。
でも人に(体験を)話すと、(不幸だと)そう思われちゃうんだよね〜
違うのになぁ〜』

居酒屋で 『最近どう?』 から始まった話の中には、普段は人に話せないような家族の話とか、幼い頃から現在もずっと続いている家族の問題とか、『うちとこはこうだよ』 とか話していたんですが、ほんとお互い 『そうそうそう!』 と共感できる話がたくさんあって、内容的にはヘビーな話なんだけど和やかに笑顔で語り合うことができました。

『こういう話を笑いながら話せるのは、M(友達)だけだよ。
他の人に話しても、まずわかってもらえないもんね〜
それに深刻な感じになっちゃうしね〜』

文字にしてしまうとドロドロ深刻な話であっても、過ぎてしまった過去、今ある現実として、様々な問題を受け入れている私としては、もうそのことで悩んだり苦しんだり求めたりという急性期的な症状は治まっていて、そのこと自体で悩んで悩みぬいて苦しんでいるという状況ではありません。
スッキリ解消ということでもないけど、人に話したり、blogに書いたりできるようになったということは、もう回復をしてきている証拠というか。

本当に悩みの渦中にいた頃は、逆に人にも話せなくて、愚痴も言えなくて、ただ一人で抱えていることが多かったです。
人に話したところでどうなるもんでもないしという気持ちもあって。

抱えて抑圧された記憶は、時を経ていつか無くなるものではなく、どこかで区切りをつけて出していかないと、いつまでもリアルに蘇ってきて苦しむ結果になるんですよね。
思い出すことは辛くても、今さらやり直しがきかなくても、それでも自分の人生を振り返り確認しながら生きていく。
そういうことは大切だと考えています。
ここまで回復することができて、初めて間違ってなかったと思えることです。

だから、人の同情を買いたいわけでもないし、自分がこういった体験を書くことで人から嫌われてしまっても、そんなことは私の中では全然問題にもなりません。
私が私として生きていくために、生きている実感を得るために、そしてこれからも様々な困難に立ち向かっていくために、自分という人間に向かい合って生きていきます。

私の半生は、悲しいけど不幸ではありません。
それに辛くても幸福です。
夢も希望もあります。

何があってもへっちゃらさ!
生きている間は生きてるんだから。
こう思えてるうちは、まだ幸福なんでしょうね。
うん、明日から、また頑張れるp(^-^)q
2007年10月24日(水) at 22:24 

倫理学覚え書 / ナウシカ

> 読書
『倫理学─価値創造の人間学─』 石神豊 著より


発見ということ

<求めよ、されば発見が>

「発見」 を英語ではdiscoverというが、これは 「覆い」 を 「取り除く」 という意味をもっている。

真理というものも、そうして発見されるものである。
ギリシア語で真理を 「アレーテイア」 という。
アレーテイアとは 「忘却」 の 「否定」 であり、忘れていたものを思い出すということである。

一つの問題をねばり強く考えていくと、あるとき突然、答えが与えられるときがある。
そしてその答えは意外にも身近なところにあったということを知るのである。
発見とは突然やってくるものといえるが、それはすでにそこにあったものが見いだされたのである。
それまではその周りをぐるぐる回っていたわけである。
このように、発見とは求めつづけることによって可能となり、要はその求めぬく真剣さと努力にかかっているといってよい。


<すべてが新しいということ>

ところで、自分が何か新しいことを見いだしたといっても、それはもうとっくに誰かがすでに発見したものであり、なにも新しいものなどは存在しないと思うかもしれない。
しかし、そう思う必要はまったくない。

いったい 「新しい」 とはどういうことだろうか。
「新しい」 とは 「初めて」 ということであり、(それを見いだした人にとって初めてだ) ということである。
ここから、一人一人が自分自身で発見していくことが大切だということになってくる。
なぜなら自分自身が初めて見いだしたものは、すべてが 「新しい」 もの、つねにニュートンのリンゴなのである。
別の誰かがすでに見いだしていたとしても、それはその人にとってのことであり、私自身とは別なのである。
本当の価値とは自分自身が創造するものである。
あるいは、(万人の) 真理といっても、それを私の真理としなければならない。
これはどこまでも各人のことがらなのである。

しばしば学問は真理の探究であるといわれるが、この真理もまた本来、各人のものにならなければならないものである。
「普遍的真理」 「客観的真理」 というような言葉に幻惑される必要はない。
自分 (主観) を離れて存在するものこそが客観的真理だとする考えがあるが、そうした真理はしばしば権威化する。
そして私を支配するものと化す。
権威となった真理は私のものではなく、おそらくそれは真理ということもできないものである。

「普遍的」、「客観的」 という言葉は、(誰にでも獲得できる) という意味にとらえるのがよいのではないだろうか。
つまり、この言葉は、私たちの誰もが (努力によって) 得ることができるということを示しているのである。

したがって、学問が生活を離れ、個々の人を離れたものとなってしまうような場合、そうした学問は、少なくとも私たちの学問ではないということになる。
とりわけ倫理学という、もっとも身近なこの生の世界 (生活世界) における問題を考えようとする学問にとって、この私を離れて真理や価値が存在するということはありえないのである。


自分で考えるということ

<考えるからこそ人間>

『論語』 に 「学びて思わざれば則ち罔し」 とあるように、いくら他人の話を聞いたり、書物を読んでも、自分自身で考えないならば本当の道理はわからない、という孔子の指摘があてはまる。
カントもまた 「哲学ではなく、哲学することを学べ」 と述べている。
既成の──つまり、他の人によってつくられた──体系をいくら学んでも真に学ぶことにはならない。
自身で 「哲学する」 ことこそが真に学ぶことである。
カントはまた、「自分自身の知性を用いる勇気をもて!」 と呼びかけてもいる。


<思考と人間の成長>

なぜ人間は考えるのだろうか。
考えることは疑うことであり、問うことでもある。
この人間の営みは、人間の成長の問題と深く関わっているように思われる。
人間が成長するということは、たんに体が大きくなる、あるいは年齢を重ねるということだけではない。
成長とは、むしろ自己が発展し、生きる世界を拡大していくことであろう。


<問いを学ぶのが学問>

疑うことがなにか悪いことと思うのは誤解であり、人に問うことが恥ずかしいと思うことは不要である。
「聞かぬは一生の恥じ」 ともいうように、問うこと、疑うことを避けてしまい、それによって自己の成長をとどめてしまうならば、これはマイナスだといわざるをえない。
疑うことはまったく自然なことである。
疑うとは、疑いをなくすために疑うのである。
あるいは、本当に信じられるものを求めるがゆえに疑うのである。

ただし、疑う、問うということには、ある種の技術が必要である。
この技術を知ることで、疑いから疑いへと懐疑の淵に陥ることを避け、あるいは思考の堂々めぐりを避けることができる。
この技術こそ学問 (あるいはとくに論理学) である。
「学問」 とは 「問いを学ぶこと」 あるいは 「問いかたを学ぶこと」 といいかえることができよう。
学問はけっして知識やその体系だけをさすのではない。
むしろ学問の本来の役割とは、私たち自身がことがらの真実に迫っていくために、そのきっかけや手段を正しく与えることにあるといってよい。


思索から自覚へ

<ソフィストのトリック>

なにかを探求するということについて、プラトンの対話篇 『メノン』 のなかで、ソクラテスは世の中につぎのような意見があるといっている。

「人間は自分が知っているものも知らないものも、これを探求することはできない。
というのは、まず、知っているものを探求するということはありえないだろう。
なぜなら知っている以上、その人には探求の必要はないわけだから。
また、知らないものも探求するということもありえないだろう。
なぜならその場合は、何を探求すべきかということも知らないはずだから」 (『プラトン全集』)

よく考えてみれば、私たちがなにかを知りたいのは、むしろそれを完全に知っているのでもまったく知らないのでもなく、それをはっきりとは知らないからではないだろうか。
いいかえれば、私たちは知と無知の間にあるからこそ、本当のことを知りたいのではないだろうか。
そこに探求への意欲がわいてくるのである。

上の主張にかくされたトリックは、知と無知とをはじめから分けてしまっていることにある。
いわゆる 「知か無知」 かという二元論的議論だといってよい。
はじめに、人間は知か無知かのどちらかだとしておいて、人間はどちらかであるから、結局どちらにしても探求などありえないという論法である。
こうした議論は、ソフィスト的な議論である。
ソフィストは前提を自分に都合よくたてておいて、議論をその枠のなかでしか行わない。
それでは、本当の探求などできるはずもないのである。


社会と歴史に学ぶ

<社会と歴史に目を向けよう>

倫理学においては、自分で考えるといっても、けっして自己中心的に考えるということではない。
あるいは自分を考えるといっても、孤立した自分を対象とするということではない。
むしろそこには、つねに他の人や事物があり、そうした全体の中で思索するということである。
そして、自分自身を考えるといっても、それは同時にこの社会や歴史をになった私を考えるということである。
これが倫理的思索であり、倫理的探求である。

倫理的世界とは、関係の世界であり、「物」 「人」 「自分」 がそれぞれバラバラな世界ではない。
無関係なものはなに一つないのである。
私たちはこの関係世界のなかに生きており、つねに他の人や事物とともに存在していることを知るべきであろう。
その意味からも、広く学ぶということが必要であり、いかなるものからも学ぶという姿勢が求められるのである。

複雑化している現代社会ではあるが、しかしその主体はあくまで人間である。
社会とは人間みずからが生みだしたものであるということを忘れてはならない。
現代、ともすると社会を、人間の生きかたの問題と切り離して論じようとする論調が見受けれる。
そうした論調は、現在の社会問題の原因を私たちの生きかたの外に求めることとなり、ただ嘆いたり、解決をあきらめたりする傾向を生みだすことになるように思われる。
いわゆる批評家、知識人と称される人にそうした傾向が強い。
2007年10月9日(火) at 19:19 

”自分が変われば、相手も変わる”は本当か? / ナウシカ

日記・その他 > 信仰
こういう言葉はよく耳にします。
自分次第なのよ、あなたが変われば、相手も変わるよ。
または、あなたが変われば、環境も大きく変わるよと。

確かに否めない点もありますが、それは全ての事柄においてでしょうか?
必ずそうなるという方程式でもあるのでしょうか?

社会のニュースで、そのことを見てみるとどうなるでしょう?
実母である畠山鈴香容疑者に殺された娘の畠山彩香ちゃん。
鈴香容疑者は明確な殺意は否認していますが、娘に手をかけ、その結果亡くなったのは事実です。

仮の話として、この彩香ちゃんが生きているとして、その子にこう言ってみるとどうなるでしょう?
『お母さんもね、これまで生きていく中できっと辛いことがあったんだよ。
様々なストレスがあったんじゃないかな?
あなたも、お母さんにきつく当たられて辛かったと思うけど、そこは理解してあげてね。
あなたが変われば、きっとお母さんも変わるよ』

また、こんなニュースもありましたね。
時津風親方の弟子である17歳の力士が稽古中に亡くなった事件。
親方や兄弟子から”かわいがり”と称して暴行を受け、亡くなったとされる事件ですが、この17歳の力士も生きているとしましょう。
そして、こう言ってみて下さい。
『親方も兄弟子も、あなたのことを思ってのことなんだよ。
確かに行き過ぎはあったかもしれない。
だけど、あなたが変われば、親方も兄弟子も、環境もきっと良い方向で変わるよ』

まぁ〜ここでは極端な例として、もう既に亡くなっている人たちの例を挙げましたが
『自分が変われば、相手も変わる』
『自分が変われば、環境も変わる』
こういうこと、いろんな事象に当てはめてみて下さい。

自分に正直に、人には慈悲を施し、誠実に一社会人として生きて、それで環境は劇的に変わるのか?
戦争も犯罪もない社会になる?
平和な世の中になる?
真ん中をすっ飛ばして
『あなたが変われば、世界から戦争はなくなるよ』という論理で頑張ってみて下さい。
『自分が変われば、相手が変わり、環境も変わる』というなら簡単なことでしょう。
人に言う前に眼前に示してみて下さい。

ここで私が言いたいのは、何も平和を諦めろとか、どれだけ努力しても無駄だということを言いたいのではなくて、何事も個人の責任というか、努力次第でどうにかなるという短絡的で安直な論理について言っています。

いじめを受けている人に
『いじめられているあなたが変われば、状況は変わるよ』と言うことは
『いじめれているあなたに原因があるから変わりなさい』と言っているようなもので
それは、あまりに酷なことではないか?ということなんです。

『これは、あなたの運命なんです、諦めなさい。
相手を変えたいと思ったら、あなたが変わりなさい』
何とも突き放したような冷酷な言葉ではないですか。

国の強制隔離政策で、国家からも社会からも、ある意味家族からも虐げられ、排除されてきたハンセン病の患者さんたち(今はハンセン病回復者と呼ぶ)。
この人たちにも言ってみて下さいよ。
『あなた方が変われば、相手も変わる、環境も変わるよ』と。

http://shimingakkai.com/syomei.html
自分が変われば、相手も変わる、環境も変わると思っている人、目を見開いて、世の中の現実を見据え、そしてそこに飛び込み、何かを成して下さい。
現実に人の中に飛び込んで、実際に自分の目と耳とで確かめてみて下さい。
そして、言葉だけではない行動を自ら起こして下さい。
人に言うのは簡単です。
人に言う前に、まずは自分が変わりましょう。

『曼荼羅(御本尊)は、自分を写す鏡だ』という学会員さん。
自分の姿だけじゃなく、今の学会の現状、社会の現状も見て、どういうことか考えてみて下さいね。
言葉だけなら、いくらでも奇麗事は言えます。
今の学会の姿も写して考えてみて下さい。
2007年10月3日(水) at 10:40 

境涯という落とし穴 / ナウシカ

日記・その他 > 信仰
境涯という言葉、学会ではよく耳にします。
”あの人は境涯が高い”
”あんな境涯の低い人と話していると、こちらまで境涯が低くなる”
”境涯が高くなってきた”
”境涯革命できますように”

いったい境涯とは何ぞや?
高い低いって、そんな人を簡単に選別できるんでしょうか?
その基準は?根拠は?
誰に聞いても、それぞれに主観的な答えが返ってくるんじゃないでしょうか。

境涯が高いと人を見る。
境涯が低いと人を見る。
そして、自分の境涯はどれぐらいかと比べて推し量る。
そういうのは、極端な言い方になるかもしれませんが、差別的な思考ではないでしょうか。
随分失礼な考え方だと思います。
まだ好き嫌い、相性が合う合わない、そう言っている方がマシです。

そういうのを仏法の教えだと思っているとしたら、それは大きな間違いです。
そういう人との差異を、境涯という言葉で区切り人を選別してるとしたら、こんな独りよがりの浅はかな考えはないです。
世間では当然通用しないし、人に向けて言っていたら笑われるだけです。
そして、あなた何様?と怒りを買うだけになるでしょう。

正直、私も以前はそういうことを思いながら過ごしている時もありました。
でも、それが間違いであることに気づき、何だかホッとしています。
人に向ける言葉、そういう思考は、全部自分に返ってきて自分を縛る言葉になります。
そこから解放されて、以前より自由な発想で物事を考えられるようになりました。

自分の中の既存の価値観とか、人から教わったことでも、何度でも顧みて考えていく必要はあるでしょうね。
考えることを止めてしまったら、もうそこで何も新しい発見?はないかもしれません。
一つ一つのことを大切に受け止めながら、日々を過ごしていけたらいいなと思います。
2007年10月1日(月) at 01:23 

本当の幸福感、本当の功徳とは / ナウシカ

日記・その他 > 信仰
本当の幸福感(絶対的幸福)を求めていくことよりも、幻想の幸福感(相対的幸福)こそ本当の幸福感だと言わんばかりに、皆それを追い求め、それを得させてこその宗教だという人が圧倒的に多い感じがします。

私自身、いろんな経験を経て振り返ってみると、一番私の中で地獄のように苦しい日々、中学高校時代(自分が死ぬか、親を殺すか、または家族が殺し合うのを見るか)、実は一番幸福感を感じていた時なんですよね。
ものすごく悩んで悩みぬいて、悔しい思いをして、それでも御本尊に向かって題目を上げれるだけ上げて、その時になんとも言えない幸福感を感じていました。
もう生きていること自体が楽しい、何をしていても思わず笑いが込み上げてくるような…
空や雲や太陽や、道端に咲く草花を見ても、自分に微笑みかけてるんじゃないかと思うぐらい、輝いて見えた世界…あれは不思議な体験でした。

小学中学時代は、学校でイジメにもあったことがあり、障害者の妹の件では正義を振りかざす大人に傷つけられたこともあり、それでも、私自身は自分と同じようにイジメにあう人をほって置けなくて、自分から近づいて友達になったり、その結果、他の子とは距離を置かれ仲良くしてもらえなかったり、そんなこともあったけど(当時は辛かったけど)、今振り返るとやっぱり楽しいこともいっぱいあって幸福感を感じて、そんな確信が私の信心の原点になってます。

だから、題目を上げて願いが叶うとか、そういうのも嬉しいし幸福ですけど、そうではない自分が取り巻く環境がたとえ変わらなくても、幸福感を感じることができるという、そういう根拠のない確信があって、でもそれは人に伝えるのはとても難しくて…

題目を上げるだけで、このような気持ちになるということは、それはただ単なる高揚感だとか、自己満足だとか、気休めだとか、現実逃避だとか、そういう幸福感は幻想だと逆に言われてしまったりします。
つまり相対的幸福こそ、本当の幸福、宗教の果たす役割だと。

でもそれも間違ってはいないと思います。
実際に、誰でも一般的に満たされたい欲望はありますから、そこの部分は願いを叶えたい気持ちがあります。
でも全部が夢のように叶うわけじゃない。
そこの部分で、人にどう伝えていったらいいかがわからなくなる時があります。
それに迷う時もあります。
私自身、いつもいつも最高の幸福感を感じてるというわけではないので、やはりその辺なんでしょうか?

何か願いが叶うと、そういうのを功徳と呼んだりしますが、本当の功徳とは、何か目に見える結果ではなく、自分がどのような環境にいようとも、苦しんでいる人、悩んでいる人と共に、自らも傷つきながら、歩みを止めない人ではないでしょうか?

目の前の良い結果も悪い結果も、それはただ単なる現象に過ぎないと思うんです。
現象の対義語は本質らしいですね。
その本質こそが大切なのではないかと考えます。
2007年9月28日(金) at 10:18 

支配的な親子の絆ならいらない / ナウシカ

日記・その他 > 信仰
私の実父はもう亡くなったんだけど、まだ旦那には話していません。
バレない限り話さないつもりでいます。

通夜にも葬式にも行きませんでした。
父とは元気な時に和解もしてましたし、電話では時々話もしていました。
子どもが生まれた時、父には 『うちに見に来る?』 と誘っていました。
でも 『いや、いいわ』 と断られました。
私は初孫なのに、まさか断られるとは思わずに、しばらくビックリして絶句してしまったのを覚えています。

父とはそれっきりになり、会うことはありませんでした。
電話もなくなりました。

そして実母。
母とはもう9年ほど行き来していません。
ある日、私が結婚して1〜2年ほど経った時、旦那の実家の両親と母が電話で話したそうなんですが、私の悪口を散々義母に話して聞かせていたらしい。

義母はそのあまりの酷さに 『それでも、あなた母親ですか!あなたとは今後一切お付き合いしません!』 と言って電話を切り、それから旦那の実家とは縁を切られてしまったらしい。
私はそのことをずっと知らなくて、数年後に知ることになったのだけど。

私もその前後ぐらいに、うつ病をキッカケに母とは口を聞けなくなり(拒絶反応です)一切の行き来を断ちました。
旦那の両親は本当にいい人で、私の前で親の話をすることはありませんでした。
初めての子どもを産む時も、最初の陣痛が来た時は義母が京都から来てくれました。
うちの母の文句一つ言わず、事情も何も聞かず。
本当に有難かったし、感謝しました。

そんな義母、今はアルツハイマーでボケが酷くなって大変なのだけど、今でも心優しい人です。
私が26歳で結婚してから初めての母の日に、義母に何か贈ったら(花とハンカチか何かだったと思う)私にニッコリ笑ってみせて 『ありがとう』 と本当に心のこもった言葉をかけてくれて、私は涙が溢れそうでした。
うちの母からはそんな風に言われたことなくて、初めてのことだったので、こんなに心のこもった言葉はないと思って感激して、今でも思い出すと泣けてくる。

うちの母はというと、何か贈り物をしても 『こんなしょうもない物いらんわ』 とか 『こんな物でママが喜ぶと思ってるの!』 とか、感謝の言葉どころか罵倒を浴びせられ、深く傷つきました(小学生の頃です)
それでも私は、結婚して大人になるまで、事あるごとに贈り物をしたんです。
毎回毎回、胃の痛むような思いをして。
今度こそ気に入ってもらえるだろうかとか。
真心は全く通用しない人で、なんで私はこんな思いをしてまで贈り物をし続けないといけないのかと思ったものでした。

私が看護師の資格を取って給料をそこそこ貰えるようになると、高額な物を買って贈るようになりました。
そのとき初めてですね。
母が嬉しそうな顔をしたのは…いやらしい顔だった。
物かよ!って。

真心とか、私の思いとかは全然関係なく、高価な自分の気に入る物なら良かったのです。
私はそれ以来虚しくなって、母に贈るのは止めました。

母は私が結婚すると、旦那に二世帯住宅を建てて住まわせろと勝手なことを言ったり、勝手に私らのマンションに人を泊める約束をしたり(一緒に暮らしていないのに)合鍵渡せとか、もう危機感を感じた私は家に上げることも止めてしまいました。

時々、電話があるかと思えば、離婚した父の悪口か妹の悪口。
妹も電話してきたら、母の悪口。
私が一切の連絡を断っていても、妹からは度々連絡があって、母の行状を報告されました。
妹は母にいじめられて精神を病んでしまい、精神科の入退院を繰り返していました。

妹は学会ドクター部のT先生に診てもらっていたのだけど、母も一緒に診察に行っても、T先生は強く母に注意できなかったと言います。
それは先生が母に強く言うと、うちに帰ってから妹への仕打ちが酷くなるから。

妹をうちで引き取ろうとしたこともありました。
でも、一晩泊まっただけで、妹は実家に帰ってしまいました。
神経症だったし、母とは共依存関係で離れられなかったのだと思う。

福祉課の人にも相談して、グループホームとか手配してもらったこともあるけど、決まりかけると妹自ら断る始末。
頼んでいる時は本人もその気満々なのに、いざとなると全然ダメで。
私と反対バージョンですね。
拒絶ではなく執着。

私が実家にいる時、母はいつも私に言ってました。
『おまえは一家のガンや!第六天の魔王や!』
私が何した?って感じ。
その母は今や、大腸ガンに冒され、肺と肝臓に転移してて、助かる見込みはありません。
まだ63歳だけど。
私のおじいちゃんやおばあちゃんよりも先に死にそう。

私は信心強盛だから、どんな病気も信心で治すと言って、脳性マヒのある妹の体が治らないのは信心が薄いからだと、いつも妹を責めていた母。
その母が、全身ガンだらけ。

私にできることは、ただ題目を送るだけ。
最期ぐらい、まともな信心しなさいよって。

自分も市営団地に住んでるくせに、同じ団地に住む学会員さんをバカにしていた母(離婚前は一軒家に住んでいたので、いつかまた大きな家に住むんだと言って、団地の人をバカにしてた)
今はそんな人たちの世話になっています。

最期ぐらい自分のやってきたことに気づいて、心の底から謝罪して感謝の心でもって逝ってほしいですね。
私は題目を送るだけ。

母と似たような人を見たり、電話で声を聞くだけでも体調を崩していた私です。
その事実に気づいてはないのだろうなぁ〜

父が亡くなった時、泣けないと思っていた私が泣けました。
ちゃんと泣いてあげたよ、これも親孝行でしょ?と思ったものでした。
たぶん、母の時も泣くでしょ。
私は私のできることを精一杯やる。
無理はしない。

私も母になったから、子どもたちのために倒れたり、うつ病になったりするわけにいかないからね。
娘としてボロボロに傷つくことより、ちゃんとした?母親でいることを選びます。
世間の常識は関係ない。
そんな感じ。

実は私も気づいているんですけどね
母親に対して、慈悲ではなく対抗意識を燃やしていること。

物心つく頃から常に否定的なことを言われていたから、自分を保つために生きていくために、母に対抗して常に 『信心で勝ってやる』 という戦闘体制だったんですよね。
私は4歳で入信しましたので。
5歳の時には毎日15分の題目を上げ、子どもなりに題目の力を漠然と感じていました。

生涯で一番よく題目を上げてたなぁ〜と思うのは中学生の頃、一時期1日5〜6時間題目を上げてました。
最低でも2時間。
母は、そんな私の横で 『アンタ、題目上げてたらそれで済むと思うなよー!』 と罵倒を浴びせてた。
同じ学会員なのにね。

まだ試合中なんです。
試合が終われば、対戦相手と握手を交わし、肩を抱き合い、褒め称え、かもしれませんが…
でも、その時にはもう物体はなく、心中だけでかもしれませんが。
2007年9月26日(水) at 23:09 

日本の柔道、大丈夫か? / ナウシカ

社会・政治 > その他
ニュースで見たけど、世界は柔道のプロ化を狙っているのだとか。
そこで日本との折り合いがついていない印象ですね。

それにしても不正柔道着があったり、審判の微妙な判定が混乱をきたしてますね。
ちゃんと話し合って、決めてほしいですね。

実は昔、付き合っていた彼氏が柔道の選手で、強化合宿で金メダリストの山下さんにコーチしてもらっていたことがあるんです。
写真も見せてもらったことあるけど、そこには山下さんの対戦相手だった外人さん(名前忘れた)も写っていました。

山下さんの痛めていた足をあえて攻めずに、フェアな取り組みをしたとして、当時は美談になってましたね。
お2人は試合後も友情を育んでいました。
今の柔道界にも、そういうところを見習ってほしい(特に世界)
2007年9月18日(火) at 00:21