Release Heart

ナウシカのblog

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2度目の出会い / ナウシカ

音楽 > コブクロ
あれは昨年のこと。
私は東京の方に用があって、新幹線に乗るべく新大阪の駅にいました。
まだ朝早い時間だったので、まだそんな人通りも少なく、改札を通ると何だかガヤガヤと人の話し声が…

そこで振り向くと、やたらと背の高い人が数人の人と話しながら歩いています。
(えっコブクロのデカイ方!? まさか、他人のそら似?
本当にコブクロなら、ちっちゃい方もいるはず!)
…この時はまだお2人の名前を知らなかったのです、ごめんなさいm(__)m

それで、ちっちゃい方を探すと…いました!
(やっぱりコブクロだぁーなんと奇遇!)

私がビックリして眺めている間もなく、お2人は『走ればまだ間に合うでぇ〜』と、たぶんスタッフさん達でしょうね、その人たちとホームに上がる階段をかけ上がり始めました。

周りには、私とコブクロさん達以外はいず、私もなるべく早い新幹線に乗りたかったので走りたかったのですが、コブクロのお2人と一緒に階段をかけ上がるのが、急に恥ずかしくなってしまい、ああ〜どうしよ、どうしよと思ってる間に、お2人の姿は見えなくなってしまいました(・・;)

もう諦めて、ゆっくりホームに上がった私は
(コブクロのお2人は間に合ったかなぁ〜もし乗り遅れていたら、少しの間でもすぐそばで眺めていられるのに…)
そんな淡い期待を抱きながら…でも新幹線のドアが閉まるところが見え、もうお2人の姿も見えませんでした。

ああ〜間に合ったんだ…私もあの時、一緒に走っていたら、同じ新幹線に乗れたかもしれないのに、間に合いましたねと言葉の一つもかけ合えたかもしれないのに…ああ〜バカな私…コブクロは芸能人なのに、なに意識してんだか(o_ _)o

そんな感じで2度目の出会い…ならぬ遭遇は終わったのでした。
なんともコブクロには縁を感じてしまった私です。
2007年6月11日(月) at 03:19 

初めての出会い / ナウシカ

音楽 > コブクロ
あれは2001年夏のこと。
旦那と1歳になる娘と、友達家族と一緒に少し遠出をして遊びに行った帰り。
和歌山のマリーナシティーに立ち寄った際、どこからともなくメロディーが流れてきます。

結構、大音量でBGMを流すとこだなぁ〜なんて思ってると、なんとコブクロの野外ライブをやっていたんですね!
すでに大ブレイクしていたコブクロのお2人。
ファンの声援もすごかったです!

音楽や芸能界について疎い旦那に、私は一生懸命説明していました。
『あれ、コブクロっていって、大阪のストリートからデビューしたらしいで。
こんなとこでタダで生歌聴けるなんてラッキーだね、私ら♪』

ちょっと遠かったけど身を乗り出したりして、お2人の歌に聞き惚れていました。
この頃はまだファンにはなっていなかったけど、でも間近で聴いちゃうと、やはり嬉しくなっちゃいますね♪

そのライブ終了後は花火大会があり、1歳の娘は初めての花火を見て、手を叩いて喜んだり、はしゃいだりしてました。
コブクロライブとセットで、とても楽しい良き思い出になりました♪
2007年6月11日(月) at 03:15 

ある映画監督の静かな死 / ナウシカ

> 看護全般
私が以前勤務していた外科病棟に、映画監督が入院してくるということで、ちょっとした話題に。
でも名前を聞いてもちょっと知らない。
知る人ぞ知る有名な監督さんだということだったけど、病棟の誰もその監督を知りませんでした。

入院の時にはお弟子さんという人が数人付き添い、度々着替えやら差し入れやら持って来てはお世話をしていました。
ただちょっとミステリーなことが…

『事情は何も聞かないで、どうか”コレ”でよろしくお願いします』
そうお弟子さんは深々と頭を下げて、私たちに言うのです。
”コレ”というのは健康保険証を見せないのです。
『お金は必ず現金で払いますから、どうかよろしくお願いします』
こちらとしては自費で払うと言っている以上、それ以上介入することもできず…

(保険証持って来ないなんて変わってるなぁ〜
映画監督というだけあって変人なのかしら?
どんだけお金かかると思ってんのかしら?
そんな無駄金があるなら、もっと有効に使ったらいいのに…)
なんて私は思ってました。
それに、そんななのに部屋は個室ではなく6人部屋に入院されたのです。

そして、大きな手術をして、しばらく点滴による薬物治療もして、それこそ毎月の入院費は100万円単位。
それでも毎回遅れることもなく、お弟子さんという人が医療費を払っていかれました。

『看護婦さん、いつもありがとうございます』
映画監督というから、どんだけ尊大ぶった人だろうと、実は警戒していた私ですが、いやいやどうして、とても腰の低い、穏やかに話をされる、とても瞳の奥に優しさを蓄えている人で、見た目も仙人のようです。

監督は何とか大手術を乗り切りましたが、すでに手遅れの状態で、もう余命宣告を受けられていました。
本人への告知はなかったので、早く病気を治して退院するんだということも話されていました。

痛みがだんだんきつくなってきて、モルヒネを使うようになっていたんですが、我慢強い人で、よほどのことがない限りナースコールも押さなくて、こちらが心配になって見に行くことも多かったです。
苦悶表情をしていて、『痛いんじゃないですか?大丈夫ですか?』と聞いても、『ちょっと痛いですけど大丈夫です』と笑顔を必死につくろうとされます。
同室患者さんへの気配りもされる人で、同じ部屋の人からも慕われていました。

(いったいどんな映画を撮っている人なんだろう?
どうして保険証を持って来ないのだろう?)
看護していく中でそんな疑問が湧いてきました。

食欲もだんだん落ちてきて、みるみる痩せてきて
『でも早く元気になるためには食べなくてはいけませんね。
頑張っているんだけど、なかなか食べれないんです』
監督、初めての弱音でした。

病気からして食べれないのは当然なんだけど、”治る”という希望を持って生きている人です。
人は希望がないと生きていけない。
『そうですね…別に病院食だけじゃなくてもいいんですよ。
何でも食べたい物を食べて下さい。
刺激物はいけないけど、差し入れしてもらってもいいから…
そうだ、お好み焼きとかどうですか?
あれなら栄養がありそうだし、柔らかくて食べやすいかも。
ソースの味が濃すぎると食べにくいかもしれないから、そこは少し取って食べられたらいいですよ』

数日して監督のもとに行くと、差し入れされて食べた後のお好み焼きが残っていました。
『看護婦さん、ありがとうございました。
お好み焼きおいしかったです。
いつもよりもたくさん食べられました』
私は何もしてないのに、嬉しそうに私に感謝の言葉を何度も述べる監督。
本当に良かったと喜んでいた私ですが、それが監督の最期の晩餐になってしまいました。

それから数日ほとんど何も口にできず、点滴だけで栄養をつないでいて、意識も混濁してくることが多くなってきて、そして私が夜勤の泊まりの夜、意識が薄れ、本当にすぅ〜っとロウソクの火が消えるみたいに静かに息を引き取りました。
延命処置はしないでほしいというのがご家族の希望でした。

監督の体をきれいにして、衣服を整え、死に化粧をして…お弟子さんやご家族がドカドカ来て騒がしい…ということもなく、本当に静かに亡くなられました。

看護師の私らが一仕事終えて、ほっとしているところに『困った…』と主治医が頭を抱えていました。
『死亡診断書が書かれへん』
聞くと戸籍がないとのこと!
ああーだから保険証が持って来れなかったんだ、持っていなかったんだ!

ご家族とお弟子さんが来られ、事情を聞くと、監督が若い頃に日本にやってきた中国難民であることがわかりました。
つまり不法滞在者。
数十年も不法滞在のまま、日本という国で映画を撮り活動していたんです!
私たちが聞いていた名前は日本名の義名だったので、皆が知らなくて当然だったのです。
ちょっとビックリ!
お弟子さんも100人位いて、支援者も多いのだとか。

監督が主に撮っていた映画はドキュメント映画で、アジアを中心にストリートチルドレンの支援活動をしているとのことでした。
映画で稼いだお金は、ほとんどそういった恵まれない子ども達のために使われました。
監督のそういった活動に共感した人々が、不法滞在であるにも関わらず、監督の弟子になったり、お世話をしたり、公私に渡り支援を続けてきたんです。
(スゴイ!こんなことが、この日本であるんだ!
だからなのか、だから監督はあんなに穏やかな優しい目をして、痛みに取り乱したりすることもなく、じっと耐え、人への感謝をどんな時も忘れない人だったんだ!)

私は晴れ渡る空のようにスッキリした気持ちになり、『看護婦さん、ありがとう』と言う監督の優しい笑顔を思い出していました。
そして私も心の中で、『監督、ありがとう』とつぶやいていました。
2007年6月3日(日) at 22:05 

親がナンボのもんじゃ! / ナウシカ

出産・育児 > 思い
ある人といろいろ話していて思ったことなど、まとめてみたいと思います。

親子関係は難しいです。
私自身は親として、どんなに頑張ってもダメなものはダメなんて簡単に諦めてしまって、反面教師というか、子ども達は別人格だから、大丈夫だろうとタカをくくってるところがあります。
思春期頃になると、総スカンをくらいそうで、ちょっと怖いですが。

私がいろいろ悩む人を見て思うのは(自分も含めて)、気に病みすぎても、楽観的に考え過ぎても、子どもにとっては、良い結果を生まないのじゃないかと思います。
子どもは大人が思う以上に、いろんなことを敏感に感じ取って、自分なりに考えて生きていくし(秘めている子もいるし)、ガチガチに固まってしまった大人よりも、柔軟に人生を選択して生きていくのではないかと。

こんな親だけど(私のことです)あなたの人生はあなたが切り開いていきなさい、私は見守っているよと。
よけいなことをしないことが、子どもの自立を妨げないことに繋がるかと。
親が子どもにしてあげることって、本当はそんなに大そうなことでもないような気がするんです。
親がなくとも、子は育つって言いますよね。

食べたり、着たり、学んだり、危険を回避したり、見守ったり、時に相談に乗ったり、子どものことを気にかけ、愛し…
導くというよりは、なんか、親という生き物は、なんでも屋さんみたいに、子どもの手助けをするだけの存在であり、変に考えて手を加えて、大そうに説教垂れるもんでもないと、私なんかは思ってしまうんです。

大人があれこれ考える以上に、子どもの方が利口に立ち回るだろうと。
だから、その邪魔にならない程度に、何かしてやる…そんな感じでしょうか?
私は子どもの能力は買っているけど、私自身の親としての能力は…あんまりだと思っているんです。
謙遜でも何でもなく、気負いすぎず、ほどほどに自分の立場を弁えるというか…
ああ〜もう何様にもなれない私、いくら背伸びしても仕方ないだろうと。
なんてズボラな親かしら(;^_^A
2007年5月7日(月) at 00:43 

中傷放置=ネット管理人を書類送検 / ナウシカ

社会・政治 > 時事問題
「学校裏サイト」の中傷放置=ネット管理人を書類送検−大阪府警 (時事通信)

ネットの中傷書き込みで、掲示板の管理人の刑事責任が問われるのは異例とのこと。
ネットはバーチャルとはいえ、それがリアルに及ぼす影響がある場合は、やはり刑事責任は免れないのでしょうね。

ネット人口も増え、こういう犯罪も多くなってくるのかな?
匿名だからといって、何でもありで好き勝手やっていると痛い目に遭いますよということですね。
皆さん、お互い気をつけて、楽しいネットライフを過ごしましょう(^^)/

2007年4月27日(金) at 14:12 

共依存症について / ナウシカ

健康 > ココロ
随分前に書籍の紹介文としてUPしたものですが、再度挙げたいと思います。

『共依存症〜いつも他人に振りまわされる人たち』
著・メロディ・ビーティ
訳・村山久美子


頼まれなくても他人の世話に明け暮れる。
相手を喜ばせようといつも自分は後回し。
そして、思いどおりにならないといって腹を立てる。
この本は、自分の人生を他人に捧げてしまった「共依存症者」への処方箋である。

なぜいつも自分が犠牲になるのか。
なぜうまくいかない人間関係にしがみつき、相手をコントロールしようとして結局振りまわされるのか。
「愛しているだけ」で相手を変えることができるのか。
本当に、あなたがいなければ彼は駄目になるのか。
こんな疑問に自らも共依存症に苦しんだ著者が明快にアドバイス。
自分が変われば「他人に振りまわされない人生」が手に入る。

共依存症者とは…
特定の他者の行動に左右されていて、かつ、自分は相手の行動をコントロールしなければならないという強迫観念にとらわれている人のこと。
アルコール依存症者の妻や、アルコール依存症者に影響されたアダルト・チルドレン、慢性病患者の介護をしている人、行動障害のある子供の親、責任感のない人とつきあってる人、看護婦、ソーシャルワーカーといった、介護や援助を職業とする人たちをはじめとして、多くの現代人が共依存症にかかっていることが明らかになっている。
本書は専門家のためのものではない。
アルコール依存症、賭博マニア、過食・拒食、仕事中毒、色情狂、犯罪癖、家庭内暴力の息子、神経症の親…そうした嗜癖者によって翻弄されてきた共依存症者のための本である。

******

それと今回追加で、以下に挙げたいと思います。
こちらでは目次だけ挙げますが、詳しくは、リンク先の心と家族の相談室【依存症】を見て下さいね。


◆共依存症者は、自らを犠牲にして他人を助けたり、世話したりする

◆共依存症者は、他人の行動、感情、考え方・状況・結果を変えようとコントロールする

◆共依存症者は、何か身の回りに問題や危機が起こっていないと空虚になる

◆共依存症者は、依存心が強く、一人でやっていけるという自信がない

◆共依存症者は、考え方、視野がせまい。社会・地域・自然などへの関心・貢献が薄い

◆共依存症者は、現実をしっかり見つめようとしない

◆共依存症者は、「No」と言えない。「私」を中心に話せない

◆共依存症者は、コミュニケーションの技術に欠け、必要なもの欲しいものを要求できない

◆共依存症者は、他人とのバウンダリー(境界)がはっきりしていない

◆共依存症者は、自分の身体から出るメッセージに気がつかず、感情の適切な表現ができない

◆共依存症者は、怒りの問題がある

◆共依存症者は、忍耐強く、静かに時を待つ、ということを知らない

◆共依存症者は、罪の意識によくおそわれる

◆共依存症者は、物事が極端。ほどほどに、ができない

◆共依存症者は、過去の間違いから学ぶことができない

◆共依存症者は、被害者意識にとりつかれている

◆共依存症者は、自分自分のまわりに害があるのに波風を立てないように四苦八苦する

◆共依存症者は、愛情としがみつきを取り違える

◆共依存症者は、権威者を恐れる

◆共依存症者は、理想郷、ファンタジー(空想)、社会のおきてにとらわれる

◆共依存症者は、相手の気分を敏感に察して、先へ先へと頭を働かせる

◆共依存症者は、ウソをつかなくてもよいときにウソをつく

◆共依存症者は、自己の確立ができていない

2007年4月26日(木) at 11:06 

ユンソナ「豹変発言」の真相 もともと日本が嫌いだった? / ナウシカ

社会・政治 > 時事問題
Infoseek ニュースより

タレントのユンソナさんがソウル市内で開いた記者会見で、「歪曲された日本の歴史教育に傷つき苦しみました」などと話したことが報道され、ネット上ではこれを「反日発言」だとし、ガッカリしたというコメントが並んでいる。しかし、過去の報道を調べると、彼女が豹変したわけではなく、どうやら考えは一貫していたらしいのだ。

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あとの文章はリンク先の記事を読んでほしいんですが、従軍慰安婦の問題で、あれはあったとかなかったとか、あちこちでいろんな論争になっているけど、事実は一つなわけで、なんで”あるなし”論争になるのか、ほんと私は解せません。

私の訪問看護先のおじいちゃんで、フィリピンに戦争に行ってた人がいて、いろいろと話をしてくれました。
海軍にいたらしいんですが、その方は小さな偵察船(5人乗りと言われてました)に乗っていたそうです。

それで大きな母艦?の周囲で、敵の船や攻撃がないかどうか偵察するらしいんですが、ある日、フィリピンの沖近くで日本の母艦がアメリカに追撃され、真っ二つに割れ海に沈んでしまったのだそうです。

その方は何もできず、ただ沈んでいく母艦を眺めているしかなかったそうです。
アメリカ兵はすぐ近くにいたようですが、その方の乗っている船はあまりに小さかったので攻撃を受けることはなかったと言われてました。

それで、なぜ従軍慰安婦の話に繋がるかというと、その沈んだ母艦にフィリピンから強制的に連れてこられた女性100人(だったか150人だったか)が一緒に乗っていたというのです。
その方は、従軍慰安婦という言葉は使わず、『パンパンの女や』という言い方をしてました。
私は以前、そういう女性のことを『パンパン』と呼ぶということを聞いたことがあったので、すぐにわかりましたけど。

その方は、沈み行く母艦の看板に並んでいた多くのフィリピンの女性たちのことが忘れらないと言っていました。
無理やり連れてこられて、日本軍と一緒に海に沈んでしまった女性たち。

それにしても『パンパン』って、なんて軽い言葉でしょう。
勝手に連れてきて、勝手にそう名づけて、勝手に…

こういうこと書くと、またどこの海で、どんな母艦で、いつ?みたいな質問をしてくる人もいるかもしれないけど、私はフィリピンで戦争体験をした『忘れられない』証言とやらをしてくれた、その方の話を信じますね〜
こんな話、いきなり作り話で訪問看護師の私に話すとも思えないし。

”あるなし”論争の前に、まずは証言に耳を傾けましょうと言いたい。
2007年4月11日(水) at 00:26 

『文藝ミュージシャンの勃興』 / ナウシカ

音楽 > 音楽

『文藝ミュージシャンの勃興』

先日面白いCDを買った♪

『ミュージシャンというより、昔の文士。
美人に貢がせ、原稿破る。
ロマンとリアルのせめぎあい。

シュガーフィールズ原朋信と田辺マモルの企画による、同人誌のようなコンピレーション・アルバム。』

だそうだ。
私はその中の曲を聞くよりも、CDの中に入っている冊子の文章に魅せられて、何度でも読んでしまう。

詩があったり、エッセイがあったり、小説があったり。
その中でも、う〜んと唸ってしまった文章。


『ギャラ』  西里一茶雄

生きることはノーギャラであります
それだけではお金にならないのであります
生きることは いかなる労働よりも過酷である にも関わらず
生きる分だけのギャラが支払われないということは
人生とは何と不条理でありましょうか

せめて交通費だけでも、と請求書を書いてみたものの
私が何処から来たのか 何処へ行くのか 今何処にいるのか
私自身全く検討がつかないものでございますから
どうにも正当な支払いなど望めないのであります
人生とは何と非合理でありましょうか

この分だと きっと死もノーギャラであります
どんな死に方でも 誰のためであろうとも 同じ金額であります
美しくても 醜くても 悲しくても 嬉しくても
私には 一銭のギャラも入ってはこないのであります
そしてそれこそがまさに 私の生きている理由なのであります

人生とは何と無邪気でありましょうか
2007年4月3日(火) at 19:42 

ネルソン・マンデラさんのスピーチ / ナウシカ

社会・政治 > その他
ネルソン・マンデラさんが40年の牢獄生活後の講演会で朗読したマリアンヌ・ウィリアムソンの著作からの言葉だそうです。

******

私達のもっとも恐れていることは、
自分の力のなさではありません。

私達がもっとも恐れているのは、
自分に計り知れないほどの力があるということなのです。

私達をもっとも怯えさせているのは、
私達の中の闇ではなく、私達の光なのです。

私達は自問自答します。

「自分が、卓越して優れ、魅力に溢れ、才能があり、素晴らしいなんてことがあるだろうか?」と。

でも、そうでないあなたとは、一体何者なのでしょうか?

あなたは神の子なのです。
あなたが取るに足らないものとして謙遜していることは
この世界のためにはなりません。

周りの人が不安がらないように縮こまっていることは、
全く賢明ではないのです。

私達は誰もが輝くためにいるのです、子ども達のように。

私達は内なる神の栄光を顕現するために生まれてきたのです。

それは私達の何人かにしかないものではありません。
誰の中にもあるのです。

そして、私達が自分に輝くことを許すとき、
意識していなくても、それが他の人たちにも同じように輝くことを許していくのです。

私達が自分の恐れから自由になるとき、
私達の存在そのものが、自然に他の人達も自由にするのです。
2007年3月25日(日) at 14:32 

厚生労働省と医師会と看護協会 / ナウシカ

社会・政治 > 時事問題
あれから色々と人に聞いたり調べたりしてみましたが、看護協会としては准看護師制度を廃止したいと思っていて、今の看護教育3年(全日制)を4年にしたいという要望を出しています。

医師会はというと、准看護師制度は廃止せず、それよりも積極的に養成していきたいとし、資金援助をしてほしいと国に要望を出しているとか。

それで、厚生労働省としてはどうかというと、看護協会と同じく准看護師制度は廃止したいと思っているが、医師会の強い反対のためできないとのことでした。

私も知らなかったのですが、日本看護協会は現在、准看護師の人のための救済策として、2年過程通信制の看護学校も次々に開講しているみたいですね。
もう何年も前から、この制度を通そうと看護協会として頑張ってきたのは聞いています。
やっとという感じです。

2年過程通信制(日本看護協会)

医療機関の経営者が多い医師会は、いつもいつも大反対をし、こういった制度の改正を邪魔してきました。
本当に悔しいですね。

先ほどもニュースで、助産師の仕事を看護師がしていたとして、その医療機関の人たちが書類送検されていましたね。
でも刑事責任は問われないということです。
どこもかしこも人手不足。
やむにやまれずといった感じで、ここだけではないだろうということです。
国の政策では、何の対処もしていないという現実があり、現場はアップアップという感じです。
ほんとに参った(x_x)
2007年2月2日(金) at 01:04