CIGER BOX GUITER / バビロン
音楽 > blues is a feeling
「昔は本物のギターを買う金がなかったもんで、シガー・ボックスを使って手製の奴を作ってね・・・。」と、実に多くのブルースマンが若い頃を回想して語っておりますが、なんとまー、その伝統のシガー・ボックス・ギターを製造販売されてるJohn McNairという人のサイトを見つけました。
なかなかこの方、アイデアマンのようで、ベーブルース仕様やらレイ・チャールズ型から、異国情緒溢れるsamuraiモデルも開発されてる様です。しかしこれ、

お茶のCMかなにかのキャッチコピーがそのまま使われてるのが残念ですね。おそらく「あ、これは日本で使われてる文字にちがいない、何書いてあるのかわからんけど、雰囲気出すために適当に使ったろ」と思ったんでしょうね?
このあたり、横文字を使ったTシャツが巷に溢れかえる本邦の状況と、どっこいどっこいの気もします。
「ありきたりのギターには、もう飽き飽きした。
世間をアッと言わす奴が欲しい」と思われる方は
ぜひご購入を。 とは、よう言いませんがね。
なかなかこの方、アイデアマンのようで、ベーブルース仕様やらレイ・チャールズ型から、異国情緒溢れるsamuraiモデルも開発されてる様です。しかしこれ、

お茶のCMかなにかのキャッチコピーがそのまま使われてるのが残念ですね。おそらく「あ、これは日本で使われてる文字にちがいない、何書いてあるのかわからんけど、雰囲気出すために適当に使ったろ」と思ったんでしょうね?
このあたり、横文字を使ったTシャツが巷に溢れかえる本邦の状況と、どっこいどっこいの気もします。
「ありきたりのギターには、もう飽き飽きした。
世間をアッと言わす奴が欲しい」と思われる方は
ぜひご購入を。 とは、よう言いませんがね。
2007年5月5日(土) at 22:19
このエントリ(記事)へのコメント
ほう /
揺れ名人 URL
たしかにそのセリフはよく目にしますが、実物は見たことがありませんでした。
しかし"FOR SALE"って・・・。一体誰が買うんやろ?
宇治抹茶というのが笑えます。
"Bitch"って書いたTシャツ着て街を歩いている日本の女子よりも、品はよろしおす。
しかし"FOR SALE"って・・・。一体誰が買うんやろ?
宇治抹茶というのが笑えます。
"Bitch"って書いたTシャツ着て街を歩いている日本の女子よりも、品はよろしおす。
2007年05月06日(日) at 0:44
ん? / ken-sann
4弦ギターですね?
昔のブルースマンたちは、こういうので腕を磨いてたんでしょうね・・。
ところで、このサイトは昔のミュージシャンたちの写真が結構ありますね〜、楽しです♪
昔のブルースマンたちは、こういうので腕を磨いてたんでしょうね・・。
ところで、このサイトは昔のミュージシャンたちの写真が結構ありますね〜、楽しです♪
2007年05月06日(日) at 20:29
揺れ名人さんへ /
バビロン URL
ラック製作の後は、これに対抗して「お正月用重箱ギター」とか「象が踏んでも壊れない筆箱ギター」とかを開発されてはいかがでしょうか?
爆発的な人気を獲得するか、それとも世の失笑を買うか?人ごとながら楽しみです。
爆発的な人気を獲得するか、それとも世の失笑を買うか?人ごとながら楽しみです。
2007年05月07日(月) at 0:01
ken-sann さんへ /
バビロン URL
う〜ん。フレットなんかはちゃんとしたモノを使ってるみたいやし、ホンマモノは粗末な板とワイヤーを使ってたと思うんですが・・・・
ま、これは楽器というより工芸品としての捉える方が正解とちゃいまっしゃろか?
ま、これは楽器というより工芸品としての捉える方が正解とちゃいまっしゃろか?
2007年05月07日(月) at 0:06
このエントリ(記事)へのトラックバック
シガーボックスギターへの道1・「カンカラ三線」 / ナカタガイのブログ
カンカラ三線。琉球の弦楽器である三線、ふつうは蛇皮を張った胴を使っているのだが、それを空き缶で代用したやつ。それを作りたいとずっと思っていた。
最近は沖縄ブーム、大阪でもあちこちに沖縄料理店や食品店がある。でも、僕とカンカラ三線との出会いはそれよりも古い。
あやふやな記憶をたどる。たしか15年ほど前。テレビ番組、探偵!ナイトスクープ。どんんな内容かは忘れたが、越前屋俵太が沖縄に取材に行っていた。彼がたまたま入った店にカンカラ三線があった。
「なんですかこれは!?」
ブ越前屋俵太が手にとり、店の主人にたずねていた。僕はそれまでカンカラ三線を知らなかったし、番組でも「ネタ」として使われていたくらいだから、世間的にもまだ知名度がなかったのだろう。
でも僕は、ラウン管の向こうのその謎めいた楽器に目を奪われた。
ここ数年、沖縄雑貨店などで現物を見る機会も何度かあった。僕は食い入るように見つめた。
大き目の空き缶に穴をあけ、棒切れを通しただけ。そこに弦を張る。空き缶の上には「駒」が乗っていて、それが弦を支え、音を空き缶で反響させている。
なんと粗末で原始的な楽器だろう。しかし僕はますます惹かれた。理由は自分でもわからない。たぶん「楽器を自分で作りたい」という欲求が心の奥底にあったのかもしれない。
だが考えるだけで、実際に行動に移すことはなかった。理由はわかっていた。
僕は三線が弾けないのである。
原理もよくわからない。弦が3本あって、C、F、Cにチューニングされていることくらい。
だいたい作ったところで何を弾く? 沖縄民謡にはあまり興味がない。BEGINやTHE BOOMでも歌うか。いや、たぶん歌わないだろう。
ただ時間だけが流れていった。
そんなある日、いつものごとくダラダラとネットを見ていたら、リンクをたどっていくうち、こんな動画にぶちあたった。
これだ!と僕は思う。この手づくり感、チープさ。それでいてこのブルージーな響き。
僕が作りたかったのはまさにこういう楽器なのだ。
→つづく
最近は沖縄ブーム、大阪でもあちこちに沖縄料理店や食品店がある。でも、僕とカンカラ三線との出会いはそれよりも古い。
あやふやな記憶をたどる。たしか15年ほど前。テレビ番組、探偵!ナイトスクープ。どんんな内容かは忘れたが、越前屋俵太が沖縄に取材に行っていた。彼がたまたま入った店にカンカラ三線があった。
「なんですかこれは!?」
ブ越前屋俵太が手にとり、店の主人にたずねていた。僕はそれまでカンカラ三線を知らなかったし、番組でも「ネタ」として使われていたくらいだから、世間的にもまだ知名度がなかったのだろう。
でも僕は、ラウン管の向こうのその謎めいた楽器に目を奪われた。
ここ数年、沖縄雑貨店などで現物を見る機会も何度かあった。僕は食い入るように見つめた。
大き目の空き缶に穴をあけ、棒切れを通しただけ。そこに弦を張る。空き缶の上には「駒」が乗っていて、それが弦を支え、音を空き缶で反響させている。
なんと粗末で原始的な楽器だろう。しかし僕はますます惹かれた。理由は自分でもわからない。たぶん「楽器を自分で作りたい」という欲求が心の奥底にあったのかもしれない。
だが考えるだけで、実際に行動に移すことはなかった。理由はわかっていた。
僕は三線が弾けないのである。
原理もよくわからない。弦が3本あって、C、F、Cにチューニングされていることくらい。
だいたい作ったところで何を弾く? 沖縄民謡にはあまり興味がない。BEGINやTHE BOOMでも歌うか。いや、たぶん歌わないだろう。
ただ時間だけが流れていった。
そんなある日、いつものごとくダラダラとネットを見ていたら、リンクをたどっていくうち、こんな動画にぶちあたった。
これだ!と僕は思う。この手づくり感、チープさ。それでいてこのブルージーな響き。
僕が作りたかったのはまさにこういう楽器なのだ。
→つづく
2008年04月17日(木) at 10:37
シガーボックスギターへの道5・「さらなる起源」 / ナカタガイのブログ
シガーボックスギターの起源について語るにあたって、重要なことを忘れていた。
ネットの世界で「権威ある」Wikipediaを調べることである。Wikipedia英語版で\"cigar box guitar\"を検索すると、次のような記事にたどりつく。
以下、拙訳。意訳、そしておそらくは誤訳を含む可能性あり。「※」印は僕の注釈。
--------------------------------------------------
(Cigar box guitar・Wikipedia英語版より)
シガーボックスギター
シガーボックスギターは、不要になった葉巻の箱を共鳴胴とする原始的な弦鳴楽器である。手作りの楽器であるため、その大きさ、弦の種類、制作方法についての基準は存在しない。初期のシガーボックスギターの多くは、葉巻の箱に通したホウキの柄に1、2本の弦を張っただけのものであった。ギターやバンジョー、フィドル(※ヴァイオリン)などの弦楽器に近づけるために、より複雑な構造を持つシガーボックスギターもあった。
アメリカ葉巻博物館館長のTony Hyman博士によれば、現在のようなシガーボックスは1840年代まで存在しなかった。それまで葉巻は、100本以上入る大きな箱で出荷されていた。しかし1840年以降、葉巻メーカーはより小さく運びやすい20〜50本入りの箱を使用し始めた。
葉巻は19世紀には非常にポピュラーであったため、空になった多くのシガーボックスが家の中に放置されている状態であった。19世紀はアメリカ人にとってより質素な時代であり、まさしく「必要は発明の母」であった。シガーボックスを活用したギター、バンジョー、フィドルの製作は、何かをつくりたいと考える人々にとっては当然の選択であった。
シガーボックスを使った楽器は、アメリカ南北戦争時に野営地でシガーボックスを使ったフィドルを演奏する兵士を描いた銅版画として、歴史上初めて登場する。この絵は、北軍の従軍画家であったフランス人Edwin Forbesによって描かれたものである。1876年の彼の作品集「LIFE STORIES OF THE GREAT ARMY」に収録されている。絵の中に、「Figaro」と書かれたシガーボックスに、ヴィオラほどの長さのネックを取り付けたフィドルを見ることができる。
さらに1870年代、アメリカボーイスカウトの創始者であるDaniel Carter Beardの雑誌「St. Nicholas Magazine」の中に、シガーボックス・バンジョーの作り方が記載されている。この原稿は「アンクルエノスのバンジョーのつくりかた」と題され、シガーボックスを用いたフレットのない5弦バンジョーの制作手順が説明されている。しかしDaniel Carter Beardが実際に同タイトルで記事を書いたのか、雑誌として実際に出版されたのかは不明である。アンクルエノスのバンジョーは、彼が1882年に出版した「 American Boy’s Handy Book」の中で初めて世に出たと考えるほうが妥当である。この記事は同書巻末の補足資料の中に掲載されている。
初期のシガーボックス楽器は非常に粗末で原始的であったと思われるが、これは必ずしもすべてにあてはまらない。アメリカシガーボックスギター博物館は、1886年と1889年につくられた2本のシガーボックスフィドルを所蔵しているが、これは非常に精密で実用的につくられている。1886年製は8歳の子ども用につくられたものであり、演奏に耐えうるものである。1889年製は緻密にカーブされたネックと彫刻がほどされたヘッドがあり、実際の演奏会で使用されていたものである。
シガーボックスギターおよびフィドルは、ジャグバンド(※20世紀初頭の黒人による、日用品を楽器にして演奏したバンド形態)やブルースの隆盛において重要な役割を果たした。演奏家の多くは黒人で貧困にあえいでいたため、「本物」の楽器を手に入れることができなかった。ウォッシュタブベース(※洗濯たらいで作ったベース)、水差し、洗濯板、ハーモニカと共に、黒人ミュージシャンたちは黎明期のブルースを演奏した。
1930年代の世界大恐慌により、手作り楽器は再び日の目を見ることとなった。貧しいアメリカ南部では、玄関のポーチにすわってブルースを歌うというのが日常の娯楽であった。楽器は手の届かないものになっていたが、古いシガーボックスやホウキの柄、網戸からとった針金ならあった。こうして手づくりのギターはつくられた。
近年におけるシガーボックスギターの復活(シガーボックスギター革命と呼ばれている)は、シガーボックスギターの製作者や演奏者の増加によって起こった。アンダーグラウンドなミュージシャンたちが「シガーボックスギターマスターズツアー」と銘打って、毎年アメリカ東部でツアーをおこなっている。Doctor Oakroot、Johnny Lowebow、Shane Speal、Tomi-Oなどのミュージシャンもこの中に含まれる。また、自らのウェブサイトやeBayでシガーボックスギターを販売する製作者も増えている。
この革命を推し進めるため、シガーボックスギターのみを扱うCDレーベルも立ち上げられた。これはShane Speal(シガーボックスギターの演奏家・製作者であり、アメリカシガーボックスギター博物館館長でもある)によって運営されている。「手づくり楽器で宅録した手づくりCD」をリリースし、そのパッケージもアウトサイダーアーティストによる手づくりである。このCDは現在eBayでのみ販売されている。
(以下略)
--------------------------------------------------
長い(汗)。
注目すべき点は、シガーボックスギターは世界大恐慌時代に誕生したわけではなく、19世紀後半にはそれに類するものがすでに現れていたということだ。
調べてみると見つかった。上記記事中に登場する銅版画。ネットは便利だね。
歴史に初めて登場するシガーボックスギター(フィドル)。1876年、Edwin Forbes作。シガーボックスを奏でる南北戦争兵士の図。
ネットの世界で「権威ある」Wikipediaを調べることである。Wikipedia英語版で\"cigar box guitar\"を検索すると、次のような記事にたどりつく。
以下、拙訳。意訳、そしておそらくは誤訳を含む可能性あり。「※」印は僕の注釈。
--------------------------------------------------
(Cigar box guitar・Wikipedia英語版より)
シガーボックスギター
シガーボックスギターは、不要になった葉巻の箱を共鳴胴とする原始的な弦鳴楽器である。手作りの楽器であるため、その大きさ、弦の種類、制作方法についての基準は存在しない。初期のシガーボックスギターの多くは、葉巻の箱に通したホウキの柄に1、2本の弦を張っただけのものであった。ギターやバンジョー、フィドル(※ヴァイオリン)などの弦楽器に近づけるために、より複雑な構造を持つシガーボックスギターもあった。
アメリカ葉巻博物館館長のTony Hyman博士によれば、現在のようなシガーボックスは1840年代まで存在しなかった。それまで葉巻は、100本以上入る大きな箱で出荷されていた。しかし1840年以降、葉巻メーカーはより小さく運びやすい20〜50本入りの箱を使用し始めた。
葉巻は19世紀には非常にポピュラーであったため、空になった多くのシガーボックスが家の中に放置されている状態であった。19世紀はアメリカ人にとってより質素な時代であり、まさしく「必要は発明の母」であった。シガーボックスを活用したギター、バンジョー、フィドルの製作は、何かをつくりたいと考える人々にとっては当然の選択であった。
シガーボックスを使った楽器は、アメリカ南北戦争時に野営地でシガーボックスを使ったフィドルを演奏する兵士を描いた銅版画として、歴史上初めて登場する。この絵は、北軍の従軍画家であったフランス人Edwin Forbesによって描かれたものである。1876年の彼の作品集「LIFE STORIES OF THE GREAT ARMY」に収録されている。絵の中に、「Figaro」と書かれたシガーボックスに、ヴィオラほどの長さのネックを取り付けたフィドルを見ることができる。
さらに1870年代、アメリカボーイスカウトの創始者であるDaniel Carter Beardの雑誌「St. Nicholas Magazine」の中に、シガーボックス・バンジョーの作り方が記載されている。この原稿は「アンクルエノスのバンジョーのつくりかた」と題され、シガーボックスを用いたフレットのない5弦バンジョーの制作手順が説明されている。しかしDaniel Carter Beardが実際に同タイトルで記事を書いたのか、雑誌として実際に出版されたのかは不明である。アンクルエノスのバンジョーは、彼が1882年に出版した「 American Boy’s Handy Book」の中で初めて世に出たと考えるほうが妥当である。この記事は同書巻末の補足資料の中に掲載されている。
初期のシガーボックス楽器は非常に粗末で原始的であったと思われるが、これは必ずしもすべてにあてはまらない。アメリカシガーボックスギター博物館は、1886年と1889年につくられた2本のシガーボックスフィドルを所蔵しているが、これは非常に精密で実用的につくられている。1886年製は8歳の子ども用につくられたものであり、演奏に耐えうるものである。1889年製は緻密にカーブされたネックと彫刻がほどされたヘッドがあり、実際の演奏会で使用されていたものである。
シガーボックスギターおよびフィドルは、ジャグバンド(※20世紀初頭の黒人による、日用品を楽器にして演奏したバンド形態)やブルースの隆盛において重要な役割を果たした。演奏家の多くは黒人で貧困にあえいでいたため、「本物」の楽器を手に入れることができなかった。ウォッシュタブベース(※洗濯たらいで作ったベース)、水差し、洗濯板、ハーモニカと共に、黒人ミュージシャンたちは黎明期のブルースを演奏した。
1930年代の世界大恐慌により、手作り楽器は再び日の目を見ることとなった。貧しいアメリカ南部では、玄関のポーチにすわってブルースを歌うというのが日常の娯楽であった。楽器は手の届かないものになっていたが、古いシガーボックスやホウキの柄、網戸からとった針金ならあった。こうして手づくりのギターはつくられた。
近年におけるシガーボックスギターの復活(シガーボックスギター革命と呼ばれている)は、シガーボックスギターの製作者や演奏者の増加によって起こった。アンダーグラウンドなミュージシャンたちが「シガーボックスギターマスターズツアー」と銘打って、毎年アメリカ東部でツアーをおこなっている。Doctor Oakroot、Johnny Lowebow、Shane Speal、Tomi-Oなどのミュージシャンもこの中に含まれる。また、自らのウェブサイトやeBayでシガーボックスギターを販売する製作者も増えている。
この革命を推し進めるため、シガーボックスギターのみを扱うCDレーベルも立ち上げられた。これはShane Speal(シガーボックスギターの演奏家・製作者であり、アメリカシガーボックスギター博物館館長でもある)によって運営されている。「手づくり楽器で宅録した手づくりCD」をリリースし、そのパッケージもアウトサイダーアーティストによる手づくりである。このCDは現在eBayでのみ販売されている。
(以下略)
--------------------------------------------------
長い(汗)。
注目すべき点は、シガーボックスギターは世界大恐慌時代に誕生したわけではなく、19世紀後半にはそれに類するものがすでに現れていたということだ。
調べてみると見つかった。上記記事中に登場する銅版画。ネットは便利だね。
歴史に初めて登場するシガーボックスギター(フィドル)。1876年、Edwin Forbes作。シガーボックスを奏でる南北戦争兵士の図。

