BBRの雑記帳

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[米大統領予備選]ちょっと、引っ張りすぎ? / BBR

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ここにきて、ちょっとズルズル行きすぎてしまっている感のある民主党の予備選。現地時間の6日は、最後のMini Tuesdayとも言われたIN、SCの両州です。





明らかに劣勢ではあるけれどこの予備選最終盤の時期に至っても完全に勝負がついた状況ではない、というところで、ヒラリーもやめるにやめられない状態が続いています。しかしもう各州の予備選はもう残りわずか。代議員が100人を超える州はもう残っておらず、あとはSuperdelegatesの数がどう動くか、というところにかかっています。


その「特別代議員」の支持状況は、当初大きくリードを許していたオバマがその差を徐々に詰め、CNNのカウントでは252-266とほぼ互角に迫ってきました。ヒラリー→オバマの流れがまだ続いている以上、残っているSuperdelagateが流れをうってヒラリーにつかない限り、逆転の可能性は薄いと考えられます。未定の代議員は500名余り。オバマはそのうち200名を押さえれば、指名に必要な代議員数を確保することができる形になっていますから。


客観的に見て、とんでもない大事が生じない限り、オバマの指名獲得は揺るがないところで、本来ならばヒラリーももう少し早い場面、あるいは今回の2州の結果が出た時点で、マケインとの勝負へ向けて挙党態勢をと握手を求めるべき段階だったのだと思うのですが、そこへなかなか踏み込めないというか、むしろ「泥仕合」が続いているという印象を与えること自体が彼ら全体にとっての不利(どうも本筋での議論で戦いを動かそうという風には見えない)であるということに気付いてはいるもののここで終わり、とスッパリいかないのが厳しいところです。


そろそろこの場はおしまいにしないと、印象悪いんじゃないかと思うんですが。しかしまだ戦いは続いてしまいます。





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2008年5月7日(水) at 22:29 / コメント( 0 )/ トラックバック( 3 )
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[坪尻駅再訪]もう一つのけもの道(その3) / BBR

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前々回、そして前回と、どこに連れて行かれるのかと思う山道を歩くこと約20分、ついに舗装道路にたどり着きました。すぐ脇をもう一本舗装道路が上がっていく形になっていて、そこには「軽自動車のみ通行可能」と少々古い看板も。近くに集落ぐらいありそうな、と思って道を出たなりに北方向へ少し歩くと、


久しぶりに民家が。


やっと人の生活が感じられる光景に復帰した気がしましたが人の気配はなし。でどっち側に行くかというと、確実に徒歩でもどこかに着けるであろう方向へ、ということで、すぐにとって返して南へ向かいます。

道は比較的平坦に山の斜面のやや高いところに沿ってカーブを切っていきます。電柱の番号には「ニュウタイ」の文字。確かもっと谷の下流側にある集落の名前だったはずだが要は電線路がそっちへ流れているということか。


でしばらく行くと突然に幟が何本も。斜面の途中にお不動さんの祠がしつらえてあります。



この辺りにもこれぐらいの人はいるんだ、という数の幟の上には結構優しいお顔のお不動さんの像がまつられていました。手を合わせてしばし休憩。まだ結構歩く距離もありますし。


さて、再び歩き始めますが、相変わらず道は林の中だったり所々切れ目があったりで、しばらくして先ほど山道でその下を通ったとおぼしき場所も通過していきます。

相変わらず同じ高さに遠く対岸の32号線が見える状況。そして遠く下の方からに列車の音も聞こえます。さてさて、これでどの辺まで来たのかな、と思って谷の方を中止しながらもうしばらく歩きますと、


←駅や。


遙か下に、木の間で見にくいですがあれは坪尻駅。方向からして、駅から讃岐財田方向へのトンネルのほぼ真上に立っている格好になっているものと思われます。

地形図のコピーを取りだして確認。ここは線路に一番近い市道が駅の北側で最も張り出している地点ということでしょう。

どうやら、駅から歩いてきた道はトンネルの上を通って西側へ回り込み、市道が谷をわたるように南へカーブを切っているそのさらに西辺りで合流する形になっているようです。坪尻駅から讃岐財田方面へ最初のトンネルを抜けると、左側に川が少し暗渠になっている箇所が目に入ります。その上部を歩いてきた格好になりますし、谷の方に降りていく道があったように見えたのは、そのあたりで川の水面近くに降りていくようになっているのかも知れません。

こうして「この辺」とわかる場所まで出てくると、あとはかなり気楽になってきます。林の中の道をさらに数分、車にも人にもまったく会わないうちに、見覚えのあるカーブミラー。そしてその少し先に、白い小さな看板が。

北側からだと、ここまで近づいても降りていく道は見えないのですが、ここが確かに、駅西側のけもの道を上がった先です。




←裏側から見ると、極めて地味〜に、駅への向きが示されています。

ここで駅へと降りていっても良かったのですが、通ったことのある道を再度、というのも面白くない。ここはあの「広域農道」の端っこぐらいには入って、そのまま阿波池田まで降りていこう、と決めて、さらに市道を南下します。

途中、徒歩なら上がれる道が林を分け入って山の中に何本か消えていきます。ところどころには石垣も積まれていて、この付近がかつては林業で栄えていたのではないかと感じさせます。

途中の谷には、そこから水を引いている管が取り付けられ、何本も集落へ向けて降りていきます。そして山の中の舗装道路に少し飽きてきた頃、不意に視界が開け、木屋床の集落の東側にたどり着きます。藤の花が盛りを迎え、吉野川と四国山脈がやや霞んで見える、美しい風景なのですが、やはりそこには人の動いている気配が乏しく、山里の過疎の状況が自然と伝わってきます。

かつては吉野川の左岸側の急斜面上にある集落は道路の便も悪かったのでしょう。坪尻が駅に昇格した昭和20年代後半には、徒歩で延々と降りていく道しかなくても、ここに住むいくらかの人々が町へ出ていくには汽車で行くのが有力な選択肢であったわけで、それが今ではほとんどの家が車で移動し、ヘアピンの連続ながらも舗装道路で町へも素早く到達する状況になっています。地元の利用が完全になくなるのも決して遠くはない将来だと思われますし、「秘境駅」への客だけの状況では、JR四国もいつまでここを駅として保存してくれるものでしょうか。

一気に坂を下って吉野川の四国中央橋まで、意外に距離があるものです。さらに橋を渡ってから、池田ダムを遠景に見ながら32号線を西進し、阿波池田まで西日を受けながらさらに約30分。坪尻駅からは都合8〜9kmあります。結構足が辛い状況になっていましたので、戻るのは特急で。

当然ながらスイッチバックは利用せずに通過していく坪尻駅のプラットフォームには男性が一人。どちらへ向かう方だったんでしょうね。


(この項終わり。次回からうどんツアー本編でまいります)





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2008年5月7日(水) at 00:03 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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