BBRの雑記帳

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イオンの紙袋 / BBR

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調べてみると方々で語られているネタではありますが、敢えてエントリ。

父の日の買い物で近くのリーファに。小さめの鉢花を買ってラッピングしてもらったところ、←この紙袋に入れてもらいました。

こっち側は、別に何の変哲もない、普通の「イオンの袋」なのでありますが、この裏側を見てみますと...

←こんな感じで、2段譜表のの楽譜。見た感じ、イオンのCMとは関係なさそうだし、何にも記号類がないしちょっと音を取ってみた感じではバロックぽい。なんかどっかで聞いたような音。バッハかなあ。


ちょっと妻に弾いてもらったんですが(何か音符の割りが合ってなかったりするので弾きにくいと。確かに見てみるとそうなんですよね)、やっぱりバッハだこれは。やっぱり聴いたことはありそうなんだけど、何だったかが思い出せない。

というわけで、ネットの先人の情報を確認してみますと、


ゴルトベルク変奏曲の第18変奏(ただし2ページ目)


なるほどお。あんまり印象に残っていないと思ったらその辺りの曲でしたか。イオンさんによると、デザイン的に良さそうないくつかの候補からこれを採ったそうで、これもデザイン的に一部譜面を変えているそうです(それでちょっと弾くのに違和感があったのかも知れない)。


というわけで、これにて疑問解決と。


で、「ゴルトベルク変奏曲」なんですが、ここでグレン・グールドを挙げるのも余りに野暮ってもんでしょうから、曲の確認のために取り出していたピーター・ゼルキン3回目の録音をご紹介しておきましょう。ひょっとすると「現代物」イメージがある人かも知れませんが、デビュー盤は17歳時の「ゴルトベルク」でありました。40台の録音となったこのディスクでは、非常に丁寧で、慈しむような穏やかさを感じる演奏を聴かせます。刺激度はそんなに強くありませんが、こういうのもアリ、という感じはしますよ。なお、リピートはナシです。


(参照ディスク)
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲、イタリア協奏曲
ピーター・ゼルキン(Pf)
RCA:BVCC37661 (1994年録音)





2008年6月14日(土) at 22:12 

アンダのバルトーク:audite2枚組 / BBR

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今週、ピアノ系のディスク、しかも最近の主力であるバーゲン品でも中古でもないものを2組購入しまして、どっちかはエントリしようと思っていたのですが、当初期待していた「Kapell Re-Discovered」は演奏のクオリティは相当高いものの、何せラジオ放送をエアチェックしたディスク録音、しかも2枚目にはラジオの混信音も結構入っていてちょっと厳しいのでパスして、こちらだけを採り上げることにしました。

このディスクは、auditeが放送のアーカイヴを集めて発売している「Edition Geza Anda」の第4回(最終回らしい)。アンダといえばモーツァルトとバルトーク、というのはちょっと単純すぎますが、やはり母国の作曲家、しかもアンダが若い頃から同時代の曲を残していた先生に対する深い思い入れが、どの演奏にも生きています。

協奏曲に関しては、フリッチャイと全3曲(さらに「ラプソディ」)をステレオのスタジオ録音で残していますが、こういったライヴではさらに打ち込み方が鋭く、フリッチャイとの演奏でも、スタジオ盤とはかなり違う(録音時期的にも7、8年空いていて、その間にフリッチャイの病気が入っています)熱さが乗っかっていますので、てきぱき感というところでは当盤により優れたものがあります。まだ若かったギーレンとの溌剌とした音が聴ける第1番も、力のぶつかり合いが積極的な方に出たいい演奏です。3楽章の烈しさは聴き応えがあります。録音は第2番がザルツブルク独特のデッドな音でちょっと抵抗を感じる人がいるかも知れませんが、鑑賞に支障はほとんどありません。

ディスク2枚目でやはり注目なのは、「2台ピアノと打楽器のためのソナタ」。実はデビュー盤がピアノソロだったショルティは、ペライアその他との共演でこの曲の録音を残していましたが、こちらは1953年1月の放送録音です。モノですが音質は極めて良好で、両ピアノの絡みも結構良く楽しめます。さすがショルティ、ピアノデビューしてからもまだ日の浅い時期の録音ですから、鋭い鋭い。


ここに出てくるケルンのアーカイヴは、本当にこれからまだまだいろいろと良好な録音を出してくれるのではないかと思います。単価的にはやや厳しいのですが、他のも含めて如何にも物持ちの良いドイツ系、という感じがしています。今後ともチェックした方が良いようで。


(参照CD)
バルトーク:ピアノ協奏曲第1番、同第2番、コントラスツ、ピアノのための組曲、2台のピアノと打楽器のためのソナタ
アンダ、ショルティ(P)、ギーレン、フリッチャイ指揮 ケルン放送響、ブレッヒャー(Cl)、ヴァルガ(Vn)、パインコファー、ポルト(Perc)
audite:23.410 (1952〜57年録音)



2008年5月17日(土) at 23:43 

ロストロポーヴィチのチャイコフスキー全集 / BBR

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以前、こちらの訃報エントリこちらで一部をご紹介したことがあったロストロポーヴィチ指揮によるチャイコフスキー、長いことCDが再発されず、追悼企画からも外れてしまい、Brilliantからもムーティ盤しか出ず、中古でもなかなか浮いてこない、半ば幻のディスクと化していた名盤だったのですが...

このたび、EMI本家からようやく再発になりました。「マンフレッド交響曲」と管弦楽曲2曲を加えての5枚組。



5枚組?



そう、既に購入された方の書き込みを見てもやはり否定的意見の多い詰め込み体勢であります。具体的には、第3番と「悲愴」が分断されています。ロストロポーヴィチの演奏はどれもゆったりしたテンポですから演奏時間も微妙に長い、という点はあるのですが、そんなご無体な、という切り方でありまして。


どうせなら、1、2番を80分ギリギリで1枚にして、「3+フランチェスカ」「5+ロメジュリ」「4+マンフレッド前半」「マンフレッド後半+悲愴」ぐらいにしてくれたらまだマシだったかも。



まあこれで3169円でしたから別に文句は申しませんが。この切られ方がイヤなら保全の意味も含めてCD−Rコピーして聴けばいいかと。


演奏は、70年代後半(交響曲7曲は、1976年10月に毎週2、3日をかけて集中して録音されている)というロストロポーヴィチにとって非常に困難な時期に、これ以上ないほどのパトスを注入して作られた演奏。ロンドンフィルが、アンサンブルのムラは多少あるものの、ロシアのオケよりもロシア的な雰囲気を湛えた音を聞かせます。何度聴いても、第1番の冒頭、少し距離感のあるフルートの旋律から最初に乾いた堅めのティンパニが響くまでの流れと、第2楽章の冷たい空気感とは他では滅多に聴けないもの、としびれる思いがします。


他にも以前ご紹介した「第5番」は名盤として知られていますが、意外にバランスの取れたいい演奏なのが「マンフレッド交響曲」。これだけはちょっとしっとりした、適度な粘り気をもつ弦の響きが、ややもすると退屈なまま推移しそうな音楽をぐっと引き上げてくれています。


とにかく、これこそチャイコフスキー交響曲の隠れた名盤最右翼です。録音の状態にも不足はありません。もうこの辺は聞き飽きたと仰る向きにも、ぜひ騙されたと思ってお聞きいただきたいと思います。


(参照ディスク)
チャイコフスキー:交響曲第1番〜第6番、マンフレッド交響曲、フランチェスカ・ダ・リミニ、ロミオとジュリエット
ロストロポーヴィチ指揮 ロンドンフィル
EMI:5194932 (1976、77年録音)





http://mukun.blog.so-net.ne.jp/2008-04-28
2008年4月23日(水) at 22:23 

スクロヴァチェフスキのVOXBOX10枚組 / BBR

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最近すっかり、「Naxosって高い」というばかりか、Waltyの通常ワゴンセールも「ちょっと高いよなあ」と思いだしていてこれはすっかりCDデフレモードだな、という感じになっているのですが、この10枚組は以前から気になっていたVOXの10枚組、今では日本でも巨匠指揮者としてファンの多いスクロヴァチェフスキが、実は1960年から20年にわたって音楽監督を務めていたミネソタ管(就任当時はミネアポリス響、ドラティのあと、マリナーの前)とVOXに残した恐らく全録音をギューッと押し込んだBOXセットです。発売当初は確か5千円かそこらで出ていたと思うのですが、これが中古で2520円。1枚252円。録音は70年代後半が主体で音質も十分。素晴らしい。


とにかく13時間近く詰め込まれていますから、「ペトルーシュカ」が中途半端なところでディスク切り替えになったり、ヴァーグナーのディスクの最後の最後にポツンと「ボレロ」が入っていたりとかいうのはありますが、とにかく中身が良いので気にしない気にしない。


で、良いところは書ききれないほどあるのですが、まずはラヴェル。スクロヴァチェフスキは前衛作曲家としても知られていますが、ここで聴かれる演奏はそれもわかるな、という、ブーレーズとはまたちょっと違うが客観的で透明感の恐ろしく高い演奏。クリュイタンスやミュンシュやの演奏がラヴェルの神髄だと思っている向きにはちょっとサラサラしてフランスっぽさが薄いので拍子抜けするほどかも知れませんが、オケのバランスが絶妙なのでしょう、細かい音がきれいに伝わり、ラヴェルの音が情報量豊かに入ってくるけれどもくどくない。「クープランの墓」のような小編成の曲も良いですが、「ラ・ヴァルス」のちょっと突き放したような独特の雰囲気も素敵です。


プロコフィエフ、ストラヴィンスキー、それにバルトークはやはりスクロヴァチェフスキの領域にある曲ですね。「春の祭典」がこれも隅々まで気の利いた音作りで、しかも迫力にも欠けない言い演奏です。あと「弦チェレ」もこういう透明感のあるオケの音によく合います。


このセットのもう一つのポイントはベートーヴェンの序曲と機会音楽を収めた約2枚と、モーツァルトの協奏曲2曲。マイナー作品が随分数多く収められているベートーヴェンも興味深いですが、まさにCrystal Clearな音楽を楽しませてくれるW.クリーンとのモーツァルトはこれらの曲の「超ウラ名盤」と言ってもいい演奏。特に17番は実にスッキリとした美しさで、モダン楽器でこの時代にここまでストレートに見通しの良い演奏ができているのは驚き。この部分だけでも値打ちのあるディスクです。


10枚目のヴァーグナーが意外にしっかりした音で、オケの厚みもあって(全般に、ミネソタ管のアンサンブルの良さも注目に値します。超大スケールではないが美しくまとまっている)聴き応えがあります。


別セットで分売されているものもありますが、10枚どかんとまとまっていると、いやあたっぷりたっぷり。「ミスターS」の演奏に関心のある方、最近のOEHMS盤もいいですが、まずはこの格安VOX盤を聴くべし。結構出回っていたディスクなので、中古市場には時々出てきているようです。



(参照ディスク)
Stanislaw Skrowaczewski/The Minnesota Orchestra The Vox Recordings
ラヴェル:スペイン狂詩曲、道化師の朝の歌、優雅で感傷的なワルツ、亡き王女のためのパヴァーヌ、マ・メール・ロワ、「ジャンヌの扇」のためのファンファーレ、「ダフニスとクロエ」組曲第1番、同第2番、クープランの墓、海原の小舟、ラ・ヴァルス、ボレロ、プロコフィエフ:ロメオとジュリエット(抜粋)、「3つのオレンジへの恋」組曲、スキタイ組曲、ストラヴィンスキー:ペトルーシュカ、春の祭典、「火の鳥」組曲、バルトーク:管弦楽のための協奏曲、弦楽のためのディヴェルティメント、弦楽器・打楽器・チェレスタのための音楽、「中国の不思議な役人」組曲、「かかし王子」組曲、ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第1番〜第3番、「フィデリオ」序曲、「レオノーレ・プロハスカ」より葬送行進曲、「献堂式」より序曲と合唱曲「若々しく脈うつところ」、祝賀メヌエット、「コリオラン」序曲、「エグモント」序曲、「プロメテウスの創造物」序曲、「タルペーヤ」のための凱旋行進曲、「アテネの廃墟」より序曲、トルコ行進曲、行進曲と合唱「聖壇を飾れ」、「シュテファン王」序曲、「命名祝日」序曲、静かな海と楽しい航海、モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番、27番、ヘンデル:「水上の音楽」抜粋、王宮の花火の音楽、ヴァーグナー:「タンホイザー」より序曲、ヴェヌスベルクの音楽、ヴァルトブルク城への入城、「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死、第3幕への前奏曲
スクロヴァチェフスキ指揮 ミネソタ管 クリーン(Pf)
VOX:CD10X3604 (1974〜79年録音)



2008年4月13日(日) at 00:22 

OTAKEN廃盤CD-R(その2) / BBR

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あんまりやるつもりはなかったのだが何故かやってしまう前回の続きのOTAKEN廃盤祭り。どうやらWaltyでも一部を除いて売り切れになってしまったようですからここに挙げているのはもうワゴンには入っていないんですが。


こうして挙げているディスクのソースの多くは初期盤LP。よくあるマスターテープからリマスタリングCDでは、もとの音源に劣化があればできあがる音も当然劣化しているわけで、磁気媒体の場合にはいくらリマスタリングを頑張っても限界がある。一方ディスクに既に固定されているものはそのままの状態であれば固定された音のままというのがその理屈(勿論ディスクそのものの劣化というのもあるはずなので100%ということはないだろうが)で、確かにこう言うところでつかわれているディスクは針音はちょこちょこ聞かれるものの、出てくる音にはたっぷりとした生気が感じられます。

こちらの「アルプス交響曲」は以前採り上げたこともある東独の名匠コンヴィチュニーが珍しくミュンヘンで録音したディスク。あのURANIAレーベルから出ていたLPの覆刻です(現在、このURANIAとは関係ないURANIAレーベルからも覆刻CDが出ている。ややこしい。)。50年代前半の録音ですが新鮮な音。盛り上がり部分から長く尾を引く終結まで、息の長い音楽を派手ではないがしっかり鳴らした佳演です。

もう一つ←こちらはシェルヘンの「英雄」。同じウェストミンスターに、「田園」とセットでCD1枚に収まってしまうという超高速ステレオ盤、あと最晩年のルガーノでのライヴ録音もあるようですが、こちらはそれよりもう少し古いモノラル盤です。

シェルヘンというと「爆演系」というイメージ(ジャケットの絵なんかを見ると余計にそんな感じがしてくる)が先行している耳にとっては、この演奏はちょっと「まとも過ぎる」ぐらいに感じられるかも知れません。それぐらいに力強いがキュッとまとまった、それなりに動きはあるがでも全体的には素直でスッキリと入っていく演奏です。

正統派の演奏として、音は古いが十分にお奨めできるディスク。第1番とのセットでも出ているようですね。


今や覆刻系のディスクも数社からかなり高いクオリティのものが出ています。これからステレオ初期の名盤が続々と覆刻で出てくる(既に出始めていますが)かと思いますが、長いこと眠っている録音には、こういう形ででも出会えるのは嬉しいことだと思います。

また時折この手のものも採り上げようと思います。基本的にCD-R系は買いませんが。


(参照ディスク)
(上)R.シュトラウス:アルプス交響曲
コンヴィチュニー指揮 バイエルン州立歌劇場管
OTAKEN:TK−5001 (1952年録音)

(下)ベートーヴェン:交響曲第3番
シェルヘン指揮 ウィーン国立歌劇場管
OTAKEN:TK−4003 (1950年ごろ録音)




2008年3月29日(土) at 23:27 

OTAKEN廃盤CD-R(一応その1) / BBR

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通常、CD-R盤は購入しないことにしていますし、これまでは手を出す対象にもしていなかったのですが、先週Waltyのいつものワゴンコーナーを覗いてみたら、昨年11月に全点廃盤になっていたはずのOTAKENのCD-Rシリーズが1枚333円という驚きの価格で並んでいるではありませんか。従来価格の6分の1か7分の1ということで、これはやはり手にしないという訳にもいかず。


今回はチャイコフスキー絡みで3枚挙げてみました。←こちらは戦後にドイツへの協力者扱いされてメインルートを外れ、さらにステレオ時代に僅かに間に合わなかった不運もあって一時ほとんど忘れられていた名指揮者、ヴァン・ケンペンが最晩年にコンセール・ラムルーを指揮した1枚。弦楽セレナードが、コンセルトヘボウと比べるまでもないはずのこのオケのアンサンブルにケンペンのカッチリした棒が何故かマッチして、スッと腑に落ちる快演です。音もモノラル末期とあって充実しており、多少LPの針音は入りますが初期LP盤の実力が活きる覆刻と合わせ、演奏の魅力をたっぷりと伝えてくれます。もう一つの「組曲第4番」はちょっと曲に難ありかなあ。セレナードほどにはインパクトは感じられません。なおおまけに入っているアルベニスは随分小編成でアンサンブルの弱さもかなり出てしまうのですが、それでもなんだか不思議に聴けてしまう演奏です。

続いて←こちらは、このディスクを手に取るまで知らなかった旧ソ連の指揮者、メリク・パシャエフの振る「悲愴」。ムラヴィンスキーがレニングラードを牛耳っていた頃にモスクワで活躍していた指揮者の一人ですが、この演奏を聴いていると、いかにもロシア的にがんがん引っ張っていくような演奏ではなくて、ある程度西欧的なスタイルを保った感じの音楽です。もちろんいかにもロシアのオケといったブラスの音響や、テンポも落とすところは思いっきり落としたりとかいう部分はある(4楽章などかなり深めの泣きが入ります)のですが、それでも全体的には濃すぎない演奏。録音は1950年代中頃で、当然モノラルで、変に残響がきついところなどもあったりしますが、メロディヤの音が意外とまともなのに気付きます。

こちらの余白にはアルメニア人のスペンディアロフ、グルジア人のパリアシヴィリという、全然知らなかった作曲家の作品が収められていますが、いかにも民族的ですが興味深く聴ける音楽である一方、こうした録音が組まれているのはやはり「ソ連」の時代であったのだなあ、と思う次第です。

もうひとつは1940年代、ミトロプーロスがミネアポリス響を振っていた時代の録音。メンデルスゾーンもチャイコフスキーも確かに古い録音ではありますが、気合いのこもった厚みのある演奏です。両曲ともかなりテンポが速いのですが、それでも音の重厚さ、そして爽快感が十分にあり、ミトロプーロスの地力が万全に発揮されていたのはこの時代であったといわれるのもわかる気がしてきます。特にチャイコフスキーの締まった感覚(終楽章の「しろやぎさんから」もスキッと鳴らしていて嫌味がない)は、音の古さを忘れさせてくれます。一般向きではないかも知れませんが、いい演奏です。



というわけで、CD-Rながら全て著作権落ちしている録音で、この値段ならそれはもう超お徳用盤だと思うのですが、あくまで現品限りの廃盤処分、もうここに挙げたものもほとんどワゴンには残っていなかったと思いますので念のため。


(参照ディスク)
(上)チャイコフスキー:弦楽セレナード、組曲第4番「モーツァルティアーナ」、アルベニス:スペイン組曲より
ケンペン指揮 コンセール・ラムルー管、オルメード指揮 マドリード放送室内管
OTAKEN:TK5005 (1955年録音)

(中)チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」、スペンディアロフとパリアシヴィリの小品
メリク・パシャエフ指揮 ボリショイ劇場管、アルメニア国立フィル
OTAKEN:TK5509 (1950年台前半頃録音)

(下)メンデルスゾーン:交響曲第3番「スコットランド」、チャイコフスキー:交響曲第2番、リムスキー・コルサコフ:スペイン奇想曲
ミトロプーロス指揮 ミネアポリス響、シュヒター指揮 フィルハーモニア管
OTAKEN:TK5027 (1940年台録音)





2008年3月23日(日) at 23:57 

100年の指揮者(その1) / BBR

音楽 > CDいろいろ
前々回前回と、生誕100年、150年の作曲家でエントリをしてみましたが、周年系の作曲家としてはその他には没後50年でフロラン・シュミットとかヴォーン・ウィリアムズ、没後100年でリムスキー・コルサコフやサラサーテといった辺りが主なところでしょうか。挙げれば他にももちろんいますがまあそのぐらいで。


一方、指揮者篇で、となると、恐らく誰もが思いつくカラヤンや朝比奈隆の他に浮かぶのが、同じく生誕100年となるカイルベルトとアンチェルです。カイルベルトについてはここまでも何枚かを採りあげていますので後回しにして、まずここではアンチェルを。



カレル・アンチェルはターリッヒに指揮を学んだチェコの本流指揮者、というだけではなく、ハーバに作曲を師事しただけあって同時代音楽への造詣と共感も深かった人です。最近Supraphonから単売でまとめて出ていたアンチェルのシリーズにも、多くの人にはなじみの薄い作曲家の名前がぞろぞろと並んでいました。


またアンチェルは、ナチのチェコ侵攻の際にアウシュビッツに送られて家族を失い、その後復帰してチェコフィルの常任を務めた後も、たまたま楽旅中の米国で「プラハの春事件」を知って亡命を決意し、その後トロント響の地位を得たが病を得て亡くなるという、苦労と不運の多かった人としても知られています。しかしチェコフィルとの関係は約18年にも及び、幸い録音も数多く残されています。それを辿れば、今でも、総合的に見たチェコフィルの最盛期はアンチェル時代であった、と考える人が多いのもうなずけるほど、充実した音楽を聴くことができるのです。

アンチェルの残した録音の中で、私が最初に手にしたのはヤナーチェクの「グラゴル・ミサ」のCD。かなりオンマイクで、響くホールの最前列にドンドンとマイクを並べたような音。しかも音楽はもの凄くテンションが高く、独唱、合唱とともにこの曲がキリスト教の通常のミサというよりも、野外で高らかに歌われる詩篇のフレーズ、あるいはこぞった民衆の讃歌を聴くような印象を受けます。同曲の他の録音からは聴けない熱い気合いが感じられる演奏。そこには祖国への強い思いが当然にこめられていたはずで、のちに訪れる辛い晩年を考えると余計に複雑な気持ちにさせられる名演です。

その他、我々にとってはマイナーな作品の録音もかなりの数があるようなのですが、一般的な曲で私が持っていてこれは良いと思うのはドヴォルジャークの8番。「新世界」にも有名な録音が2種類ほどありますが、←こちらに入っている1970年のアムステルダムでのライヴは彼の亡命後の演奏で、コンセルトヘボウからやや硬質で透明感のある、しかし熱のこもった音を引き出しています。終盤までベースラインのテンションの高さが保たれ、しかしバランスも絶妙、最上のライヴ録音の部類に入ります。トロントでの録音であるマルティヌー(これも予想以上の快演)の他、1枚目にはチェコの20世紀ものが多く収録されているのも意外な魅力です。

同曲もう一つのライヴ録音が←こちらで、これは上の録音から10年前、1960年にチェコフィルと残した唯一の録音です。このディスク、録音はモノラルながら(聴きにくい音ではまったくない)、指揮者の熱さが音になったかのような思い切りのよい演奏で、コンセルトヘボウとのように硬質な端正さが先に感じられる演奏ではなく、よりエモーショナルに、そして音楽的なバランスはむしろギリギリのところで保たれているような、ずんずんと来る推進力が印象に残る演奏です。所々で、手慣れているはずのチェコフィルが危うく振り落とされそうにさえなっている、というのが、この演奏の「熱さ」が特に出ている所かも知れません(なお、併録のオイストラフがソロを弾くヴァイオリン協奏曲も言い演奏ではありますが、こちらは録音の古さが少々邪魔している面があります)。



これ以外にも、改めて聴き直すとアンチェルの録音にはどれも「チェコフィルってこんなに直線的にきちっと鳴ってたんだ」と再認識させてもらえます。もうちょっと聴き込みたくなってきましたね。



(参照ディスク)
(上)ヤナーチェク:グラゴルミサ、タラス・ブーリバ
ドマニーンスカ(S)、ソウクポヴァー(A)、ブラフト(T)、ハケン(B)、アンチェル指揮 チェコフィル、同合唱団
SUPRAPHON:25CO−2800 (1963、61年録音) ※違う形でいろいろと再発されています。

(中)ショスタコーヴィチ:祝典序曲、ノヴァーク:タトラ山にて、クレイチー:管楽器のためのセレナード、ヤナーチェク:タラス・ブーリバ、マーハ:ジャン・リフリークの死と主題による変奏曲、スメタナ:モルダウ、ドヴォルジャーク:交響曲第8番、マルティヌー:交響曲第5番、ドヴォルジャーク:スラヴ舞曲第8番
アンチェル指揮 チェコフィル、ウィーン響、アムステルダム・コンセルトヘボウ管、トロント響
EMI:5750912 (1950〜71年録音)

(下)ドヴォルジャーク:ヴァイオリン協奏曲、交響曲第8番
オイストラフ(Vn)、アンチェル指揮 チェコフィル
PRAGA:PR50046 (1951、60年録音)





2008年1月6日(日) at 23:59 

○○年の作曲家(その2) / BBR

音楽 > CDいろいろ
今年が生誕100周年となる作曲家として、最も有名な人と言えば、やはりオリヴィエ・メシアンでしょう。


20世紀音楽に巨大な足跡を残すこの作曲家が亡くなってはや15年。別に私もこの人の音楽が分かっているわけではないですが、巨大で難解に思われる曲も、聴けば意外とシンプルに入ってくる、それがメシアンの最大の魅力です。作曲には彼独自の技巧もかなり幅広く散りばめられているのですが、あまり難しいことを考えなくても結構聴ける曲が多いのです。


晩年の大作オペラ「アッシジの聖フランチェスコ」や、恐らく最も有名な作品「トゥランガリラ交響曲」あたりでもいいのですが、ここに挙げたのは、私が最初に手に入れたメシアンのCDです(当時2枚組で6千円もした。現在は当然お安い仕様で出ている)。

ベロフが弾く「みどり児イエスに注ぐ20のまなざし」。この録音時、ベロフは弱冠19歳。その2年前に第1回のメシアンコンクールに優勝し、ここでの録音も、19歳とは思えないような素晴らしいテクニックと、特に4番や6番以降の数曲での単に勢いというには余りにも凄まじい畳みかけるような音楽の流れは圧倒的。その後手を傷め、これほどの冴えた音楽を聴かせることがなくなったベロフですが、この若き日の名演だけで彼の実力のほどが本当によくわかります。

もう1枚のディスクは、表を見てもメシアンの曲が入っているかどうかわからないのですが、ミニマルミュージック系で特にヴォーカル音楽に注目すべき作品を多く残している(と言っても私もミニマル系はあんまり得意ではないのだが)メレディス・モンクの作品に始まり、2曲目にメシアンの合唱曲、O Sacrum Conviviumが収められています(その後にはリゲティやモーランやと、結構雑多。このMusica Sacraという団体のことは良く知らないが、非常に安定した声を聴かせる合唱団だと思う)。

この作品、スコアはわずか4ページ。4声全くdivなしの曲ですが、とにかく絶妙な和声で、歌うのも大変だが聴く分には極めて感動的な作品です(一度歌ったことがあるがきちんと合わすのは相当難しい)。何種類か録音を持っていますが、作曲者が監修したと言われるArion盤は7分近くもかかって余りにも遅すぎ。合唱団の質が必ずしも高くないのでさらに厳しく聞こえます。もう一つのカナダCBS盤は何と2分台という速さ(最初CDのパッケージを見て誤植かと思ったが、確かにそう言うテンポで歌っている)。これはこれでちょっとやり過ぎかな、と思われ、5分少々の当盤が結局一番まともに聴けます。演奏も内声が邪魔をしないけどきちんと聞き分けられて破綻がない、聴かせる演奏です。


一度、騙されたと思って聴いてみて下さい(と言いつつこの録音は入手可能なんだろうか)。


(参照ディスク)
(上)メシアン:みどり児イエスに注ぐ20のまなざし
ベロフ(Pf)
EMI:CC30−3753・54(1969年録音)

(下)モンク:Return to Earth、メシアン:おお聖なる宴、ゴードン:ウォーター・ミュージック、リゲティ:永遠の光、シャーマン:Graveside、モーラン:Seven Sounds Unseen
ウェスタンバーグ指揮 ムジカ・サクラ
CATALYST:0902661822−2 (1993年録音)





2008年1月4日(金) at 23:50 

○○年の作曲家(その1) / BBR

音楽 > CDいろいろ
2008年に○○周年、というと、あの指揮者やあの指揮者、というあたりが真っ先に浮かんでくるかも知れませんし、そっちの筋の企画も恐らく今年は出てくるのでしょうが、作曲家関係では昨年同様、大きな名前の人はそんなに出てきません。それでも何人かおいでになりますので、その関連を2、3回。


まずは今年が生誕150年となるプッチーニ


プッチーニのオペラを支える旋律美、そして転調の巧みさ、オーケストレーションの洗練ぶり、誰にもスッと入る旋律と描写の反面に、意外に曲として同時代的な鮮烈さ(それ故に未完の遺作である「トゥーランドット」をベリオにまで至る構成の作曲家が補作しようとする、という風に興味を感じさせたのではないかと思われる)も併せ持った音楽こそが、彼の作品が幅広い層に愛されている大きな原因ではないかと思います。


19世紀から20世紀への変わり目に、プッチーニはとりわけ傑作とされる3作、「ラ・ボエーム」、「トスカ」、「蝶々夫人」を作曲していますが、やはり曲全体が発するカタルシス、という点では、「トスカ」にまさるものはないでしょう。

で、「トスカ」となると、もはや何を措いてもカラスの歌うディスクを採り上げざるを得ないわけでありまして、その中でも最も有名なのが←これということになります(いろいろな形で再発されていますが、手持ちのこのディスクは90年代前半とかなり古いものです)


1950年代のカラスは声の力と劇的な表現力のいずれにおいてもまさに素晴らしいの一言。録音の古さなど忽ちに忘れ、舞台の流れが戦列に再現されるのを感じることができるでしょう。このディスクでは、ゴッビのスカルピア、ステファノのカヴァラドッシの歌唱もこれ以上を望みがたいほどに見事で、ツボを抑えたサーバタの棒に的確に応えるスカラ座のオケともども、ほぼ非の打ち所のない表現と言えます。


恐らく、この芸術が存在する限りは、オペラ録音史上に燦然と輝き続ける1枚となるでしょう。




(参照ディスク)
プッチーニ:歌劇「トスカ」
カラス(S)、ディ・ステファノ(T)、ゴッビ(Br)
デ・サーバタ指揮 ミラノ・スカラ座管、同合唱団 ほか
EMI:CDCB747174−2 (1953年録音)





2008年1月3日(木) at 01:09 

クーベリック/シカゴ響のBOXセット / BBR

音楽 > CDいろいろ
ひと月ほど前のエントリのオマケに、ロジンスキの録音を採り上げていました。この人は1948年まで、短い期間でしたがシカゴ響の音楽監督の地位にあったのですが、その次にこの地位に就いたのが、クーベリックでした。この4枚組は、当時、地元シカゴに本拠を置くMercuryへ録音されたものです(これ以外にも、チャイコフスキーの4、6番やブラームスの4番などの録音があるが私は未入手)。


クーベリックの就任の前には、戦後の音楽史上非常に有名な「シカゴ事件」というのがありまして、ロジンスキの後任としてシカゴ響がフルトヴェングラーに働きかけを行い、フルトヴェングラーも度重なる要請に応じようとしていた矢先、トスカニーニ、ルビンシュタイン、ホロヴィッツらのアメリカ音楽会の重鎮達(ユダヤ人が主体だがワルターやメニューインは加わっていない)が猛反発し、もし(ナチの統治下にずっとドイツで指揮をしていた)フルトヴェングラーが指揮をするのなら自分たちはシカゴ響に二度と客演しないと突っ込んだため、結局音楽監督就任が没になったというものです。(事件の内容については、この本でおおよそのところはつかんでいただけると思います。内容には賛否あるようですが、私はよくこれだけのものを新書1冊にまとめて、我々にその音から考えさせてくれるきっかけを与えてくれたな、と感謝したい)


結局フルトヴェングラーは自分の代わりにクーベリックを推し、1950年からクーベリックが就任(チェコの共産化をきっかけに亡命、コンセルトヘボウの常任にも就任していた)、20世紀音楽を積極的に採り上げるなど、意欲的な活動でシカゴ響の実力を一層高めたのですが、「フルトヴェングラーの推薦」というところがまた引っかかったのか、ユダヤ人を中心とする地元の音楽関係者による多分に政治的な批判(特にシカゴトリビューンの女性評論家、キャシディ氏が批判の急先鋒に立っていた)にさらされ、1953年、わずか3シーズン務めただけで退きます(その後、コヴェントガーデン経由でバイエルン放送響、というキャリアはよく知られているところ)。


この時期にクーベリックが残した録音は、Mercuryがシカゴ響の契約のはざま(ライナーはRCAとの契約があったため、以後Mercuryへの録音ができなくなり、ミネアポリス、デトロイトとの録音がメインになる。ただし、クーベリックが去ったあと、彼との契約分の残りを、ドラティが指揮して録音しており、その2曲(コダーイとバルトークの「中国の不思議な役人」)もこの4枚組に収められている)に、オーケストラホールで収録したもので、必ずしも響きが多いとは言えないホールに、Telefunkenのマイクを1本だけ立て、1/4インチのテープに可能な限りダイレクトな形で録音しています。音質的にはこれがたった1本のマイクで録られているとは信じられないほどの奥行きを持った素晴らしさです(多少強奏部で歪みが目立つ場所もあるが)。


演奏は当時30代後半だったクーベリックが勇躍乗り込んだシカゴ響の奏者と正面から渡り合っている、という印象。全般に硬質でごつめ、躍動感と緊張感が裏表をなしているような感じの演奏ですが、ただ直線一本かというとそうでもなく、「新世界」の厚い響きの中にたっぷりした情感も湛えた音の運びは印象に残りますし、確かクーベリックのスタジオ録音はこれだけだったと思う「弦・チェレ」も、音としては厳しく磨きがかけられているのですが、決して冷たい音ではなく、バルトークが全体で聴く者を包み込んでいくような音楽に仕上がっています(Orfeoから出ているバイエルン放送響とのライヴもいい演奏ですが、こちらの、シカゴの弦の実力をしっかり受け止めた重みのある演奏にはこの時代ならではの魅力があります)。


しかしこのディスクの白眉は、52年録音の「我が祖国」でしょう。私はクーベリックのこの曲最後の正規録音となったチェコフィルとの1990年「プラハの春」のライヴもCDで保有していますが、その、記念祝典的な喜びを感じる演奏とは異なり、この演奏にあるのは遠く離れた祖国への想いが、厳しく緊張感をもった響きとなって聴く者へ迫ってきます。特に「シャルカ」以降の骨太で剛毅さを感じる音楽は(現在は単売されていますので)、是非多くの方に聴いていただきたいと思います。


とにかく、これはこの年代のクーベリックからしか聴けない音です。


(参照ディスク)モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」、ドヴォルジャーク:交響曲第9番「新世界より」、スメタナ:わが祖国、ムソルグスキー(ラヴェル):展覧会の絵、バルトーク:弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽、ヒンデミット:ヴェーバーの主題による交響的変容、シェーンベルク:管弦楽のための5つの小品、コダーイ:「孔雀」による変奏曲、バルトーク:「中国の不思議な役人」組曲
クーベリック、ドラティ指揮 シカゴ響
MERCURY:4756862 (1951〜54年録音)






2007年11月26日(月) at 00:27