BBRの雑記帳

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[予告]GW谷間の弾丸うどんツアー+α / BBR

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ガムを噛んでいたら、急に何か固いものがひっついてきました。


随分と前に治療した左上の奥歯の「かぶせ」が外れたのでありました。

げげっ、これはやばい、しかもこれから連休ではないか。来週はうどんツアーでエントリのネタも稼ごうと...いやその、歯が欠けてもうどんは食べられるか。


でも外れたままでは困るので急いでいつも通っている歯医者に電話すると、夕方にうまく予約できたので、GW前半は仮詰め状態で何とかしのぐことができました。


まあガキの頃にかぶせたものですから、良く保ったものです。若い読者の皆さま、歯は早いうちから気をつけときましょうね。


というわけで(どういうわけや)、GWの谷間あたりに、夜行日帰り早朝製麺所系巡り+坪尻駅再訪、というのを予定しております。幻のO製麺とかH製麺所とかを攻めてみようと思ってます。GW後半にエントリ予定。きっついぞーと。





2008年4月25日(金) at 22:41 

[万引き]書店から少なくとも40億円 / BBR

ニュース・芸能 > ニュース
万引きの被害と言うと別に書店に限った話ではないわけでしょうが、書店店員のサイトなどでも、メインの話は万引き対応、という悲しい話があるわけです。しかしまあ、状況はどんどんひどくなっているようですね。


本の万引き、年間40億円…小学生も犯行、とがめぬ親も(YOMIURI ONLINE)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
紀伊国屋書店や三省堂書店、有隣堂など大手書店14社の万引きによる年間被害額が約40億円と試算されることが、出版社や書店などでつくる日本出版インフラセンター(東京・新宿区)の調べで分かった。(中略)

この額は年間総売り上げ2909億円の1・4%にあたる。

 また、全国の書店約1万5000店舗で、同じ割合で万引きがあったと仮定すると、被害額は約190億円に上ると推計される。(中略)

 被害を受けている都内の書店によると、コートの裏側にたくさんのポケットを作ったり、ベビーカーやキャリーケースなどを使ったりして大量に盗もうとするケースが相次いでいるという。2人組の1人が店員に本の注文方法を聞いている間にもう1人が盗む例もあった。「万引きに対する罪の意識が薄くなった」と、この書店の社員は嘆く。(中略)

 万引きした子供を引き取りに来た際、子供をかばって、「捕まえられてかわいそう。なんで取りやすい場所に置くんだ」と店側に抗議する親もいる。また、店側に呼び出された親が「払えばいいんだろう」と開き直ったり、子供に向かって「つかまってアンラッキーだったね」などと慰めたりする光景も見られるという。(以下略)

(引用終わり)


かつての万引きのイメージというと、若者の出来心か、あるいはストレスを抱えた大人の現実逃避の表出、という感じがあったのですが、以前エントリしたことのあるレンタルビデオ店での幼児を使った窃盗、というパターンは、ここでも目立つケースとして捉えられています。CDショップなどにあるようなアラームシステムを必須にするとか、警察対応の強化以外に店側で打つ自衛策を強めるしかないのでしょうが、それも小さな店では対応も厳しい、という問題がありそうです。


それはともかくとして、どうも、ある世代から、この種の「常識やろそんなもん」と言うしかない当然の倫理観がどこかへ飛んでしまっている人の比率が上がっているように思えてなりません。


もちろん若い親や青少年もちゃんとした人が大半な訳ですが、実際に見たり接したりする言動が、単に世代の違いと片づけられない程ズレている、と感じることが度々あるのも事実です。


日本の社会全体が、相当きわどいところで何とか旧来の姿を保っているように見えている、ということなのでは。




http://blog.goo.ne.jp/zen-en/e/e2a8908a5c1305d9b7fe06b718be9695
http://blog.goo.ne.jp/susan8181/e/bf120c39fce7c3dab222fcb6bff5469f
2008年4月25日(金) at 00:55 

[JASRAC]突然出てきた私的独占 / BBR

ニュース・芸能 > ニュース
音楽著作権管理の分野では最近になって新規参入が可能になり、まだ零細と言ってもいい状態ですが新規事業者の活動も出始めている段階です。とは言えJASRACのほぼ独占市場という状態は続いているわけですが、ここで公取委が本格的に動いてくるとは予想していませんでした。


JASRAC:公取委立ち入り 包括契約で「99%独占」(毎日jp)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
テレビやラジオで使用する音楽の放送使用料を巡り、公正取引委員会が23日、社団法人「日本音楽著作権協会」(JASRAC)を独占禁止法違反(私的独占)の疑いで立ち入り検査したことで、市場の約99%のシェアを占めるJASRACの独占状態が変化する可能性が出てきた。

 JASRACは1979年から、NHKや民放各局と「包括的利用許諾契約」を結んでいる。番組などで使用する個々の楽曲の使用料で契約するとチェックが煩雑になるため、この契約では実際に何回楽曲を放送したかではなく、放送事業収入(NHKは受信料収入)の1・5%を放送使用料として徴収する。公取委はこの契約が他の業者参入を阻んでいる「私的独占」とみているが、JASRAC側は「すべての使用を把握するのは、放送局側の負担が増える。米英などもこの包括契約だ」と反論している。

 一方、音楽業界ではインターネットによる音楽配信が急速に拡大している。ネット上では、著作権管理事業者が音楽配信会社から配信実績の全データを入手し、著作権使用料を詳細に計算することが可能になっている。(以下略)

(引用終わり)


包括利用許諾契約によって、放送局もいちいち利用曲の集約をしなくても良いという便利はあって、それで広くこのシステムが用いられて今までは何も文句が出ていなかったわけですが、そうすると他の事業者が管理する楽曲を入れ込もうとすると確実に放送局にとって負担増になり、面倒も確実に増える、というわけで、こういうスタイルが続いている限りにおいては、新規事業者は排除され続けたままである、ということになります。排除型私的独占と呼ばれる独禁法の違反類型に該当する可能性があるということになります。今後何らかの結論が出てきたらまた勉強しておきたいところです。


このタイプの違反行為に類似すると考えられているのが、90年代のマイクロソフトの独禁法違反事件で、OSなどのソフトをOEMするベンダーにライセンスする際に、1台当たりいくら、という形で、ライセンスシールの数にその単価をかけてライセンスフィーを算定するのではなく、一つのソフト単位で何台に投入しても同額のライセンスフィー、というスタイルをとった(Per Processor License)のがシャーマン法違反とされたという件で、これも他のOS等をインストールするだけコストが上がるということです。


ちょっと考えると、JASRACのケースの方が、管理楽曲の実数把握に難があるのではないか、という気もするのですが、別にハンド管理してるわけでもないのか。恐らく、放送と通信の融合という言葉が象徴する、デジタル時代の著作権ライセンスのあり方をも見据えて、この種業界の変化の呼び水になることも考えられます。





2008年4月24日(木) at 23:48 

[今日の聖火リレー]一般の人、長野へ行ってもムダです / BBR

ニュース・芸能 > ニュース
マレーシアでは華僑系がガチガチに周辺を固め、インドネシアでは街頭では実施できずまたクローズドリレー。どんどんやってる意味が分からなくなっている、もはや「聖火」というのもおこがましいたいまつリレーですが、長野は今のところ公道利用にこだわっているためか、余計におかしなことになっているようです。


これじゃ「聖火護送」、長野のリレー実施計画に市民は不満(YOMIURI ONLINE)

(元ニュースはこちら)

(記事引用)
長野市で26日に行われる北京五輪聖火リレーは、警備の都合が最優先され、出発式、到着式の両会場から一般市民はシャットアウトされる。

 五輪選手ら著名人の聖火ランナーが走る区間も一部は公表されない見通し。市民からは「これじゃあ聖火護送」という声も上がっている。

 新たな出発式会場の県勤労者福祉センター跡地は、舗装部分だけで約1800平方メートル。辞退した善光寺会場の2倍程度の広さだが、市実行委員会は「混乱を避けるため」と、関係者以外の立ち入りを禁止。聖火のトーチ点火を市民が見ることはできない。(中略)

 到着式会場の若里公園も、聖火コースや会場はフェンスで仕切られ、市民は園内の丘から大型映像を眺めるしかない。途中区間も、機動隊員の「壁」に囲まれて走るため、沿道の市民が目にする機会はほとんどなさそうだ。(中略)

市実行委は23日午後、五輪選手らの走る区間を発表するが、走者側が公表に同意した場合に限られる。公式スポンサーの1社は「警備上の懸念がある」として、同意しない方針。(以下略)

(引用終わり)


出発、到着も非公開、途中の沿道には、青装束屈強中国人怪しげ軍団は入れない代わりに、責任問題になるのを手前で抑えるために警察官の「壁」ですか。


確定のようです。現地へわざわざ行っても、普通の人にはまずたいまつリレーは見えません。行くだけムダですから、抗議行動関係者以外の方、観光気分で今から計画するのはやめましょう。


現地もGW実質初日、せっかくの大イベントだったはずがとんだことになってしまいました。でも中途半端に期待した見物客の怒号に包まれて沿道大混乱、というのよりはマシではないでしょうか。


実際、さっさとやめてしまえば簡単なんでしょうが、その簡単な手が打てないのであれば、ささっと終わらせてしまうしかないでしょう。チベット人のことを考えた行動ならまだしも、どうも「国境なき記者団」にはその空気とは違う胡散臭さも感じますので。





http://nob-piazza.cocolog-nifty.com/update/2008/04/100_f5e9.html
http://blog.goo.ne.jp/tenjin95/e/a473e78fb65e7dd4c88b8710d6a5db8d
2008年4月23日(水) at 23:46 

[米大統領予備選]やめるにやめられない / BBR

ニュース・芸能 > ニュース
ここでいつまでも消耗戦をやっていても最終的な戦いへのメリットはない、と真っ当な見方をしているような人は既に陣営から距離を置いてしまっているという説もあるのでしょう。かくして戦いはまだ続きます。





今回のPAでの細かい結果については、CNNのサイトあたりがわかりやすいのではないかと思いますが、ここでも当初はこの州が地盤の一つだと思われていたヒラリーがPollでも20ポイント程度の差を付けていたにもかかわらず、物量に勝るオバマにだんだんと攻め込まれ、黒人層への浸透もままならず(実際に、黒人層が比較的多いPhiladelphia周辺や州都Harrisburgなどではオバマに入れた人が多い。またPitt辺りの大票田でもそれほど大差はついていない)、逆にオバマに支持層を(大幅にではないにせよ)切り込まれて終わってみれば10ポイント差、Delegateの数では恐らく十数人差を詰めただけ、ということになりそうです。獲得代議員数は、差の詰まったSuperdelegatesを合わせてやはりオバマが130人リード。予備選終盤戦、総取りシステムでない民主党で、この差はほぼ絶望的と見ていい情勢ではあります。


こうして、本来楽勝しなければならない場所での苦戦、一つ勝っても先の情勢が楽観視できるわけでもなく、しかし勝利は勝利、支持者が乗ってきている以上、勝ってやめるわけにもいきません。


高みの見物をしているマケインが段々余裕をかまし始めているのでは。当初、これだけ選挙戦が熱くなった民主党がやはり有利では?という気がしていたのですが、ある程度道が見えていてなかなか決まらない状況っていうのに、向こうの人達はどういう見方をしているもんなんでしょうか。


次は2週間後、最後の大規模予備選と言えるIN、NCが控えています。オバマとしてはハッキリした形に持ち込んで、さっさと引導を渡してしまいたいところなんでしょうが、果たしてどうなることやら。





http://blog.livedoor.jp/leemusik2006/archives/1113285.html
http://amesei.exblog.jp/7761575
2008年4月23日(水) at 22:57 

ロストロポーヴィチのチャイコフスキー全集 / BBR

音楽 > CDいろいろ
以前、こちらの訃報エントリこちらで一部をご紹介したことがあったロストロポーヴィチ指揮によるチャイコフスキー、長いことCDが再発されず、追悼企画からも外れてしまい、Brilliantからもムーティ盤しか出ず、中古でもなかなか浮いてこない、半ば幻のディスクと化していた名盤だったのですが...

このたび、EMI本家からようやく再発になりました。「マンフレッド交響曲」と管弦楽曲2曲を加えての5枚組。



5枚組?



そう、既に購入された方の書き込みを見てもやはり否定的意見の多い詰め込み体勢であります。具体的には、第3番と「悲愴」が分断されています。ロストロポーヴィチの演奏はどれもゆったりしたテンポですから演奏時間も微妙に長い、という点はあるのですが、そんなご無体な、という切り方でありまして。


どうせなら、1、2番を80分ギリギリで1枚にして、「3+フランチェスカ」「5+ロメジュリ」「4+マンフレッド前半」「マンフレッド後半+悲愴」ぐらいにしてくれたらまだマシだったかも。



まあこれで3169円でしたから別に文句は申しませんが。この切られ方がイヤなら保全の意味も含めてCD−Rコピーして聴けばいいかと。


演奏は、70年代後半(交響曲7曲は、1976年10月に毎週2、3日をかけて集中して録音されている)というロストロポーヴィチにとって非常に困難な時期に、これ以上ないほどのパトスを注入して作られた演奏。ロンドンフィルが、アンサンブルのムラは多少あるものの、ロシアのオケよりもロシア的な雰囲気を湛えた音を聞かせます。何度聴いても、第1番の冒頭、少し距離感のあるフルートの旋律から最初に乾いた堅めのティンパニが響くまでの流れと、第2楽章の冷たい空気感とは他では滅多に聴けないもの、としびれる思いがします。


他にも以前ご紹介した「第5番」は名盤として知られていますが、意外にバランスの取れたいい演奏なのが「マンフレッド交響曲」。これだけはちょっとしっとりした、適度な粘り気をもつ弦の響きが、ややもすると退屈なまま推移しそうな音楽をぐっと引き上げてくれています。


とにかく、これこそチャイコフスキー交響曲の隠れた名盤最右翼です。録音の状態にも不足はありません。もうこの辺は聞き飽きたと仰る向きにも、ぜひ騙されたと思ってお聞きいただきたいと思います。


(参照ディスク)
チャイコフスキー:交響曲第1番〜第6番、マンフレッド交響曲、フランチェスカ・ダ・リミニ、ロミオとジュリエット
ロストロポーヴィチ指揮 ロンドンフィル
EMI:5194932 (1976、77年録音)





http://mukun.blog.so-net.ne.jp/2008-04-28
2008年4月23日(水) at 22:23 

[野村證券]被疑者が中国人、は偶然か? / BBR

ニュース・芸能 > ニュース
今夜は1件だけにしようと思っていたら、日本の市場を揺るがす大きな事件が出てしまいました。





証券会社に限ったことではないでしょうが、国外の優秀な若手を即戦力としてディーリングに活用しているケースは結構あるようです。

しかし、こういう危険を見るに、危機管理の面でどこまで彼らに注意していたのかというと、大いに疑問符がつく事件ですね。特に外国人雇用のリスクを軽視しすぎているのでは。

当然のことながら、ことはいくつかのインサイダー取引事件についての追及にとどまらず(それだけでも証券会社の内部でこれだけの規模の事件が起こっていたのですから、野村の信用崩壊ばかりか日本の証券業界全体への不信が一気にわき上がる可能性もあるわけですが)、日本のM&Aに関する情報がかなりの割合で集積しているはずの、野村証券の中枢である企業情報部で、実際にこうした中国人従業員が何をしていたのか、というところにきちんと光が当てられなければなりません。


政治的にうやむやにされるのではないかと推測しますが。




http://tetorayade.exblog.jp/8452586/
2008年4月23日(水) at 00:26 

[山口母子殺害事件]予想された判決ではあった / BBR

ニュース・芸能 > ニュース
当ブログでは最高裁の弁論の頃から2年余りにわたって10件以上のエントリを続けてきたこの裁判。事件発生からは9年余り。死刑の主文はこれが初めてです。


検察の上告によって判決を下した最高裁は、第1審判決の量刑を是認した差し戻し前控訴審判決は刑の量定が甚だしく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するとして、差し戻し前控訴審判決を破棄し、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情があるかどうかにつきさらに慎重な審理を尽くさせるため、本件を当裁判所に差し戻した。というのがベースにある差し戻し審です。


例によってmsn産経に、今回の判決要旨がこちらのページから順に掲載されています。判決文そのものも恐らくそう遠くないうちに公表されるかと思いますが、とりあえずここからポイントになりそうなところを簡単に。


まず差し戻し審における経過として、上告審の弁論期日が設定されるまでは争わなかった事実について争い、亡き実母に甘えるような気持ちとか、偶然右手の逆手で被害者の頸部を押さえてしまっていたとか、両被害者に対して殺意は有していなかったとか、姦淫は被害者に生き返ってもらいたかったからだとかを主張していたわけですが、そこらへんを含む事実誤認の主張についての検討から入ります。

まず、判決では、旧供述を翻して新供述をした理由などに関する被告人の供述は、不自然不合理である。とまとめた上で、

新供述と旧供述とは、事実経過や本件各殺害行為の態様、殺意、強姦の犯意の有無などが全く異なっている。自分の供述調書を差し入れてもらって初めて、その内容が自分の経験と違っていることに気付くというようなことはあり得ない。


と、明確な「スジ」を述べ、ここまでの裁判で判決も複数回聞いているなかで、最高裁弁論直前まで事実が供述調書の内容と違っているということについて気がつかなかったということの不自然さを問題とし、そのことについての納得のいく説明がなされていないなどとして、供述の信用性を否定しています。国選弁護人は被告人に296回もの接見を重ねていた、等の事実も指摘しています。

次に、安田弁護士が会見の場でイラストつきで話していた、被告人は被害者の頸部を両手で絞めたのではなく、右手の逆手で圧迫する格好になってしまっていた、という主張についても、遺体所見と整合しないとしています。

被害者は窒息死したのであるから、ある程度の時間継続して相当強い力で頚部を圧迫されたことは明らかであるところ、被告人が被害者の右前頚部から右側頚部にかけて、右手の人さし指ないし小指の4本の指をほぼ水平または被告人から見てやや左上向きの状態にして、しかも親指が中指よりも上の位置にくるような状態で、右逆手で被害者の頚部を圧迫した場合、かなり不自然な体勢となり、そのような体勢で人を窒息死させるほど強い力で圧迫し続けるのは困難であると考えられる。

実際に、不自然な体勢で頸部を圧迫しただけでは、簡単に窒息死を招くところまではいかないということはイメージできるのではないでしょうか。判決では一応問題なく説明しているように思います。確かに、犯行の最中の現場の周辺状況を相当明確に記憶している(そのことも不思議であるが)一方、自分の手の官職についてはまったく覚えていないと言うのは不自然極まりないところでしょう。

左手の上に右手を重ねて置いて両手で扼頸したという方が素直でしょうね。当審公判まで1回もそのような供述をした形跡がない。このような供述経過は不自然であり、この供述を信用することはできない。と裁判所に明確に否定されるのも、その内容の唐突さからみて仕方ないのでは。

次に、姦淫行為についても、犯行の態様からみて、性欲を満たすための凶行であるとみるべきで、また当審に至るまでそれ以外の主張をしてこなかったことを同様に指摘しています。「魔界転生」の儀式主張についても、

被告人は姦淫した後すぐに被害者の遺体を押し入れの中に入れており、脈や呼吸を確認するなど同女が生き返ったかどうか確認する行為を一切していない。被告人の行動をみる限り、被害者を姦淫した目的が同女を生き返らせることにあったとみることはできない。

と、被告人の新供述を引いてあっさり否定しています(小説の筋と行為の内容も違うし、と)し、お母さんに甘えるため、との主張も、行為態様とあまりにかけ離れているため不自然であると一蹴です。また、排水検査を装って戸別訪問をしていたという事実、また戸別訪問して特に対象とならない相手が出てきた場合は話もせずに立ち去っているという事実から見ても、強姦の計画性を否定することはできないと判示しています。

次に、被害児を由佳にたたきつけて殺害したという事実に関しても、死刑の求刑後に行われた第1審の最終陳述においても、被害児を床にたたきつけた旨供述した上で、謝罪の言葉を述べていたことを指摘しています。全般に、当審に至るまでに被告人が法廷でも供述していた内容とあまりにかけ離れた主張については不自然で信用できるものではない、という線での判示となっています。

そこで量刑についてです。当然ながら裁判所は、犯行の態様からみて、被告人は、強姦および殺人の強固な犯意の下に、何ら落ち度のない2名の生命と尊厳を踏みにじったものであり、冷酷、残虐にして非人間的な所業であると断じ、被害者の無念さはもちろん、一度に妻と子を失った被害者の夫ら遺族の悲嘆の情や喪失感、絶望感は甚だしく、憤りも激しい。しかるに、被告人は慰謝の措置といえるようなことを一切していない。遺族の処罰感情は峻烈を極めていると指摘し、被告人の刑事責任は極めて重大だとしています。

そして、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情の有無について検討し、亡き実母が暴力を受けていたのをかばおうとしたり、祖母の介護を手伝っていた等の事情についても触れていますが、「少年の責任能力」という一般の責任能力とは別の概念を前提とする弁護人の主張は、独自の見解に基づくものであって採用し難い。また、少年の刑事責任を判断する際に、その精神的成熟度および可塑性について十分考慮すべきではあるものの、少年法51条は死刑適用の可否につき18歳未満か以上かという形式的基準を設けるほか、精神的成熟度および可塑性といった要件を求めていないことに徴すれば、年長少年について、精神的成熟度が不十分で可塑性が認められる場合に、死刑の選択を回避すべきであるなどという弁護人の主張には賛同し難いと述べ、被告人の人格、精神的未熟さが、死刑を回避するに足りる特に酌量すべき事情とは認めていません。

謝罪と反省の情が芽生えはじめていたとは見られるものの、差し戻し前控訴審までの被告人の言動、態度などをみる限り、被告人が遺族らの心情に思いを致し、本件の罪の深刻さと向き合って内省を深め得ていたと認めることは困難である、としており、さらに、被告人の新供述が到底信用できないことに徴すると、被告人は死刑を免れることを企図して旧供述を翻した上、虚偽の弁解を弄しているというほかない。(中略)もはや被告人は自分の犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑を免れようと懸命になっているだけであると評するほかない。被告人は遺族に対する謝罪や反省の弁を述べるなどしてはいるものの、それは表面的なものであり、自己の刑事責任の軽減を図るための偽りの言動であるとみざるを得ない。自己の刑事責任を軽減すべく虚偽の供述を弄しながら、他方では、遺族に対する謝罪や反省を口にすること自体、遺族を愚弄(ぐろう)するものであり、その神経を逆なでするものであって、反省謝罪の態度とは程遠いというべきである、とし、被告人において考え出した虚偽の弁解は、被告人の反社会性の増進を物語っているとしています。

結局、上告審判決のいう「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情」は認められなかった。という結論、これはかなり固いものであったと言えるでしょう。弁護人は即日上告受理申立をし、会見でもかなり攻撃的に判決を批判していましたが、事実から徹底的に争っていった姿勢が結果としてどうだったのか、というと疑問です。


どうも裁判員制度の問題、それから安田弁護士を初めとする弁護人の訴訟戦略が控訴事実の見直しに重点を置いていたように捉えられる点からして、いわゆる「永山基準」を一歩踏み出した判決であるかのような見方をする報道(「2人殺せば原則死刑」というのが安田弁護士らが問題視していた言いぶりでもあるが)も散見されますが、あくまで今回の、いわば限界事例ともみられるケースに対して、弁護人の主張をいちいち精査したうえで、最高裁判決をベースに「永山基準」の当てはめを行ったものと言えると考えます。


最後に、本村氏の会見は、今回も非常に落ち着いて、逆に会見の席の記者陣の「浮いた姿勢」をたしなめるかのような発言も見られました。

思うに、この裁判がここまで国民的関心事になっていったのには、本村氏の姿勢とここに至るまでの変化というものがかなり大きい要素となったわけです。この裁判まで、あまりにも蔑ろにされていた犯罪被害者の地位向上という点においては極めて重要な意義があったと言えますが、その一方で、刑事裁判に対する正しい認識が(特にマスコミの)きちんと浸透したかというと必ずしもそうではなく、逆にこの事件の特異性が一般化されて、(必ずしも訴訟戦術や事実立証の問題を議論するのではない)感情的な弁護士批判(特に弁護士にも的はずれと言うしかない発言があったのは記憶に新しい)等に向かった面も否定できず、功罪両面があります。


裁判はまだ続きますが、恐らく最高裁も今度はそう遠くないうちに結論を示すものと思います。しかしこの裁判の終わりがすべての終わりというわけではない、ということは、やはり我々が考えておくべきことでしょう。





http://blog.goo.ne.jp/d_d-/e/0ba7b4672b21d7b691b7039b9d100993
http://blog.livedoor.jp/di_tanicchy/archives/51602269.html
http://blog.goo.ne.jp/k_kyj/e/ff24ebd5d29935649587af60bec9f7a8
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http://blog.clash-j.net/archives/703
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2008年4月22日(火) at 23:56 

[着ぐるみ]親しみをもって...るか? / BBR

ニュース・芸能 > ニュース
明日明後日とちょっと大ネタが続きそうなので、本日のエントリは軽めに参りたいと思います。


特別天然記念物の保護、特に希少動物であるアマミノクロウサギは野犬や自動車に殺されるケースが度々見つかっているらしく、保護のための理解を深めてもらうのは大事だと思いますが、これ、ホンマに必要やったか?


アマミノクロウサギ、体長190センチ(asahi.com)

(元ニュースはこちら)
(記事引用)
鹿児島県の奄美大島と徳之島だけに生息するアマミノクロウサギの保護啓発のため、環境省奄美野生生物保護センターがクロウサギの着ぐるみをつくった。(中略)

 だが、体長190センチで黒い毛で覆われ、つめも鋭い。クマと勘違いして震える子どもも。担当者は「実物を知ってほしいと思い、リアルに作り過ぎたかも」と苦笑い。

(引用終わり)


実際のところ、写真だけポンと見せられて、何の動物か当てろと言われたら多分わからないと思います。リアルに作るんなら大型の着ぐるみにする必要があったんか?というのも疑問でありますね。多分環境省のここいら辺の予算はそう潤沢なものではないと思いますので、予算消化のために無理やり作ったというほどのものではないんでしょうけど。


しかしまあこの記事、写真についてるキャプションが、


クマのようなアマミノクロウサギの着ぐるみを怖がる子ども


って、確かに見たまんまやけど、ええんかそれで。





2008年4月21日(月) at 23:13 

41歳の春だから / BBR

HOME > 日常ネタ
そろそろ通り抜けも終わりで、ここら辺の桜の季節も終了となりますから、テンプレートを切り替えました。


さて、本厄真っ最中の私め、本日が誕生日でございまして、



バカボンのパパと同い年になっちゃったよ...



最近、Cartoon Networkあたりで天才バカボン初期版を放送したりしていますが、個人的には子どもの頃にこれの再放送を見たのが「バカボン」初体験ですから、懐かしいですね(原作よりはダイブ設定をマイルド化しているようですけど)。



2008年4月21日(月) at 22:37