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ひとことメッセージ / ぶどうの枝

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ウシガエル

この季節、きっと水場の近くにお住まいの方は、同様のお悩みを感じておられる事かと思います。
それは“ウシガエル”の低く大きな鳴き声です。日本には1918年に、東京帝国大学の教授であった動物学者の渡瀬庄三郎が食用としてアメリカ合衆国(ルイジアナ州ニューオリンズ)から十数匹を導入し、またアメリカザリガニが本種の養殖用の餌として輸入されました。
食用として養殖された個体が逃げ出し、ウシガエルはまたたく間に日本の各地に定着してしまいました。大型かつ貪欲で、環境の変化に強く、強靭な繁殖力を持つ本種は、在来種を捕食してしまうことが懸念され、2006年外来生物法により特定外来生物に指定されました。
私たちの生活にも、同様のことを言うことができます。本来、私たちのうちに存在すべきではない、不正な「欲望」が心のうちに巣くってしまったとき、それは一気に私たちの心を支配してしまいます。しかも、それに対して私たちの良心は、あまりにも鈍感であることに苦痛を訴えないものなのです。
生けるまことの神の前にある“罪”とは、いったいどのようなものでしょうか?

【聖書のことば】
「あなたは、兄弟の目にあるちりが見えながら、どうして自分の目にある梁には気がつかないのですか。
自分の目にある梁が見えずに、どうして兄弟に、『兄弟。あなたの目のちりを取らせてください。』と言えますか。偽善者たち。まず自分の目から梁を取りのけなさい。そうしてこそ、兄弟の目のちりがはっきり見えて、取りのけることができるのです。
悪い実を結ぶ良い木はないし、良い実を結ぶ悪い木もありません。
木はどれでも、その実によってわかるものです。いばらからいちじくは取れず、野ばらからぶどうを集めることはできません。
良い人は、その心の良い倉から良い物を出し、悪い人は、悪い倉から悪い物を出します。なぜなら人の口は、心に満ちているものを話すからです。」
ルカの福音書6章41〜45節 <新改訳聖書©新改訳聖書刊行会>
2008年6月1日(日)

2008年6月10日(火) at 23:39