鎮魂の日 0117 / ぶんぶん
日記・その他 > 今日の気持ち
阪神淡路 大地震から13年 今日は、我々関西人にとって忘れては行けない日です。
多くの方が、書き込みをしていることでしょう。
σ(▼▼;)おれね、あのとき 亀岡の奥の湯の花温泉で、国民宿舎みたいな物件の仕事をしてたのです。
地図を見てもらえば、わかるのですが、国道9号線から枝分かれした372号線というのがあります。姫路まで続いています。
しかしながら、山間部を通るので道幅も狭く、大型車両、ところによっては、普通車でも履行するのが困難な狭い国道です。
この道路が、どういういきさつか、京都経由で神戸界隈までの一般車両唯一の進入道路になったのです。それまでは、家から30分くらいで現場まで到着できたのが、24時間 数珠つながりで、早くて2時間掛かりました。
前も後ろも 他府県ナンバーで、食料だとか燃料を満載した乗用車ばかりでした。それは、お身内の元への支援物資です。一睡もせず、タダひたすらハンドルを握っておられました。助手席のお母さんは、祈っておられましたね。
なんかな、ほんま あれ見ると 我が身に堪えましたよ。
だから、今日は静かに、鎮魂の日。
多くの方が、書き込みをしていることでしょう。
σ(▼▼;)おれね、あのとき 亀岡の奥の湯の花温泉で、国民宿舎みたいな物件の仕事をしてたのです。
地図を見てもらえば、わかるのですが、国道9号線から枝分かれした372号線というのがあります。姫路まで続いています。
しかしながら、山間部を通るので道幅も狭く、大型車両、ところによっては、普通車でも履行するのが困難な狭い国道です。
この道路が、どういういきさつか、京都経由で神戸界隈までの一般車両唯一の進入道路になったのです。それまでは、家から30分くらいで現場まで到着できたのが、24時間 数珠つながりで、早くて2時間掛かりました。
前も後ろも 他府県ナンバーで、食料だとか燃料を満載した乗用車ばかりでした。それは、お身内の元への支援物資です。一睡もせず、タダひたすらハンドルを握っておられました。助手席のお母さんは、祈っておられましたね。
なんかな、ほんま あれ見ると 我が身に堪えましたよ。
だから、今日は静かに、鎮魂の日。
2008年1月17日(木) at 20:14 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL http://blog.kansai.com/tb/bunnbunn171/417
このエントリ(記事)について
コメントを書く
記事を書く(トラックバック)
このエントリ(記事)にコメントを書く



