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仙郷中国 天子山夕照 / のんべえ社長のブログ

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仙郷中国 天子山 夕照

 天子山へは2回訪れました。黄山の山容に似て、深い谷底から一つ一つの岩塊が独立して生えているような景色は日本で見ることが出来ません。山水画の画面構成が実際の自然界に存在することを目にしたときの感動は言葉に言い表せません。合計10日間の滞在でしたが、その間一滴の雨も降らず晴天続きでした。この写真のように夕暮れに雲が出て期待を持たせるのですが、翌朝はカンカン照りです。
 
 写真は省略の芸術です。如何に切り取るか、黒で、白で、ブレで、アウトフォーカスで・・・・・省略する方法を模索します。

 絵画の場合は自由に省略が可能です。描かなければよい、黒で、あるいは白で塗りつぶせばよい、といった具合に。

 写真ではファインダーに見えるものは正直に写ります。
連なる山々が全て見えたのではただの絵葉書です。雲が、霧が、山影を隠し目まぐるしく風景を変化させます。その瞬間を切り取るのが撮影の醍醐味です。
 
 張家界では豪雨のため山が全部隠されました。天子山は、景色の隅々までさらけ出してくれました。ヌードでも全てをさらけ出せば、ポルノです。これから先、雲や霧の中に林立する山水画を掲載していきます。
 
 結局、天子山では1枚も作品が出来ませんでした。

株式会社ワック
2007年8月3日(金) at 17:35 / コメント( 7 )/ トラックバック( 5 )
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仙郷中国 天子山の恋? / のんべえ社長のブログ

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 天子山の恋?

 天子山はチャーターしたバスで10数時間の秘境です。麓から2時間半の登山で頂上の村に着きます。白族の少女が2人道案内をしてくれました。一人は明るくよくしゃべる娘で、今一人、写真の娘はおとなしく、無口で、はにかみやでした。中国ではカメラを向けると皆よろこんでポーズをとるのに、この子は背を向けるほどでした。声をかけて、振り返った瞬間にシャッターを切りました。5日間の滞在の間一滴の雨も降らず満足のいく作品が撮れなかったので2年後再び挑戦すべく、天子山に登りました。この写真を六つ切りにして人に託けようと思っていたところ、このハニカミヤさんが観光客のガイド兼カメラマン(ガール)になっていました。明るくよくしゃべる娘になっていました。朝夕の撮影の行き帰りに宿舎の前に待っていて、栗やキウイーをくれたり写真の話をしたりと親しくなりました。中国ではアルミの茶碗にご飯を入れ、その上にいろんな具を載せて長いお箸で戸口や道端に立って食べる姿を良く見かけます。或る夕方、撮影から帰ってきたら、この子もホテルの前で箸を動かしていました。「ハオチー?」美味しいかと聞いたところ食べさしのアルミ茶碗を手渡してくれました。見るからに不気味な品でしたが、口にすると美味しかったのを覚えています。明日は帰るという日の薄暮の中に立っていた少女が私のリュックに栗や,柿、キウイーを詰め込んでくれました。別れを惜しむように潤んだ目で、「再見」と叫んで走り去りました。下りに30分もかかる夜の山道を飛ぶように走りながら、「再見」を連呼していました。彼女は今どうしているかな。甘い思い出です。

株式会社ワック


2007年7月26日(木) at 17:08 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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仙郷中国 張家界 / のんべえ社長のブログ

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仙郷中国 張家界 雨中の仙人境

 張家界は長砂から車で15時間先の秘境です。ふもとの村から機材の詰まったリュックをポーターに運ばせて山頂の仙人庵に一泊しました。山小屋には水などの設備はなく外人には村長の入山パスポートが必要です。前日3時からまるまる24時間ひたすら雨の止むのを待ちます。あたりは霧で10メートル先は何も見えません。雨だれの落ちるところに缶ビールの空き缶を置いて、夜中に何度も耳を澄ましますが,いっこうに止む気配はありません。窓にはガラスの変わりにビニールが止められ雨が吹き込みます。誰が寝たのか解らない湿った重い布団のベッドの足元では雨宿りの大きなガマ蛙がうようよ這い回ります。夜が明けてもあたり一面ミルクのような霧の世界です。白い霧の中に浮かび出る山塊を想像しているうちに白壁のしみが白い山水画の世界を網膜に焼き付けます。空き缶を霧に向かって投げると10数秒あとに「カラン」と音がするほど深遠な谷の崖ぶちに立ち尽くして、真っ白の霧の中にかすかに浮かぶ松の姿が数枚撮れたのが収穫です。この写真は小野久寿代というシャンソン歌手のCDジャケットに採用されましたが、思い出深い一枚です。下山して暮れなずむ山を見返すと、霧がどんどん上がっていきます。もう一度来るぞと心に決めましたが、再訪の機会はめぐってきませんでした。張家界(chon-cha-chen?)は私の夢の中に白い襖絵の世界を描き続けます。
株式会社ワック
2007年7月20日(金) at 17:05 / コメント( 1 )/ トラックバック( 0 )
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仙境中国 黄山 / のんべえ社長のブログ

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仙境中国 黄山山腹の茶店 窓辺の添景

 黄山の峰峰をめぐる山の途中の茶店の窓にとまっていた少年。
ニーハオと声をかけたら恥ずかしげに小さな声でニーハオと答えてくれました。
 首に下げた海老の色までコーディネートした明るい色は当時国防色の服と帽子を纏った大人や、白と黒の女性の衣服と対象的な印象でした。窓の傍には食品や雑貨がみすぼらしく並べられていました。
 主題になる少年を画面の真ん中に配していないのに注目下さい。メニューと販売品物を示す黒板を片隅に置くことで、店の情景の一部が窺えます。無意識ながらこのような撮影ができるのも、画家であった父の教えだと思います。これからも私の「独りよがり」の写真の作画理念を載せていきます。定年退職して写真を始めた方にこのブログを教えてくだされば幸いです。

株式会社ワック
2007年7月17日(火) at 09:41 / コメント( 1 )/ トラックバック( 0 )
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仙境中国 明調の寺院 / のんべえ社長のブログ

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明時代の寺院 武漢

 揚子江の三峡下りは重慶から武漢まで3泊4日の長い船旅です。

 武漢の賓館の朝食前にぬけだして、あわただしく近くの寺院を散策しました。

 反り返った明時代特有の屋根、白壁に壷、銭、扇のような透かし窓をあしらう空間処理、極彩色の欄間飾り、日本建築でもおなじみの‘蛙また’の木組み、塀の上部の中華風装飾、円いくぐり門、それらを一枚の画面に組みいれるために広角レンズを使いました。早朝の曇天がコントラストをやわらげてくれたと思います。手振れの恐れがありますが、手持ちでなければ、このアングルは取れなかったでしょう。

 水と空と山の単調な大河下りのあと、リフレッシュになる画面構成の、お遊びでした。

株式会社ワック

2007年7月5日(木) at 17:21 / コメント( 2 )/ トラックバック( 0 )
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仙境中国 真夏の灕江下り / のんべえ社長のブログ

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晴天の桂林

 真夏の灕江下りほど写真家にとって退屈なものはありません。
 この写真は6x7cmの中版で撮ったものです。木々の枝、対岸の岩肌、さざ波などが克明に写っています。しかしこれでは肉眼で見る風景に遥かに劣ります。現場で見る風景は2つの目で立体的に把握するため奥行きや凹凸など多くの情報が得られます。
 写真は片目で見た世界ですから、現場の臨場感は伝えられません。「絵葉書」的な写真と言われ、非芸術的と酷評される典型的な写真がこの画面の写真です。2次元の画面にいろんな省略技法を駆使して表現することが非常に大切で、難しく、そしてスリルがあるのです。
 今後このような写真を掲載することは控えます。

株式会社ワック
2007年7月3日(火) at 16:58 / コメント( 1 )/ トラックバック( 0 )
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仙境中国 桂林の山頂に海底を見る / のんべえ社長のブログ

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山頂に海底を見る。
 
 桂林市外に林立するこの地に特有の姿を持つ山々の一つに登ると昔この地が海底にあったことが窺えます。写真には、地球の歴史を刻む遠くの山々、光る灕江の流れ、その合間に人家のしたたかな侵食が見えます。中国の広大な自然の皺のいたるところに人間が生えるように存在します。タクラマカン砂漠の一隅に、気の遠くなるような人里を離れた地に思いがけない人間の生息が見られます。
 夢に見た幽玄の世界である桂林は晴天でした。明るく、暑くきらきらとした風景でした。 
 作品は1枚も出来ませんでした。フォトサロンには郊外の水郷の風景のみを展示することになりました。写真の重要な条件に「省略」が有ります。雨、霧、雲、雪は一瞬の画面構成の大きな役目を果たしてくれます。これからご覧頂く作品にいろんな省略があります。写真を楽しむ方々にそれらのいくつかをこれからも紹介していきます。

株式会社ワック
2007年7月2日(月) at 19:41 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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仙境中国 早暁の桂林 / のんべえ社長のブログ

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桂林夜明け

 海外での撮影では、日の出30分前に目覚ましをセットします。この日も4時に起きて、東の空がうっすらと明るさを見せ始め、山の輪郭がかろうじて見える頃から行動開始です。早暁とはいえ、湿度は80%以上、風もなくじっとりと
汗ばむ中で早くも生活の動きが見え始めます。ここは桂林の街なか、川下りは数10キロ離れたところまでバスで移動します。
 浅瀬に舫っている船の傍を移動する人影が早くも今日の生活の始まりを窺わせます。肉眼では、舟も人も山も漆黒の影です。露出の決め方で作品の出来が左右されます。人の位置が決まる瞬間を止めるため一発勝負です。

株式会社ワック
2007年6月25日(月) at 18:36 / コメント( 1 )/ トラックバック( 0 )
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仙境中国続き 人力水車? / のんべえ社長のブログ

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水車の工夫される前の水利とはこの方法?
正に人力の国。都会と農村の格差はこの有様。この娘はこの動作の繰り返しが日課。その向こうでは、天秤棒で荷物を運ぶ娘が見えます。旅人にはノスタルジックで、情緒のある風景ですが当人にとっては激務でしょう。しかしこの情景が日常の自然な姿なのです。人の生活が雄大な自然に溶け合った
心の和む寸景です。一昔前には日本でも散見できたものです。

株式会社ワック
2007年6月19日(火) at 18:13 / コメント( 1 )/ トラックバック( 0 )
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仙境中国 桂林 水車1 / のんべえ社長のブログ

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水利のための水車

水車の利用で知られるのは、動力源としてのものです。粉を挽く、糸を紡ぐといったものです。ここに見る素朴な水車は水路の水を田んぼに呼び込むものです。これでも大変便利な装置です。次回に紹介する写真を見れば人力から動力への人間の進歩が見て取れます。しかしこの作品は失敗作です。水車は回っているのです。この写真では水車がグルグル回っている様子が感じられません。写真の重要な要素の内の「動き」がありません。シャッタースピードを1/15〜1/30秒にして水車がブレルようにすれば良い写真になったと悔やまれます。

株式会社ワック
2007年6月12日(火) at 01:02 / コメント( 1 )/ トラックバック( 0 )
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