こだわって上方歌舞伎

源甲斐智栄子のblog

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妄想界の迷宮に / 源甲斐智栄子

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すびばせんっ!!
ご無沙汰です。
どこ行っとってん、源甲斐!という感じですが、久々に日記書きます。

実はあれから、妄想界に入っておりました。
久々に、創作に燃えたのです。
実は、以前より、興味のあった、明治期の歌舞伎役者さんがいて、
彼のことを書きたくて、何となく以前より調べておったのですが、
それを、ちんたらちんたら書き出したのです。

起きてはパソコンに向かい、疲れては寝る、という感じで、
この私が、食事も面倒な位に、はまり込んでましたわん・・・。

メールチェックもせず(ええんか?)と、いう状態でした。
関係各位の皆様、ごめんなさい。

で、書けたんか?というと、まだまだなのですが、そろそろ、
社会復帰しないと大変ですものねぇ・・・。
できれば、ずっとしていたい、が、本音ですが・・・。


と、言いながら、正月、松竹座、文楽、宝塚大劇場、宝塚バウと
いて参りましたよん。

特筆したいのは、何故か宝塚バウ公演。
これは、役替わりも、しっかと見てリピートしましたわ。

社会復帰しましたんで、また、書きます。


それから、澤先生の地歌のワークショップ、課題曲「浪花の四季」でした。
今更ですが、謹んでお詫び申し上げ、訂正させて頂きます。
応募多数で、抽選になり、はずれた方、本当に申し訳ありませんです。
また、よろしくお願いいたします。
2005年2月19日(土) at 07:32 / コメント( 15 )/ トラックバック( 5 )
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「浪速十二月」を歌おう / 源甲斐智栄子

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ここがあがっているうちに、急ぎご案内を。
「澤 千左子 地歌の世界」と題したワークショップが
2月11日(金・祝)、20日(日)、27日(日)、「くらしの今昔館」で開催されます。
受講料は入館料のみですが、応募多数の場合は抽選になるかも知れません。
応募方法ほか、詳しいことはコチラをご覧下さいませね。
http://www.city.osaka.jp/sumai/museum/frame/0_frame.html

課題曲は「浪速十二月」。
古き良き時代の大阪の年中行事やら風俗やらが、これ一曲でかなり解っちゃうよな歌です。
舞地として、山村流吉村流でご覧(お聞き?)になった方もいらっしゃるのではないでしょうか?
前に谷川の若旦那が紹介してはりましたでしょ?あれです。あれ。
http://blog.kansai.com/megumu/52


「3回の受講で、絶対歌ってもらえるようになってもらうぅ〜〜!!」が
コンセプトですんで、期待してご参加下さい。
また、下もご参考までにご覧頂ければと思います。
http://www.log-osaka.jp/article/index.html?aid=121

あっ、そうそう、1月9日は、澤先生の琴の演奏会が同じ場所で開催されます。
これを先にご覧になって、それから応募して頂いても良いかもしれませんね(自信満々
http://www.city.osaka.jp/sumai/museum/frame/0_frame.html

京都版は「都十二月」というて、京都のことを歌ってはって、また歌詞は違います。
それにしても、どちらも素敵な<しきたり>と風俗。
上方文化って、ほんま心惹かれますわ。
2004年12月31日(金) at 09:15 / コメント( 3 )/ トラックバック( 1 )
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忘年会 / 源甲斐智栄子

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ちょっと、ぼんやりと訳のわからん写真ですが
今年最後の忘年会にいて参りましたのですよん。
松竹座の裏、楽屋口の前にある、小奇麗な立飲み屋さん「カナマターク」、そこに集う人々の忘年会なのです。
立飲み100選にも出てた立飲み屋さん。
女性でも安心していけるお店です。
私なんぞは小腹が空くと、ついここで色々食べて、ちょっと飲みたくなって、1人でぷら〜と覗く時もあります(←負け犬は流行りよっ)。
いや、別に宣伝してる訳ではありません

なんか、楽しいのですよ。
色んな職業の人がいて、色んな話をして、芝居の話は芝居の話で楽しいですけど、舞台も歌舞伎だけじゃなく色んなものを観て、それはそれで楽しいように、なんか楽しいのですよ。

アラビヤ珈琲の隣の牧水で鍋を食べて、
その向かいのフェローズでカラオケあんどゲームだぁーーー。
負けたけど…しかも私のせいで…ハハハッ
実は私、今年初めて、3回ほど臨時でカウンターの中をお手伝いさせてもらったのです。
たいして役にはたたずなのですが(ごめんなさいっ)…面白かったです

2004年12月31日(金) at 08:15 / コメント( 2 )/ トラックバック( 0 )
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こだわって辿り着いたら上方歌舞伎 / 源甲斐智栄子

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 外国人相手のお土産物屋さんの着物やら扇やらを見ていると、もしかして、そのうち日本人でも、この「MADE IN CHINA」の土産物と、日本古来の色使いとか、趣の違いに気付かん人が出てくるのではないか?やがてはこれらも日本らしきものということで人くくりになるのではないか?と思うことがある。

 これはね、あながち、「そんな馬鹿な!?」でもないと思うんですよ。

 だって、「歌舞伎は何度も観たことある!」っていう人でも、「綺麗だった」「凄かった」というだけで、登場人物の心の動きに共感して、カタルシスという演劇の楽しみ方をしない人が既に意外と多い。
 歌舞伎を観る行為を楽しんではいても、役者の作る歌舞伎の舞台を楽しめている人が少なくなっていっている・・・私はそう感じているんです。これは歌舞伎に限らず、古典芸能全般に言えることかも知れないけど・・・。
 ある意味、与えられたものを何でも満足して観られる幸せはあると思うけど、ほんとに凄いものにあっても驚愕する感動もない・・・これ、どっちが幸せだと思います?

 しかし、もし土産物屋にくる外国人客が、「おぉうぅ、これはぁ、色使いがぁ、違うぅ〜」とか言い出す目利きが多くなれば、おのずと並ぶ商品も商品展開も変わるはず。味にうるさいこだわる客が来ると、違う冷蔵庫からネタをだしてくる鮨屋の亭主のように?私達観客がこだわって観続ければ、例え時代が進み、もっと古典の世界が遠くなったとしても、ある程度品質維持された古典芸能を見つづけることは出来るんちゃうか?ぶっちゃけ保存活動しか行なえないようになったら、それはもう芸能とは言えないんちゃうか?楽しむ観客がいてこその芸能、そしてその芸能の観客の審眼と芸能のクオリティは比例するんちゃうか?
 だから、もっとこだわって見ましょうよ、と、いうのが主張(笑)で、日本の微妙な色使いが解る外国人が少ないように、関西人だからこそ解り易い、上方の色、匂いを感じながら、上方歌舞伎にこだわり楽しみませんか?と、この機会に呼びかけようと企んでの今回の最終回なのです(笑)。

 それも、日常の社会と同じで、お品書きを鵜呑みしていたのでは絶対つまらない!と付け加えたい。肩書きや学歴はある種の目安だけど、その人以外の人でも属せる評価なんかは、個々のキャラクターでの魅力光線には敵いませんものね。それこそ芸能という身体一つで表現されているものを愛する人なら、自分の目で見て、味わって感じるということにこだわりたい。
 役者さんだって、それで評価されてこそ、本当の役者冥利というものでしょう。

 舞台も日常も、例えばほんの小さな一言に百を察することもあれば、幾つもの言葉を並びたてられても、むなしく何も届かないことも有る。
 だからどっぷりと芝居の世界に引きずり込んでくれる役者って、ほんま魅力有る役者さん。これは技術云々だけではないみたい。例えば何かが足りなくても、それ以上の魅力を感じる役者さんもいる。それが華なのか、ぶっちゃけ顔の好みなのか(笑)、とにかく心惹かれる魅力を放つ役者さん。
 私なりにこの人はこの先も見て行きたいという注目の上方の役者さんはいるし、皆さんにも見て下さいよー、と言いたい気もするけど、それは黙っておこう。それぞれ受け手の感性が違うことも、舞台の大きな楽しみだから・・・。

 上方歌舞伎が好きな理由、それは、ただ私が関西人だからというのではない。たどり着いてここに来た。役者のキャラクターと登場人物のキャラクターの織り成すその豊かなドラマ性、人の心のうつろいや、息の妙、あの繊細さ、全てこだわりだしてから身に沁みたことだ。
2004年12月28日(火) at 14:50 / コメント( 3 )/ トラックバック( 0 )
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宝塚花組「天の鼓」 / 源甲斐智栄子

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宝塚歌劇シアタードラマシティ花組公演「天の鼓」にいて参りました。
もちろん顔見世も滑り込んで参りましたよん。
とりあえず、行った日付順に、先にこっちを日記。

石淵しゃんご推察の通り、能「天鼓」「富士太鼓」を見たがった理由はコレです(笑)。
親切に教えてくれたのに、結局行けなくてごめんなさい
しかし、本で粗筋や写真を見たり、この前の歌舞伎学会のフォーラムでも、「天鼓」を例に出してくれたりしたので、何となくぼさっとながら察することは出来たような・・・。
でも、石淵しゃん、この宝塚の「天の鼓」を観たら、どう反応したやろ?

とにかく観ている途中、が咲いては消え、咲いては消え・・・突込みどころが満載。
まぁ、歌舞伎も時代考証なんかは荒唐無稽やけど、人物像がそうなのはちょっとなぁ・・・。
この人物の狙わずしての無稽さは、インド映画と通じるような・・・そう、何気に共感し難い(笑)。多分、自分が小学生の時に観たとしても「おいおい、それはないやろ?」と突っ込んでたんとちゃうかな〜と思いますわ。

それと虹人さんっていう主人公が、あの世から現れる場面、これが何故か金髪で、すごいミドリの衣裳、椅子からすべり落ちそうになりましたよん。この前、花組で見たショー、ゼウス様再来か!?と思いました。
これが作者の宝塚でいうところの<後ジテ>のイメージやったんやろうか??
確かに「天鼓」「富士太鼓」をもとに、と、書かなければ、問題になるような話の筋だけど、ならさぁ、ならさぁ・・・あれはないと思います。


・・・しかし、結果は号泣、激しく感動(笑)。
そんだけケチつけて「感動したっ〜」っていうのが凄いでしょ。
まず第1は春野寿美礼さんの歌がエエ。曲も良かった。見目も麗しい。
春野さん、歌の上手いトップさんです。たまに声が返ったりもしますが、感動できる歌を歌える人です。正直、凄くテクニックがあっても心に響かない歌もあるのに、この人の歌を聴くと私の心はガックンガックン揺さぶられます。
第2は振付。全員で扇形になって、要返しをパシッパシッと決める所は格調高く偉観(ここ、もちろん山村若先生の振付)。宝塚ならでは舞でのラブシーン(笑)は、ドラマティックでロマンティックでした

さすが宝塚歌劇、歌と舞で弱点を補い、尚且つお釣りが来ましたがな(笑)。
人物の出入りは、ちょっとスライドが多すぎる気もしましたが、舞台背景は詩情豊かで美しくて素敵でした
2004年12月28日(火) at 07:13 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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光と影のブリッジ能 / 源甲斐智栄子

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ブリッジ能にて、摩訶不思議な感触を味わうことができた。
窓の外に広がる大阪の夜景。通天閣が見えるロケーション。
舞台はほんま暗い。
しかしそこに外からのかすかに届く灯りが陰影を動かせている。

本当にどっかに迷いこんだみたいだったんですよ。
もしかして、今も私達が動いているこの夜の町の薄暗い片隅に
念を抱えた霊が思いを吐露しているのかも知れない。
自分は今までそれが見えんかっただけちゃうか?
それが今日たまたま見えました。
そして彼らは闇の中にまた消えて行きました、みたいな・・・。

普段の平らな能楽堂の照明では決して味わえることの出来ない感触でした。
外からの微妙に動く灯りが能面の表情を一層際立たせ躍動させていました。

人は例え罪深いことだと解りながらも、生きるという業のために気付かんふりをしていることがある。
自分の愚かさに気付いて、自分自身を傷つけないよう、その感傷さえ退化させ、退化させたことにさえ気付かず生きているのかも知れない。
人の世は哀れや、無情や、だから愛しい・・・私が普段よく見る舞台より、とても静かな静かな能の舞台を、私もとても静かに観ているのに、頭の中がうっちゃらうっちゃら嵐になって、初めて能を見て涙が出ました。

能ほど自分に何かを問いかけて来る芸能はないんちゃうか?

今さらながら、そう実感した暮れの夜です。
2004年12月28日(火) at 03:40 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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宝塚雪組「青い鳥を捜して」 / 源甲斐智栄子

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13日(月)は宝塚歌劇雪組公演
「青い鳥を捜して」
「タカラヅカ・ドリーム・キングダム」

前楽3時公演に駆け込んで参りました。
楽が近づき、いつも焦る私。

とにかく新聞評が悪かったんで、ある意味楽しみで、
だからこそ行きたくなったといいましょうか(笑)。

芝居の「青い鳥〜」は、ディティールとしてはエエとこもあんねんけど、実は何とか、という歌舞伎によくありがちな無理やりな偶然が多く、現代劇でこれは確かに無理やり過ぎてキツい
宝塚って、凄く若くて素顔のカッコイイ現代っ子の生徒さんが演じている訳なんやけど、<最近の若者>みたいなことをやると、何故か、変にダサくなるのも面白いです。

対して「タカラヅカ〜」のショーの方は、トップスターの朝海ひかるさんの魅力爆発というか、彼女のまか不思議な魅力も、得意のダンスも生きてたし、音楽も衣裳も、なかなか好き。良かったです。

しかし「青い鳥〜」の上演中、事故発生。
舞台機構の故障で、15分ほど芝居が中断されたのです。大事件や〜。
アナウンスがあるまで、途中何事かと思いましたわ。
やっと幕が開き、芝居の続き「まぁ、説明が長くなってしまいましたが・・・」と、
轟悠さんの上手い繋ぎに場内、ウケておりましたが・・・。
こうした舞台事故は、これはこれで「滅多とないものを見た」と喜ぶ人もいるし、不完全なものを観て、運が悪かった、と思う人もいる訳で、まぁ色々でしょう。

私もこれまで色々な舞台の失敗を目撃して参りました。
宝塚では、「あれっ?口から何か飛んだ?ほっぺた痩せた?」と思ったら、含み綿が飛んでいたり、
○○の皇女が自害して後ろに倒れた拍子に鬘が飛び、次の台詞が「○○の皇女さまはお気の毒でしたわね」という台詞で始まったもんで場内大爆笑とか・・・。

歌舞伎でも、斬られて倒れた拍子に鬘が脱げ、死んでいるからその鬘を被ることも出来ず、すぐ近くのセットの草むらに、にじにじと何となく近寄って頭だけ隠そうと死体がしてたりとか、
「牡丹灯篭」で、黒衣が闇に浮かぶ灯篭をフワフワと飛ばそうとしたら、それが客の頭にあたって「イタッ!!」という声で場内爆笑とか、「鷺娘」の引抜きに失敗して、袖まで破り取ってしまい、鷺娘の方袖が真っ赤な長襦袢の袖のまま踊ってはったりとか、
ほんま、もう色々観てはいけないようなもんまで観ました

あと実際に観たことないけど、聞いた話も色々凄いのがあって、歌舞伎座で迷った蕎麦屋の出前の人が、まわった盆に乗ってしまいそのまま舞台に出てしまったりとか、
ある舞踊会では、一世一代「道成寺」を踊られるのに、浅黄幕が落ちた途端、その幕に巻き込まれて花子がいなくなっちゃったとか(笑)。
ご本人は泣きたい思いだったでしょうし、まぁ、これを笑い話にしては申し訳ないのかも知れませんが、だからこそ、舞台は怖いし、面白い!?のかな

2004年12月17日(金) at 03:45 / コメント( 12 )/ トラックバック( 0 )
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目指せ、<鴈仁ばばあ>! / 源甲斐智栄子

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 「天満、桜ノ宮、京橋、」・・・環状線大阪駅で聞くこのアナウンスのイントネーションは、何となく好きじゃない。関西のイントネーションで良いのではないか?と思ってしまう。
 そういえば、「関西のテレビは天気予報とかも関西弁でやって欲しい」と、言っていた上方の役者さんがいた。関西に来ると、ちょっとした言葉のアクセント等がとても勉強になると言っていた役者さんもいた。
 大阪で生まれた義太夫狂言が歌舞伎名作の中心を占める歌舞伎は、現在の大阪弁と義太夫の訛りが一緒ではないにしても、役者にとって関西弁は耳馴染みの良い言葉のはず。今はもう、上方系の役者さんも東京育ちが多い。外に住む人の方が、関西の色が薄まったことを敏感に気付き、残念に思うのかも知れない。また、もともと「上方」という言葉も、東日本の人が言い出した言葉。上方は天皇が住む場所、神が住む場所という憧憬の言葉であるらしい。

 「頬かむりの中に日本一の顔」と称された初代・中村鴈治郎は、歴史に残る大阪を代表する歌舞伎役者である。今のミナミ、精華小学校近くに住み、そこは鴈治郎横丁と呼ばれた。初代が亡くなった葬儀の際、その亡骸を乗せた車は、そこから宗右衛門町を廻わった。初代鴈治郎という、大阪が生んだ不世出の上方歌舞伎役者に別れを告げに、多くの人々がその道筋には立ったと聞く。
 その三代目、当代中村鴈治郎さんが、来年、坂田藤十郎を襲名する。鴈治郎さんはずっーと長い間「坂田藤十郎を襲名したい」と言うてはった。今の人々にとって、元禄期のビッグスター坂田藤十郎よりも、初代が創り上げた中村鴈治郎という名の方がもはや有名ではないか?という考えからか、多分、この襲名に関してはすんなりといかなかったのではないか?と私は考える。鴈治郎さん、悲願達成である。

 坂田藤十郎は、元禄文化を代表する役者であった。ずっと上方にいて江戸には行ってない。江戸のシンボル、初代市川團十郎は、藤十郎の芝居が観たくて、京都まで来た。芝居茶屋で藤十郎に会い、その身のこなし、客あしらいに「坂田藤十郎は凄い!」と感心したことが記録に残っている。
当時の芸能文化は、井原西鶴、近松門左衛門、竹本義太夫らを輩出した上方の方が随分進んでいた。江戸歌舞伎の花が咲いたのも、團十郎家がそれに影響され発奮したと思うのは間違いではないはず。なのに坂田藤十郎家は、二代三代は記録にあるばかりで、そのまま終わってしまった。今度、鴈治郎さんがその四代目を襲名するということは、普通の襲名とは少し違うはず。その志を想像し、期待している。

 ことごとく途絶える上方系譜の役者の中、十五代も続いた片岡家。片岡仁左衛門という名を中軸とする松嶋屋一門は、江戸も上方も、その両方良いところを取り入れるという家風が、続くのに良かったのかも知れない。この家は上方歌舞伎や、その型に大きなこだわりを持ちながらも、代々家を守り伝え続けている。正月の三が日も、上方風、江戸風という形でお雑煮を換えてお祝いをされるというこだわりまであるらしい。
 長男の我當さん、次男の秀太郎さん、三男の仁左衛門さん、三兄弟が、見事にそれぞれの個性が際立つ役者さんっていうのも凄いと思う。いや、ほんま、よくぞ居てくれましたよ、松嶋屋三兄弟(泣)。上方歌舞伎の激しい衰退でご苦労された頃は、あの、あの、仁左衛門さんが、「先斗町あたりでバーをやろかと考えてた。店の名前も家紋から<マルニー>と決めていた」と新聞のインタビューで答えてはんのを読んで、びっくりしたことがあったが、それも今は微笑ましい笑い話となった。ほんま、よくぞ、役者でいてくれはったと思う。

 そうした時をしのぎ、今、上方歌舞伎は、「豆成駒」「豆松嶋」とかかる大向うのもと、当代鴈治郎さん、仁左衛門さんのお孫さんも初舞台を踏み、次世代に確実に橋はかかろうとしている。また、成駒屋、松嶋屋以外だって、素敵な役者がいて期待出来る家がある。
 歌舞伎ファンの言葉「團菊ばばあ」。例えが悪いと申し訳ないが、今や立派になった役者の、初舞台のことなどを嬉しがって語る歴史を積んだ團十郎、菊五郎ファンの薀蓄ばばあ、のことだと捉えている。ならば大阪のオバはんである私は、「團菊ばばあ」ならぬ「鴈仁ばばあ」を目指してやれ、と思う。
2004年12月15日(水) at 16:49 / コメント( 2 )/ トラックバック( 0 )
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松竹新喜劇の「幸助餅」 / 源甲斐智栄子

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昨日は新生松竹新喜劇「師走公演」の千穐楽に駆け込んで参りました。
幸助餅」ニ場と「裏町の友情」一幕の二本立てです。

特に「幸助餅」は、お正月の松竹座「寿初春大歌舞伎」で、歌舞伎で上演されるもの。
ある程度大人!?の関西人は、子供の頃、土曜日のお昼、学校から帰ると、いつもテレビでやっていた松竹新喜劇を観ていた、という人、多いですよね?私も、そんなお子ちゃま時代が想い出の1つにあります。
しっかし、「幸助餅」は恥かしながら、観た記憶がありません。
これは「何がなんでも観て、正月の歌舞伎と比べて楽しみたい!」。
けど、これがなくてもやっぱり行きたかったかも。松竹新喜劇は好きです。

脚本家としての才能にも恵まれた曽我廼家五郎が、一堺漁人(いっかいぎょじん)という名で書いた「幸助餅」。
初演は大正4年、五場の構成だったらしいです。
それが、昭和50年、座付作者の平戸啓二さんがニ場に書き替えたもので上演、「藤山寛美二十快笑」の1つともなる人気演目になったのだそうです。

何たって今度初めて歌舞伎で初演される作品。平成の世に生きる私達は、特に関西に住むモンは、そうそう歌舞伎初演というのを観れません。
そして未だ観たことがない作品だけに、私はメチャクチャ興味がありまして、頭取部屋を訪ね、今回、補綴・演出をされている米田亘さんにも、千穐楽のクソ忙しい日に、色々とお話を聞かせてもらいました(笑)。
でもまぁ、ちょっとマニアな質問ばかりしてましたかも?
五郎さんが歌舞伎役者だった時の名前とか、誰の門下だったか?とか、なんで太夫やのに「花魁」って声をかけられているんですか?とか、芝居の中のお金の受け渡しの裏読みとか(笑)。

米田さんは、今年の秋、第三回公演をした曽我廼家喜劇「山椒の会」を主宰してはります。私も制作でお手伝いをさせてもらってます。
「山椒の会」、曽我廼家については、もっと言いたいこと、知ってもらえたら嬉しいこともあるんで、またあらためて書かせて下さい。

「幸助餅」の簡単な粗筋はこうです。
大坂一の餅米問屋大黒屋の幸助は、角力(すもう)取りの(いかづち)を贔屓にするあまり身代を潰し、妹を廓に預けた三十両で再起を賭けようするが、途中、江戸で大関となり、立派になった雷に逢い、嬉しさから、またついその金を祝儀としてあげてしまう。でも命の綱のお金。結局は返してもらおうとするが、雷は忘恩の言葉を発した上にお金を返さない。で、それから色々あって・・・という内容です。幸助は曽我廼家八十吉さん。雷は渋谷天外さん。

幕開けは桜咲く新町廓。禿(かむろ)、新造を引き連れた太夫が出てきて華やかです。角力取り雷にタニマチ幸助、幸助の調子の良さ、情けなさはホンに<つっころばし>です。歌舞伎にぴったりなキャラクターが出てきて、上方的味わいの情けがあります。これは歌舞伎としてかけても、絶対に良い芝居になると思いましたわ。
一昨日は、初春歌舞伎で幸助を勤める中村翫雀さんもご覧になっていたそうで、翫雀さんがこれを「演りたい」と言うて実現したらしいです。うん、絶対エエと思います。
曽我廼家喜劇には、「これを歌舞伎にしても面白いやろなぁ〜」と思うものもけっこうあるのですが、もともと三階さんの役者さんが創ったものだけに、門閥の方がされるというのは抵抗があるのかしらん?と、少し歪んだ憶測もあったものですから、これが歌舞伎になるというのは、凄く嬉しく、本気で期待しています。私はこれを機会にこの後も歌舞伎でかかっていく作品になると思うなぁ〜。
腹で芝居する所も有るし、きっちり観せれれば、絶対ええ芝居になると思いますよ。
良かったら皆さんにも、ぜひ初演体感をして欲しいです。

この「幸助餅」は時代劇、「裏町の友情」は現代劇。
どちらも面白くて、それでいて泣けました。
思うにこの涙、「悲しい」とか「可哀相」っていう涙じゃおまへん。
人の情けにホロッとして、言わば嬉し泣き。こうした涙って、早々出るもんじゃないです。
財産ともいえる面白い脚本が一杯あって、力のある役者がいて、笑わせて、人情にホロリとさせる。
どんなに苦しくても、ちょっこっとチョケてしまう関西人の愛嬌も伺える(笑)。
松竹新喜劇の芝居はたまらん温かくて、ほんまエエです

2004年12月13日(月) at 01:46 / コメント( 4 )/ トラックバック( 1 )
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歌舞伎学会秋季大会 / 源甲斐智栄子

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昨日は京都造形芸術大学にある春秋座に出かけました。
平成16年度歌舞伎学会秋季大会の特別企画、
実演付きシンポジウム「身体の比較〜古典から未来〜」に行ったのです。

この歌舞伎学会というのは、歌舞伎を職業、学問として研究していらっしゃる方から、趣味として愛好してらっしゃる方までが所属されている組織です。
肩書きとして歌舞伎学会会員と書かれている方もよく見かけます。
年会費を納めれば入会出来ますし、勧められたこともあるのですが、私は未だ、何となく会員にはなっていません
毎回興味深い大会をされているのですが、いつも気になりながら、1度も参加せず。初めていて参りました


今回は出されたテーマごとに、芸能者の方が、コメントを述べ、身体を使い実技で表現して見せてくれるものでした。
それにまた、司会の京都造形芸術大学の芸術表現・アートプロデュース学科の小林昌廣教授と、ゲストの知覚心理学・生態心理学の福井大学の教育地域科学部の三嶋博之助教授がコメントをつけられるという展開で進むのです。

テーマは「喜・怒・哀・楽」「歩く・泣く・振り返る」
出演は、能・田茂井廣道さん、狂言・茂山千三郎さん、歌舞伎・坂東竹三郎さん、その演奏に鶴澤慎治さん、上方舞・山村若先生(すみません。一応わたし、一門末席でございますんで、ご宗家をサン付で呼べない・・・日記やし)、日本舞踊・坂東温子さんという面々でございます。

例えば演目のその一部を実演して見せて下さったり、
同じシチエーションで歩いても、能と狂言ではこんなに歩数が違うとか(笑)、
実際にはあったとしても、舞の中での女性は、肩をゆらして口を開けて笑うと言うようなことはないとか、
日本舞踊でお姫様が泣く場合(歌舞伎も通じますが)は、そのまま袂で目元を押さえるが、庶民の場合は襦袢をだして、襦袢の袂で押さえるとか・・・。
そうよね、お姫さんは着物の袂が汚れても、綺麗なオベベは何枚も持ってはる、そんなことが自然に動きに取り入れられている、っていうのとかも、
よーく解りました(笑)ほんま、面白かったですわ。

上方の歌舞伎役者は、江戸ほど立役、女形というのがハッキリしてなくって、
兼ねるといいますけど、坂東竹三郎さんはなるほど上方歌舞伎役者さんです。「楽」では『新版歌祭文』野崎村のお光が、「久松と祝言出来る〜」と浮き立って、鏡台の前で身づくろいをする様子を、「泣き」では『絵本太功記』十段目の武智光秀の<大落とし>、を、それぞれショートカットで観せてくれはりました。田舎娘から武将まで・・・凄いですわ
2004年12月12日(日) at 09:09 / コメント( 3 )/ トラックバック( 0 )
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