Googie の昨日と違う今日

ONE OF THESE DAYS

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ナルニア国物語 / Googie

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高校時代、クラスメイトで「ナルニア、ナルニア」と1人興奮していた女子がいた。とにかく長い物語で、おもしろい、と言っていた。私にも読ませたかったようだが(共犯者を作りたかったのか)、私はファンタジーにはあまり興味がなくて「指輪物語」も敬遠していたから、「ナルニア」はインプットされたが物語の内容はまったく知らなかった。

ファンタジー小説は、最初入るのに失敗するともうだめなのだ(ハリー・ポッターも投げ出した)。それが映画になった。ただ映画館の椅子に座っているだけで、ストーリーは向こうからやってくる。こんな楽なものはない(笑)。

ティルダ・スウィントンの魔女がどんなか興味深々で見に行った。きれいきれいしていなくて、どちらかというとプリミティヴな、土着のイメージがあった。淡々と、当然のように「悪」を為す。理由も何もない、それが魔女の在り様だから。

冒頭、ドイツ軍のロンドン爆撃(ブリッツ)や、それを逃れて田舎に「疎開」する子供たちの様子には、日本も同じ体験をしたんだなあと、感じるものがあった(日英は敵同士だったが)。

子役の選び方がおもしろい。美少年・美少女を選んでいない。どこにでもいそうな、おっとりした外見の子供たちである。女の子たちはどちらかというと思春期にルックスに悩みそうな・・・(笑)。長男のピーターはイギリスのウィリアム王子にイメージがダブるので、ヨーロッパの少女たちの関心を引いたようだ。ちょっとひねくれた問題児の次男エドモンドをむしろ美しくしている。子供が見ても彼の異質さがわかるように。

フォーンが末っ子のルーシーを家に連れて行くシーン。彼が「罪を犯した」と吐露するシーンだが、性的なニュアンスを感じさせおもしろかった。「赤ずきんちゃんとオオカミ」の話がそうであるように、少女と男性のセクシュアルな、寓話的ほのめかしがある。

ケンタウロスの忠誠心には涙した。まるで「サムライ」ではないか。そして王者アスランの威厳ある声にリーアム・ニースン。

全体に「ファンタジー色」は薄い。後半の戦いのシーンなどまるで日本の戦国絵巻、関ヶ原か桶狭間かという感じで、だんぜん親しみを感じてしまった。

それにしても見事なCGである。動物キャラクターが自由自在に動き回っている。ライオンがすばらしい。あの大きさ、威厳、美しさ。彼の傍らに立つ、ということは自分が選ばれた人間である、ということだ。そうあるためには自分を犠牲にする覚悟と、知恵と勇気、強さと優しさを持たねばならない、というオーソドックスなテーマである。

エンドロールのアラニス・モリセットの曲に聴き入ってしまった。最初あの裏声にシニード?クランベリーズ?と記憶を探っていたのだが、アラニスだった。ヒステリックな響きが消えて滋味が出てきた。
2006年3月10日(金) at 23:33