●マリー・アントワネット / Googie
映画 > FILMS
Another girl movie by Sophia Coppola
フランス革命やらヨーロッパ史云々を期待するとはずれまくる。あくまで「ソフィア・コッポラ」の映画であり、歴史云々・革命云々はさておいた、マリーという1人の「ガール」のお話である。
映画館に来ていたゲイを除く中高年のおっさんがこの映画をどう見たか、何か得るところがあっただろうか。せいぜい「あのスイーツ食べたい」とねだられたり(スイーツって何や?)「みんなの見ているところでお産するんやで」などとどう答えていいかわからないことを言われたりして口ごもるだけであろう。
キルステン・ダンストは実に愛らしく、無邪気でお茶目。冒頭、14歳でフランスに嫁いでいくシークエンスで、友人やペット、オーストリーのすべてから引き離され、フランス流を受け入れなければならないという場面、心細かっただろうなあと、もう彼女に同情してしまった。たった1人、外国で自分の居場所を見つけなければならない。E-mailもなけりゃ携帯もない、ブログで不満をブチまけることもできない孤立無援のティーネージャー。
どう感想を書こう。たしかに楽しく美しい映画だった。しかし拡がっていかない。自らカメラを持った監督らしく、セリフより映像で語る場面が多い。特に後半、子供とのシーン、誕生パーティあけの夜明けのシーンなど、ハンディカメラでアドリブ撮影したような親近感がある。しかしそれが「マリー・アントワネット」に必要だったか。「ロスト・イン・トランスレーション」の舞台が東京である必然があったか、と同じことだ。たまたま監督のインスピレーションを刺激した題材だったのだろう。監督のテーマは一貫して「ガール」なのだから。舞台が変わり時代が変わり衣装が変わってもテーマや切り口は同じ。ガーリーな道具立てをすべて取り去ったところに残るそれは「孤独」。それでも最後に母となり妻としてのマリーを見せたことは「ガール」からの脱皮だったのかもしれない。
PS:
マリアンヌ・フェイスフル。痩せた女性というイメージだったのでどこに出ているかわからなかった。びっくりした。
≫≫ Googie's 映画ログ 2007
フランス革命やらヨーロッパ史云々を期待するとはずれまくる。あくまで「ソフィア・コッポラ」の映画であり、歴史云々・革命云々はさておいた、マリーという1人の「ガール」のお話である。
映画館に来ていたゲイを除く中高年のおっさんがこの映画をどう見たか、何か得るところがあっただろうか。せいぜい「あのスイーツ食べたい」とねだられたり(スイーツって何や?)「みんなの見ているところでお産するんやで」などとどう答えていいかわからないことを言われたりして口ごもるだけであろう。
キルステン・ダンストは実に愛らしく、無邪気でお茶目。冒頭、14歳でフランスに嫁いでいくシークエンスで、友人やペット、オーストリーのすべてから引き離され、フランス流を受け入れなければならないという場面、心細かっただろうなあと、もう彼女に同情してしまった。たった1人、外国で自分の居場所を見つけなければならない。E-mailもなけりゃ携帯もない、ブログで不満をブチまけることもできない孤立無援のティーネージャー。
どう感想を書こう。たしかに楽しく美しい映画だった。しかし拡がっていかない。自らカメラを持った監督らしく、セリフより映像で語る場面が多い。特に後半、子供とのシーン、誕生パーティあけの夜明けのシーンなど、ハンディカメラでアドリブ撮影したような親近感がある。しかしそれが「マリー・アントワネット」に必要だったか。「ロスト・イン・トランスレーション」の舞台が東京である必然があったか、と同じことだ。たまたま監督のインスピレーションを刺激した題材だったのだろう。監督のテーマは一貫して「ガール」なのだから。舞台が変わり時代が変わり衣装が変わってもテーマや切り口は同じ。ガーリーな道具立てをすべて取り去ったところに残るそれは「孤独」。それでも最後に母となり妻としてのマリーを見せたことは「ガール」からの脱皮だったのかもしれない。
PS:
マリアンヌ・フェイスフル。痩せた女性というイメージだったのでどこに出ているかわからなかった。びっくりした。
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