中国と聖火と。日本への私の疑問点。 / bouzu
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さてっと・・・以下友人への返信です。
>報道での中国人応援団の「私たちは平和にやっているのに、なんでそういうことをするの?」
この言葉に対しては、私が実際バンコクで感じた不快さがそのままこの言葉そのもので
こういう感覚を中華系応援団から感じたからこそですね。
その平和がいったいなんであり、それがいったいどこの価値観から来ているものでどう思われているのか?
という観点はまったくなく、限りない自己肯定と国際情勢の目線を理解しないままの村祭り。
バブル期の日本と照らし合わせ、『相対化』する方が多いのも日本ですが
それを理解しているのなら言うことも問題視することも多いだろうに、というのは君にはいわずもがなですね(^^;)
>中国に日々不満があり、日々おかしさというものを感じている日本人は非常に多いはずだったのですが、結局、今回の聖火リレーで何を求めていたんだっけ?というような「?」も浮上してきました。
から来る文のあたり。
この見解に関しては
本日日本テレビの報道番組『バンキシャ』での全国学力テストへの報道内容から思ったのですが
日本人は問題視はできるのですが
それ以前にその問題の根幹、学力であれば子どもをどうしたいのか?国をどうして行きたいのか?
チベット問題と中国と五輪に関しては、それをどうしたいの?という視点がまったくないのだと。
学力テストに関しては、学力テスト自体がどうこうという根幹の部分はなく
それを行ったときに反感や不備や自治体の反発やその自治体での教育長への反発など
『それを行ったことから発した事例』
にばかりあれこれと話をしているだけで、学力テストはどうなのか?それからどうしていくのか?
求める姿のためには行うべきか行わないほうがいいのか?
という部分がまったく見えてこずに、そこからこの国の報道や未来像への思考姿勢への疑問がはっきりしましたね。
今回の五輪に関しても、あれだけ批判的?な報道がなされながらもなんだかしっくりこない理由が明らかになります。
>ブロガーの人の行く末
これに関しては、かつての勢いはないまでも、現地でのチベット応援のオフ会や、中国との付き合い方などの論調のも多いのですが
反面、小泉人気で盛り上がっていたかつてと違って
先頭に立つ表に出ている旗振りがいないので
その点から、君の発言でもあるようにどーするの?うちわで中国をいじってるだけ、という面は感じます。
この観点はネットと日本というものを考えるにあたって
非常に重要な観点であると自分で思っています。
>「コンドームなしでセックスしてる馬鹿カップル」状態の日中
これは、日中友好という言葉の中に中田氏されるというよりも
「大丈夫、ゴムつけるから」
「お前俺に負い目あるだろ?な?だからいいだろ細かいとことは?」
といって、けっきょくつけてなかったみたいな感じのほうが正しいような気がします。
好きだからいいか、まあいいか、なら結婚するかとか、できちゃったどうしようとあわてる
昨今の若者世代と符合する部分が多いですから。
中国人留学生に関しては
バンキシャで「何しに日本に留学してるんだ」
と反論している日本人のチベット応援者?との高速パーキングでのいざこざを
この言葉をそのままに報道してくれたのが唯一の救いのような気がします。
>あと、大きな日本の「敗因」というと変だけど、それは、日本に「核」がなかったこと。中国の傲慢な態度に、右往左往するばかりで、あーこっちに、こんどこっちに、と左右に振られっぱなし。でも俺らは動かないぞ!という共通の認識があれば、もちろん、その認識には、「断じる」という強さも必要なんですけど、今回、総出でボイコットというのもできただろうし、マスコミがもうちょっと馬鹿じゃなければ、何かもっと大きな方向になったと思います。
核に関しては、これ以前に話すことが多いないようわけですが
日本としてどうなの?という観点に対してはブログ「イライラすること」で書きましたが
こうなんだ!と問題を報道することはできても、それだけであり
それ以前の、だからどうしたいの?という本当に大事な部分というものが
日本で語られていませんし、日本人が持っていないということが問題であると思っています。
それもないのに「中国が悪い」「中国の時代なんだ」と語り合ってもまったく無意味。
おりこうで頭もそこそこ良く、社会秩序に関してもだいぶましに考えることができる国民であったとしても
そのもっとも大事にするべき根幹がなければ、よく言ったものだ砂上の楼閣。
行き着く場所も、明確なゴールも持たず、脆弱な土台の上で
ただ『情報と理屈』だけを砂場でこねて、食べられもしない砂団子を必死に食べようとしているような
そしてその砂団子を「なんで食べられないの?」と言ってるような
楽しさも意志もない、どうしようもない行為を続けているだけだと私は思っています。
>報道での中国人応援団の「私たちは平和にやっているのに、なんでそういうことをするの?」
この言葉に対しては、私が実際バンコクで感じた不快さがそのままこの言葉そのもので
こういう感覚を中華系応援団から感じたからこそですね。
その平和がいったいなんであり、それがいったいどこの価値観から来ているものでどう思われているのか?
という観点はまったくなく、限りない自己肯定と国際情勢の目線を理解しないままの村祭り。
バブル期の日本と照らし合わせ、『相対化』する方が多いのも日本ですが
それを理解しているのなら言うことも問題視することも多いだろうに、というのは君にはいわずもがなですね(^^;)
>中国に日々不満があり、日々おかしさというものを感じている日本人は非常に多いはずだったのですが、結局、今回の聖火リレーで何を求めていたんだっけ?というような「?」も浮上してきました。
から来る文のあたり。
この見解に関しては
本日日本テレビの報道番組『バンキシャ』での全国学力テストへの報道内容から思ったのですが
日本人は問題視はできるのですが
それ以前にその問題の根幹、学力であれば子どもをどうしたいのか?国をどうして行きたいのか?
チベット問題と中国と五輪に関しては、それをどうしたいの?という視点がまったくないのだと。
学力テストに関しては、学力テスト自体がどうこうという根幹の部分はなく
それを行ったときに反感や不備や自治体の反発やその自治体での教育長への反発など
『それを行ったことから発した事例』
にばかりあれこれと話をしているだけで、学力テストはどうなのか?それからどうしていくのか?
求める姿のためには行うべきか行わないほうがいいのか?
という部分がまったく見えてこずに、そこからこの国の報道や未来像への思考姿勢への疑問がはっきりしましたね。
今回の五輪に関しても、あれだけ批判的?な報道がなされながらもなんだかしっくりこない理由が明らかになります。
>ブロガーの人の行く末
これに関しては、かつての勢いはないまでも、現地でのチベット応援のオフ会や、中国との付き合い方などの論調のも多いのですが
反面、小泉人気で盛り上がっていたかつてと違って
先頭に立つ表に出ている旗振りがいないので
その点から、君の発言でもあるようにどーするの?うちわで中国をいじってるだけ、という面は感じます。
この観点はネットと日本というものを考えるにあたって
非常に重要な観点であると自分で思っています。
>「コンドームなしでセックスしてる馬鹿カップル」状態の日中
これは、日中友好という言葉の中に中田氏されるというよりも
「大丈夫、ゴムつけるから」
「お前俺に負い目あるだろ?な?だからいいだろ細かいとことは?」
といって、けっきょくつけてなかったみたいな感じのほうが正しいような気がします。
好きだからいいか、まあいいか、なら結婚するかとか、できちゃったどうしようとあわてる
昨今の若者世代と符合する部分が多いですから。
中国人留学生に関しては
バンキシャで「何しに日本に留学してるんだ」
と反論している日本人のチベット応援者?との高速パーキングでのいざこざを
この言葉をそのままに報道してくれたのが唯一の救いのような気がします。
>あと、大きな日本の「敗因」というと変だけど、それは、日本に「核」がなかったこと。中国の傲慢な態度に、右往左往するばかりで、あーこっちに、こんどこっちに、と左右に振られっぱなし。でも俺らは動かないぞ!という共通の認識があれば、もちろん、その認識には、「断じる」という強さも必要なんですけど、今回、総出でボイコットというのもできただろうし、マスコミがもうちょっと馬鹿じゃなければ、何かもっと大きな方向になったと思います。
核に関しては、これ以前に話すことが多いないようわけですが
日本としてどうなの?という観点に対してはブログ「イライラすること」で書きましたが
こうなんだ!と問題を報道することはできても、それだけであり
それ以前の、だからどうしたいの?という本当に大事な部分というものが
日本で語られていませんし、日本人が持っていないということが問題であると思っています。
それもないのに「中国が悪い」「中国の時代なんだ」と語り合ってもまったく無意味。
おりこうで頭もそこそこ良く、社会秩序に関してもだいぶましに考えることができる国民であったとしても
そのもっとも大事にするべき根幹がなければ、よく言ったものだ砂上の楼閣。
行き着く場所も、明確なゴールも持たず、脆弱な土台の上で
ただ『情報と理屈』だけを砂場でこねて、食べられもしない砂団子を必死に食べようとしているような
そしてその砂団子を「なんで食べられないの?」と言ってるような
楽しさも意志もない、どうしようもない行為を続けているだけだと私は思っています。
2008年4月27日(日) at 21:04 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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