ALL FOR YOU・・・ / ぺんぎん
音楽 > no music no life やったっけ?
安室奈美恵さん
「ALL FOR YOU」
作詞:渡辺なつみ
作曲:松本良喜
プロモーション・ビデオより、一部抜粋
こういうスケールの大きい曲も、貫禄で歌いこなす最近の彼女です・・・♪
「未来はCan't waitたどり着くものではなく
描き出す地図の中 歩いていこう」
という、詞が気に入ってます・・・
2004年9月7日(火) at 17:25
できるかな?・・・ / ぺんぎん
音楽 > no music no life やったっけ?
平原綾香さん
「君といる時間の中で」
作詞:平原綾香
作曲:小林信吾
(C)DREAMUSIC
のプローモーション・ビデオから、1部抜粋しました。
ファイル自身は、GIFアニメーション。
衛星放送で流れているものを、パソコンで録画し、DVD再生ソフトでGIFファイルに変換。
従って、再配布は可能と考えてますが・・・
著作権上、違法であれば即刻削除します。
ご意見ください。
2004年9月4日(土) at 16:44
Boy friend / ぺんぎん
音楽 > no music no life やったっけ?
曲名:Boy friend
歌手:Hi-Fi SET
作詞:小泉亮
作曲:杉真理
リリース:1985年
アルバム「Indigo」に収録
勝手な一言:
Hi-Fi SETは、数多くの名曲がありますが、最近聞きなおしてみて、特に心に残った曲です。
題名の通り、女性を主人公とした曲です・・・
「地下鉄のドアがあき 押し出されて・・・」に始まる、なにげない日常を、淡々と歌っていますが、一節一節がまるで額に入れた心象風景のようです・・・
杉真理さんの、美しい旋律とともに、ちょっぴり切ない・・・夏の夕暮れのような、一曲です・・・
歌手:Hi-Fi SET
作詞:小泉亮
作曲:杉真理
リリース:1985年
アルバム「Indigo」に収録
勝手な一言:
Hi-Fi SETは、数多くの名曲がありますが、最近聞きなおしてみて、特に心に残った曲です。
題名の通り、女性を主人公とした曲です・・・
「地下鉄のドアがあき 押し出されて・・・」に始まる、なにげない日常を、淡々と歌っていますが、一節一節がまるで額に入れた心象風景のようです・・・
杉真理さんの、美しい旋律とともに、ちょっぴり切ない・・・夏の夕暮れのような、一曲です・・・
2004年7月29日(木) at 11:56
森花処女林 / ぺんぎん
音楽 > no music no life やったっけ?
曲名:森花処女林
歌手:井上陽水
作詞:井上陽水
作曲:井上陽水
リリース:2002年
アルバム「カシス」に収録。
勝手な一言:
ご存知、「ランチの女王」の挿入歌。
とっても不思議な詩と、幻想的な曲の・・・最近、一番のお気に入りです。
ぺんぎんが、初めて陽水さんを知ったのは、「夢の中へ」でした。
「心もよう」、「傘がない」など、一生懸命ギター片手に歌ってましたっけ・・・
そんな中でも、「いつのまにか少女は」という曲の、甘いメロディが大好きでした!
この曲も、ちょっとあの時の香りが・・・します・・・
歌手:井上陽水
作詞:井上陽水
作曲:井上陽水
リリース:2002年
アルバム「カシス」に収録。
勝手な一言:
ご存知、「ランチの女王」の挿入歌。
とっても不思議な詩と、幻想的な曲の・・・最近、一番のお気に入りです。
ぺんぎんが、初めて陽水さんを知ったのは、「夢の中へ」でした。
「心もよう」、「傘がない」など、一生懸命ギター片手に歌ってましたっけ・・・
そんな中でも、「いつのまにか少女は」という曲の、甘いメロディが大好きでした!
この曲も、ちょっとあの時の香りが・・・します・・・
2004年7月27日(火) at 20:53
ひとりぼっちの部屋 / ぺんぎん
音楽 > no music no life やったっけ?
曲名:ひとりぼっちの部屋
歌手:高木麻早
作詞:高木麻早
作曲:高木麻早
リリース:1973年(ぺんぎん、14歳・・・)
第5回ポピュラーソングコンテスト入賞
いわゆる、女性ボーカルに目覚めた曲です・・・
ちょっと、鼻にかかった、甘い歌声は・・・思春期の厨房(→中学生)を夢見心地にしてしまいました!
去年亡くなった、叔父からもらったギターで、一生懸命弾いてましたねぇ・・・
当時の曲は、コード進行が簡単でした。
お歳は、ぺんぎんより上でしょうが、今でもご活躍とのことですね。
ファーストアルバム「高木麻早」が、CDで復刻しています。
もちろん、ぺんぎんも買いました・・・
歌手:高木麻早
作詞:高木麻早
作曲:高木麻早
リリース:1973年(ぺんぎん、14歳・・・)
第5回ポピュラーソングコンテスト入賞
いわゆる、女性ボーカルに目覚めた曲です・・・
ちょっと、鼻にかかった、甘い歌声は・・・思春期の厨房(→中学生)を夢見心地にしてしまいました!
去年亡くなった、叔父からもらったギターで、一生懸命弾いてましたねぇ・・・
当時の曲は、コード進行が簡単でした。
お歳は、ぺんぎんより上でしょうが、今でもご活躍とのことですね。
ファーストアルバム「高木麻早」が、CDで復刻しています。
もちろん、ぺんぎんも買いました・・・
2004年7月24日(土) at 16:45
風と落葉と旅びと/岡田さんの手紙(LP) / ぺんぎん
音楽 > no music no life やったっけ?
曲名:風と落葉と旅びと
歌:チューインガム
作詞:松田りか・たかさきくにすけ
作曲:松田りか
リリース:1972年(ぺんぎん、13歳・・・)
勝手な一言:
ぺんぎんが、おこずかいで初めて買った、LPレコード。
松田りか(姉)、マミ(妹)のデュオグループ、チューインガムのファーストアルバム。
とても素敵な、ハーモニーです。
お姉さんとぺんぎんは、同じ歳です・・・
(学年は、ぺんぎんの方がいっこ上ですが。)
なんと、出身も同じ!・・・豊中市です・・・
このLPに収録されている、「海のみえる放送局」は、30年以上経った今でも、当時と同じく「ラジオ関西」のテーマ曲?として流れています・・・
実は、LPは手放してしまいました・・・
しかし、数年前にどうしても、もう一度聞いてみたくなって・・・
CD選書(Sony Records)として、復刻していましたが、市場には在庫がありませんでした。
そこで、ヤフオクを通じて、なんとか入手いたしました。
落札価格は、2万円!・・・
30年前の、思い出の一品です・・・
歌:チューインガム
作詞:松田りか・たかさきくにすけ
作曲:松田りか
リリース:1972年(ぺんぎん、13歳・・・)
勝手な一言:
ぺんぎんが、おこずかいで初めて買った、LPレコード。
松田りか(姉)、マミ(妹)のデュオグループ、チューインガムのファーストアルバム。
とても素敵な、ハーモニーです。
お姉さんとぺんぎんは、同じ歳です・・・
(学年は、ぺんぎんの方がいっこ上ですが。)
なんと、出身も同じ!・・・豊中市です・・・
このLPに収録されている、「海のみえる放送局」は、30年以上経った今でも、当時と同じく「ラジオ関西」のテーマ曲?として流れています・・・
実は、LPは手放してしまいました・・・
しかし、数年前にどうしても、もう一度聞いてみたくなって・・・
CD選書(Sony Records)として、復刻していましたが、市場には在庫がありませんでした。
そこで、ヤフオクを通じて、なんとか入手いたしました。
落札価格は、2万円!・・・
30年前の、思い出の一品です・・・
2004年7月22日(木) at 18:35
チコタン / ぺんぎん
音楽 > no music no life やったっけ?
曲名:
「こどものための合唱組曲 チコタン─ぼくのおよめさん」
(が、正式と思われます・・・)
作詞:蓬莱泰三
作曲:南安雄
リリース:不明
(ぺんぎんが、11歳の時知りましたので、1960年後半と思われます・・・)
勝手な一言:
僕のアイドル(当時は、そうは言わなかった?)、「チコタン」に想いをどうにかして伝えたい・・・
片思いは、どんどん膨らんでいき・・・想いを伝えようとした矢先に・・・
チコタンは、ダンプに轢かれて死んでしまった・・・
子供の頃の、淡い初恋と・・・悲しい別れ。
死んでしまうのは、ちょっと極端な気もするけど・・・
当時の、「交通戦争」と呼ばれた、子供の交通事故死を前面に押し出した、切ない組曲。
もっと切ないのは、時1970年・・・日本初の大阪万国博覧会・・・
ぺんぎんの小学校の合唱部は、その晴れ舞台に立つことになりました。
その時の合唱曲が、「チコタン」。
夏休みのほとんどを、練習のため毎日学校に通いました。
(ぺんぎんは、テノールでした・・・)
が、しかし・・・この頃から、天は見放していたのでしょうか?・・・
もうすぐ本番という時に、ひどい結膜炎になって・・・
出場ならず。
お情けで、万博の催し物に出た人だけがもらえる、メダルを頂戴いたしました・・・
切なく、思い出深い、一曲です・・・
「こどものための合唱組曲 チコタン─ぼくのおよめさん」
(が、正式と思われます・・・)
作詞:蓬莱泰三
作曲:南安雄
リリース:不明
(ぺんぎんが、11歳の時知りましたので、1960年後半と思われます・・・)
勝手な一言:
僕のアイドル(当時は、そうは言わなかった?)、「チコタン」に想いをどうにかして伝えたい・・・
片思いは、どんどん膨らんでいき・・・想いを伝えようとした矢先に・・・
チコタンは、ダンプに轢かれて死んでしまった・・・
子供の頃の、淡い初恋と・・・悲しい別れ。
死んでしまうのは、ちょっと極端な気もするけど・・・
当時の、「交通戦争」と呼ばれた、子供の交通事故死を前面に押し出した、切ない組曲。
もっと切ないのは、時1970年・・・日本初の大阪万国博覧会・・・
ぺんぎんの小学校の合唱部は、その晴れ舞台に立つことになりました。
その時の合唱曲が、「チコタン」。
夏休みのほとんどを、練習のため毎日学校に通いました。
(ぺんぎんは、テノールでした・・・)
が、しかし・・・この頃から、天は見放していたのでしょうか?・・・
もうすぐ本番という時に、ひどい結膜炎になって・・・
出場ならず。
お情けで、万博の催し物に出た人だけがもらえる、メダルを頂戴いたしました・・・
切なく、思い出深い、一曲です・・・


