ブッデンブローク家の人びと(上巻) (トーマス・マン) / からな
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「分割払いとはね! 分割払いというのは、ある人間の支払い能力を試してみる便法ですよ!」 (p297)
岩波文庫。訳者は望月市恵さん。2005年の夏の一括重版で、入手。上巻を読んだのは2007年1月10〜16日。
文庫で全3巻ありますが、一巻ずつアップしていきましょう。
トーマス・マンの作品を読むのは、『ヴェニスに死す』(新潮文庫) を読んで以来。
(余談ですが、ヴェネツィア表記の方が、いいよね。光文社古典新訳文庫で最近発売されたものは、『ヴェネツィアに死す』になっていました)
『ブッデンブローク家の人びと』 を読むきっかけになったのは、これも高村薫さんの作品 『レディ・ジョーカー』(毎日新聞社) を読んだ時。主人公の一人・合田雄一郎さんのある時期の読書遍歴が紹介されていた部分がありました。
なるべく長いやつを選んで、七月には『ブッデンブローク家の人々』と『ユリシーズ』と『大菩薩峠』を読み、八月には『カラマーゾフの兄弟』『ジャン・クリストフ』『チボー家の人々』と続いてきて、まだ五巻目の三分の二が残っていた。 (『レディ・ジョーカー』下巻p264〜265)
ここで私は 『チボー家の人々』 を昨年読破し(←感想記事も、途中で止まったままやん)、『ブッデンブローク家の人びと』 を今年の初めに購読し、『カラマーゾフの兄弟』 を現在買っているわけです。(全巻揃ってから読みたいと思っている。・・・あくまで「思っている」です。今年中には、読む予定なし。読みたいのは、買ったままになっている 『罪と罰』)
前置きはここまでにして・・・。
見開きにある簡単な内容紹介には、「ドイツの一ブルジョア家庭の変遷を四代にわたって描く」とあります。
ブッデンブローク商会がどのように栄え、どのように危機を乗り越え、どのように名誉を手にし、どのように没落していったのか・・・。
最初はちょっととっかかりにくかったんですが、読み進むうちに、キャラクターを見守っていくような気持ちになっていく、この不思議さ。
アントーニエ(愛称トーニ)の愚かしさと無知と小賢しさが愛らしく思えたり、兄のトーマス(愛称トム)の頼もしさに、トーニを羨ましく思えたり・・・。
長編作品を読む時には、どうしてもキャラクターに愛着を覚えていきますね・・・えっ、私だけ?
当時のドイツの各都市の風習や生活、歴史背景・・・ナポレオンがヨーロッパ全土をかき乱した直後の頃から物語が始まるので、高校の世界史の授業でその辺りを習っていなかった私には、これはちょっと苦手な部分ではありました。
しかしナポレオンという存在が、市井の人々の意識を変えたというのは否めません。トーニの初恋の相手、モルテンが言うように・・・。
みんなが同一の権利を持つ国民の一人であって、神と庶民の間に仲介者が存在しなくなるように、市民は国家に直接向かい合うべきです! (中略) 真実はなんにも書いてはならないし、学生に教えることもならない。真実は、現行の秩序制度に一致しないだろうからというのです。……よろしいですか? 真実は抑圧され、発言は封じられたのです。 (中略)
暴力、この愚劣で粗野で、この世をわがもの顔にしている警察力、――精神的なもの、新しいものをなんにも理解できない警察力。 (p198)
更には商売やお金にまつわる内容も出てきますので、読むのが辛い部分もありました。
(この「辛い」というのは、決して私がそれらに疎いという意味ではなく、また別の意味でのこと)
何というか、身につまされるというか・・・(苦笑) お金は人を幸にも不幸にもするんです、はい。
今回最初と最後に取り上げた引用部分も、それに関するもの。
この瞬間になってから、「破産」という言葉の意味が、初めてはっきりとし、子供のころからその言葉に感じていた漠然とした恐ろしさが、よみ返ってきた。……「破産」……それは死よりもぞっとするものであった。混乱、崩壊、零落、汚辱、屈辱、絶望、悲惨であった。 (p309)
岩波文庫。訳者は望月市恵さん。2005年の夏の一括重版で、入手。上巻を読んだのは2007年1月10〜16日。
文庫で全3巻ありますが、一巻ずつアップしていきましょう。
トーマス・マンの作品を読むのは、『ヴェニスに死す』(新潮文庫) を読んで以来。
(余談ですが、ヴェネツィア表記の方が、いいよね。光文社古典新訳文庫で最近発売されたものは、『ヴェネツィアに死す』になっていました)
『ブッデンブローク家の人びと』 を読むきっかけになったのは、これも高村薫さんの作品 『レディ・ジョーカー』(毎日新聞社) を読んだ時。主人公の一人・合田雄一郎さんのある時期の読書遍歴が紹介されていた部分がありました。
なるべく長いやつを選んで、七月には『ブッデンブローク家の人々』と『ユリシーズ』と『大菩薩峠』を読み、八月には『カラマーゾフの兄弟』『ジャン・クリストフ』『チボー家の人々』と続いてきて、まだ五巻目の三分の二が残っていた。 (『レディ・ジョーカー』下巻p264〜265)
ここで私は 『チボー家の人々』 を昨年読破し(←感想記事も、途中で止まったままやん)、『ブッデンブローク家の人びと』 を今年の初めに購読し、『カラマーゾフの兄弟』 を現在買っているわけです。(全巻揃ってから読みたいと思っている。・・・あくまで「思っている」です。今年中には、読む予定なし。読みたいのは、買ったままになっている 『罪と罰』)
前置きはここまでにして・・・。
見開きにある簡単な内容紹介には、「ドイツの一ブルジョア家庭の変遷を四代にわたって描く」とあります。
ブッデンブローク商会がどのように栄え、どのように危機を乗り越え、どのように名誉を手にし、どのように没落していったのか・・・。
最初はちょっととっかかりにくかったんですが、読み進むうちに、キャラクターを見守っていくような気持ちになっていく、この不思議さ。
アントーニエ(愛称トーニ)の愚かしさと無知と小賢しさが愛らしく思えたり、兄のトーマス(愛称トム)の頼もしさに、トーニを羨ましく思えたり・・・。
長編作品を読む時には、どうしてもキャラクターに愛着を覚えていきますね・・・えっ、私だけ?
当時のドイツの各都市の風習や生活、歴史背景・・・ナポレオンがヨーロッパ全土をかき乱した直後の頃から物語が始まるので、高校の世界史の授業でその辺りを習っていなかった私には、これはちょっと苦手な部分ではありました。
しかしナポレオンという存在が、市井の人々の意識を変えたというのは否めません。トーニの初恋の相手、モルテンが言うように・・・。
みんなが同一の権利を持つ国民の一人であって、神と庶民の間に仲介者が存在しなくなるように、市民は国家に直接向かい合うべきです! (中略) 真実はなんにも書いてはならないし、学生に教えることもならない。真実は、現行の秩序制度に一致しないだろうからというのです。……よろしいですか? 真実は抑圧され、発言は封じられたのです。 (中略)
暴力、この愚劣で粗野で、この世をわがもの顔にしている警察力、――精神的なもの、新しいものをなんにも理解できない警察力。 (p198)
更には商売やお金にまつわる内容も出てきますので、読むのが辛い部分もありました。
(この「辛い」というのは、決して私がそれらに疎いという意味ではなく、また別の意味でのこと)
何というか、身につまされるというか・・・(苦笑) お金は人を幸にも不幸にもするんです、はい。
今回最初と最後に取り上げた引用部分も、それに関するもの。
この瞬間になってから、「破産」という言葉の意味が、初めてはっきりとし、子供のころからその言葉に感じていた漠然とした恐ろしさが、よみ返ってきた。……「破産」……それは死よりもぞっとするものであった。混乱、崩壊、零落、汚辱、屈辱、絶望、悲惨であった。 (p309)
2007年4月1日(日) at 15:48 / コメント( 1 )/ トラックバック( 0 )
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