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リア王 (ウィリアム・シェイクスピア) / からな

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ああ、生への愛着はなにより強い! たとえ
一刻一刻が死の苦しみでも、ただちに死ぬよりは
生を選びます
 (p223)

白水uブックス。訳者は小田島雄志さん。読んだのは2004年7月。
「戯曲」としてのシェイクスピアを読むのは、これが初めて。小田島さんが岩波ジュニア新書で上梓された、『シェイクスピア物語』 『シェイクスピア名言集』 や、朝日文庫の 『シェイクスピアを旅する』 で、各作品の大方のあらすじや名台詞・名場面は知っていますし、小中学生向きに平易にノベライズされた 『ロミオとジュリエット』 は、今も持っている。(どこかのダンボールに入ってるはず・・・)

そんな私が「シェイクスピアの戯曲」を読んでみようと思ったきっかけは、高村薫さんが日本経済新聞朝刊で 『新リア王』 の小説を連載されたから。
タカムラー  でもある私、「やっぱり元のシェイクスピアも読んどかんとなー」と思ったのです。
タカムラー・・・総じて「高村薫作品ファンの女性」のこと。

最初に 『リア王』 を知ったのは、小学生の頃。卒業間近にやってきた人形劇団の、公演演目がそれだった。低学年と高学年の2回に分けて上演されたので、それぞれの年代に分かりやすいように脚色はされていた。

信用しすぎるより安全です。
危害を加えられるのではないかと心配するよりは
心配な危害の種をとりのぞくほうがましです。
 (p60)

それから数十年。「戯曲」を文字で読むのは辛い。何が辛いって、台詞とト書きしかないことが!(苦笑) 「戯曲」は演じて、舞台にのって、初めて「生きる」んですよね。
だからこそ演出家も俳優も、その想像力と演技力と表現力を磨き上げて、一本のお芝居という作品を作り上げていくのだろう。そして台詞とト書きしかない故に、物語の解釈は供給のどちら側にも、幾通りもあるのだろう。

解説者の上野美子さんが最後に書かれているように、
『リア王』を読むのは、自分の姿を鏡に映すのと同じなのかもしれない。どの時代の『リア王』批評も、その時代相をくっきりと投影せずにはおかない。『リア王』のこわさは、まさにここにあるのだ。 (p244)

そのせいか、どうも読んでいると、リア王のイヤな部分ばかり目に付いた。私が「娘の立場にいる人」だからかなあ。「こんな爺さん、おるやろなあ。イヤやね」と、ゴネリルとリーガンに感情移入しそうになった(苦笑)
「年老いた親に、冷たくあしらう子供」という、何だか今の日本のほんの一部の縮図を、垣間見たような気分。私もいずれはそうなるのかなあ・・・? 

親としては、優しい言葉が欲しい。それが愛する愛娘ならば。そのコーディーリアの
コーディーリアはどうしよう? 愛して、黙っていよう。 (p12)
が、全ての悲劇の始まりになってしまったのが、皮肉。リア王は何も言わないコーディーリアの「沈黙は金」が、理解できなかったのね(←ちょっと違うか・・・?)
逆に「親の立場にある人」なら、美辞麗句も言わない、雄弁でもないコーディーリアを責めるのだろうか。

貧乏というやつは不思議な魔力をもつものだな、
卑しいものを貴いものに変えてしまう。
 (p118)

リア王のもう一つの悲劇は、「王」でなくなったこと。特殊な地位や役職や肩書きを持った人間は、その価値を失くした途端、ただの「人間」になってしまう。

教えてくれ、わしはなにものだ? (p53)
と問うリア王に、リア王の道化師が言い放った皮肉が、まさに当てはまる。
リアの影法師だい。 (p53)

そこから這い上がるのか、別の道を見つけるのか、狂気のままで終わるのか。そこにその「人間」の在り方や、底力の有無が試されているようにも思える。

しかしシェイクスピアは、「人間」を描写するのが上手いよなあ。「シェイクスピア複数人説」も、何だか頷ける。

人間ってやつ、ばかばかしさもこうなると天下一品だな、運が悪くなると、たいていはおのれが招いたわざわいだというのに、それを太陽や月や星のせいにしやがる。 (p35)

2005年3月27日(日) at 18:03 

このエントリ(記事)へのコメント

しばらくです / gangwolf

昨年11月に「開局」されたのですね。遅きに失しますが、とりあえずは、おめでとうございます
11月の最初の記事に於ける「宣言」が非常に気に入りました。「他をけなさない」これはもちろん基本ですが、やたらと更新しない、というのも非常に良いことですね。私などは考えもしないでまずブログを作ってしまって、たちまち行き詰まっております。「無からは無しか生まれないぞよ」と自分に言い聞かせておりますけれども・・・。この会社のブログは初めてですがなかなかデザインがきれいですね。

全く個人的なことですが、たまたま昨日(3/27)、平幹二朗演出の「冬物語」を見て、かなり圧倒されました。そうか、こういう言葉からこういう舞台が生まれるのか、と感じ入った次第です。それに、ああいう荒唐無稽な話の中にも他人事とも思われないセリフが多いのですね。さすがシェイクスピアであると思いました。
リヤ王もぜひ舞台で見たいものですね。ま、自分を見ているようなものでしょうけれども。
2005年03月28日(月)   at 16:49

コメント、ありがとうございます。 / 本人マーク(認証コメント)からな URL

gangwolfさん、こんばんは。

>昨年11月に「開局」されたのですね。

いえ、開局したのは今年の3月20日です。ここのブログ、アーカイブの表記がちょっとヘンなんですよ(苦笑)

>この会社のブログは初めてですがなかなかデザインがきれいですね。

はい、私もとても気に入っています。

>平幹二朗演出の「冬物語」を見て、かなり圧倒されました。

日記、拝見しました。平幹二朗さんは、本当に素晴らしい役者さんですね。私は以前、宮尾登美子さん原作の「クレオパトラ」の舞台で、シーザーを演じたのを観ました。どんな役を演じられても、「はまり役」になる役者さんではないでしょうか。
2005年03月28日(月)   at 20:08