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からなのblog

懐風藻 / からな

> か行のタイトル本
塵外年光満  塵外 年光満ち
林間物候明  林間 物候明かなり
風月澄遊席  風月 遊席に澄み
松桂期交情  松桂 交情を期す
  (河島皇子 「山斎」)

講談社学術文庫。訳者は江口孝夫さん。読んだのは2004年の8〜9月頃。買ったのは3〜4年前。

『懐風藻』 は、長岡良子さんの <古代幻想ロマンシリーズ> や、里中真智子さんの 『天上の虹』 などの読者には、馴染みが深いと思われる。『万葉集』 と並んで、当時の人々を描くためには引用を欠かせないものだからだ。
「読んでみたい」と思ったのも、それがきっかけ。2000年に初の文庫版が発売されて、Good Timing〜♪
(それなのに読むのが遅いのはいつものこと。読み手(=私)と本の波長が合った時が、私にとっては「読み頃、読み時」なのだから)

隴上孤松翠  隴上 孤松翠に
凌雲心本明  凌雲 心もと明らかなり
  (大納言直大二中臣朝臣大島 「孤松を詠ず」の最初の二行)

「日本最古の漢詩集」とはいえ、人口に膾炙しているとは言い難い。日本文学史や日本文化史にその名は残っていても、『万葉集』 という巨星が燦然と輝いているせいだろうか。

「漢詩」が輸入されたばかりの時期、当時の「日本」にとっては先進国である「唐」の文化に新鮮な風を感じ、「受け入れよう、追いつこう」という気概があったのでは、とも思う。(私見だが、「自国の文化よりも進んだ他国の文化の方が優秀だ」と思い込む風潮は、この時期から?)

皇族や「政府」の高官といった、身分の高い人々が作った「漢詩」。それなりに知識もルールも知らなくてはならないから、庶民に広まらなかったのは、当然とも言える。逆に言うなら、ここで「文化上の身分の違い」が、スパッと分けられたのかも・・・?

送雪梅花笑  雪を送つて梅花笑み
含霞竹葉清  霞を含んで竹葉清し
  (従四位上治部卿境部王 「長王宅に宴す」の三、四行)

通読してみて、読むのは確かに辛かったと認めよう(苦笑) 題材からして、硬い。堅苦しい。あまり面白みがない。(「恋」を詠んだものがないんだもん)
だけどそれは、中国の詩人たちの洗練され技巧を凝らした漢詩を、中学生の頃から味わっているせいかもしれない。

彼らに比べて内容・技術が、稚拙で素朴で、若々しくて荒々しくても、「漢詩」に挑戦した当時の「日本」の知識人たちの心意気を、もっと汲んでもいいと思う。
「日本の漢詩」を初めてまとめた人々の努力に、敬意を表して、高く評価してもいいと思う。
そうでなきゃ、「日本最古の漢詩集」という財産は、今の世に残っていないだろうから。

この時代が好きな人・興味がある人には、お薦めしておく。「漢詩」という形式に縛られているとはいえ、この時代を生きた人々の確かな息吹が、ここにも感じ取れると思うから。

余この文を撰する意(こころ)は、まさに先哲の遺風を忘らざらむとするがためなり。ゆゑに懐風を以て、これに名づくといふことしかり。  (「懐風藻序」の最後の部分より。漢文は略しました)

2005年7月24日(日) at 17:23