つれづれ日記

くーにゃんのblog

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あれから10年 / くーにゃん

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阪神大震災から10年目の朝。
今朝はダンナが6時過ぎの電車に乗るため5時半に起きた。
この日こんな朝早く起きるのは10年前以来だ。
でもあの日は起きなくてはならない ではなく「起こされた」のだ。

今でもはっきり覚えている。あれは転勤で浦和(さいたま)から吹田へ引っ越して4日目。前日は熱が出てた。
そしてあの5時46分ごろ。何気に目が覚めた私は「なんでこんな時間に目が覚めたんやろ?」の「ろ」のあたりですんごい揺れ出した。
「うわ!地震や!!」と思ってる頃には揺れはきつくなってた。
気がついて起きたダンナは立ち上がってタンスを支えてた。
そう、あの時はまだ引越しの片づけが終わってなくて、タンスを置いてる部屋に布団を敷いて3人で寝ていたのだ。
揺れが収まると即座にTVをオン。そして両方の父母に電話。両家とも無事を確認。
そしてTVでは信じられない速報が入ってくる。震源地は淡路島。阪神高速神戸線倒壊。「倒壊?」理解できなかった。

あの冬の間、救助のヘリ復興支援のヘリが私たちの家の上空を毎日のように飛んでいた。
赤ちゃんだった娘を抱っこしながらヘリを見つめて「がんばってね〜」とヘリに手を振っていた。
そんなことしかできない自分が少し悔しかった。

それから6年ほど経った時、用があってあのカトリック鷹取教会の近くに行った。初めて被害がひどかった地区に行った。
道は整備され新しい家が建っていた。所々に空き地もある。
明らかに街が新しい。街が新しくなるほど被害が大きかったと実感して胸が痛くなった。

地震を機に街が人々が変わった。少なくとも私の意識は変わった。
「関西に地震はけ〜へんって」と思ってた意識は「予兆はなくてもどこで何が起こるかわからへん」になった。
今年はそれまでの防災袋を一新させるのに防災非常袋を購入した。今までの防災袋はペット用を詰めよう。

10年経って薄れいく防災意識は中越大地震とスマトラ沖地震で思い起こされ意識を強める。
自分たちのためにも、あの震災は忘れてはいけない と思う。
そして震災の犠牲者のご冥福を改めてお祈りいたします。
2005年1月17日(月) at 06:45 / コメント( 1 )/ トラックバック( 2 )
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