Coca-Cola TVCMの消費文化理論的分析 / speedy
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"The Coca-Cola TVCF Chronicles"を購入した。avexからリリースされて話題のコカコーラのCMを集めたDVDである。大学院で消費文化理論をみんなで勉強しているので、題材になるのではないかと思った次第。
1962年から1989年までの84作品を一気に見ることができる。いろんな楽しみ方ができるので良い。いや、無意味と言われれば、まあ無意味なのだが。時系列に並んでいるので、コカコーラの悩みだとか、世の中の悩みだとか、それなりに見えてくる。欲を言えば、本体の映像を除いて、データとして与えられているのが、アーティスト名(ビリー・バンバン)、シリーズ名(うるおいの世界・街編)、個別タイトル(噴水)、放映年(1974年)だけというのは、いかにも不足という気がする。これをアーカイブスとして見たい需要に対して、広告代理店、制作会社、制作者などについての情報を提供するといったことも必要だったのではないだろうか。あるいは、それなりのライナーノーツなんかもあっていいのではないか。
さて、シリーズごとに見ていくとこんな感じになる。1960年代の大半、1968年までは、コカ・コーラの唄シリーズが続く。「スカッとさわやか」という曲が一貫して使われている。シュパッという音ともに、コカコーラがそもそも何であるのか教えてくれるし、親切にこういう状況で飲むんですよと教えてくれる。60年代半ばになると若大将=加山雄三色が前面に出てくる。こういう状況で飲むんですよ、というのが若大将のライフスタイルとして描かれる。まあどうみてもあこがれのライフスタイルということだと思われる。非常に高いところに「あこがれ」は設定される。
60年代後半になると、「スカッとさわやか」でありながら、若干動きがある。加山色は残しながらも、ワイルドワンズという具合に、少し身近になる。ピンキーとキラーズに至って、高度経済成長も爛熟を見せ始めるという具合か。そして1970年代に入ると、新コカコーラの唄「新世界」というシリーズに変わる。一旦身近になったコカコーラは、再び未だ見たことも無い「新世界」へ向けて旅立つ。驚くべきことに、全てのフィルムに起用されているのは、白人か日本人と白人のハーフのみである。アルプスでのスキー、自家用機、乗馬、海辺のトランペット、大型ヨット、ハンティングといった状況でモデル達がたわむれている。いまやそこに、手の届きそうな新世界が待っているという、そういう時代なのであろう。
71年になると、トーンが一転する。71年のシリーズ名はThe Real Life。初めて映像に労働者が現れる。造船所の進水式、客のいない野外音楽堂、日本人のみの出演。72年、シリーズ名はコークの世界に変わるが、Real Life路線は継続される。唄は、なんと元祖御三家、西郷輝彦。プールの掃除、トウモロコシを食べる人、キャンプでトランプ、オーバーヒートした自動車、大学生のスキー合宿、もはや若大将のスキーのように非現実のあこがれではなく、まさにリアルライフとして描かれている。まだオイルショックに至っていないが、すでに感傷の時代、低成長、安定志向への確かな傾向が見られる。そしてオイルショック突入。シリーズ名は、うるおいの世界。前シリーズからまったくぶれない。リアルライフ路線。73年の混乱期に「うるおい」と言ってみせる。このあたり見事である。朱里エイコ、布施明、かまやつひろしと歌い手も大衆路線?である。ビリーバンバンもこれ以上ないというほどにはまっている。
70年代後半に入ると、Come on in Cokeシリーズが登場。音楽は、トランザム。また白人路線へと回帰。ただ、普通の白人が登場。そしてCome on in と手招きする。もはや加山雄三的、荒唐無稽のかっこいい生活でも、異国のあこがれの生活でもない、普通の白人の普通の生活が描かれる。あえて言えば、アメリカ文化の伝道者的な色彩が鮮明とも言えるかもしれない。美しいし、これぞコークといえるかもしれない。ただ、時代にも似て退屈な感じ。
そして80年代突入。日本人がもどってくる。Yes Coke Yes シリーズ。ここまでなりあがった日本のCMには外人など必要ありませんということか。永ちゃんかっこいい。前シリーズ後半のサーカスあたりから、音楽担当アーティストが全面に出るようになる。タイアップ路線の定着といえるだろう。松山千春、早見優と大衆路線は極まる。84年原田真二、パーティー編ではすでにバブル前夜の色彩が描かれている。
80年代後半、バブル突入。JAYWALK、ホットサマーナイトはギラギラ感が漂う。しかしここでの見物は、佐藤竹善のある一日編。実に地に着いた(着き過ぎとも言えるほど)日本が映し出される。移り変わる物と不変なる物。あえてバブル期に、この不変なる物に軸足をおいて、コークを日本の伝統に内包してみせたこの作品は、オイルショック期の「うるおい」とともに、秀作と言えるであろう。
ダグラス・ホルト的なCCT的なCM分析を日本でやるとしたらどんな具合かなと思っていたが、ネタがなかなか見いだせないでいた。これは、少し使えるかもしれないと思えてきた。



