これがホントの芸妓さん / 若旦那
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今日は芸妓さんについて、ご説明、申し上げたいと存じます。
私ども迎える立場からいたしますと、お座敷の華はお客さまなのですけれども、お客さまにしましたならば、料理やしつらえもさることながら、座敷の華は、 やはり芸妓さんなのではないでしょうか?
盛装した芸妓がお辞儀をして座敷に入っていく姿を見ると、さぁこれから宴が始まると思うからでしょう、気持ちが高揚いたします。実際、次々と芸妓が座敷に入る様子は、華やかなものです。
自画自賛になりますが、外国人が絶賛し、先人が磨き上げててきた「日本女性」の美しさを、今という時代に芸妓は、かろうじて伝えていると思います。
西洋で一番贅沢な芸術は、バレエなのだそうです。バレエダンサーを育てるには、長い時間と手間が必要です。主役を踊るダンサーにもなれば、何十、何百、何千という選別を越えて舞台に立っています。その上で、衣装、舞台美術、オーケストラなどが必要なのですから、確かにかかる手間を思えばオペラ以上といえるでしょう。
日本で、そのようなものを探せば、芸妓がそうかもしれません。
旧態を残す京都を例にとって、芸妓のたどる道をご紹介しますと分かりやすいでしょう。まずは「仕込みさん」として、お茶屋の雰囲気に、着物に慣れてもらうと同時に、さまざまな稽古ごとを始めます。「半だらさん」(だらりの帯が短いところから)として、お座敷に出始めて、ようやくだらりの帯の「舞妓さん」になります。京都でしたら、舞妓といっても大勢おりますから、舞妓に出たときから競争が始まります。それでも舞妓の間は、舞妓さんというだけでお仕事がかかるものです。その後、襟かえを経て「芸妓さん」になると、いよいよ切磋琢磨も激しくなります。
現在では、ここまで旧態を残しているのは京都だけになりました。手間もかかりますが、お金もかかります。大阪、南の場合、見習いさんを最低一ト月はしてもらって、芸妓さんに出ることになります。芸妓さんに出ることになると、盛装して出先のお茶屋や料亭にご挨拶に回るのですが、今では珍しいを通りこえて、未開部族の習俗でも見るかのように、通りすがりの方は不思議そうにご覧になります。
(つづく)画像は出を待つ南地、文勇(ふみゆう)さんと菊二三(きくふみ)さん
2004年10月12日(火) at 14:05 / コメント( 7 )/ トラックバック( 0 )
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ミナミにもある『お茶屋』とは、なんぞや? / 若旦那
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芸妓さんと遊べるのは京都だけだと思ってはいませんか?
そんなことはありません。
かって大阪にはお座敷が文化の華と咲き誇った時代がありました。
時が移って、今では小さな華となりましたけれど、
今でも続いています!頑張っています!
大阪ミナミのお茶屋「島之内 たに川」は、華を伝える拠り所の一つです。
お座敷についてのお話しを通じて、これまでとは違う大阪が、上方が見えてくるでしょう。
さて、皆さま、こんばんは。
私が、ご紹介に預かりました「島之内 たに川」の谷川恵でございます。
御縁を頂戴しまして、皆様に、私の生まれた家や、育ちました土地のことなどにつきまして、お話し申し上げるのですが、皆様を前にして、いささか緊張しております。お引き受けはしましたものの、若輩の私がお話しさせていただくなど、身にあまる大役でして、無事に勤めることができますか、見当もつきません。どうぞ最後まで寛容にお付き合いくださいますよう、お願い申し上げまして、始めたいと存じます。
まずは、私どもが生業といたします「お茶屋」について、説明したいと存じます。
お茶屋と申しましても、現在では、お抹茶、お茶葉を扱うお茶屋とお思いになる方のほうが多うございます。そうではなくて芸妓の、と申し上げて、ようやく合点していただきます。どうやら、お茶屋は芸妓さんを呼んで遊ぶ所と理解されているようで、皆様も漠然と、そのように思われているのではないでしょうか?
実際、その通りで、間違いございませんが、より正確には、座敷を貸す商売、と申し上げた方が適当かと存じます。
と申しますのは、必ずしも芸妓をお呼びになるお客様ばかりではございませんし、また、お茶屋に上がれば芸妓を呼ばなければいけない、ということもございません。お客様のご要望は実に様々で、接待の席にお使いになる方が多うはございますが、二次会にいらっしゃる方、会談をなさる方、お鍋をなさる方、麻雀を楽しまれる方、等々、百人お客さまがいらっしゃいましたら、百人百様と言ってよい程、お求めになられるものが異なります。そうした個々のお求めに能うる限りお応えするのが、私どもの勤めであり、喜びとする所であります。
構えとしましては、料亭と同じく一時代前に生まれた商売ですから、瀟洒な数寄屋づくりを良しとし、そのようなものが多いのですが、私ども「たに川」はビルに建て替わっております。建て替わる以前は、『粋な黒塀、見越しの松に』と唄にありますような、瀟酒な木造の建物でした。ビルにはなりましたけれど、現在でも看板は小さく控えめで、知らない人が見ましたら、何の商売をされているのか、解らないかもしれません。これは知ったお客さまを相手に商売しているから、また、通うお客さまのお顔がささないよう気づかったものでございましょう。建物の内は、靴を脱いで上がるお座敷になっております。現在では、生活の変化に合わせて、掘りごたつ式に足を下ろせるお部屋も多うございますし、椅子席のラウンジやバーを備えたところも増えております。私ども「たに川」も足をおろせるお部屋やラウンジをご用意しております。
また、このお商売を語ります時に、この商売には限りませんが、必ず言われますことに「一見さん、お断り」という言葉がございます。「一見さん」つまり、しかるべき紹介をいただいていないお方は、いくらお金を積まれてもお上げしない、この商売のしきたりを云った言葉でございます。これは決して高慢な商売をしている訳でも、格式を振りかざしている訳でもございません。
お茶屋は、お客さまにお家にいらっしゃる時のように、あるいはそれ以上に、くつろぎ、楽しんでいただけるよう一生懸命おもてなしに勤めます。これは気心が知れているからこそできることで、互いに初めてでしたら、お好みも、なにも分かりません。
また、お茶屋は、お客さまと信用を分かち合うことで成り立っております。
例えば、「何月何日何時に何人で行きますから、料理は一人何円程度の懐石料理で、芸妓さんを何人呼んで、何円程度のお土産を何個用意してください」というご予約を頂戴したとします。私どもは、こうしたご予約を電話一つで承ります。ご予約を頂戴しますと、私どもお茶屋は、芸妓さんを押さえ、料理を注文し、お土産をご用意いたしますが、もしこれが紹介のない見ず知らずのお方で、直前に取り消しになりましたら、いかがいたしましょう?
これは極端ではございますけれど、やはりご紹介を頂きますから、お茶屋は一生懸命のおもてなしを勤めることができます。よいもてなしができましたら、お客さまもご贔屓にしてくださいますでしょう。また、大切なお知り合いをご紹介くださいますことでしょう。こうして信用の輪が、より深く、より広く、繋がってゆくことで、お茶屋が現在まで続いてきたのではないかと存じます。
(つづく)



