8/22(火)〜4 吉弥さんの落語とプリン! / 南かおり
笑い > 落語♪♪
けで 仕方ないんだけど(ほんまは許さん!私なんて三回確認するもん。携帯) その壊れかけた 場の空気を即拾って笑いに変えて また世界に引き戻した吉弥さんは見事でしたよ! あぁ…やっぱ スゴイこの人!って改めておもったもん。 さて中入りはさんで 歌々志さん!「しびんの花活け」 めちゃくちゃおもろかった!!!!!!マクラなんて大爆笑\(☆^〇^☆)/ 懐にドラえもんo((=゜ェ゜=))oの単行本仕込む噺家さん初めてだよ(笑)そして吉弥さん「遊山船」先週 帝都でも聞かせてもらったけど 今日もいっぱい笑いました!!!!!次回のお仕事です!は繁盛亭だよ!なんと三席やらはるよ!見逃せませんな(* ̄ー ̄)
2006年8月23日(水) at 00:11
このエントリ(記事)へのコメント
美味しそうですね♪ / 梅嘩(ばいか)
‘抹茶プリン’を始めて見ました。(ちょいと、びっくり)我が地域に、そんな代物は有りませんので。
しかし、抹茶が食べれない自分にとっては残念な気がしました。
しかし、抹茶が食べれない自分にとっては残念な気がしました。
2006年08月23日(水) at 0:30
さすが〜 / あすとろ どらす
こういう場でのケータイは、ホンマにしらけますからねぇ。電車の移動が多い僕は、基本、マナーモードにしていますけど、ライブや映画の前は確認して電源落とすようにしています。
でもそういう場でも、笑いに変えてしまうのはさすがですね!
プリン・・・おいしいんやろね〜。幸せマークいっぱいやし(^-^)
でもそういう場でも、笑いに変えてしまうのはさすがですね!
プリン・・・おいしいんやろね〜。幸せマークいっぱいやし(^-^)
2006年08月23日(水) at 1:02
アナーキーでありながらエキセントリック / maxell.の悪魔
「久七、あんた・・・、なんか鳴ってるでぇ。料理でも作んのんか? もぅ、切っときや」
壊れた雰囲気を最小限に留め、笑いに転化し、噺に引き戻す。
見事でしたね。
流石です。
いよいよ繁昌亭のオープンが近づいてきました。
おのれぇ〜、憎いは、森乃石松(笑)。
兎に角、繁昌亭での『お仕事です』も楽しみです。
壊れた雰囲気を最小限に留め、笑いに転化し、噺に引き戻す。
見事でしたね。
流石です。
いよいよ繁昌亭のオープンが近づいてきました。
おのれぇ〜、憎いは、森乃石松(笑)。
兎に角、繁昌亭での『お仕事です』も楽しみです。
2006年08月23日(水) at 1:07
初めてのかきこみ / 有栖川
今日私もワッハ上方レッスンルームに行ってきましたよ!かおりんさんが絶賛する桂吉弥さんの落語をそこまでおっしゃるなら…という感じで 拝見したのですが なるほど!よーくわかりました!楽しかったですよ ところであんなにいっぱいの会場で若い女性も多い中 ひときわオーラを放っておられたかおりんさん!あれがタレントオーラというものでしょうか! テレビで拝見するよりかわいくてきれいでスタイルよかったです!中入りはかおりんさんに釘付けでした(笑)視線感じませんでした?(笑) 私の横にいた女性も「南かおりがいる!」と話してました 噂の笑い声もよくわかりました!またいってみます
2006年08月23日(水) at 1:34
やっぱり / ケイジクン URL
やっぱり行ってましたか。吉弥さんの落語会(@_@)、
やっぱりきになるから書きますが・・
中入りのとき、ずっと席におられたみたいですね。単純に気になるから書いてるだけなのにね。
かおりんがずっと席にいると見つけても声かけにくいですよネ、ま、わたし個人的な理由でわたしがいないときはどうでもいいことだけど。
やっぱりきになるから書きますが・・
中入りのとき、ずっと席におられたみたいですね。単純に気になるから書いてるだけなのにね。
かおりんがずっと席にいると見つけても声かけにくいですよネ、ま、わたし個人的な理由でわたしがいないときはどうでもいいことだけど。
2006年08月23日(水) at 1:59
すんません / 青龍
もうここの雰囲気壊したくないんでかかないでおこうかと思いましたが一言だけ どうでもいいんやったら 聞くなと言いたいのは自分だけでしょうか…
2006年08月23日(水) at 2:20
??? / ごいんきょ URL
自分も青龍さんに1票
んな事聞いて何に満足するんですか?
いい加減空気を読んでもらいたいと思うのは私だけではないはずです
自分もその一言だけ言わせて頂きます
んな事聞いて何に満足するんですか?
いい加減空気を読んでもらいたいと思うのは私だけではないはずです
自分もその一言だけ言わせて頂きます
2006年08月23日(水) at 10:54
表面かりっと、中とろとろ / 石田正浩
「北の家族」のメニューに
「丹波黒豆・茶々プリン(抹茶プリン)」
・・・というのがありました。おそらく
かおりんが召し上がったのはコレでしょう。
表面が固いのは、オーブンで軽く
焼いてから冷やしているのだろうと
推測します。いわゆる「焼きプリン」の
一歩手前ぐらいな感じで。
「丹波黒豆・茶々プリン(抹茶プリン)」
・・・というのがありました。おそらく
かおりんが召し上がったのはコレでしょう。
表面が固いのは、オーブンで軽く
焼いてから冷やしているのだろうと
推測します。いわゆる「焼きプリン」の
一歩手前ぐらいな感じで。
2006年08月23日(水) at 12:45
かおりんさ / かおりん
たぶんそれですな!石田さんがかいてくれてるやつ!
ほんまにおいしかったで〜!
有栖川さんはじめまして!
視線は感じませんでした!(笑)
熱中してたからかな・・・
中入りねぇ・・・席ねぇ・・・
たったかなぁ・・わすれちゃったよ
トイレいったかなぁ・・それ友達だったかなぁ・・
ほんまにおいしかったで〜!
有栖川さんはじめまして!
視線は感じませんでした!(笑)
熱中してたからかな・・・
中入りねぇ・・・席ねぇ・・・
たったかなぁ・・わすれちゃったよ
トイレいったかなぁ・・それ友達だったかなぁ・・
2006年08月23日(水) at 21:39
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古典落語と藤子不二雄 / “碧の軍団”Team Hiro-M. 現場主義ルポ
米朝事務所の主催に変わって筆者は初めての「桂 吉弥の『新』お仕事です」(ワッハレッスンルーム)に行ってきた。
今回は桂 吉弥氏と桂 歌々志氏という同い年で、ベクトルは違うもののシュールな面白み、そして“上手いタイプ”の2人の競演と相成った。
今回、タイトルに書いたのは歌々志氏のマクラから。7月17日付けの拙Blogをご覧になっていただければ分かると思うが、氏の日常を切り取ったエピソードが評判を呼んでいる。たまたま、あるお寺での落語会で時間が余ったため、檀家さんのためにおいてある本棚から引っ張って読み出したのが「ドラえもん」の単行本。読み始めると面白みに止まらなくなり、とうとう家に帰った後、古書店で読んだ単行本と同じのをを買いに走ったというのだ。その衝撃を今回のお客さんにも分かち合いたいといわんばかりに、その単行本を懐に偲ばせて高座に上がった。単行本を見せた瞬間、会場は大ウケ。まさか持ってきてるとは思ってもいなかっただろう。(筆者もその1人)氏の読んだなかでも印象的なエピソードを紹介して、「道具の使い方を誤るとこうなる」という共通点から本編の『しびんの花活け』へ入った。
しかし、筆者は「藤子作品は古典落語に合い通じるものがある」と思っている。小学館コロコロ文庫『ドラえもん(爆笑編)』ではあとがきに落語立川流・真打の立川談之助師がこう、文を寄せている。※著作権に触れるので途切れ途切れに引用するが。
「改めて『ドラえもん』を読んで不思議と「懐かしい」という感情が湧いてこないのである」 「まるで、桂 文楽や古今亭志ん生の落語をテープで聞いているように、いつでも新鮮な、時代を感じさせない漫画なのである」
また、彼の師でもある、家元・立川談志師の名言に「古典落語は、噺が出来たときから古典落語だった」というのがある。時代に流されない、共通した素材をどう、笑いに組み込んでいくか。桂 三枝師は古典のフォーマットを研究して、現在の素材でありつつ古びないものをネタに、『替り目』の現代版『深夜タクシー』、『青菜』や『天災』のような“仕込み噺”の『君よ、モーツァルトを聞け』というのを創った。※故に家元が三枝会長を評価するのも筆者には理解できるのだが。
流行や時事ネタは極力避けつつ、現代を舞台にした普遍的な話は作ろうと思えばできる。しかし“時代”がそれを許してくれない
今回は桂 吉弥氏と桂 歌々志氏という同い年で、ベクトルは違うもののシュールな面白み、そして“上手いタイプ”の2人の競演と相成った。
今回、タイトルに書いたのは歌々志氏のマクラから。7月17日付けの拙Blogをご覧になっていただければ分かると思うが、氏の日常を切り取ったエピソードが評判を呼んでいる。たまたま、あるお寺での落語会で時間が余ったため、檀家さんのためにおいてある本棚から引っ張って読み出したのが「ドラえもん」の単行本。読み始めると面白みに止まらなくなり、とうとう家に帰った後、古書店で読んだ単行本と同じのをを買いに走ったというのだ。その衝撃を今回のお客さんにも分かち合いたいといわんばかりに、その単行本を懐に偲ばせて高座に上がった。単行本を見せた瞬間、会場は大ウケ。まさか持ってきてるとは思ってもいなかっただろう。(筆者もその1人)氏の読んだなかでも印象的なエピソードを紹介して、「道具の使い方を誤るとこうなる」という共通点から本編の『しびんの花活け』へ入った。
しかし、筆者は「藤子作品は古典落語に合い通じるものがある」と思っている。小学館コロコロ文庫『ドラえもん(爆笑編)』ではあとがきに落語立川流・真打の立川談之助師がこう、文を寄せている。※著作権に触れるので途切れ途切れに引用するが。
「改めて『ドラえもん』を読んで不思議と「懐かしい」という感情が湧いてこないのである」 「まるで、桂 文楽や古今亭志ん生の落語をテープで聞いているように、いつでも新鮮な、時代を感じさせない漫画なのである」
また、彼の師でもある、家元・立川談志師の名言に「古典落語は、噺が出来たときから古典落語だった」というのがある。時代に流されない、共通した素材をどう、笑いに組み込んでいくか。桂 三枝師は古典のフォーマットを研究して、現在の素材でありつつ古びないものをネタに、『替り目』の現代版『深夜タクシー』、『青菜』や『天災』のような“仕込み噺”の『君よ、モーツァルトを聞け』というのを創った。※故に家元が三枝会長を評価するのも筆者には理解できるのだが。
流行や時事ネタは極力避けつつ、現代を舞台にした普遍的な話は作ろうと思えばできる。しかし“時代”がそれを許してくれない


