コップの中の嵐 / さんたな
日記・その他 > 四畳半からはじめる俳句
やっぱり俳壇(?)的には大事件なんだろうか、「俳句研究」の休刊という事実は。誌名でいえば改造社や山本健吉、高柳重信の伝統を引き継ぐ由緒ある雑誌ということになるのだけれど、内容は普通の俳句総合誌とさほど変わりはないと思う。何が普通かは難しいが、中級者向けかなという程度の認識しか持ちあわせていない。しかも、年に一、二冊買うか買わないかの読者であれば、ことの大きさが理解できないのも無理はない?
そんな人間に俳句研究の休刊が決まったからといって、特に感慨があるわけもなく、それによって私の俳句に関わる生活が影響を受けることは何もないのだろう。物事は消え去れば清々するものもあるし、残念だと惜しむ気持ちで満たされることもある。
柳×俳は刺激的という週刊俳句の感想を書いたのが、先月の30日だった。その最後に俳句研究休刊について残念だと少しだけ感想を記しのだが、それから「俳句研究 休刊」のキーワードでの検索によるアクセスがやたらと多くなった。俳句に関しては週に一本も記事を書いていないので不思議に思いグーグルで検索してみると、何故か上から二番目にこのブログが来ている。ただ、単に俳句とかの言葉がブログの中に溢れているせいなのだろう。
そのついでに他のブログ等の俳句研究休刊に関する記事を読んでみた。
夏石番矢さんのブログから
「俳句研究」休刊!
「俳句朝日」「俳句研究」の廃刊についての感想
山口亜希子さんのブログから
俳句バブル崩壊
俳句総合誌の終刊について
目ぼしいところから以上四本の記事を読んでみた。
夏石さんのブログは面白く読ませ頂いたが、過激すぎて内実がわからないのでコメントのしようもない。
山口さんのブログを読むと、俳句総合誌の編集に深く関わっておられたからだと思うが、供給者の視点というものを感じる。俳句バブルが崩壊というが、どこにそんなものが存在したのだろう。誰にとってのバブルだったのかさっぱりわからない。こんなに沢山の総合誌が存在することがバブルというのなら、それらは求められて存在したものなのか、経営判断で存在するものなのか。さらに、どちらにも俳壇的俳人や俳句アマチュアなる言葉が出てくるがこの用語の意味すら判らない。どちらにしても純粋な読者としての視点が抜け落ちているように思う。
関わり方が違うとこうも受け取り方が違うのかと思うだけで、どちらの話が真実かは判らない。立場が違えば色々な見方があるので、おそらくどちらも正しいのだろう。同根の右手左手のようなものかも知れない。
わかったことと言えば、どちらも角川家の戦後が大きな影を落としていることだけは間違いないようだ、ということ。
そもそも、俳句総合誌というのはどういう読者を想定して作られているものだろうか。
俳句を始めた当初から何でこんなに多くの俳句総合誌といわれるものが発行されるのが不思議でならなかった。多少の編集方針の違いはあるのだろうが、どこも似たような講座や企画の使いまわしで、同じ俳人が月を変えて別々の総合誌で作品を発表しているだけで、どこに違いがあるのかわからなかった。
俳句で食べている人がほとんどいないのに、どこにこんなに大きなマーケットが存在するのか不思議でならなかった。
わたしは純粋な消費者でしかも営業に利することがない一俳句愛好家なのであるが、ここ数年の自身の俳句活動を振り返っても、結社誌とその支部句会とイレギュラーの句会の幾つかが全てであった。どういう人たちが俳句総合誌を求めているのだろう。
この問題を考えようと思えば、俳句総合誌の役割とはというようなところにまで話が拡がってゆきそうでとても手に負えない。俳句のアマチュア以下のわたしにはいずれにしても関係のない話なのだろう。
「俳句研究」9月号で休刊へ、新人発掘などに中心的役割 YOMIURI ONLINEより
によると「休刊に伴い、同誌主催の新人賞「第22回俳句研究賞」の選考も中止される。」とのことでこれだけが気の毒というか無責任。富士見書房自体が倒産するわけではないのだから対処の方法はあったと思う。ここにはすでに企業の論理しか感じられない。そもそも休刊ということが一、二ヶ月くらいで決まることなのだろうか。出版社というものがよくわからない。今日だけで何回わからないと書いたことか。本当にわからないことだらけだ。
折角の梅雨なのだから、明日こそは雨が降ってくれないだろうか。雨の音を静かに聞いていたい気分だ。
<俳句研究>最も歴史のある俳句雑誌 9月号で休刊 livedoorニュースより
BlogPeople
そんな人間に俳句研究の休刊が決まったからといって、特に感慨があるわけもなく、それによって私の俳句に関わる生活が影響を受けることは何もないのだろう。物事は消え去れば清々するものもあるし、残念だと惜しむ気持ちで満たされることもある。
柳×俳は刺激的という週刊俳句の感想を書いたのが、先月の30日だった。その最後に俳句研究休刊について残念だと少しだけ感想を記しのだが、それから「俳句研究 休刊」のキーワードでの検索によるアクセスがやたらと多くなった。俳句に関しては週に一本も記事を書いていないので不思議に思いグーグルで検索してみると、何故か上から二番目にこのブログが来ている。ただ、単に俳句とかの言葉がブログの中に溢れているせいなのだろう。
そのついでに他のブログ等の俳句研究休刊に関する記事を読んでみた。
夏石番矢さんのブログから
「俳句研究」休刊!
「俳句朝日」「俳句研究」の廃刊についての感想
山口亜希子さんのブログから
俳句バブル崩壊
俳句総合誌の終刊について
目ぼしいところから以上四本の記事を読んでみた。
夏石さんのブログは面白く読ませ頂いたが、過激すぎて内実がわからないのでコメントのしようもない。
山口さんのブログを読むと、俳句総合誌の編集に深く関わっておられたからだと思うが、供給者の視点というものを感じる。俳句バブルが崩壊というが、どこにそんなものが存在したのだろう。誰にとってのバブルだったのかさっぱりわからない。こんなに沢山の総合誌が存在することがバブルというのなら、それらは求められて存在したものなのか、経営判断で存在するものなのか。さらに、どちらにも俳壇的俳人や俳句アマチュアなる言葉が出てくるがこの用語の意味すら判らない。どちらにしても純粋な読者としての視点が抜け落ちているように思う。
関わり方が違うとこうも受け取り方が違うのかと思うだけで、どちらの話が真実かは判らない。立場が違えば色々な見方があるので、おそらくどちらも正しいのだろう。同根の右手左手のようなものかも知れない。
わかったことと言えば、どちらも角川家の戦後が大きな影を落としていることだけは間違いないようだ、ということ。
そもそも、俳句総合誌というのはどういう読者を想定して作られているものだろうか。
俳句を始めた当初から何でこんなに多くの俳句総合誌といわれるものが発行されるのが不思議でならなかった。多少の編集方針の違いはあるのだろうが、どこも似たような講座や企画の使いまわしで、同じ俳人が月を変えて別々の総合誌で作品を発表しているだけで、どこに違いがあるのかわからなかった。
俳句で食べている人がほとんどいないのに、どこにこんなに大きなマーケットが存在するのか不思議でならなかった。
わたしは純粋な消費者でしかも営業に利することがない一俳句愛好家なのであるが、ここ数年の自身の俳句活動を振り返っても、結社誌とその支部句会とイレギュラーの句会の幾つかが全てであった。どういう人たちが俳句総合誌を求めているのだろう。
この問題を考えようと思えば、俳句総合誌の役割とはというようなところにまで話が拡がってゆきそうでとても手に負えない。俳句のアマチュア以下のわたしにはいずれにしても関係のない話なのだろう。
「俳句研究」9月号で休刊へ、新人発掘などに中心的役割 YOMIURI ONLINEより
によると「休刊に伴い、同誌主催の新人賞「第22回俳句研究賞」の選考も中止される。」とのことでこれだけが気の毒というか無責任。富士見書房自体が倒産するわけではないのだから対処の方法はあったと思う。ここにはすでに企業の論理しか感じられない。そもそも休刊ということが一、二ヶ月くらいで決まることなのだろうか。出版社というものがよくわからない。今日だけで何回わからないと書いたことか。本当にわからないことだらけだ。
折角の梅雨なのだから、明日こそは雨が降ってくれないだろうか。雨の音を静かに聞いていたい気分だ。
<俳句研究>最も歴史のある俳句雑誌 9月号で休刊 livedoorニュースより
BlogPeople
2007年7月3日(火) at 00:16 / コメント( 2 )/ トラックバック( 0 )
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過激? / 夏石番矢 URL
決して過激なことは書いていません。事実をブログに書いています。歴史に残る仕事を、富士見書房の「俳句研究」や朝日新聞社の「俳句朝日」は何もしていません。俳句マニアは、まだだまされ続けいるのですね。9月14日〜16日に東京で、第4回世界俳句協会大会を開催します。
2007年08月04日(土) at 11:21
夏石番矢さま /
さんたな URL
コメントありがとうございます。
世の中、知らないことだらけです。
俳句マニアという言葉が気に入りましたので、
これから使わせて頂こうと思います。
世界俳句大会の成功をお祈り申し上げます。
世の中、知らないことだらけです。
俳句マニアという言葉が気に入りましたので、
これから使わせて頂こうと思います。
世界俳句大会の成功をお祈り申し上げます。
2007年08月04日(土) at 23:18
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