「七月大歌舞伎 夜の部」 / 村をんな
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観劇日…2003年7月21日
劇場…大阪松竹座
「壺坂霊験記」・・・今年は壺坂寺の開宗千三百年だそうで、松竹座の1階ロビーには壺阪寺の観音様の分身がお越しになられていました。この土俗信仰的なお芝居はいつまで日本人に受け入れられるのだろうかと思いながら見ていました。江戸時代には疱瘡等の病気により障害が残り、貧苦の中で生活せざるを得ない人々が自分の周りに少なからずおり、いつまた自分がそのような生活を強いられるかもしれないという思いから、共感を得ていた芝居のように思ったからです。
世間ではいい女と噂されているお里が毎夜外出していることを感ずいて、自分が盲目で貧しいことに卑屈になり嫉妬心をかき立てられたり、お里に勧められて壺阪寺まで観音様を拝みには来たけれど御利益を信じ切れない沢市。沢市にとっての最大の願いは目が見えるようになることではなく、お里が幸せになること。それを観音様に祈って、壺阪寺の境内の深い谷に身を投げてしまいます。
お里はいったん用事を片づけに家に帰り、再び壺阪寺に戻ってきたら沢市の姿が見えないので、辺りを捜したら谷底に倒れているのを見つけます。そして沢市の後を追って同じ谷に身を投げます。そこで暗転し、観音様が現れてお里・沢市に語りかけて、二人は目を覚まします。すると身体に傷が無いばかりか、沢市の目までも見えるようになっているのです。
私はこのストーリーを単純にめでたしめでたしのハッピーエンドと解釈して良いのかどうかと疑問を持ちました。ひょっとするとお里・沢市の肉体はやはり死んでしまっていて、自由になった魂(魂なので目も見えれば傷もない)が観音様のお浄土へ向かって行けることの喜びを表していると言えないこともないかなと思ってしまいました。
現代は「生きていることが全て」という考えが普通なのですが、江戸時代あたりは身分の上下に関わりなく死と隣り合わせで人間は生きていたので、いかにすれば死後地獄に堕ちなくて済むか、お浄土に行くことができるかということが毎日の暮らしの規範になっていたのではないかと思われるからです。
沢市役の我當さんは根が陽性なので、あまり陰々滅々とせずあっけらかんとしていました。その分秀太郎さんのお里の健気さが引き立たなかったかもという気もしないではありませんでした。
「男女道成寺」・・・あの有名な「京鹿子娘道成寺」を男女二人で踊ってしまうという「道成寺」物の一つです。
まずは聞いたか坊主が花道を通って出てくるのですが、今回は仁左衛門さんの孫で孝太郎さんの息子の3歳の男の子の初お目見え(初舞台の前に慣らせるために舞台に立たせること)でした。歌舞伎界では背の高い弥十郎さんの後ろから3歳児がちょこちょこくっついて現れるんですから、観客の目は全員がそこに釘付けです。何をやっても受けるし、こうやって松嶋屋の血を引く者は役者になっていくのだなと思いつつ見ていました。まだ3歳児なのでどうこう言えるものではないのですが、かなり愛嬌がある子かもしれません。
本番の踊りの方はまず舞台に二人の白拍子が現れます。一人が仁左衛門さんでもう一人が孝太郎さんなのですが、なんといっても仁左衛門さんが赤い振り袖の娘姿で出てくるのがめっちゃ珍しいことで、もうそれだけで楽しませてもらいました。
「名月八幡祭」・・・いわゆる新歌舞伎の世話物というべき作品でしょうか。大正7年に初演された作品ということで、ちょっとその当時の流行だったような新劇風な心理描写なんかも取り入れられているような気がします。
深川芸者の美代吉はいい子なんだけれど、年下の三次という船頭に入れあげていて、5両3両とせびられて、いくら稼いでも借金に追われる始末。
この三次の役を愛之助さんがやっていて、最近悪役が多いからか、いい味でした。顔出す度に金・金言われて、美代吉もいい加減うんざりしているんだけど、でもにっこりされると許しちゃいたくなる感じ、なんか分かるなぁと納得させられました。
あと、美代吉のおっかさん役の松乃丞さんの雰囲気も面白く拝見しました。
劇場…大阪松竹座
「壺坂霊験記」・・・今年は壺坂寺の開宗千三百年だそうで、松竹座の1階ロビーには壺阪寺の観音様の分身がお越しになられていました。この土俗信仰的なお芝居はいつまで日本人に受け入れられるのだろうかと思いながら見ていました。江戸時代には疱瘡等の病気により障害が残り、貧苦の中で生活せざるを得ない人々が自分の周りに少なからずおり、いつまた自分がそのような生活を強いられるかもしれないという思いから、共感を得ていた芝居のように思ったからです。
世間ではいい女と噂されているお里が毎夜外出していることを感ずいて、自分が盲目で貧しいことに卑屈になり嫉妬心をかき立てられたり、お里に勧められて壺阪寺まで観音様を拝みには来たけれど御利益を信じ切れない沢市。沢市にとっての最大の願いは目が見えるようになることではなく、お里が幸せになること。それを観音様に祈って、壺阪寺の境内の深い谷に身を投げてしまいます。
お里はいったん用事を片づけに家に帰り、再び壺阪寺に戻ってきたら沢市の姿が見えないので、辺りを捜したら谷底に倒れているのを見つけます。そして沢市の後を追って同じ谷に身を投げます。そこで暗転し、観音様が現れてお里・沢市に語りかけて、二人は目を覚まします。すると身体に傷が無いばかりか、沢市の目までも見えるようになっているのです。
私はこのストーリーを単純にめでたしめでたしのハッピーエンドと解釈して良いのかどうかと疑問を持ちました。ひょっとするとお里・沢市の肉体はやはり死んでしまっていて、自由になった魂(魂なので目も見えれば傷もない)が観音様のお浄土へ向かって行けることの喜びを表していると言えないこともないかなと思ってしまいました。
現代は「生きていることが全て」という考えが普通なのですが、江戸時代あたりは身分の上下に関わりなく死と隣り合わせで人間は生きていたので、いかにすれば死後地獄に堕ちなくて済むか、お浄土に行くことができるかということが毎日の暮らしの規範になっていたのではないかと思われるからです。
沢市役の我當さんは根が陽性なので、あまり陰々滅々とせずあっけらかんとしていました。その分秀太郎さんのお里の健気さが引き立たなかったかもという気もしないではありませんでした。
「男女道成寺」・・・あの有名な「京鹿子娘道成寺」を男女二人で踊ってしまうという「道成寺」物の一つです。
まずは聞いたか坊主が花道を通って出てくるのですが、今回は仁左衛門さんの孫で孝太郎さんの息子の3歳の男の子の初お目見え(初舞台の前に慣らせるために舞台に立たせること)でした。歌舞伎界では背の高い弥十郎さんの後ろから3歳児がちょこちょこくっついて現れるんですから、観客の目は全員がそこに釘付けです。何をやっても受けるし、こうやって松嶋屋の血を引く者は役者になっていくのだなと思いつつ見ていました。まだ3歳児なのでどうこう言えるものではないのですが、かなり愛嬌がある子かもしれません。
本番の踊りの方はまず舞台に二人の白拍子が現れます。一人が仁左衛門さんでもう一人が孝太郎さんなのですが、なんといっても仁左衛門さんが赤い振り袖の娘姿で出てくるのがめっちゃ珍しいことで、もうそれだけで楽しませてもらいました。
「名月八幡祭」・・・いわゆる新歌舞伎の世話物というべき作品でしょうか。大正7年に初演された作品ということで、ちょっとその当時の流行だったような新劇風な心理描写なんかも取り入れられているような気がします。
深川芸者の美代吉はいい子なんだけれど、年下の三次という船頭に入れあげていて、5両3両とせびられて、いくら稼いでも借金に追われる始末。
この三次の役を愛之助さんがやっていて、最近悪役が多いからか、いい味でした。顔出す度に金・金言われて、美代吉もいい加減うんざりしているんだけど、でもにっこりされると許しちゃいたくなる感じ、なんか分かるなぁと納得させられました。
あと、美代吉のおっかさん役の松乃丞さんの雰囲気も面白く拝見しました。


