「スリーデイズ・オブ・レイン」 / 村をんな
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観劇日…2003年8月10日
劇場…近鉄小劇場
なかなか面白い芝居でした。登場人物は3人。
まず前半は有名な建築家が亡くなりその遺産を継ぐことになった姉(ナン)と弟(ウォーカー)。それに建築家のビジネスパートナーの息子(ピップ、ただし彼の父は38歳の若さで亡くなっていました)。この3人が、父親の遺志をはかりかね、遺産を巡って腹を探り合いをするのです。
ナンは旦那と二人の子供がいる普通の主婦なのですが、ウォーカーは子供の頃に母親が精神に異常を来したことや父親が無口であまりかまってくれなかったために、常に精神的に満たされる事がないようでかなりの変人のようでした。自分の気に入らないことがあるとぷいと外国に行ったまま音信不通になることもしばしばあるような生活ぶりで、ナンにさえできれば死んでもらえたらありがたいと思われていました。ウォーカーは父親が最初に設計した家に幻想のような憧れがあって、その家を手に入れたいと願っていたのですが、ピップが相続するように遺言されていました。そのことによって落ち込んでしまうウォーカー。
父の残した日記もまた謎に満ちていて、ほとんど感情のない簡単な言葉しか記されていませんでした。その日記の最初のページには「1960年4月3日から4月5日・・・三日続きの雨」とだけ書かれていたのです。
舞台は前半は人気のない暗くて寒々しかった部屋だったのですが、後半は飾り付けがガラッと変わって1960年何もかもがエネルギッシュな仕事場兼住居となりました。
ウォーカー役だった高橋和也さんが姉弟の父ネッドに、ナン役だった神野三鈴さんが母のリーナに、ピップ役だった浅野雅博さんがピップの父セオに役が変わりました。
ネッドとセオは建築を勉強していた学生の頃からの友人でした。ネッドは強度の吃音でほとんど友人もなく、図面台に向かってこつこつ設計図を書いているような人間でした。それに反してセオは外向的な男でした。元々リーナはセオの恋人で、二人は何かあると痴話喧嘩を繰り返していたのです。ネッドも内心リーナのことが好きだったのですが、友人の彼女でもあり我慢して横から見つめているだけでした。
まだ仕事の依頼のなかった二人はネッドの両親の家を設計することになっていました。セオはスケッチブックに何点かデッサンを描いてネッドに見せたのですが、どれも誰かのまねをしたものばかりであることをネッドに指摘されて喧嘩になってしまいます。セオは新しいデザインを冷静に考えたいと旅に出てしまいます。
セオがいなくなったある雨の日、買い物に出たネッドはびしょぬれのリーナに出会い、部屋に連れて帰ってきます。最初はぎこちない二人だったのですが、食事をしながら語り合ううちにお互いが安心できる存在であることを知り、愛し合うようになります。ネッドとリーナがベッドにいるところに突然セオが帰ってきます。二人の様子を見たセオは荷物を置いて再び雨の中へ飛び出して行ってしまいました。後を追いかけたネッドに新しいアイデアが浮かばなかったことを言い残して。リーナは図面台の上にネッドのデッサンを見つけて、その家を設計することを勧めます。ネッドは幸せなことだけを書く日誌を付け始めました。その最初に書いた言葉が「三日続きの雨」だったのです。
前半を見終わった段階では現代アメリカ演劇は相変わらず難しいとため息ものだったのですが、後半になって三角関係の話であることがはっきりし始めてから、やっと気楽にこの芝居を見ることができました。それにしてもこの芝居を演じた3人の役者さん達、前半と後半ではまるで反対のキャラを演じなければならないというのはどういうもんなんでしょう。特に高橋さんがウォーカーでは観客に精神の不安定さを感じさせるようにしゃべり自分の世界に閉じこもる態度を見せ、ネッドではしゃべることが極端に制限され劣等感を抱き続ける中に、純朴さと暖かさを身体全体で演じた迫力、素晴らしかったです。
神野さんは前半の落ち着いた雰囲気が、後半では30歳を目前にして何一つ自分の依って立つ場所が見つからなくて焦りまくっているテンションの高い女の子でした。
浅野さんの前半はしなやかな常識人という感じで素敵だったのですが、後半では自分の才能に限界を感じているトラブルメーカーを演じていました。
たまたま私が拝見したのが千秋楽の公演だったのですが、最初から最後まで舞台上の感情が途切れることなく緊迫した雰囲気が続き、見ているこちら側にも充実感溢れる素晴らしい印象を残してくれました。


