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浪花花形歌舞伎「女殺油地獄 Bプロ」 / 村をんな

ニュース・芸能 > 歌舞伎
観劇日…2004年4月25日
劇場…大阪松竹座
 

今回の歌舞伎公演はいわゆる梨園の御曹司が家の芸を勉強するという3部制の公演でした。そのなかから私が選んだのが中村亀鶴が河内屋与兵衛を演じる「女殺油地獄 Bプロ」。
 亀鶴は上方歌舞伎会に所属していた頃から、なかなか上手い役者やなと思っていたのですが、やはり年齢的にも立場的にも主役としてたっぷり芝居を見せてもらえるという訳ではなかったので、この配役を知ったときに、一番見てみたい演目となりました。
 そしてもう一つこの演目を選んだ理由に、板東吉弥の河内屋徳兵衛・竹三郎のおさわ夫婦が見られることがありました。ただ残念なことに4月23日吉弥さんは永眠なさいました。吉弥さんはお父様が戦前の松竹映画で時代劇の主役をなさっていた関係上、役者の息子でありながら、ずーっと歌舞伎の世界で育って来られた方ではありませんでした。ですから上方歌舞伎の貴重な脇役とはいえ、芝居の基礎が歌舞伎でないということで苦労されていたようです。
 嵐徳三郎さんを偲ぶ会の時に、万感の思いを込めた弔辞をくださっていたのですが、その中で「戦友」を言う言葉を使われていたことを思い出されます。
 吉弥さんはそのお人柄で廻ってきた役を断ることなく、毎月のように出突っ張りで奮闘されていることもありました。
 吉弥さんの素顔に触れたことも二度ほどあります。一度は確か南座改装記念の顔見世の時。徳三郎さんと楽屋が同じで、徳三郎さんの所へご挨拶に行った折りでした。常に愛犬の写真を持ち歩いておられて、嬉しそうにお話されていました。ある演劇雑誌に「お染久松」のお芝居を自分が久松、弟の弥十郎さんが老父の配役でやってみたいなんて、お茶目な事を語っておられたこともありました。まだ66歳の若さで、歌舞伎役者として完成の時期に入ったばかりで、今回の公演ではどれほど慈愛溢れる徳兵衛を見せてくれるかと楽しみにしていましたのに・・・。
 吉弥さんへの追悼が長くなってしまいました。
 本題に戻って「女殺油地獄」ですが、亀鶴の与兵衛素晴らしかったです。
 やはり最後の豊嶋屋の場。豊嶋屋女房お吉に借金を頼み、自分の全てを投げ出して訴えたのに、お吉に「もうちょっとで騙される所やった、今言うたことは全部嘘や」と拒絶された時の絶望から殺意への心の動き、お吉を殺して金を奪い犬に吠えられながら逃げていく花道での表情。これほど亀鶴ができるとは思いませんでした。
 河内屋の居間で徳兵衛の説教を上の空で、茶屋の支払いを計算しているふてぶてしい表情なんかもよかったですね。
 そして与兵衛の母おさわ役の竹三郎はもうこの役のお手本と言って良いのではないかと思われるほどでした。
 自ら追い出した与兵衛の後ろ姿を夫の徳兵衛に遠慮しながら柱の影から伺う様子や、豊嶋屋へ節季に集まった売掛金の中から夫の目を盗んで与兵衛にやる金を持ってきたときの述懐など、唸ってしまいました。
 見応え充分の一本となりました。たぶん亀鶴の役者人生の中で語り草となる芝居に立ち会えたのではないでしょうか。
2005年11月30日(水) at 20:34