「ミュージカル マリー・アントワネット」 / 村をんな
ニュース・芸能 > ミュージカル
観劇日…2007年2月10日
劇場…梅田芸術劇場
遠藤周作原作「王妃マリー・アントワネット」を「エリザベート」のミヒャエル・クンツェ、シルヴェスター・リーヴァイによってミュージカル化した作品。
この作品は、王妃マリー・アントワネットと庶民のマルグリット・アルノーという二人のM・Aを対比させて進んでいきます。
マルグリット・アルノーは最下層の少女で、町で金持ちそうな人間にスミレの花を売って暮らしていました。ある日、マルグリットは伯爵家で行われるパーティーに向かう途中のボーマルシェ(山路和弘)にスミレの花を売りつけるのですが、小銭に見せかけた銅を掴まされてしまいました。怒ったマルグリットは、ボーマルシェを追いかけてパーティー会場に紛れ込むのですが、そこにマリー・アントワネットも来ていたのでした。
マルグリットは、その場でマリー・アントワネットからシャンパンを浴びせられ辱めを受けたことで、マリーたち貴族に対して、敵愾心を掻き立てられるのでした。
マリー・アントワネットはオーストリア人ということで、王妃でありながらフランス人に溶け込めませんでした。マリーの周りには彼女に取り入って商売をしようという人間ばかりでした。マリーの浪費に意見をする大臣は国王によって更迭されてしまうありさまでした。
マリーが唯一心を許せるのが、フィンランド人の恋人フェルゼンだけでした。
こうしてマリーとマルグリットは別々の人生を送っていくのですが、国外逃亡しようとしたマリーたちが捕らわれ牢獄に幽閉された時、マルグリットは小間使いとしてマリーたちの行動を見張るために送り込まれます。
そこでマルグリットは子供の頃父親にたった一つ教えてもらった歌を、マリーが歌うのを聞くのです。そして今まで敵としてしか見ることができなかったマリーに親近感を覚えるのでした。
たぶん"ベルばら"を読んだことのある人なら、有名なエピソードや登場人物が共通しているので、何の抵抗も無くこの芝居を見ることができるのではないでしょうか。
ただ、"ベルばら"と違って、貴族の邸宅パーティーのシーンは人間の醜悪さをあらわすためか、華やかさが足りない感じがしました。舞台の装飾も簡素化されてあるので、貴族の生活と庶民の生活の差が視覚的に理解できるという風には行かなかったと思いました。
当時錬金術師として有名だったカリオストロがところどころ出てくるのですが、あまり意味がなかったような気もしました。預言者という訳でもなさそうでしたし。
引っ掛かったのはそれくらいで、フランス王妃として華麗にわがままに暮らしていたマリー・アントワネットが時代にどんどん追い詰められ、子供が亡くなり、国外逃亡に失敗して幽閉され、夫が殺され、子供と引き離され、恋人のフェルゼンと別れ、最後はギロチンの下に横たわるまでを演じた涼風真世さんに、感服しながら拝見しました。
マルグリット役、私が見たのは新妻聖子さんの時でしたが、歌唱力の凄さに感心させられました。
フェルゼン役の井上芳雄さんは6年ぶりに拝見したのですが、すっかり大人の雰囲気で、愛するマリー・アントワネットのために何もすることができなかった切なさが伝わってきました。
狂言回し・ボーマルシェ役の山路和弘さん。俗人ぶりが楽しかったです。ボーマルシェは劇作家なので冷静な視点を持って、ある時は貴族側にある時は革命側にと常に権力を握る人間たちに近づいて世の中を泳いでいくのです。特に後半、時代が動き出し状況が複雑になってくると山路さんの出番が多くなり、山路さんを楽しみに行った私は堪能させてもらえました。
原作が遠藤周作さんということで、キリスト教的思想が一本筋のように通っており、マルグリットが子供の頃育てられた教会の修道女役の土居裕子さんの透き通った歌声がよくそれを象徴していたのではないでしょうか。
劇場…梅田芸術劇場
遠藤周作原作「王妃マリー・アントワネット」を「エリザベート」のミヒャエル・クンツェ、シルヴェスター・リーヴァイによってミュージカル化した作品。
この作品は、王妃マリー・アントワネットと庶民のマルグリット・アルノーという二人のM・Aを対比させて進んでいきます。
マルグリット・アルノーは最下層の少女で、町で金持ちそうな人間にスミレの花を売って暮らしていました。ある日、マルグリットは伯爵家で行われるパーティーに向かう途中のボーマルシェ(山路和弘)にスミレの花を売りつけるのですが、小銭に見せかけた銅を掴まされてしまいました。怒ったマルグリットは、ボーマルシェを追いかけてパーティー会場に紛れ込むのですが、そこにマリー・アントワネットも来ていたのでした。
マルグリットは、その場でマリー・アントワネットからシャンパンを浴びせられ辱めを受けたことで、マリーたち貴族に対して、敵愾心を掻き立てられるのでした。
マリー・アントワネットはオーストリア人ということで、王妃でありながらフランス人に溶け込めませんでした。マリーの周りには彼女に取り入って商売をしようという人間ばかりでした。マリーの浪費に意見をする大臣は国王によって更迭されてしまうありさまでした。
マリーが唯一心を許せるのが、フィンランド人の恋人フェルゼンだけでした。
こうしてマリーとマルグリットは別々の人生を送っていくのですが、国外逃亡しようとしたマリーたちが捕らわれ牢獄に幽閉された時、マルグリットは小間使いとしてマリーたちの行動を見張るために送り込まれます。
そこでマルグリットは子供の頃父親にたった一つ教えてもらった歌を、マリーが歌うのを聞くのです。そして今まで敵としてしか見ることができなかったマリーに親近感を覚えるのでした。
たぶん"ベルばら"を読んだことのある人なら、有名なエピソードや登場人物が共通しているので、何の抵抗も無くこの芝居を見ることができるのではないでしょうか。
ただ、"ベルばら"と違って、貴族の邸宅パーティーのシーンは人間の醜悪さをあらわすためか、華やかさが足りない感じがしました。舞台の装飾も簡素化されてあるので、貴族の生活と庶民の生活の差が視覚的に理解できるという風には行かなかったと思いました。
当時錬金術師として有名だったカリオストロがところどころ出てくるのですが、あまり意味がなかったような気もしました。預言者という訳でもなさそうでしたし。
引っ掛かったのはそれくらいで、フランス王妃として華麗にわがままに暮らしていたマリー・アントワネットが時代にどんどん追い詰められ、子供が亡くなり、国外逃亡に失敗して幽閉され、夫が殺され、子供と引き離され、恋人のフェルゼンと別れ、最後はギロチンの下に横たわるまでを演じた涼風真世さんに、感服しながら拝見しました。
マルグリット役、私が見たのは新妻聖子さんの時でしたが、歌唱力の凄さに感心させられました。
フェルゼン役の井上芳雄さんは6年ぶりに拝見したのですが、すっかり大人の雰囲気で、愛するマリー・アントワネットのために何もすることができなかった切なさが伝わってきました。
狂言回し・ボーマルシェ役の山路和弘さん。俗人ぶりが楽しかったです。ボーマルシェは劇作家なので冷静な視点を持って、ある時は貴族側にある時は革命側にと常に権力を握る人間たちに近づいて世の中を泳いでいくのです。特に後半、時代が動き出し状況が複雑になってくると山路さんの出番が多くなり、山路さんを楽しみに行った私は堪能させてもらえました。
原作が遠藤周作さんということで、キリスト教的思想が一本筋のように通っており、マルグリットが子供の頃育てられた教会の修道女役の土居裕子さんの透き通った歌声がよくそれを象徴していたのではないでしょうか。
2007年3月5日(月) at 23:50 / コメント( 0 )/ トラックバック( 1 )
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パトリシアちゃん / 酔眼見聞録
フランスのパフォーマーのロンドンでの公演らしいです。MIXIに訪ねてくれた方のお気に入りだそうです。しかし、あんなに大きな操り人形ですが、見事なくらいスムーズに動いてます。(観たい方はすみませんが、貼付けでご覧ください。上手く張り付けできませんので)http://www.youtube.com/watch?v=qBXr15K2uSc&mode=related&search=
2007年07月28日(土) at 14:13
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