「殿様と私」 / 村をんな
ニュース・芸能 > ストレートプレイ
観劇日…2007年11月17日
劇場…兵庫県立芸術文化センター中ホール
文学座創立70周年記念作品、マキノノゾミ脚本。
舞台は明治20年頃の東京。華族白河家の応接間。
元大名だった白河家には、当主の義晃・息子の義知・娘の雪絵、そして家令・雛田源右衛門とその妻・カネが住んでいた。
当主は時代の流れについていけず、旧幕のまま。雛田もちょんまげ姿のままだった。
そのちょんまげを、井上外務大臣の書生に馬鹿にされ、喧嘩になったものの老人2人では太刀打ちできず、悔しい思いを晴らすため書斎で酒盛りをしていました。
そこに戻ってきた陸軍省勤めの義知が、雪絵からその顛末を聞かされているところに、酔っ払った当主が鎧兜姿で敵を討つと現れます。
義知は、そんなことをすれば益々家名に傷が付く。それよりも当主が毛嫌いしている鹿鳴館の舞踏会でダンスを披露し世間をあっと言わせてはどうかと諭します。
当主は義知の意見を聞き、ダンスの家庭教師を雇うことにしたのでした。
家庭教師として雇われたのは、アメリカ人技士の妻アンナ。そしてアンナの通訳兼車夫として三太郎も白河家に出入りするようなりました。
アンナはダンスを当主に教え始めたのですが、 仏頂面に鷹狩姿の当主に激怒して、ダンスの先生を辞めると申し出ます。
しかし足が悪く、女学校に行くことを止められている雪絵はアンナに憧れ、アンナの気持ちをやわらげました。
当主も、ダンスのレッスンを受けるために洋服を用意し、作り笑顔の練習までするようになったことで、アンナはダンス教師を続けることにしたのです。
いよいよ鹿鳴館の舞踏会が近づいてきたある日、アンナが雪絵のために自分のドレスを仕立て直して持ってきてくれます。
ドレス姿の雪絵を見て、叱り付ける当主だったのですが、アンナの意見に折れて、自分の代わりに義知と雪絵を鹿鳴館に行かせることにしたのでした。
舞踏会に出席した娘は、横浜領事館所属の武官・ジョン・ラングに恋をしてしまいます。
鹿鳴館に出席するという目的でダンスを習っていた当主は、舞踏会が済んだことですっかりやる気をなくし、依然と同様酒を飲む日々を送っていました。
そんな時、イギリス船が紀伊半島沖で難破し、イギリス人全員はボートで逃げ出したのに、日本人は救助されないという事件が起こったのです。
イギリス人船長が横浜領事館に拘束されていることを知り、当主は雛田と共に忠臣蔵の赤穂浪士の姿で抗議に赴きました。
この2人を白河家まで送ってきたのが、雪絵が恋をしたラングだったのです。これをきっかけにラングと雪絵は逢瀬を重ねるようになりました。
そんなある日、人目を盗んで抜け出した雪絵が夜遅くまで帰ってこないという事態が発生します。
雪絵の部屋からは英語の手紙が見つかり、アンナたちも呼び出されていました。手紙の内容から二人が恋仲だったことを知り、当主は激怒します。
そして誰か相手を見つけて嫁入りさせると言うのです。しかしアンナはもしこれで2人が結婚するようなことになれば素晴らしいことではないかと言います。
こうして当主とアンナが激論を交わしているところに雪絵が帰ってきました。
雪絵はラングに会いに行っていたのではなかったのです。ラングの愛人と名乗る芸者に誘い出されたのでした。そしてラングには本国に妻がいること。日本には何人か芸者の愛人がいるばかりでは飽き足らず、最近は良家の子女にまで手を出していることを教えられるのでした。
こうして雪絵の恋は終わり、その責任を取って雛田は切腹を企てたのでした。
幸い雛田の切腹は軽傷で助かります。そんなドタバタの中、応接室で夜を明かした当主とアンナは酒を酌み交わしながらしみじみと語り合うようになっていました。
時代に取り残された当主と雛田。時代の最先端を行くアメリカ婦人のアンナ。アンナは英語しか話さない設定なのですが、富沢亜古さんのセリフは全て日本語でした。日本語のセリフなのに日本人には全然通じていないというおもしろさがありました。こういう時代設定の芝居で外人が出てくる場合、あんまりセリフをしゃべらせなかったり、英語だったりするのですが、当主とアンナの討論が文化の衝突を表すことになっているので、こういう作り方もありかなと思いました。われわれも映画の吹き替えなどで外人が日本語のセリフをしゃべっているということに何の違和感もありませんから、今後こういう芝居作りが増えてもいいのではないでしょうか。
雪絵は足が不自由で、周りの笑い声が自分の足に向けられているという思い込みから気絶してしまい、女学校も2日出席しただけで、ほとんど外へ出かけることも無くひっそりと家で暮らしているという設定でした。この雪絵が明治の良家の子女らしく父親の意向に逆らわず、一歩控えている姿に、新派の舞台を見るような懐かしさを感じました。
当主役のたかお鷹さんと雛田役の加藤武さんのコンビが絶妙で、最初に鎧兜姿で現れた時の"つかみ"や、九代目団十郎に刺激されて赤穂浪士の討ち入り姿でイギリス横浜領事館へ抗議に行ったため連れ戻されて応接室のソファーで二人並んで座ってる姿など、本人たちが真面目なほど可笑しくて大爆笑させてもらいました。
笑いの中にも、欧米列強に翻弄されていた明治の日本が上手く書き込まれていて、マキノ脚本の骨太さを堪能しました。
劇場…兵庫県立芸術文化センター中ホール
文学座創立70周年記念作品、マキノノゾミ脚本。
舞台は明治20年頃の東京。華族白河家の応接間。
元大名だった白河家には、当主の義晃・息子の義知・娘の雪絵、そして家令・雛田源右衛門とその妻・カネが住んでいた。
当主は時代の流れについていけず、旧幕のまま。雛田もちょんまげ姿のままだった。
そのちょんまげを、井上外務大臣の書生に馬鹿にされ、喧嘩になったものの老人2人では太刀打ちできず、悔しい思いを晴らすため書斎で酒盛りをしていました。
そこに戻ってきた陸軍省勤めの義知が、雪絵からその顛末を聞かされているところに、酔っ払った当主が鎧兜姿で敵を討つと現れます。
義知は、そんなことをすれば益々家名に傷が付く。それよりも当主が毛嫌いしている鹿鳴館の舞踏会でダンスを披露し世間をあっと言わせてはどうかと諭します。
当主は義知の意見を聞き、ダンスの家庭教師を雇うことにしたのでした。
家庭教師として雇われたのは、アメリカ人技士の妻アンナ。そしてアンナの通訳兼車夫として三太郎も白河家に出入りするようなりました。
アンナはダンスを当主に教え始めたのですが、 仏頂面に鷹狩姿の当主に激怒して、ダンスの先生を辞めると申し出ます。
しかし足が悪く、女学校に行くことを止められている雪絵はアンナに憧れ、アンナの気持ちをやわらげました。
当主も、ダンスのレッスンを受けるために洋服を用意し、作り笑顔の練習までするようになったことで、アンナはダンス教師を続けることにしたのです。
いよいよ鹿鳴館の舞踏会が近づいてきたある日、アンナが雪絵のために自分のドレスを仕立て直して持ってきてくれます。
ドレス姿の雪絵を見て、叱り付ける当主だったのですが、アンナの意見に折れて、自分の代わりに義知と雪絵を鹿鳴館に行かせることにしたのでした。
舞踏会に出席した娘は、横浜領事館所属の武官・ジョン・ラングに恋をしてしまいます。
鹿鳴館に出席するという目的でダンスを習っていた当主は、舞踏会が済んだことですっかりやる気をなくし、依然と同様酒を飲む日々を送っていました。
そんな時、イギリス船が紀伊半島沖で難破し、イギリス人全員はボートで逃げ出したのに、日本人は救助されないという事件が起こったのです。
イギリス人船長が横浜領事館に拘束されていることを知り、当主は雛田と共に忠臣蔵の赤穂浪士の姿で抗議に赴きました。
この2人を白河家まで送ってきたのが、雪絵が恋をしたラングだったのです。これをきっかけにラングと雪絵は逢瀬を重ねるようになりました。
そんなある日、人目を盗んで抜け出した雪絵が夜遅くまで帰ってこないという事態が発生します。
雪絵の部屋からは英語の手紙が見つかり、アンナたちも呼び出されていました。手紙の内容から二人が恋仲だったことを知り、当主は激怒します。
そして誰か相手を見つけて嫁入りさせると言うのです。しかしアンナはもしこれで2人が結婚するようなことになれば素晴らしいことではないかと言います。
こうして当主とアンナが激論を交わしているところに雪絵が帰ってきました。
雪絵はラングに会いに行っていたのではなかったのです。ラングの愛人と名乗る芸者に誘い出されたのでした。そしてラングには本国に妻がいること。日本には何人か芸者の愛人がいるばかりでは飽き足らず、最近は良家の子女にまで手を出していることを教えられるのでした。
こうして雪絵の恋は終わり、その責任を取って雛田は切腹を企てたのでした。
幸い雛田の切腹は軽傷で助かります。そんなドタバタの中、応接室で夜を明かした当主とアンナは酒を酌み交わしながらしみじみと語り合うようになっていました。
時代に取り残された当主と雛田。時代の最先端を行くアメリカ婦人のアンナ。アンナは英語しか話さない設定なのですが、富沢亜古さんのセリフは全て日本語でした。日本語のセリフなのに日本人には全然通じていないというおもしろさがありました。こういう時代設定の芝居で外人が出てくる場合、あんまりセリフをしゃべらせなかったり、英語だったりするのですが、当主とアンナの討論が文化の衝突を表すことになっているので、こういう作り方もありかなと思いました。われわれも映画の吹き替えなどで外人が日本語のセリフをしゃべっているということに何の違和感もありませんから、今後こういう芝居作りが増えてもいいのではないでしょうか。
雪絵は足が不自由で、周りの笑い声が自分の足に向けられているという思い込みから気絶してしまい、女学校も2日出席しただけで、ほとんど外へ出かけることも無くひっそりと家で暮らしているという設定でした。この雪絵が明治の良家の子女らしく父親の意向に逆らわず、一歩控えている姿に、新派の舞台を見るような懐かしさを感じました。
当主役のたかお鷹さんと雛田役の加藤武さんのコンビが絶妙で、最初に鎧兜姿で現れた時の"つかみ"や、九代目団十郎に刺激されて赤穂浪士の討ち入り姿でイギリス横浜領事館へ抗議に行ったため連れ戻されて応接室のソファーで二人並んで座ってる姿など、本人たちが真面目なほど可笑しくて大爆笑させてもらいました。
笑いの中にも、欧米列強に翻弄されていた明治の日本が上手く書き込まれていて、マキノ脚本の骨太さを堪能しました。


