信号・記号の無力な部分〜水谷修先生の講演を聴いて / Angerika
出産・育児 > 勉強ごっこ
水谷先生の講演は、教育のヒントを求めて会場に足を運
ぶのが普通だろうか。
私は、仕事柄、講演のテープ起こしをする機会が多い。
そうやってテープで聴くのと、実際に同じ空気の漂う空
間で話を聴くのとでは、何がどう違うのだったか。
昨夜は、もちろん教育に関してもいろいろと思うところ
のある講演だったが、講演を直に聴くことの意味を、再
確認できた点でも有意義だった。
デジタル信号に置き換えられないもの。
文字記号に置き換えられないもの。
そういうものが、確かにある。
災害や事件が起こると、私たちは、テレビや新聞でその
ありさまを目にすることができる。そうして、「大変だ
なあ」「かわいそうだなあ」と感じたりする。
災害や事件が目の前で起こると、私たちは、その場の空
気で呼吸をしながら、うろたえたり、叫んだり、通報し
たりする。
デジタル変換を経た文字や画像のデータを介して、私た
ちが伝え、受け取っているものは何なのか。いま一度確
認してみる必要があるだろう。
そこには一見、人の気持ちが込められているように見え
るが、気持ちは正確に伝えられ、受け取られているのか
どうか。
文章でも画像でも、人間はそれらを自分の都合の良いよ
うに解釈する。そのため、先入観の影響を受けやすい。
文字と画像しか判断材料がない中で、ほかの部分は、自
分に都合がよいように補足しているのだ。
パラパラマンガが連続した動きに見えたり、写真やテレ
ビで見るリアルな画像が、実は細かいドットの集まりに
すぎないとか。人間の脳は、そうした補正によって、
あなたの世界をつくっている。
ネット上に書き込まれた言葉やアップロードされた有限
枚数の画像から、全体の把握はできっこない。
情報伝達機器はあまりにも便利で、すべてのことを伝え
てくれるように思われがちだ。大人も子どももそんな落
とし穴にはまっている。
デジタル機器が悪いのでも、人間が悪いのでもない。
ただ、落とし穴にはまっていて、そのことに気づかない
というところに、現代社会の不幸がある。
ぶのが普通だろうか。
私は、仕事柄、講演のテープ起こしをする機会が多い。
そうやってテープで聴くのと、実際に同じ空気の漂う空
間で話を聴くのとでは、何がどう違うのだったか。
昨夜は、もちろん教育に関してもいろいろと思うところ
のある講演だったが、講演を直に聴くことの意味を、再
確認できた点でも有意義だった。
デジタル信号に置き換えられないもの。
文字記号に置き換えられないもの。
そういうものが、確かにある。
災害や事件が起こると、私たちは、テレビや新聞でその
ありさまを目にすることができる。そうして、「大変だ
なあ」「かわいそうだなあ」と感じたりする。
災害や事件が目の前で起こると、私たちは、その場の空
気で呼吸をしながら、うろたえたり、叫んだり、通報し
たりする。
デジタル変換を経た文字や画像のデータを介して、私た
ちが伝え、受け取っているものは何なのか。いま一度確
認してみる必要があるだろう。
そこには一見、人の気持ちが込められているように見え
るが、気持ちは正確に伝えられ、受け取られているのか
どうか。
文章でも画像でも、人間はそれらを自分の都合の良いよ
うに解釈する。そのため、先入観の影響を受けやすい。
文字と画像しか判断材料がない中で、ほかの部分は、自
分に都合がよいように補足しているのだ。
パラパラマンガが連続した動きに見えたり、写真やテレ
ビで見るリアルな画像が、実は細かいドットの集まりに
すぎないとか。人間の脳は、そうした補正によって、
あなたの世界をつくっている。
ネット上に書き込まれた言葉やアップロードされた有限
枚数の画像から、全体の把握はできっこない。
情報伝達機器はあまりにも便利で、すべてのことを伝え
てくれるように思われがちだ。大人も子どももそんな落
とし穴にはまっている。
デジタル機器が悪いのでも、人間が悪いのでもない。
ただ、落とし穴にはまっていて、そのことに気づかない
というところに、現代社会の不幸がある。
2006年10月13日(金) at 12:37 / トラックバック( 0 )
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