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或る転校生の悩み。 / サンヂョンプンニョム

社会・政治 > 教育
我が国では、小、中、高いずれも教科書会社は複数あり、
よって各教科とも複数種類の教科書がある。
というわけで、私が勤めているような、副教材の業界では、
授業で支障なく使っていただけるよう、そのそれぞれの教科書に準拠したワークブックなり、テストなり、ドリルなりを製作しなければならないのである。

さて、昨日、3月30日の朝日新聞・朝刊「声」欄で
考えさせられることがあった。
投書の主は中学生。
彼(おそらく男性)は、転校の経験があり、その際、
教科書で(特に社会や理科)で表記・表現や
学習順序に違いがあることで戸惑った。
各社の教科書内容を統一すればそのような転校生の
悩みは解消されるのでは、との趣旨であった。

現時点では、転校生の学習進度への対応は
(各教科の)担任の仕事になっていると思われるが、
実際の所、そのようなことを一元的に取り決めた
制度は存在しないと思う。

そのため、同じような悩みを抱える転校生は少なくないのではないか。

例えば中国や韓国では国定教科書として一種類の教科書しかなく、特に社会科などは政府の意向に沿ったものになっている。
これに対して、日本では各社で内容や学習順序が異なっていることは、一見すると表現の自由を尊重しており否定されるべきものではないように思われる。
(とは言え、日本にも検定制度があり、権力からは必ずしも自由とは言えない。)

しかし、憲法や改正?教育基本法も保障している「教育の機会均等」という理念に照らし合わせて見ると、問題があると言えないだろうか。

このことについて、もう少し考えてみたい。
2008年3月31日(月) at 01:18 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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「KY」な人。 / サンヂョンプンニョム

社会・政治 > 国内
今まで、こういう類の人、つまり「空気が読めない人」を他の言い方で形容する場合、
「場違い」とか、「協調性がない」といった言い方がされていたのではないかと思う。

個人的には「空気が読めない」という言葉はあまり好かないのだが、
様々に形容されていた人々を「KY」の一言で言い切ってしまう、ある意味便利なものだと思った。


いずれも昨日の話である。
まず、通勤途中。
京阪の特急車両は2人掛けのクロスシートになっていて、
今の時期は占有率が下がりつつあるが、それでも2人分がまるまる空いているということは少なくて、
どこも1人が座っているという状態であった。
(特に窓側が占められている)
仕方ないので、近くの席に座った。
隣に座っていたのは、大学生ぐらいの年齢の若者。

が。
奴は股を広げたままなのである。
しかも、窮屈そうにしている私を知ってか知らずか、
iPodだかウォークマンだかの操作を続けている。
このまま45分間も恐縮しているわけにはいかないので、
何か言ってやろうと思ったが、
咳払いだけして席を移った。
決して駄洒落のつもりはない。


次は昼食時。
王将に行った。
食べてたら、もの凄く鼻を突くコショウの刺激。
注文したのは天津飯とニラレバ炒めなので、
作り間違いでない限り、コショウを大量に入れているということはない。

犯人がわかった。
隣の席のオッサンであった。
中華丼に大量のコショウをかけているのである。
いや、コショウをかけるのは勝手だが、
自分の食べるものにコショウをふるときでも、
ここまでくしゃみが出そうになりかけたことはない。
副流煙ならぬ、副流胡椒。
一体どんだけかけとんねん。
2008年2月2日(土) at 02:20 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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見た目で判断することの危うさ。 / サンヂョンプンニョム

社会・政治 > 国内
『人は見た目が9割』とかいう本があったが、
見た目で判断することほど、本質を見失いやすいものはない。

言うまでもなく、香川県坂出市の行方不明事件が恰好の例である。
最初に決めつけたメディアはどうやって弁解するのだろうか。

狭山事件、松本サリン事件など、決めつけは今に始まった事ではない。
また、事件が発生して全容が判明した後も、
「中国人だから」「オタクだから」
といったステレオタイプが横行する。
国家権力にとっては、治安維持の必要上(?)、類型化しておけば便利であるし、
マスメディアにとっては、利用者が飛びつくネタにしやすいからである。

もっともそのようなマスメディアのあり方が見直さねばならないが、
結局、私たち利用者自身がステレオタイプから解き放たれるしかないのである。
そのためにはどうすれば良いか、私も妙案が思いつかないのだが、
坂出の事件に関して、あることを思い出した。

今年の春頃の話。
母が昨年、重い病気にかかって、
幸いにも回復したのだが、
その治療のために頭髪が抜けてしまったので、
帽子をかぶり、また、感染予防のためマスクをして
近所のスーパーに買い物に行ったのである。
すると、終始店員につけられていたそうだ。
監視されているのかと思い、耐えかねた母は、
「私が何か盗みましたか?」
と店員に問うたところ、
「いいえ」
と要領を得ない返事で、
かと言って、謝罪の一言もなかったということである。
万引きが発生しているので社長?店長?から
監視を強化するように言われているのかも知れないが、
早合点で判断して罪のない人を追っかけている間に
万引きされるかも知れないのに。
ちなみに、それ以来、その店員から監視されることは
なくなったとのこと。

2007年11月29日(木) at 23:29 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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県別結果発表。 / サンヂョンプンニョム

社会・政治 > 教育
仕事柄、この話題を取り上げる。

全国学力テスト:「活用力に課題」文科省が結果公表
http://mainichi.jp/life/edu/scholartest/etc/scholartest01.html

この話題に関する記事全てに共通することだが、
「活用力に課題が残った」と一言で片付けるのは
大いに疑問がある。

基本的な知識の問題をそのまま処理するより、
それを活用するほうが苦手なのは、当然。
平均正答率も、予想の範囲内であった。
記者は問題をちゃんと見ていないのだろう。

さて、県別結果だが…
大阪は、北海道や沖縄とともに
全国の平均点を下げてしまっている。。。

2007年10月25日(木) at 01:48 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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「美しい国」への道程、遠し。 / サンヂョンプンニョム

社会・政治 > 国内
安倍首相の、突然の退陣表明。

体調の不安があったにせよ、
内閣改造から1ヶ月も経たず
(その改造内閣もガタガタ続きだったのだが)
所信表明演説も10日に行なったばかりである。

時期的に理解できないとの指摘は、仕方がない。

やはり、参議院議員選挙直後であれば
まだ潔い幕引きができたのに、と思えてならない。


ただ、今回の事態が、
主として、憲法改変や教育統制といった安倍政権の政策に対する批判からではなく、
(勿論、私の立場はそれらの政策とは逆である)
度重なる閣僚の不祥事が影響したものであることは、
ありきたりの言葉だが、情けないとしか言いようがないし、
本当の意味での「美しい国」には程遠いと思う。
2007年9月13日(木) at 00:47 / コメント( 0 )/ トラックバック( 1 )
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韓国語学習者層の拡大。 / サンヂョンプンニョム

社会・政治 > 教育
高校外国語「中」「韓」急伸
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20070711ur02.htm

昨日も書いたが、私が韓国語を習い始めた高校2年の時は11年前のこと。
その頃はまだまだ少数派だったのだが、今や珍しいことではなくなってきたようだ。

こうして隣国の文化を学んでいこうという機運が高まっていることは私も歓迎したい。
ただ、そうなるまでには、少数派であることは勿論、周囲の偏見も珍しくなかった頃から、隣国の文化を学ぶことの重要性を訴え続けた人々(同志社の自主講座もそうだ)の、並大抵でない努力があったことを忘れてはならない。


さて。
ハングル検定の結果が公表されている。
http://www.hangul.or.jp/examination/pastexam.php

韓国語学習者の増加という情勢を受けて、
(そんなこと理由になるのだろうか)
昨年から範囲・レベルの見直しがされているのだが、
今回の準2級の合格率は、10.2%であった。
昨春が19%だったが、さらに落ちている。

合格しているという感がさらに薄れてきた。
幸か不幸か、私はまだ通知を貰っていない。
2007年7月12日(木) at 01:38 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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前大阪府知事・横山ノック氏の訃報。 / サンヂョンプンニョム

社会・政治 > 関西
本日、横山ノックさんが亡くなられました。

若い方は知らないかもしれませんが、
と言いつつ、私も過去のVTRでしか見たことがないのですが、
「漫画トリオ」として漫才の世界で活躍されました。

トリオ解散後も関西のテレビ番組に出演され、
愛嬌のある禿頭が印象的でした。

その傍ら、政治家としても活動、1995年に大阪府知事に。


運動員の女子大生へのセクハラ容疑の時は、大いに疑問を感じました。
知事に対してではなく、一斉にバッシングを開始したマスコミやフェミニスト達に対して。

ノック知事は、就任当初から芸能界出身ということやその風貌もあって注目を集めると同時に、マスコミからいろいろと揶揄されたりもしましたが、それなりに任務を果たされたとは思います。

セクハラなんて誰でもやっているのに見過ごされているだけで、
ノックさんだからといって何もここまでやることはなかったのではないだろうか。
和解などの方法もあったでしょう。


確かに、セクハラを受けたとされる方の精神的苦痛は私にはわかりませんし、そういう疑いを持たれること自体、知事としての資質に欠けるのかも知れませんが、
少なくとも、ノックさんだったら、球団合併に際して現在の府知事のような態度を取ることはなかったでしょう。


故人のご冥福をお祈りいたします。

2007年5月3日(木) at 19:09 / コメント( 0 )/ トラックバック( 1 )
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「昭和の日」に思う。 / サンヂョンプンニョム

社会・政治 > 戦後。
今日は、「昭和の日」。

2005年の祝日法改正により、
今年から、
4月29日が「みどりの日」→「昭和の日」に、
5月4日が「国民の休日」(=「国民の祝日」に挟まれた日)→「みどりの日」
となった。

「昭和の日」を迎えるにあたって、人によってそれぞれ、いろいろ思うこと、考えさせられることがあるだろう。

それは、人によって「昭和」とはいかなる時代ととらえるかに関わってくる。

貧しくても頑張った時代、
輝かしかった時代、
あるいは、不幸が続いた時代、
勿論、その時代の性格を単純化することはできないのだが。


とは言え、
多くの人は、これまで通り、
連休のうちの一日として過ごしているのだろう。
私もそうだ。

だが、私たちは「昭和」と無関係ではいられない。
それは、私自身や現在の日本の人口の大半が昭和生まれであるからという意味だけではなく、
私たちが生きていく上で、今日までの人々の歩み=歴史を背負っていかねばならないからである。
個人主義の時代とはいえ、これまでの正の遺産も負の遺産も背負って生きなければならないのである。

今日ぐらいはそんなことを考えてみよう。


ところで、
4月29日「昭和の日」は昭和天皇誕生日、
11月3日「文化の日」は明治天皇誕生日、
12月23日は今上天皇の誕生日。

…大正天皇の誕生日(8月31日)のみ、祝日として制定されていない。
どこかおかしい。

病気がちで在位期間が短く、特に目だった業績も残していないということがその理由なのだが、

一見すると、至って平穏なようでありながら、どこかバランスを欠くという、
戦後以来今日も続く日本社会の不安定な性格は、
そこに起因しているかもしれないというのは、勝手な想像に過ぎないのだろうか。


2007年4月29日(日) at 16:28 / コメント( 0 )/ トラックバック( 1 )
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我国のマスメディアを恥じる。 / サンヂョンプンニョム

社会・政治 > 国内
Yahoo!のスポーツニュースを見ていたら、

「東京に“五輪”不要?」

などというタイトルを見つけた。

興味を引きそうなテーマであるので、覗いてみたが、
実際には、以下のような記事であった。… 続きを読む
2007年4月22日(日) at 23:55 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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「美しい国」=「美国」。 / サンヂョンプンニョム

社会・政治 > 戦後。
本日の毎日新聞の朝刊。
反米保守派の論客である西部邁のコラムが掲載されていた。
記事の名前は失念したが、
へぇ〜、毎日に西部ってやや意外。

この人の主張には相容れない部分もあるのだが、
言い得て妙!と思えた表現があった。

「美しい国」とは、つまり「美国」(アメリカ合衆国)である


因みに、日本ではアメリカ合衆国を「米国」と言うが、
中国や韓国では「美国」と呼んでいる。


なるほど。

かの国と同じく、
自分たちの掲げる理念・主張こそが唯一美しく正しいものとし、
大衆はその理念を完遂させるための機械・道具に過ぎず、
健全でない=意に沿わない他者、特に社会的弱者を排除しようとする。

それが「美しい国」の本質なのか。
2007年2月25日(日) at 22:17 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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