G.W雑感 気づいてますか?…「豊かさは幻想」 / パーソナリティ・チアラ
社会・政治 > 龍馬の船中八策
どこまで行っても結局、「豊かさは幻想だ!」ということに気がつかない限りこのまま、作っては壊し、作っては壊しするんじゃないか。
政治家は自然の破壊と引き換えに「地域の繁栄と人々の生活の豊かさ」を約束し、住民は環境という足許がぐらつきつつあるのをバラ色の幸せにカムフラージュされて気がつかない!
一方企業は「この製品(商品)を使えばもっと便利に、ハッピーになれる!」と次から次へと新製品を繰り出してくる。世の中「幸せ願望」商品の氾濫。
それはもう麻薬のようなもので、今さら「全自動洗濯機」から「洗濯板」へ戻れと言われたって、あるいは「リモコンテレビ」から「回転式チャンネルのテレビ」へ戻れと言われたって、もう後戻りできません。なにしろ、食事しながら、ピピッとチャンネルが変わるんですからね。
もう幸せこの上ありません。極めつけは郊外に買った一戸建て。幸せ願望の際たるもの、変じて借金(ローン)地獄となる。昔も今も、崩壊への一番手には変わりはありません。
最近、ちょっと落ち着いてはいるものの某タレントさんの「お掃除」関連本が売れているそうですが、その少し前には「捨てるテクニック」本が幅を利かせていましたね。部屋をスッキリ、シンプル、オシャレに見せるためにはとにかく「捨てなさい」。と言われたところでなかなか捨て切れるものではない。子供の頃、いつも一緒だったぬいぐるみ、洋服ダンスやクローゼットで場所をとるもう何年も着ていない洋服類、食器棚の奥に眠る貰いものの食器等々・・・。
著者は語ります。「そんなもの思いきって捨てなさい」、「思いきって捨てれば部屋も広くなり、使い勝手もよい、その結果、あなたは幸せになれる」と。そして、フローリングの何もない部屋に寝転がって幸せを感じる、ああ幸せ。著者は「捨てることは幸せだ!」と、ちゃっかり「幸せ願望」を商売にしていましたが(捨てる→幸せ=レトリック)、なるほどと納得して捨てた読者は汗して働いて得た報酬を自ら減らして喜ぶ。で、ゴミとして捨てられた商品(製品)は焼却場で燃やされてダイオキシンとなって人様へ逆襲に転じる(幸せ転じて災いとなる、か?)…。
近頃のニッポン、やたらと殺したり、殺されたりと、ま、殺人のオンパレード、殺人大国ニッポンの様相を呈しておりますが、なんとかならないものでしょうかね。
覚えていますか?もう随分前になります。東京で幼稚園児が殺害された事件がありました。犯人は同級生の母親。犯行の動機はともかくとして、この時使われた言葉に「母親が壊れていく」と表現されていました。かつて高度成長期には父親不在で家庭が崩壊し、バブル不況による企業倒産やリストラで父親が壊れていく、学校ではいじめや最近の10代の子供たちが引き起こす殺人(自殺)等、様々な犯罪で見られるように子供たちが壊れていく・・・。そして人間が次々と壊れていった結果、どうなるんだろう?
壊すものがなくなったときは、作るものがなくなったときなんでしょうか?
で、人類の終焉となるんでしょうか。
ああ、そう言えば、お涙頂戴的リフォーム番組って、いつのまにか終っていたんだな。マスコミも一時はリフォームブームを煽っておきながら、ま、その次に仕掛けたブームが単なる「大食い」とはね。
リフォームブームに煽られて登場したリフォーム家族のその後、見てみたい気がする。足の踏み場もないほどの家具や生活用品がリフォーム後はスッキリと…。やっぱり捨てられたんでしょうかね? で、幸せ、つかんだ?
ん〜、気になる…。
そんなわけで、さあ、幸せになるために明日は何を捨てて、何を大食いしようかなあ。
2008年5月1日(木) at 21:06
メイド・イン・チャイナのマウス購入。 / パーソナリティ・チアラ
日記・その他 > ボチボチでんなぁ!
Mac(デスクトップタイプG4)のマウスが動かなくなったので新しいマウスを買いに走った。マラソンじゃないですよ、もちろん車ですよ。で、広いフロアには客が数人、店員さんの方が多いくらい。
それはともかく客のまばらなパソコン売り場を脇目もふらずマウスの棚めがけて一直線。価格はピンキリ。急場しのぎだからと、手に取ったマウスは1450円の水牛(バッファロー)ではあるが、当然、メイド・イン・チャイナ。東アジアの観光客が札ビラ切って、「メイド・イン・ジャパン」のブランド品を買う昨今、私は日本に居ながらなんでメイド・イン・チャイナなの? と言ってみても仕方のないこと。
ついでに、私の手元にあるiPodの裏をひっくり返せば、メイド・イン・チャイナ。このブログを打っている、iBookはメイド・イン・台湾。
ま、とりあえず、本日購入のマウス、鉛が出たりなんとかという化学物質が出たりしないよう願うばかりである。


