あの「騒音おばさん」をスカウトする? / パーソナリティ・チアラ
社会・政治 > 龍馬の船中八策
ガソリンや電気、ガス、食品など品目数にすれば、2400品目が値上げなんだとか。
いや、まあ、凄まじいばかりの値上げラッシュだ。にもかかわらず、庶民からは「反対」の声も挙らず沈黙しきったままである。ちょっと可笑しくはないか? ニッポン人。このままでいいのか?
お隣の韓国では、米産牛肉の輸入解禁・BSE問題等で学生や市民のデモが韓国大統領の支持率を急降下させている、というのに。もちろん、経済的手腕はほぼゼロというのが露呈したという背景はあるのだが、それにしても韓国民は声を挙げた。
日々のニュースでは年金、後期医療費負担、値上げラシュにも係らず、ニッポン人は声すら挙げないというのを見透かしたように、次から次へと政府の庶民イジメ、高齢者イジメには際限がない。
いつぞや逮捕されてしまったけれど、奈良の「騒音おばさん」が懐かしい。詳細はムービークリップをリンクしておくので興味のある方はどうぞ。
こんな騒音おばさんこそ、いま、人材活用するべきではないか、と言ったらお叱りを受けそうだが、この騒音おばさんを先頭に国会議事堂前や赤坂の衆議院宿舎前を片手にフトンたたき、もう一方に座布団やら鍋を持って叩きながら歩いてみてはいかがだろうか。ちょっと過激だが「宿舎出ていけ、年金返せ!」(パンパン:叩く音)とか「後期は廃案、道路はやめろ!」(パンパン)とかなんとか…。まあ、なんかしないとねえ。このままやられっぱなしではねえ。そう思いませんか?
いまは、高齢者も若い人も「死に急ぐ時代」というのは寂しいですね。どうせなら、デモの一つや二つやって、歩けば健康・健脚、腹式呼吸で大声出せばメタボもなくなる、パンパン叩けば握力、腕力も強くなる。そうすれば自ずと医者に掛かる必要もない。掛かりつけの医者にペコペコする必要なんざ、おまへんがな。ま、多少は腹減りまんな。そりゃ、健康の証拠。
というわけで、とんと最近見なくなった「意地悪ばあさん」の活用法など考えてみると面白いですよ。ニッポンのお国(アホ議員やアホ役人)のように経済面だけで、机上の数字合わせだけで考えれば、そりゃ、高齢者は早く死んで欲しいとなるが、一方、文化的に考えれば「おばあちゃん(おばちゃん)の知恵」も隣近所との「コミュニケーション能力」もあるわけで、幼稚園や学校の送り迎えに、おじいちゃん、おばあちゃんを活用すればよい。もちろん、家の前などには昔ながらの縁台を出して高齢者がたむろしておればよい。そうすれば、昨今の子供に対する犯罪も減るだろう。また地域の犯罪も減るだろう。携帯やランドセル、カバンにGPSを付けるよりは随分よい。
ただし、それに見合った料金を国や市町村が支払うことだ。ボランティアだなんてアホらしいことはやってられない。ボランティアなんて考えは金輪際、ドブに捨てようではないか。年金や後期医療で取るなら取れ、ジャンジャン取ればよろしい。しかし、地域を守る、子供を犯罪から守る、こちらはこちらで、ジャンジャン料金を貰って当たり前。地域の高齢者の収入とするのだ。
そのためにも、もうそろそろ、国に向けてもの申す時期が来ているのではないか。フトンたたき片手に「騒音おばさん」になってみるのもいいかも知れない?
●奈良の騒音おばさんムービークリップ
2008年5月8日(木) at 21:33 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
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心斎橋と新世界の違いは「二度……」。 / パーソナリティ・チアラ
社会・政治 > 龍馬の船中八策
…と、このタイトルを書いただけで、「ああ、あれやな」と想像できる人はエライ。いや、別にエラくもないか。
この二つ、街のつくりに大きな特長がある。心斎橋(御堂筋)界隈は名だたるブランドショップが軒をつらね(ちょっと表現がレトロやね)、先端のファッションや雑貨、あるいはグルメで人々の満足を満たす。一方、新世界界隈はといえば、通天閣に続く商店街などは、かつては閑古鳥が鳴き、時代に取り残された明治〜昭和にかけてのレトロな街であった。ところが、この4、5年の間の観光ブームでレトロが爆発、大阪でも観光客が押し掛ける人気のスポットになった。
この二つの街に共通するのが冒頭の「二度」である。
心斎橋の「二度」といえば、一昨日あたりから再びマスコミを賑わす、いわずと知れた再建中の”大阪船場吉兆”。こちら、何が「二度」かといえば、客に出した料理のうち、手つかずのもの、早い話が客が喰い残したものを次の客に再加工して出していたことで、新社長が「猛省している」と画面で謝罪会見。塩焼きの鮎は再び焼き直し、天ぷらは二度揚げ、刺身は下げたものを並び替え、ツマものは洗って再び利用、山葵(ワサビ)は、ワサビ醤油として加工。なるほど見事なまでの「二度」利用である。新社長の弁を借りれば先代社長の”もったいない”を忠実に守っている、ただし私は知らない、のだとか。
一方の新世界、ご存知のように通天閣、ビリケンさんの他に、「串カツ」の街でもある。俳優で元ボクシング選手の赤井氏経営による有名な”だるま”をはじめ、最近では次々に串カツの店がオープンして大きな賑わいを見せる。その串カツ、実は「ソースの二度漬けお断り」の書き物がソースの横やテーブル前、壁など、あちらこちらに張られている。もちろん、自分の、他人のかじった串をそのままソースの器に漬けられるのはあまりいい気がしない。見た目や衛生面も考慮しての断り書きであるのは一目瞭然。もちろん、一度と二度、ソースを漬けるのは店側からすれば「ソースの量」(=お金)も違うだろう。
ま、そんなわけでブランド店が並ぶその一角、心斎橋の高級料亭・大阪船場吉兆では、裏でこちょこちょと「二度…」を企み、知らぬが仏と客に出す。一方、庶民の街の新世界では、店が白昼堂々と「二度…」を客に訴えるし、場合によっては叱りもする。安くて旨くて大満足が庶民の街、新世界である。
ついでに言うなら、今の大阪では粋にお座敷で遊ぶ旦那衆もない。料理屋の女将は常連客や一見客への気遣い、心遣いをすることもなく、「銭かね」の損得勘定に走った結末がこれとは老舗の看板が泣く。それ以上に商人(あきんど)の街・大阪が泣くというものだ。江戸の粋(いき)は一枚一枚脱いでいくらしい。宵越しの金(ゼニ)は持たねえと、キレイさっぱり飲んでしまうのがそれ。一方、大阪の粋(すい、という)は一枚一枚積み重ねていくのだとか。あえて言うなら、技術の粋(すい)を集めるとなるが、罪の上塗り、嘘の積み重ねが大阪の恥を上塗りしていく。これが大阪船場の「粋」(すい)だとすれば、情けないの一言だ。


