大阪スタイル

パーソナリティ・チアラのblog

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お知らせ。 / パーソナリティ・チアラ

社会・政治 > 龍馬の船中八策

皆さまにお知らせ。

関西ドットコムの廃止により、
7月10日以降、私のブログ「大阪スタイル」の
アドレスが変わります。
新アドレスについては、早急に手続きの上、お知らせいたしますので、
これまでと同様にお付き合いいただければと存じます。
お手数ですが、よろしくお願いいたします。


                     チアラ。
2008年7月8日(火) at 23:25 

本日閉店の「食堂・くいだおれ」 / パーソナリティ・チアラ

社会・政治 > 龍馬の船中八策

もう、昨日になっちゃいましたが、会議で心斎橋まで行ったついでに、お上りさん感覚で、くいだおれ食堂の太郎君の最後の勇姿をみてきました。
観光客もてんこもりで、携帯カメラの波、また波。あの中では一眼レフカメラはちょっとカッコ悪い、浮いてしまうかも〜。
ま、そんなこんなで、とにかく大阪の夏は暑かった〜。
あの暑さにスーツ姿は、ホンマ、死んでまうわ。


2008年7月8日(火) at 01:12 

エビもウナギも捕まえてみたものの…。 / パーソナリティ・チアラ

社会・政治 > 龍馬の船中八策
ん〜、エビは利殖、投資の話で、なんと「ブラックタイガー1匹2円が数百倍、数千倍になるから投資すれば儲かりまっせ!」なんだってさ。いまどき、そんな「エビで鯛を釣る」ような話なんかどこにもおまへんで。ま、こう言っちゃなんだけど、ダマされた方も悪い。ダマす方はもっと悪いけどねぇ〜。
テレビのニュースでは、あのオッサン、海外逃亡の直前に逮捕されたようですな。ま、「鯛」が「逮捕」に化けてしもうて、残念やろけどね。それにしても墓の下に1億円、息子の家の押し入れに6億円も隠してた、もちろん銀行にはてんこもり状態だったらしいが、ここ掘れワンワンの埋蔵金かい! それって…。ま、地獄の沙汰もカネ次第や言うから、墓の下、判らんでもないが、とりあえず、アホ!
ん〜、ウナギ。ん〜、難儀やなあ〜。こっちゃのオッサンはテレビの取材に薄ら笑いは、ちょっとキモイよなあ。あの薄ら笑いの裏には、「ああ〜、あ。せっかくうまくやって儲かってたのに…」ってなもんやろか。中国産を国内産にシールを張り替えるだけで、なんと2倍〜3倍の値段に。しかも、すぐに売れるとなりゃ、そりゃ、商売としちゃあオイシイわなあ〜。バレなきゃ、やっちゃえ、やっちゃえ。バレたら、そのときは、そのとき。ま、そんな感じなんやろね、いろいろと理由は言ってたけど、薄ら笑いのオッサン…。
とりあえず捜査の手が入ったので、単に偽装だけなのか、詐欺にまで発展するのかどうかは今後の調べを待ってということなんだろうけどねぇ〜。しかし、まあ、悪のタネは尽きず、悪い奴が世にはびこってまんなあ〜。
はびこっているといえば政治家。なにやっとんねん。
舛添はん、「つぶすのはもったいない」とかなんとかで、例の「ものづくりナントカ館」ってやつ、残すらしいでんな。先日、渡辺はんがニコニコして「廃止、廃止…」言うてましたが、あれ、ウソやったんですなあ。どないなっとりまんねん。ホンマに。
で、この関西ドットコムも廃止だそうで、「ゆるゆる」のやけクソコピーになっとりまんがな。
とりあえず、本日はこれでオシマイ。
オチ、おまへん。

2008年7月4日(金) at 02:04 

若林農水相、偽装で「ダマされた消費者が悪い」発言か? / パーソナリティ・チアラ

社会・政治 > 龍馬の船中八策

アレま〜。「驚き 桃の木、山椒の木」とはこのことかいな。
今朝の報道番組「報道2001」では飛騨牛や三河うなぎの偽装問題について、若林農水相がゲスト出演。加えて酪農など生産者側も10人ほどがひな壇にならび、問題点や対応策について討論した。
その中で、アレま〜〜と、驚いたのが若林農水相の発言。
この部分だけを取り上げて、うんぬんかんぬんしたくはないが、若林農水相は「取り締まればね、すべて解決することにはならないんですよ。大事なことは、消費者がもう少し賢くなっていただかないと...」であった。すかさず、司会者は若林農水相に「でたらめな表示をされていたら、賢くなりようがないじゃないですか!」「どうしたら賢くなるんですか! 偽装が貼ってあるんですよ!!」と指差しながらの鋭いツッコミに思わず、若林農水相は苦笑い、そして冷や汗タラリ…。もう、「ダマされた方が悪いんだ!」と言わんばかりの発言だ。この発言に、朝食中の私も思わず、コーヒーをプッっと吹き出してしまった。
さらに、司会者が生産者側にマイクを向けると、ある酪農経営者は「われわれは、まじめに牛を育てているんですよ。一切、偽装なんてしてませんよ。」「今はほとんどの酪農経営が大赤字で廃業者も多い」「農水省が出す数字は、まったく現状に即してないデタラメ、いい加減な数字。もっと、現場、現状を見て、しっかり把握して欲しい。」と嘆く。が、これにも若林農水相は「ニッポン全国、北から南までは経営環境も違うので、そう簡単にはできない」とかなんとか、訳の判らない言い訳発言。
こんなんじゃ、食品偽装はもとより、この度の食品高騰、さらには食料危機、自給率改善等々については、なんの対策、期待もできない、そんな気がするが…。
しかし、まあ表向き「ダマされた方が悪い」とは言わないまでも、「消費者がもう少し賢くなっていただかないと…」発言は、結局、同じこと。消費者が、「アホ」ということ。も〜なんとかしてくれ、このアホ大臣を。
で、メディアの皆さんに注文。消費者が賢くなる、賢くなれるような番組制作をお願いいたしますね。毎度毎度、来る日も来る日も、これでもか、これでもかのアホ番組は、もう結構でおますわ。それこそ、「賢くなりようがない」。国とメディアが手を組んで、国民を「総アホ化」しているようにしか取れまへんけど…。もうちょっと、賢くなりなさい! あなた達も。
高給取りが低級番組作ってどないしまんねんな、ホンマに(下請けさんのご苦労は判ってますけど…)。


2008年6月29日(日) at 18:11 

「土用は丑」と平賀源内さん / パーソナリティ・チアラ

社会・政治 > 龍馬の船中八策
またぞろ「飛騨牛」に「三河一色うなぎ」の偽装か…。
食の中の懲りない面々ですなあ。
とにかく、成り上がりものがカネをつかむとロクなことがない。
人を人とも思わない。
カネを渡せばなんとかなる。
カネで人の心まで買う、か。
ま、最低だな。

ところで、私の名刺の左半分には、かの平賀源内先生のイラストを添えてある。
江戸時代後期から明治にかけて、日本の近代広告の先駆者たちと言う意味で平賀源内をはじめ、山東京伝、十辺舎一九、曲亭馬琴、式亭三馬、柳亭種彦、仮名垣魯文など、江戸には戯作者と呼ばれる滑稽本、黄表紙などの通俗小説を洒落た文章で著し、流行の小説家たちがいた。この戯作者たちがいわゆる現代の花形コピー・ライターの草分けであった。彼らは小説を書くかたわら余技として商店や興行の広告をつくったが、さすがに文筆で立つ彼らだけあって、人情の機微につけこむ方法、人の意表を衝く手口とも切り口鮮やかだった。それが宣伝効果抜群で、商人の間で評判になってゆく。
江戸時代の広告メディアは「引札」(ひきふだ)と呼ばれる、今でいうところのチラシやビラの類いが中心だった。戯作者たちはこの引札にコピーを書き、画家が絵を付け加えた。
この時代に有名なコピー・ライターといえば第一に、冒頭に書いた平賀源内である。
平賀源内は、氷や冷蔵庫などあるわけがない江戸の時代、夏場は商売上がったりの鰻屋のために『土用の丑の日は鰻をたべると夏負けしない』というPR法を伝授して、たちまちその鰻屋を繁盛させた、という逸話でも知られる天才アイデアマンだった。もちろん、博物学者であり、浄瑠璃作家であり、発明家であり…と様々な肩書きと顔を持つ人物でもあった。
そんなわけで、私の名刺には近代広告の先駆者たちに敬意を表して、その一人、平賀源内先生を入れさせてもらっている。いろんなところで名刺交換をさせていただくと、ひとそれぞれに反応が返ってきて面白い。「お、イラスト入りだね」「ダレ、この人?」「あら、平賀源内 なぜ?」…などなど。で、私はいつも「近代広告の先駆者で江戸のコピーライター、平賀源内さん」と応えているが、その反応でこの人には広告の話はムリやな、この人は多少は大丈夫やな…と場の空気を読んで話をする。ん〜、早い話が名刺というよりリトマス試験紙に近い名刺が私の名刺である。
しかし、まあ、なんだね。お江戸の時代に鰻屋を儲けさせた『土用は丑の日』のコピーは今の今まで綿々と使われ続けて鰻屋を儲けさせてきたが、まさか、偽モン(産地偽装)で儲ける奴が出てくるとは思っても見なかっただろうね、源内先生は…。いや、もしかしたらそんなことは織り込み済みだったかも。
で、食の世界は大嘘つきが跋扈しているというのがよく判った。どこぞの世界と同じような気もするが、ま、土用の丑の日も近いので、スーパーの食品売り場には「土用は丑の日」のポップがところ狭しと貼られ、買物かごに鰻のパックを放り込む奥様方もいらっしゃることだろう。そんときには、ま、せめて、江戸のコピー・ライター「エレキテルの平賀源内」さんを思い浮かべてみたらいかがだろう。江戸のあの時代にはエコ、つまり環境問題も含めて役立つことがたくさんあるから。

奇しくも、牛(丑)とうなぎの偽装から連想した本日のブログのコピーは、私の名刺には「うなぎの平賀源内先生のイラスト入り」(貰った方は貴重品だ)、住んでることろは三河の「一色」とはちょっと違うが貝塚の「二色」(マジです)。私の干支は「丑年」。ついでに家内も、娘も「丑年」。おいおい、やめてくれよ! ぜ〜んぶ、偽装とちゃいまっせ! ホント、ホント。

てな、ことで、つかみどころがなかったか?

2008年6月27日(金) at 16:34 

子供たちの「こんばんわ〜」。 / パーソナリティ・チアラ

社会・政治 > 龍馬の船中八策
いやあ、久しぶりに新鮮な感動でした。
帰宅途中の夜8時半過ぎ。我が家の近くまできたところで、前から小学生4、5人がワイワイと話しながらやってきた。そのまんま、すれ違いか?と思ったその瞬間に『こんばんわ〜』と元気のいい声が子どもたち全員から上がった。瞬間、ビックリ! 私もすぐに『こんばんわ〜、気をつけて帰りや〜』と返したが、アレ〜、わが住区、わが町内はこんな町やったけ? ええやん、これって…。ん〜、おっちゃんも久しぶりに感動、感動。
たった一言、『こんばんわ〜』の挨拶はシンプルすぎるほどシンプルだが、殺伐とした今の世の中だからこそ、結構、ひとの心に響く。ひとの心を温かくする。もちろん学校での先生方のご努力は『こんばんわ〜』の一言で、判りすぎるほど判る。あらためて先生方に、ありがとう! もちろん、子どもたちにもね。あ、忘れちゃいけない、地域のみなさんにもね。
ところで、いま、全国のあちらこちらでは「まちづくり」が補助金、助成金などのヒモ付きで盛んに行われていますね。駅前シャッター通り商店街を復活だ、再生だ、うんぬんかんぬん…。ま、それもいいんですが、無理矢理再生したところでしばらくすれば、また、元の木阿弥。そんなに長続きはしません。
ま、私としてはシンプルに「あいさつのあるまちづくり」がいいと思う。
第一に、ムダなお金が掛からない。第二に、ひとの心が温かくなる。第三に、地域が元気になる(かも?)。その他にもいろいろと…。
そんなわけで、あいさつ程度から始めてみませんか? まちづくり…。

2008年6月22日(日) at 09:37 

明日は「酒風呂」の日 / パーソナリティ・チアラ

社会・政治 > 龍馬の船中八策

日本記念日協会のホームページ「今日の記念日」には、毎日何らかの記念日が掲載されています。
国が定めたもの、企業や団体が定めたもの、あるいは個人が登録したもの、いやあ、よくもまあこんなに定めた(決めた)もんだ、というほど様々な記念日があります。
この記念日は、私の番組でも時々、コーナーとして使用しています。「時々」というのは、基本的に毎回、原稿は準備しているんですが、ゲストの方の話が長引いたり、余りにも話題が盛り上がり時間が押して飛ばしてしまう、そんなわけで時々、なんです。これが良いのか悪いのか?
で、明日、6月21日(土)は、いくつか記念日がありますが、私は迷わず「酒風呂の日」を選択なんですね。なんといっても、酒飲みの国…「土佐」の生まれなもので。
そんなわけで、皆さんも明日のバスタイムには、日本酒の一斗樽をドンと用意して(イヨッ、太っ腹!)、フタをパカ〜ンと割った後、ドバドバっとバスタブに投入してから入ってね。もちろん、ズズズ〜っと湯(酒)に身体を沈めて、グビグビっと浴びるほどに飲んでもそれは結構。身体の中からポッカポカといったところでしょうか(ま、それはおまへんな)。
ちなみに、酒風呂。テニスやゴルフなどスポーツの後の筋肉痛などにも効果バツグンなんだとか。もちろん女性にはアミノ酸の成分がお肌をスベスベにする美容効果も絶大で、ほのかなお酒の香りが心地よいリラクゼーション効果を生むとかなんとか…。
ま、一斗樽は費用が掛かり過ぎなので、一升の半分、5合程度ならサイフは安全圏。年に一度は、いかがでしょうか? 酒風呂?
え、もったいない?
飲んだ方がエエ?
ごもっともで…。

で、酒風呂入った後に、夜のお出かけ、車の運転はやめましょうね。
飲酒運転の検問で引っかかるかも。
くれぐれも、酒風呂だけで止めておきましょう。

2008年6月20日(金) at 21:19 

韓国、法治国家から放置国家へ。 / パーソナリティ・チアラ

社会・政治 > 龍馬の船中八策
米国産輸入牛肉解禁(BSE問題)に端を発した市民の輸入反対キャンドル集会は韓国の法治をもひん死状態にさせているらしい。韓国の警察や機動隊は連日、警戒にあたっているものの、集会やデモ参加者からの屈辱的な言葉や抗議にさらされ、投石や暴力にもジッと耐える、そんな状況のようだ。そして、集会、デモに関する法律は有って無きに等しい、つまり「法治国家から放置国家へ転落」。まさに法治国家、虫の息。ひん死状態だ。
一方、韓国メディアも(実際には違うようだが)BSEで死亡者が出たなどと市民側に有利な情報を流すなどしている模様。さらに、政府関係者も集会やデモに参加するなど、政権末期の様相を呈してるそうだ。大統領もメディアを通じて謝罪したらしいが、果たしてもと通りになるのやら。
で、我がニッポン。先日来、大阪・西成(あいりん地区)で日雇い労働者などが大騒ぎ、機動隊に投石するなど対立が続く。その後は、燃料高騰でイカ釣り漁業関連団体がデモ抗議と、主旨、意味は違えどもなんとなく世の中に、いや、お国にモノ申す、そんな風に見えてきた。「ええぞ、ええぞ」と、囃(はや)すわけではないが、居酒屋タクシーやタクシー券、付け届け程度ならまだ可愛いが、ウン十、ウン百億単位の無駄金は無性に腹が立つ。それもこれも庶民が額に汗して貯めた1500兆円のカネがあってこそだ。国が借金しまくって、800兆円。それを国民がアナ埋める。年金は戻らない、後期医療で追加の銭は取られる、物価は上がる、漁には行けない、食い物なくなる…。
役人や議員に向かって、くちでナンボ、無駄はヤメロ〜といったところで、「暖簾(のれん)に腕押し」「柳に風」「豆腐に鎹(かすがい)」…ってな状態だ。
韓国市民のキャンドル集会やおまへんけど、ここらで、ひとつ、みんな揃って、ヨーイドンで金融機関から預貯金下ろしてみまへんか? 
題して、「通帳」デモ。
かつて、80年末期から90年にかけてのバブル崩壊時に、ある信用金庫の「取り付け騒ぎ」を経験しているだけに、金融機関にとっては恐怖この上ナシか。ま、これ以上は申しませんが、昨日の新聞には30代の働き盛りの自殺者急増。10年連続して3万人超しの自殺者数はやはり異常事態だ。ここらで、庶民も声を挙げる、そんな時期に来ているようだね。そう思いませんか?


2008年6月20日(金) at 00:35 

イカ漁休業中。そこで一句? / パーソナリティ・チアラ

社会・政治 > 龍馬の船中八策
原油高騰で全国のイカ漁も休業中。
沖に出ても大赤字が出るだけ。
イカリ(怒り)のホコ先は、お国へ、福田はんへ。
なんでも、直接的な燃料補填策はとらないとか。
ま、お国はいつも能天気、いや、荒天続きで先行き予測不可能。
集魚灯の「電球」を「LED」式に交換してみては、といわれてもなあ、クリスマスじゃあるまいし…。
燃料費、数年前の3倍。3万が10万円では、イカ漁にもイカれへんですね。

で、調査によれば、庶民のよく食べる魚一番人気はイカなんだとか。
そのイカとて、庶民の食卓からはもう風前の灯です。
ま、イカに限らずマグロもサバもアジも、お休み中。
おサカナ君たち、ゆっくりお休みくだしゃりませませ。

そこで、一句…


集魚灯 油節約 言われても 

    (油もLEDも買えない怒りの漁師)






《参考記事》
LED集魚灯、40%省エネ効果を確認…山口県
http://www.led-koubou.com/club/?p=32

 山口県が県沿岸漁業構造改革推進会議で、昨年9月から12月に
かけて実施したLED利用の集魚灯によるアジなど巻き網漁業の省エ
ネ効果実証実験で、従来のハロゲンライトによる集魚灯と同じ漁
獲を確保しながら、燃料費を約40%節約できることを確認した、
と報告しました。

直径約28cm、全長約90cmの円柱の表面に720個のLEDを張り付け
た水中集魚灯を使用。集魚効果を魚群探知機などで確認し、ハロ
ゲンランプと燃料消費量を比較しました。

その結果、集魚状況はLEDがハロゲンをわずかながら上回り、
平均水揚げ量はほぼ同じであることが分かったそうです。
1時間あたりの燃油使用量はハロゲン8.6リットルに対し、LED
は5.4リットルでした。

http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/press/200803/009430.html


2008年6月19日(木) at 13:11 

心のつながり「友情」の価値を見直そう。 / パーソナリティ・チアラ

社会・政治 > 龍馬の船中八策

 ニュースショーでは連日連夜、アキバ通り魔事件を報道しています。さも当たり前のように両親の家に押し掛け、祖母の家にまで押し掛ける。インタビューが取れたところで「申し訳ございません」のお詫びの言葉しかないだろうに。しかし、大挙して押し掛け中継までする。もう、そっとしてあげたらいかがだろうか。
 今回のアキバ通り魔事件で報道された中から、キーワードとして「親に無理矢理」「両親への不満」「責任転嫁」「携帯依存」「職場の人間関係」「雇用不安」「不満と挫折感」「負けっ放しの人生」「不細工と容姿のコンプレックス」「友人や恋人のいない孤独感」「彼女がいない それが全(すべ)ての元凶」「現代の病理」…などなど実に寂しい言葉が浮かんできます。
 ところで、昨年7月19日に亡くなられた河合隼雄(臨床心理学者・元文化庁長官/享年79才)さんのコラムが朝日新聞(2005年 平成17年3月19日版)に「心のつながり『友情』の価値を見直そう」として掲載されていたので、一部を転載しておきます。


●以下転載。

心のつながり「友情」の価値を見直そう
河合隼雄 臨床心理学者(元文化庁長官)

 何の関係もない赤ちゃんを殺したり、学校に乱入して殺人を犯したり、小学生の殺人があったり、どうしてそんなことができるのか不可解に思うような殺人事件が起こる。人間の心と心の間のつながりが「切れて」しまっている。
 こんな特別な場合を考えなくとも、普通一般の人たちの間の心のつながりもずいぶん薄くなっていないだろうか。
 団塊の世代の定年を迎えるような人たちの間で同窓会をするのが、最近急に増えているという。職場でも、ふと気がつくとあまり心のつながりがなく、定年を迎えてさびしくなって、昔の同窓生と集まって、「つながり」を回復したくなるのだ。
 生活が便利で快適になり、効率的に功利的に生きているうちはいいのだが、老いや死が近づいてきて急に孤独を感じるのだ。
 なにも高齢者だけではない。若者たちもケータイを必死に操作して、友だちとのつながりを保とうとする。学生相談では、「友だちができない」「どうしたら友だちができるのか」という相談が多いとのこと。
 どうしてこうなったのだろう。
 日本人は昔から、家族でも地域でも人でも心のつながりがあった。しかし、それは観点をかえると「しがらみ」になってくるのだ。あれを思いこれを思いしているうちに、自分のやりたいことはすべて我慢してしまう。これでは駄目だ、欧米の人たちのまねをして、もっと「個人」を大切にと思って「しがらみ」を切っているうちに、大切なつながりまで切ってしまったというのが実情ではないだろうか。
 それに、科学技術の発達によって、人間は上手にものごとを「操作する」と万事うまくゆくと思い過ぎて、人間はそれほど「操作」できるものではないことを忘れたのではないだろうか。操作とか対策とかマニュアルとか言っている間に、心のつながりが切れてゆくのである。
 だからと言って、昔の日本式「しがらみ」はもう嫌である。そこで、新しい人間と人間の心の結びつきということで「友情」ということに感心が高まってきたようである。
 親子、夫婦、上司と部下、などなどの人間関係を深く考えていくと、そこに「友情」が働いている。友情には、利害や損得と関係なく自分をまるごと受け入れてくれるという安心感がある。
 日本人が今、心のつながりの回復を求める上で、友情をもう一度考え直してみてはどうか。
そんな意図で最近、私は『大人の友情』という本を書いた。読んだ人たちから、なかなか面白い反響があった。
 高齢者の夫婦からは「夫婦で読んだが、われわれは『戦友』として生きているのだと思った」というのがあった。同窓会に行って、たまたま会った二人が友好を温めて喜んでいるうちに「男女関係」になった。このままでは破滅しかねないと思っていたが、男女の間の友情の微妙さに思い至ったという例もある。ほかにも「一心同体と思っていた友人に裏切られ、一生恨みに思っていたが、それには意味があったのだと考え直した」というのや、「友人の出世にイライラする自分を距離を置いてみられるようになった」など。
 これらを聞いていると、日本式べたべたの関係か赤の他人か、という両極端ではなく、その中間に「友情」という豊かで微妙な世界があることに、日本人も気づきはじめたのかと思う。
経済の高度成長をなし遂げてきた日本人が、より幸福になるためには「心のつながりの回復」が必要である。そのためにはお金で買えないし数値で表すこともできない「友情」ということの価値をしっかりと認識することが大切ではないだろうか。(以上)

 この河合隼雄さんのコラムを読んでいると、日本社会は如何に崩壊しているかが判る。人も家族も友人も地域も、企業も働き方も…。いやあ、壊れてます、全てが。その極端な例が、全てを背負った例が、今回のアキバ通り魔事件ではなかったでしょうか。連日連夜繰り広げられるニュースショーでのもっともらしいコメンテーターのコメントも的外れで失笑もの。私も放送でおしゃべりしている身なので、この辺りで様々に、じっくり考えてみたいと思っていますが、皆さんの身の回りはいかがでしょうか?


2008年6月12日(木) at 20:06