2008年11月17日 (月)

Short Stay in Oxford

080707oxford_broadstreet レンタカーで旅するならともかく、交通手段は列車かバスの一人旅だったので、今回の旅の宿はオックスフォードをベースにしました。ここならストウへのアクセスも比較的容易だし、夜でも徒歩圏内にいろいろ店があって便利です。ただ観光客が多いせいかホテルが高いのは参りました。オックスフォードならすぐ宿が見つかるだろう・・・とたかをくくっていたので、ホテル確保が出発直前になってしまい・・・

080707oxford_mercureeastgatehotel 一泊目のホテルはMercure Eastgate ちゅう pirikainankleには不相応にスタイリッシュなホテルへ。(
リンクは仕事したデザイナーさんのウェブサイトで、17世紀頃の宿屋の内装をかっちょいくリニューアルしたらしい。)メインストリートの東はずれにあるホテルでpirikaにあてがわれた部屋は窓から見える古い歴史をもつ植物園の眺めがすばらすぃロケーションでした。ヤッピーエグゼクティブ対応のホテルマン。「エル・デコ」に出てきそうな、モダーンなファブリック。猫足タブのバスルームの床は大理石のチェッカータイル。お風呂中、テレビの画像は見られないが音がワイヤーを通して天井から聴こえてくるという工夫(これって結構嬉しいと思ったけど)。ティー・セットにステキおやつも忍ばせてくれるサービス。そしてそして、これまで経験したことのないようなサラサラでうっとりのベッド・リネン!!!!クールでチルアウトな感じはひと昔のイギリスになかった洗練具合です。ここはヒールとスーツで来なくては、ストウで泥だらけになってくる人の宿じゃないね、ごめんよ。
でも高いんよ。2万4千円て。ポンド高め~。
ここはとりあえず1泊確保で、次の日はすでに満室といわれたので、翌朝チェックアウトしました。いい経験でした。

080707oxford_butteryhotel 次の日は観光案内に教えられたButtery HotelでB&B泊まり。Eastgateよりストリート真ん中なのでむしろ便利。1階にパン屋のカフェを構えるタウン・ハウスで、店内を抜けて階段を上がっていくのが、下宿人の気分。レセプションは愛想良くて、pirikaが漢字で署名したら
おしゃれな黒人系のお兄さんに"I looove your signeture"っておだてられた。しかしここでも考えたら1万5千円でバスタブ無しシャワーのみて、ハイシーズンの観光地といえ、イギリスの宿ってこんなだったっけ??6年前は田舎は高くても40ポンド、ロンドンでも50ポンドだったけど?清潔だし、ベッドも大きくて不満は無いけれど。
ここの眺めはオックスフォードのストリート裏側、タウン・ハウスの裏側が互いに顔をつきあわせている。表通りの威厳より少し生活の漂う表情が楽しくて、ああ、向こうの明かりのついた部屋にはどんな人が住んでいるのかしら、もしかして、大学の先生がまかない付きで住んでいるとか(シャーロック・ホームズか)??。あちらは裏庭が付いているのねえ。素敵ねえ。この街に住んでみたいなあ。と思いました。

080706halloumiburger さて、一人旅は感情の入れ込みが増幅されるので好きなのですが、困るのが晩ご飯です。ちょっと入りづらいよね。レストラン。2人連れで入るよね普通。特にイギリスで地元のご飯にありつく所といえばパブであるので、ラガーとかエール(ビールのことね)が目当ての人の中に入るのはちょっと勇気がいります。(上野千鶴子さんが外国暮らしを始める時にするのはテーブルフレンドを募集することと書いていた。一理あるかもしれない。今度はそれにチャレンジすべきだな。)
というわけで、入りやすい店は~街をうろうろしてたどりついたのは、All Bar One。ちょっとロハス・ビジネスぽいので、伝統食は期待できませんが、店内が広く見渡せる入り口だったので入りやすかった。
ベジ・バーガーと知らず頼んだHalloumi Burgerとオーガニックのシードル。Halloumiはキプロス原産のヤギまたは羊のチーズなのだそうですが、モツァレラに似た食感で、焼いたナス、パプリカと挟んでバーベキューソースを添えてあって大変美味しかったです。シードルでいい感じに酔いました。
他の晩は、例のストウ・スクールのたっぷりランチを頂いた後なので、自分でサンドイッチを作ったり、車屋台のケバブ屋でテイク・アウトしたり。あ、もちろん朝はButtery Hotelでイングリッシュ・ブレックファースト堪能しましたよ。

080707oxford_kdlangposter 街ではあのk.d.langがツアーでやってくるというポスターを見かけました。いいなあ。
オックスフォードのシアターはそう大きくないし、彼女の声を間近で聞いたら気持ちいいだろうなあ・・いいないいなあ・・・と思って写真を撮りました。さて、次回のストウ・パーク篇でようやく今回のストウ旅行記は終わりの予定です。ながなが引っ張っていますがよろしくおつきあいくださいね~。

(080706-07)

2008年9月28日 (日)

Sumer Flowers in the Rain

雨混じりの中で見たストウ庭園7月の花です。

080706artichoke まだ花が咲いていませんが、
アーティチョーク。食べたことはありますが、苗ははじめて見ました。チョウセンアザミとも言いますね。確かに葉がギザギザと切り込みの入ってとげとげしいところや、花びらを支えるガクが菱形の模様を描いて交互に重なっているところがアザミです。この花壇は最初の入り口にあり、ギリシャ神殿風の建物の脇にあります。コリント式の柱頭模様のもとになったアカンサスも植えられているし、地中海風の植栽で華やかさを演出しているようです。

080706rosamoschata 入り口から林間の園路に入るとさまざまなバラの茂みが植えられていました。これはpirikainankleがいた頃には無かったですね。左の写真のように、森のバラといった風情で植えられていて、控えめで優しくて露に濡れたみずみずしい感じが結構いいです。もちろんここで使われるのはモダン・ローズではなくて、18世紀より以前にイギリスに導入されていた品種です。品種名はわかりませんが一重の小さなバラが束になり、1.5m以上の低木になっています。

080706rosagallica こっちはRosa gallicaと思います・・








080706digitalispurpurea「狐の手袋」を意味する英名がかわいい
ジギタリス。木の根元に自然に生えたと見えるように植えた思い出があります。この通り、ちゃんと根付いているのを見ると嬉しくなります。背が高く、ピンクの花が見栄えするので、植物園で日なたの花壇の主人公になっているのを見かけますが、木漏れ日の下ですっと立つ姿も印象的です。



080706philadelphus

バイカウツギと同じPhiladelphusの仲間。日本では梅の花と喩えられますがイギリスではモックオレンジとも呼ばれオレンジの花に似ていると見られたのでしょうか。これはドーリック・アーチの近くに植えられています。1770年の記述に、王族の行幸を記念してアーチが「オレンジの林の中に」建てられたというのがあり、pirikainankleは素朴に「昔はオレンジを植えたのかしらん。」と思っておりましたが、イギリスの屋外ではオレンジは育たないでしょうから、Philadelphusのことだったのかもしれません。

080706cistusladanifer こちら何かムクゲを思い出させる花の色ですが、Cistus ladaniferです。これはよく挿し芽で増やしておりましたが、その甲斐あってか(?)、グロットーの入り口近くに植えられていました。



080706rubusodoratus ラズベリーの仲間のRubus odoratusも咲いていました。花を楽しむタイプの品種で、イギリスで通常あるものとは違うようです。

以上、ストウ花のレポートでした~。

(080706)

2008年9月23日 (火)

080706templecv_flowerbed久しぶりのストウ庭園は結構変わっていました。まず植栽の茂れること。

左の写真はpirikainankleがいた当時は向こうの建物の列柱がよく見える植え込みだったのですが、もういろいろところ狭しと生えています。庭の入り口にあたるところなので、もう少し見通しが良いほうがいいと思う。広い庭のでなかなか思い立ったらすぐ手入れ、ができない状況なのでしょうけれど。

入り口、と言いましたが今はこれ、庭の北側から入るようになっています。将来的には庭の南から入るようになるかもしれません。現在、庭の外側にある18世紀建造の宿舎を買い取ってそれを修復するプロジェクトがこれから算定される様子なので、これができたら、当時の慣習に従って南が正式な庭の入り口となるやもしれません。でも宿舎はだいぶ傷んでいるからまだ先の話、と思いますがストウでは遅々としていても着実にプロジェクトが進みます。

080706shepherdress

”グリーシアン・ヴァレー”と呼ばれるゾーンの林間の小径を歩きます。羊飼いの像がセルフ・ヒール(Prunella vulgaris)の花に囲まれていました。本物はどこかの庭を飾っているだろうからこちらはコピーですが、不動産売却の時に失われていたものを、寄付金で再設置したのですね。




080706saxondeities

こちらの像はサクソン民族の神像を環状に置いています。ローマの神様が一週間の各日に割り当てられた惑星を象徴化していますが、サクソン神もそんな感じでここにも7人の像が飾られています。この像は背後をイチイの木々で縁取られているのですが、その植樹はpirikainankleもやりましたです。6年前には100cmくらいだった小さなイチイも今じゃ大きくなっちゃってまあ、良かったねえ。

080706hawkwellfield庭園の中でも、ひときわ荒野のような場所を表現したところでは、羊が放牧されています。以前は、必要なところは鉄線の柵で囲っていて、来場者をあまり導きいれないようにしていたと思いますが、今回は園路のそばに、写真のようにひなびた感じの木の柵が設置されていました。ひねた木を上手に合わせてあります。これも18世紀頃のスタイルを復元したということです。

080706grotto

ここからはエリジアン・フィールドというゾーンです。ここはヨーロッパの庭園によくあるグロットー(石やモルタルで洞窟風に造ったあずまや)から泉が沸くように川の流れが続きます。ここのグロットーは安全のためか中には柵で仕切られてのぞくことしかできませんが、その入り口にあたる石の擁壁はずいぶんきれいになっていました。緑がいい感じに生い茂っています。


080706templebw

川の流れに沿って歩きます。ここはスケール的にも狭くて、しっとりした緑と露が時折ちらつく光にあたって、親密な雰囲気のあるところです。そこから林間が開けて明るくなり、イギリスの偉人を称える記念碑に着きます。この建築の真ん中のピラミッドの頂点には、ヘルメス神の顔を象った石造が置かれています。これは数年前に亡くなったボランティアのトムのご家族の寄付金で復活しました。これを見ると真っ当でユーモアがあっていぶし銀の魅力でみんなに好かれていた彼を思い出します。

080706shellbridge

偉人の殿堂から来た道を振り返るとシェル・ブリッジとそこからゆったりと流れる水の流れを見られます。
日によってはこの川を鏡にして向こう岸に立つギリシャ風の殿堂が映っている様子も素敵です。
シェル・ブリッジの近くで水底の落ち葉を掻いて掃除していたことがありまして、池浚いの仕事はもっとも苦手だったのですが、シェルブリッジに絡みついた野イチゴがとてもかわいかったのを思い出します。

080706doricarch ある意味一番驚いたのはここかな。ドーリア式のアーチですが、この前にはpirikainankleが一番素敵と思っていたオダマキの花が植えてあったのですが、今はすっきり芝生のアンジュレーション。思えばここでJと木を伐採して、枝や根っこを焼いて片付けていましたが、この芝生のためにやっていたのね・・・オダマキはその時、おそらく「作業進行中」で醜くなっているのを緩和するためだったのかなあ。5月には、ニセアカシアの花のアーチとオダマキの取り合わせがきれいでしたのに・・でも今でもニセアカシアはこの写真の右手に昔のまま残っています。

080706rotondo

ここからサウス・ヴィスタを横切りましょう。芝生がずどーんと南に伸びていて、野原のかなたにコリンティアン・アーチがある風景、ほんとはストウ一番の見せ場なんですが、いつも思うのは写真を撮ろうとするとアウトスケールなのよね。なのでいつも写真を取り損なってしまいます・・・西庭園にたどりつくと、ロトンドへ。ビーナス像を囲ったドーム屋根の建物です。今はこのあたりで修復プロジェクトが進んでいるそうで、このロトンドの軸線となる園路の脇に昔の迷路風の植栽を設ける作業が行われています。これは風景式庭園より少し前のスタイルですが、ストウ庭園の図面でそうした絵が残されています。

とまあ、この日、庭園内を一周してその変化をかみしめました。次回はもう少し草花にズームアップします。

(080706)

2008年9月 7日 (日)

Six Years Later at Stowe

080706visitorlodge5日夜、エア・リンガスでダブリンからヒースローへ。機内アテンダントさんのご挨拶「ご搭乗いただきありがとうございます。ヒースローには×時×分到着予定。幸い、あちらには夏がございます。良い旅を。」でみんなニヤリ。確かに今回のアイルランドでは細かい雨がさあーっと降って一瞬晴れ間、の連続でした。でも結局イギリスでもこの天気のままやったよ。ヒースロー空港近くで泊まって、オックスフォードで宿を取り、一路ストウを目指しました。
バッキンガムのテスコ(←郊外型スーパー。何でも揃って便利。2つ買ったら3つ目タダ!みたいな大量安売りが特徴)でタクシーを呼ぶ。このパキスタン系(?)のタクシー、前にもよくお世話になっていたけれど、前とちっとも変わらない様子
(よく言えば「ダージリン急行」みたいな気分になるところが)に感慨ひとしお。ああ、そしてバッキンガムの町のRoundabout(ロータリー)を抜けて、坂を上がると、ストウ・アベニューの向こうにあったーコリンティアン・アーチ(涙)。さらに南西側からぐるっと北進してついにストウに入る。オックスフォード・ブリッジ、ボイコット・パヴィリオン、そしてストウ・スクールの守衛さんはエリック・アイドルを老けさせた感じの人だったのだが、今回は違ってて、それでもpirikaもよく見知ったスクール所有のゴルフ・コースの庭番だった人だ。
着いたよ~(泣)。
エントランスではもしかしたら知ってるボランティアさんがいるかもしれん(案内にいるのは正規職員ではなく日替わりのシニア・ボランティアがほとんどなのだ)と思ったが、特にその気配なし。しかし
「6年ぶりに戻ってきました。」
と言うと、
「まあ、それはいいわね。ストウはずいぶん変わりましたよ、それじゃあ最近の復元プロジェクトについて書いたリーフレットを良かったらどうぞ。じゃあ、ヘッド・ガーデナーのBにあなた連絡した?きっと喜ぶわ、ぜひそうなさい。」みたいな歓迎を受けて有頂天。
いざ庭へ。

(080706)

2008年8月26日 (火)

Glacier Land 3

080705forabbeyたった一日の滞在なのに惜しむように書いています。もう少しおつきあいのほどを。
途中の道中には”Fore Abbey”という僧院の跡がありました。ここは一瞬車を停めただけですがなかなかいい雰囲気の廃墟です。7世紀にフランスからやってきた聖人が設立したとか。起伏が見られますが、Oはこれが氷河が作った谷と丘の地形だと言います。「ドラムリン」。昔、地理の授業で習った記憶が蘇ります。
それからやはり氷河でできた湖、Lough Lene。なんということのない湖ですが、あたりは雨が降ったたかと思うと、途端にさっと日が差し、雲が飛ぶように流れて影が緑の丘の上を走ります。瞬間の光の混じり気のなさ。はっとする美しさでした。

080705newzeapig それから、近所の知り合いが豚のブリーダーをしているというので案内してくれました。親豚さんを繁殖させている様子で、たった数頭ですが、遠くハンガリーや、ニュージーランド原産の希少種のようです。写真の子はニュージーランドから来たのだったと思います。人を見ると餌をくれると思うのか寄ってきます。まんまるくて愛嬌があります。我々のほかにも、近所のおばあちゃんと孫娘が見に来ていて「まあ~~か~わいいわね~~」と喜んでいます。確かにかわいいですが、なんというかその。めぐりめぐって食料になっちゃうのをそう喜ぶのも。でも日本よりも家畜が身近で、これがこちらの「農業」なんだなあとと感じます。

080705irishstew お昼はOの家族とパブでランチ。こちらはpirikainankleが食べたアイリッシュ・シチューです。牛肉とにんじんと玉ねぎとジャガイモと・・・って肉じゃがやん!確かに味付けはおそらくブラウンソースですが、基本が同じなのでどこか懐かしいお味でした。そしてマッシュポテトもどんと盛り付けてあります。クリーミーで美味しいのですが、やはり量が・・・半分食べたらギブアップでした。ポテト尽くしですが、ここではOたちが食べていたチップス(フライドポテト)がめちゃくちゃ美味しかった。分厚い櫛切りで皮ごとさくっと揚げてあり、ジャガイモの旨みと香りが広がります。はっきりいって、こんなにおいしいチップスを食べたのは初めて。京都や大阪でもアイリッシュ・パブはありますが、今までに味わったことのないレベルでした。

080705beauly お昼から戻ったら、もうそろそろ出立の頃合です。少しだけ間があったのでOのちっちゃいチルドレンと散歩しました。近くには野原が広がって、馬が放牧されています。Jは今、乗馬を始めたばかりで、ずっと馬のことばかり、もう夢中です。この写真の馬もJには慣れていて呼ぶと近寄ってきます。緑の野が日に透けて光っていて、そこから馬がやってくる様子は、まるでおとぎ話のように美しい光景でした。なんとなくpirikainankleも乗馬してみたくなった。

ダブリン空港へ向かう車の中で、Oが落ち込んでいく谷間に細長く光る水辺を指してあれがLough Derravaraghだと言いました。それは継母の呪いで白鳥に姿を変えられた3人の姫と王子が何百年とさまよう伝説の湖です。
pirikainankleはこの話を偶然知っていたのですが、なんともいえず物悲しい雰囲気で忘れがたい印象を持っていました。まさかここで本当のおとぎ話の舞台に出会えるとは思ってもみませんでした。

(080705)

2008年8月11日 (月)

A Garden in Ireland

080705tullynallycastle

 ストウでは園芸のスペシャリストとして活躍していたO。今の彼女の仕事場へと案内してくれました。

歴史ある邸宅と庭園を一般公開しているところですが、ここでは現所有者の植物ハンティングの趣味が高じて?世界の珍しい花のコレクション(主に球根苗)を頒布しています。ストウでも18世紀当時ストウに存在したであろう植物について考証しながら植栽計画がすすめられており、その現場リーダーであったOにとっては経験を生かした仕事ともいえるでしょう。

お城のような邸宅はこんな感じ。この石造りの家の半地下の一室が彼女のオフィスでした。夏なのになぜかひんやり寒い
よ!?球根は秋から早春が出荷シーズンで一番忙しいらしいですが、冬は体が固まってしまうといった彼女の健康が気遣われます。植物ハンターのオーナーは仕事で世界中を旅しているそうで、世界の「すばらしき巨樹」についてルポした本が出版されています。


080705tullynally_garden02_5 気を取り直して庭を散策。基本的にストウと同じ回遊して楽しむ風景式庭園です。石造りの壁と植物の取り合わせが素敵です。

Oによれば入場者は少ないし、庭が広いのに現場のガーデナーは2人だけで維持しているため、手入れの行き届かないのが残念・・とのことですが、それでもいろいろな視点の変化があり、見せてくれます。

080705tullynally_rose_4 森林風のゾーンではバラが 林の下で露に濡れて優しい雰囲気を醸しだしています。

Rosa gallica?バラ戦争のランカスター家の紋章にあるようなバラです。こんなふうに接近して楽しむこともあれば


080705tullynally_garden_5 ふと視線を離すと各ゾーンの木々が巧みにレイヤーになっています。






080705tullynally_landscape_4 さっきの邸宅から後ろを振り返ってみた景色。

風景式庭園の典型ではあるのだけど、谷へと下がりながら、再び隆起して遠くに連なっていく丘の眺めが楽しいです。



080705tullynally_avenue_3 イトスギの並木がトンネルのようになっています。

ほかにも高く生い茂る生垣の下をアーチのように刈り込んで向こうに見える景色に期待が高まる工夫なども見られました。






080705tullynally_orchid_4 Oの育てている「商品」のひとつ。ランのような感じでしょうか?控えめで爽やかな色だと思いました。


このような花の苗はヨーロッパ各地に輸出されるとのことです。すでにストウにも交渉して取引したそうですが、日本では地域制限があるから輸出できないそうです。

普段は自生植物の種の保存!とかいうpirikainankleですが、ちょっぴり残念。いつかOとまた仕事がしたいと思っているのです。

(080705)





2008年8月 2日 (土)

Glacier Land 2

080705boglandさて、干拓地、という推測も遠からずかもしれません。
田園を一望しているとOが「あれがBog。これからあれを見にいくのよ。」と向こうを指差します。ボグ=沼地という方向には赤紫色の大地の帯が薄く延びていました。
「ここのピートは低地で採れるタイプのものなの。山地で採れるほうが品質はいいけれど、それでもああやって”収穫”して乾燥させているのよ。」
ピートを収穫??
ピート(泥炭)は、スコッチ・ウィスキーの煙ったような香りをつける燃料としてご存知の人もいるでしょう。湿地帯で枯れた植物など有機物が十分な分解を受けずに何千年何万年と堆積したもので、アイルランドやスコットランドでは昔から燃料として使われていたようです。Oの家でも夜は冷え込むのでリビングに暖炉が暖かく燃えていたのですが、そこでは薪と一緒にピートの塊をくべていました。

車で3分も走るとまもなくその赤紫色の大地に到着しました。掘り出しされた板状の泥が積み重なっているようなのを予想していましたが、ここのは土くれの山の形で干されています。ここではこれ以上の探索はなかったのですが、後から思えば、ここは氷河が引いた後にできた低湿地帯だからこそ形成された風景だったのですのう。

ピートは古代の二酸化炭素を放出しているので地球温暖化との関連では良くないとはされているのですが、アイルランドでは工業用・家庭用ともにまだ使用が許されています。まあ人口400万人の国だし。いいのかな??ただし、「ボグ」の低湿地特有の自然環境がアイルランドの歴史遺産であると見直されており、保護区になったところもあるようです。

また一方で、ピートは土壌改良剤として園芸用に長らく使われてきました。イギリスのナショナル・トラストでは、この事態を重く見て、ピートフリー・コンポスト(ピートを使用しない堆肥)の方針を公言・実行しています。

 

ちなみにスコッチ・ウィスキーに使われるピートの量というのは問題視されるほどの量ではない・・・と言われています。スコッチ・ウィスキーはピート臭による辛味が特徴といいますが、アイルランドのはそれはなくって「甘い」と表現するそうですね。アイリッシュ・ウィスキー・・・知らないなりにいろいろ試飲してみたかったんだけど、その機会なく、いや、空港のバーでもきっとその機会はあったのになんでアイスクリーム食べてたんだ、あーばかばかっビンが荷物になるのでデューティーフリーでも買わずじまい。後の祭でした。

(080705)

2008年7月30日 (水)

Glacier Land 1

080705castlepollard_2ダブリン空港から一路、Oの住むCという町へ。小さな広場をくるりと一周したら、それで町のセンターはおしまい、というくらいのところです。

たぬきさんが飛行機の窓の下に見える景色が面白い、と書いてくれました。干拓地ではなく放牧地や畑に生垣のある風景です。この生垣はヘッジ・ローとか呼ばれるのはノルマン系の人びとが持ち込んだ伝統だと本で読みました。イギリスの田園でも見られますね。最初にサンザシなどを植えて、互いに絡ませるように仕立てます。そして他種の苗を植え込んだり、あるいは野生でも根付いたりして、次第にバラエティに富んだ生垣が出来上がります。田園を囲う目的ですが、そのほか薪に利用したり、木工用にとったり、食用に実をとったりして利用したそうです。Prunus spinozaの木は棘に引っかかれると痛くて大変ですが、その実をジンに漬け込んだお酒は甘くてとっても美味しいといいます。日本では田んぼのあぜ道が生態回廊と見なされていますが、ヘッジローも環境の多様さによって小動物に住処や餌場を提供し、野生植物にとっても世代更新の場となっています。根付いた木々の種類の多さによって、生垣の歴史の古さがはかれるそうです!

イギリスとアイルランドの文化が似ているよう見えて微妙に違うところ、例えばこの写真にある石垣です。道路と放牧地の境界を石垣にするのはアイルランドによくあるそうです。イギリスの場合は道路わきでも生垣をよく使っていたように思います。生垣も気持ちの良いものですが、石垣も素朴でいい感じです。

こちらに移住してきたイギリス人のOによると、「アイルランドはイギリスほど高速道路が発達していないし、おかげでイギリスほど車社会ではない」そうです。彼女の説明によれば、アイルランドは長らく貧困にあえいでいたが、EU加盟以降、ようやく大幹線道路が整備されて便利になったということです。そんなことでCという町の、時折1車線ぎりぎりのうねうね道を通りながら

「向こうから車が来たらどうするのん?」

「脅かすようなこと言うわねえ。」

というような会話を交わしました。

そういえばイギリスでは相変わらず自国貨幣のポンドを固持しているけれど、アイルランドはユーロなんだよね。アイルランドのユーロには国のシンボルとなっている吟遊詩人のハープの図柄が刻印されていました。ユーロも各国いろいろなんですね。

(080705 続く)

2008年7月27日 (日)

Eire

080704irelandfromtheairさてヒースローに着いて、空港からそのまままっすぐアイルランドへ。以前ヒースローの入管で長蛇の列にはまって3時間くらい待たされて辟易したので、それよりまずアイルランドで入国し、イギリスにはアイルランド経由で入国するのが早いかもしれないと考えました。イギリスからアイルランドへはエア・リンガス、BMI、ライアンエアなどいくつかの航空会社が飛んでおり、片道大体1万円くらいで飛んでくれます。国際間を結ぶ便でありながら大阪や東京から北海道へ飛ぶような手軽なイメージで、安い代わりにお飲み物などのサービスも有料だったりします。1時間くらいの航行だから飲み物いらんよね。こういうお手軽航空便がヨーロッパ各地を網羅しているので、夏のイギリスなんかでよく見聞きするのは、イギリス人が地中海方面のビーチへ行き、逆にスペインあたりの学生がイギリスで語学研修に来るという光景です。ドイツ人なども海外見聞に熱心なのでイギリスで観光しているのをよく見かけます。
さて、ヒースローのターミナル1で入管を通らずすんで良かったぜとほっとしておりましたが、アイルランド行きのゲートへ、という直前になってやっぱり入管を通らされました。でも待ち人もほとんどいないのですぐに済んで、後日わかったのは、この方法は確かに中央の入管を通るよりずっと楽だったのですね。アイルランドからイギリスに戻ってきた時にもう一度入管に行くのかなと覚悟していたら、ノーマークで出られたので「あれ?」。空港の職員さんに聞いたら「君は行く時にちゃんと通ってきたからいいんだ」。そっか。そうなんですか?
ダブリンに着いたのは夜9時。でも上の写真にあるように、日本の夜とは明るさが違います。アイルランドの入管では、笑顔にあふれた職員さんが対応していて笑っちゃうくらい楽でした。
着いたのが夜遅かったにもかかわらず、ストウ時代の友達Oが迎えに来てくれました。
彼女とようやく会えて本当に嬉しかったです。

(080704)

2008年7月24日 (木)

Fifteen Hours from Osaka to London

080704beijingairportpirikainankleのブログお引越し第一弾は北京空港から。中国国際航空を選んだのは格安のわりに北京経由で、他の会社より北回りで早かったのです。格安ゆうても今は燃料代往復で4万円とられるなり。オリンピックイヤーにあたる中国の飛行機はそこそこサービスもちゃんとしてたよ。料理は時々であたりはずれがあったけど、何せ格安なので文句は言わない。空港は新しくてぴかぴか。屋根にあたる分は骨組みがむき出しで見え、天窓の光が下まで届いて明るくなるよう工夫してある(写真の、天井でぽわっぽわっと丸く明るいのが天窓)。職員もハツラツとした若いスタッフで笑顔も優しい。さすがオリンピックへ準備万端。セキュリティーはだいぶ厳しくpirikainankleも携帯用スプレーでちょっと引っ掛かった。そして空港の外は、暑いのに妙にもやがかって空気が白っぽいのは、なぜ。
北京空港で待つこと2時間。乗り継ぎでいよいよヒースローに向かう。
機中では中国語で話しかけてくる気のいいお母さんと手振りと漢字で談話。「学生?」「いえ、私、働。」「私、息子、学生、天津」「20?」「26」みたいな。
込み入ったことはお互いわからないけれど、お母さんもロンドン観光を楽しみにしているらしい。このなあ、相手かまわず自国語で話しかけてくるおかんってデジャビュだな。
と思ったらイタリア旅行でそんなだったと思い出した。

機中のモニターや、空港で見かける中国語が面白い。
剣橋
牛津
小心地滑
上の2つは地名、3つ目はトイレ掃除にてという感じの意味です。

飛行機は摂氏-60℃、1万メートル上空を時速800kmで飛んでいきます。