至福の時 / 阿木雅芳
日記・その他 > 新たな発見
今年の冬は特別に寒い。寝床に入っても、ふるえる日が多かった。寒さ対策として毛布を買った。9日夜に初めて使ったが、ホカホカ。まさに至福の時だった。
これまで使っていた毛布は純毛だが、なにしろ相当前のもの。20年以上使っているはずだ。ゴワゴワした状態になっていた。
スーパーに寝具売り場に行ってみた。展示してある毛布の手触りはとても気持ちがいい。小生、静電気の貯まりやすい体質で、これまではアクリルなど合成繊維は毛嫌いしていたが、暖かそうな毛布を前にして、「一度試してみるか」と決断した。2枚重ねのマイヤーズ毛布を購入した。
真綿に包まれた感触で、使い心地は最高だ。随分前から市場に出ていた製品だが、これまで見向きもしなかったことが悔やまれた。それでも、これからこの暖かさを味わえると思うと浮き浮きする気分だった
。
これまで使っていた毛布は純毛だが、なにしろ相当前のもの。20年以上使っているはずだ。ゴワゴワした状態になっていた。
スーパーに寝具売り場に行ってみた。展示してある毛布の手触りはとても気持ちがいい。小生、静電気の貯まりやすい体質で、これまではアクリルなど合成繊維は毛嫌いしていたが、暖かそうな毛布を前にして、「一度試してみるか」と決断した。2枚重ねのマイヤーズ毛布を購入した。
真綿に包まれた感触で、使い心地は最高だ。随分前から市場に出ていた製品だが、これまで見向きもしなかったことが悔やまれた。それでも、これからこの暖かさを味わえると思うと浮き浮きする気分だった
2006年1月10日(火) at 08:04
蝉の初鳴き / 阿木雅芳
日記・その他 > 新たな発見
午前4時50分。眼を覚ますと、蝉の鳴き声が聞こえてきた。一本調子に「ジー」と鳴き続ける。高低のリズムはまったくなく、15分くらい続いた。蝉の声を聞くのは今年初めて。七夕の日のことである。
早朝なのに、自然界の営みは結構かまびすしい。野鳥の「ちゅん、ちゅん」、「ほーほけきょ、けきょ、けきょ」という声も間断なく聞こえる。いや、早朝だからこそかもしれない。日中だったら、人間様の活動音にかき消されてしまうだろう。
夜になると、決まってヤモリが顔を出す。台所の窓ガラスにぴたっとくっついて動かない。昆虫を獲物にしようと待ちかまえているのだろう。日中、庭先でトカゲ君に出会うこともしょっちゅうだ。
1カ月ほど前には玄関先に蛇がいた。長さ1メートルほどで漆黒。は虫類は苦手だ。新興住宅地とはいえ、開発から25年ほどになる。いまだに蛇がいるとは驚きだが、人間はこうした色々な動物と共生しているのだな、と実感させてくれる
。
早朝なのに、自然界の営みは結構かまびすしい。野鳥の「ちゅん、ちゅん」、「ほーほけきょ、けきょ、けきょ」という声も間断なく聞こえる。いや、早朝だからこそかもしれない。日中だったら、人間様の活動音にかき消されてしまうだろう。
夜になると、決まってヤモリが顔を出す。台所の窓ガラスにぴたっとくっついて動かない。昆虫を獲物にしようと待ちかまえているのだろう。日中、庭先でトカゲ君に出会うこともしょっちゅうだ。
1カ月ほど前には玄関先に蛇がいた。長さ1メートルほどで漆黒。は虫類は苦手だ。新興住宅地とはいえ、開発から25年ほどになる。いまだに蛇がいるとは驚きだが、人間はこうした色々な動物と共生しているのだな、と実感させてくれる
2005年7月7日(木) at 10:37
メダカとカタツムリ / 阿木雅芳
日記・その他 > 新たな発見
我が家の小さなペットはメダカとカタツムリだ。犬も飼っているが、こちらは心のふれあいもあるから、ペットというより家族に近い。
メダカは2週間ほど前に隣の家で孵化したものをいただいた。身長は3ミリほど。目玉だけが目立ち、元気に泳いでいる。以前、カブトムシを飼育したときの虫かごを使っている。全部で30匹くらいいるだろうか。小さすぎて数えたことはない。
カタツムリは1年ほど前に路地をはっていた1匹を捕まえ、小さな虫かごに入れて飼い始めた。餌はキャベツやレタス。「1匹ではかわいそう」と相方を探したが、カタツムリも容易には見つからない。10日ほど前に、犬の散歩中に偶然、大きなカタツムリを見つけ持ち帰った。1年ぶりの同居生活だ。
メダカがどの程度育つのか、また、カタツムリに赤ちゃんが産まれるのか。楽しみにしたい
。
メダカは2週間ほど前に隣の家で孵化したものをいただいた。身長は3ミリほど。目玉だけが目立ち、元気に泳いでいる。以前、カブトムシを飼育したときの虫かごを使っている。全部で30匹くらいいるだろうか。小さすぎて数えたことはない。
カタツムリは1年ほど前に路地をはっていた1匹を捕まえ、小さな虫かごに入れて飼い始めた。餌はキャベツやレタス。「1匹ではかわいそう」と相方を探したが、カタツムリも容易には見つからない。10日ほど前に、犬の散歩中に偶然、大きなカタツムリを見つけ持ち帰った。1年ぶりの同居生活だ。
メダカがどの程度育つのか、また、カタツムリに赤ちゃんが産まれるのか。楽しみにしたい
2005年6月12日(日) at 22:08
興味深いアクセスランキング / 阿木雅芳
日記・その他 > 新たな発見
ブログ「阿木雅芳の春夏秋冬」がどのくらい読まれているのか、やっぱり気になる。その数字は「アクセス解析」という形で表示され、見ることが出来る。毎日のアクセス数のほか、ブログ別アクセスランキングが1位から10位まで表示される。昨年11月の開設以来、6カ月。振り返ってみた。
5月22日正午現在の数字である。原稿の本数は272本。トータルアクセス数(ページビュー)は32003。ユニークアクセス数(訪問者数)は13033。1日平均160件のページビュー、65人の訪問者があった勘定だ。
アクセスランキングの1位は「車検ステッカーをなぜ小さくしたのか」(12月19日、アクセス数790)http://www.blog.kansai.com/tb/satoshi5479/60
第2位は「NHK受信料支払い拒否急増」(12月3日、アクセス数544)http://www.blog.kansai.com/tb/satoshi5479/41
第3位は「三越大阪店の閉店と商都・大阪の沈滞」(4月7日、アクセス数325)http://www.blog.kansai.com/tb/satoshi5479/220
第4位は「ミュージアム共通割引パスは福音だが…」(12月14日、アクセス数321)
http://www.blog.kansai.com/tb/satoshi5479/55
第5位は「ばかげた最低資本金制度の廃止」(12月9日、アクセス数266)
http://www.blog.kansai.com/tb/satoshi5479/49
アクセス数の多いものは検索エンジン経由で読んでいただいているのもが多いと推測できる。いずれにせよ、世の中の動きは速くて激しい。「主張」がいつの間にか陳腐になっているケースもある。しかし、そんなことを気にしていたらブログは書けない。その時点での真摯な思いを書きつづっていきたい
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5月22日正午現在の数字である。原稿の本数は272本。トータルアクセス数(ページビュー)は32003。ユニークアクセス数(訪問者数)は13033。1日平均160件のページビュー、65人の訪問者があった勘定だ。
アクセスランキングの1位は「車検ステッカーをなぜ小さくしたのか」(12月19日、アクセス数790)http://www.blog.kansai.com/tb/satoshi5479/60
第2位は「NHK受信料支払い拒否急増」(12月3日、アクセス数544)http://www.blog.kansai.com/tb/satoshi5479/41
第3位は「三越大阪店の閉店と商都・大阪の沈滞」(4月7日、アクセス数325)http://www.blog.kansai.com/tb/satoshi5479/220
第4位は「ミュージアム共通割引パスは福音だが…」(12月14日、アクセス数321)
http://www.blog.kansai.com/tb/satoshi5479/55
第5位は「ばかげた最低資本金制度の廃止」(12月9日、アクセス数266)
http://www.blog.kansai.com/tb/satoshi5479/49
アクセス数の多いものは検索エンジン経由で読んでいただいているのもが多いと推測できる。いずれにせよ、世の中の動きは速くて激しい。「主張」がいつの間にか陳腐になっているケースもある。しかし、そんなことを気にしていたらブログは書けない。その時点での真摯な思いを書きつづっていきたい
2005年5月22日(日) at 13:43
焼酎100本セット / 阿木雅芳
日記・その他 > 新たな発見
東京の老舗デパートで「鹿児島展」をやっていた。各種の名産品が即売されていたが、その中でも目を引いたのが「焼酎100本セット」。鹿児島県特産の芋焼酎の100の銘柄が一升瓶で並べてあった。フランスのシラク大統領が大好きな銘柄も真ん中にあった。なかなか壮観だった。
焼酎の好きな人にはたまらないだろう。価格は21万円。「100本もあったら少なくとも1年はもつだろうな」などと思いながら会場を奥へ進むと、「焼酎300本セット」というものまであった。こちらは63万円。
様々なラベルを見ているだけでもおもしろい。でも、300本セットを買ったとしたら、どこに置いておけばいいのか。我が家に持ち帰れば、床が抜けてしまうかもしれない。そんなことを考えながら会場を後にした
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焼酎の好きな人にはたまらないだろう。価格は21万円。「100本もあったら少なくとも1年はもつだろうな」などと思いながら会場を奥へ進むと、「焼酎300本セット」というものまであった。こちらは63万円。
様々なラベルを見ているだけでもおもしろい。でも、300本セットを買ったとしたら、どこに置いておけばいいのか。我が家に持ち帰れば、床が抜けてしまうかもしれない。そんなことを考えながら会場を後にした
2005年4月15日(金) at 23:53
想定を超えたマイページの訪問者 / 阿木雅芳
日記・その他 > 新たな発見
昨年11月に「阿木雅芳の春夏秋冬」を開設してから5カ月がたった。4月9日時点のトータルアクセス数(ページビュー)は22853件、ユニークアクセス数(訪問者数)は10261件となった。一日平均ではページビューが147件、訪問者数は66件となる。
たくさんの人に訪問いただきありがたい限りだが、3月下旬頃からちょっとへんな動きが目につくようになった。一日のアクセス数が500件を超えるような日がちょくちょく出るようになったことだ。それまでは1日平均150件から200件だった。
昨日の4月9日のページビューは過去最高の1526件。しかし訪問者数は70人である。前日の8日はページビューが145件なのに、訪問者は102人。この数字を並べて考察してみてもどうみてもおかしい。
アクセス解析の計数を無茶苦茶にするウイルスでも注入されたのか。コンピューターのことはよくわからないが、何かヘンだ
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たくさんの人に訪問いただきありがたい限りだが、3月下旬頃からちょっとへんな動きが目につくようになった。一日のアクセス数が500件を超えるような日がちょくちょく出るようになったことだ。それまでは1日平均150件から200件だった。
昨日の4月9日のページビューは過去最高の1526件。しかし訪問者数は70人である。前日の8日はページビューが145件なのに、訪問者は102人。この数字を並べて考察してみてもどうみてもおかしい。
アクセス解析の計数を無茶苦茶にするウイルスでも注入されたのか。コンピューターのことはよくわからないが、何かヘンだ
2005年4月10日(日) at 08:41
桜の一斉開花の不思議 / 阿木雅芳
日記・その他 > 新たな発見
今年は桜の開花がちょっぴり遅れているようだ。ここ数年は3月末には満開になることが多かったが、今年は2月から3月にかけての寒さが影響したのだろう。
3日の日曜日、犬の散歩をかねて自宅近くの公園を訪れてみた。100本くらいある桜は、ちらほら咲いている状態だった。つぼみが膨らんでおり、開花まであと1週間くらいとみた。
それにしても何本もの木々が時間差もなく一斉に開花するのはどういうメカニズムになっているのだろうか。桜の花が開いているのは1週間前後だ。1年365日でこの1週間をめざして、ほとんどズレもなく花を咲かせる。自然の不思議さを強く感じる。
3日の日曜日、犬の散歩をかねて自宅近くの公園を訪れてみた。100本くらいある桜は、ちらほら咲いている状態だった。つぼみが膨らんでおり、開花まであと1週間くらいとみた。
それにしても何本もの木々が時間差もなく一斉に開花するのはどういうメカニズムになっているのだろうか。桜の花が開いているのは1週間前後だ。1年365日でこの1週間をめざして、ほとんどズレもなく花を咲かせる。自然の不思議さを強く感じる。
2005年4月3日(日) at 10:43
コメンテーターの漢字の読み間違い / 阿木雅芳
日記・その他 > 新たな発見
テレビのコメンテーターが漢字の読み間違いをする場面に遭遇することが結構多い。難解な内容をわかりやすく話してくれても、常識と思える簡単な読みを読み間違えると、「なーんだ、この程度か」と思ってしまう。テレビに出る人、講演をする人、学校の先生は特に語彙の読み間違いには十分注意する必要がある。
以前、女性キャスターとして一時代を築いた新聞記者上がりの評論家が「更迭(こうてつ)」を「こうそう」と読んだ場面を目撃したことがある。それ以来、その女性がテレビに現れるたびに、小生は「こうそうおばさん」というニックネームで呼んでしまう。
体に小さい力士を「小兵(こひょう)」力士というが、これを「しょうへい」と表現してしまうケースにも出会った。「一矢(いっし)を報いる」を「いちや」と語る人、「法令の遵守(じゅんしゅ)」を「そんしゅ」と読むひともいる。
こうした間違いを犯す人たちは、新聞や読書を中心に情報収集しているのだろう。目から入った漢字を、思いこみの読み方で表現してしまうのだろう。
間違った読み方をした人がその世界では大物であればあるほど周囲の人たちが注意を喚起するのは難しくなる。「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥」ということわざがある。末代まで恥をかかせるのはかわいそう。手紙でその間違いをこっそり指摘してあげるのがいいかもしれない。
以前、女性キャスターとして一時代を築いた新聞記者上がりの評論家が「更迭(こうてつ)」を「こうそう」と読んだ場面を目撃したことがある。それ以来、その女性がテレビに現れるたびに、小生は「こうそうおばさん」というニックネームで呼んでしまう。
体に小さい力士を「小兵(こひょう)」力士というが、これを「しょうへい」と表現してしまうケースにも出会った。「一矢(いっし)を報いる」を「いちや」と語る人、「法令の遵守(じゅんしゅ)」を「そんしゅ」と読むひともいる。
こうした間違いを犯す人たちは、新聞や読書を中心に情報収集しているのだろう。目から入った漢字を、思いこみの読み方で表現してしまうのだろう。
間違った読み方をした人がその世界では大物であればあるほど周囲の人たちが注意を喚起するのは難しくなる。「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥」ということわざがある。末代まで恥をかかせるのはかわいそう。手紙でその間違いをこっそり指摘してあげるのがいいかもしれない。
2005年3月22日(火) at 11:26
「花粉症治るなら1万円でも」の願い / 阿木雅芳
日記・その他 > 新たな発見
産経新聞の3日付け朝刊に「花粉症治るなら1万円でも」という記事が載っていた。コンビニエントストアのam/pmジャパンが、花粉症の人たち7930人にアンケートをした結果だという。花粉症に悩む者の一人として「ずいぶんケチやな」という印象を持った。
記事によると、まず「花粉症が治るならいくら払うか」との問いに対して、最も多かったのは「1万円くらいまで」(44.3%)だった。ついで「5万円くらいまで」(20.4%)。「500万円以上」という回答も0.5%あった、という。
アンケート調査をしたのが今年1月で、本格的な花粉症シーズンに入る前だったからかもしれない。「のど元過ぎれば熱さ忘れる」のことわざ通り、苦しみのさなかにあったら、もう少し違う結果になったのではないか。
小生なら、もう少し高い選択肢を選んだだろう。「完治するなら100万円でもいい」と思っている。2年前の2度にわたる鼻粘膜のレーザーによる焼き切り治療のかいもなく、いっこうに好転しない症状。今年は例年になく多くの花粉が飛散すると予想され、小生は1月中旬から症状を緩和する薬を飲み始めた。
例年なら2月中旬には発症、梅雨入りまで続くが、今年は幸い、本格的な症状は出ていない。劇的に「体質が変わった」のならうれしいが、それは夢のまた夢だろう。
記事によると、まず「花粉症が治るならいくら払うか」との問いに対して、最も多かったのは「1万円くらいまで」(44.3%)だった。ついで「5万円くらいまで」(20.4%)。「500万円以上」という回答も0.5%あった、という。
アンケート調査をしたのが今年1月で、本格的な花粉症シーズンに入る前だったからかもしれない。「のど元過ぎれば熱さ忘れる」のことわざ通り、苦しみのさなかにあったら、もう少し違う結果になったのではないか。
小生なら、もう少し高い選択肢を選んだだろう。「完治するなら100万円でもいい」と思っている。2年前の2度にわたる鼻粘膜のレーザーによる焼き切り治療のかいもなく、いっこうに好転しない症状。今年は例年になく多くの花粉が飛散すると予想され、小生は1月中旬から症状を緩和する薬を飲み始めた。
例年なら2月中旬には発症、梅雨入りまで続くが、今年は幸い、本格的な症状は出ていない。劇的に「体質が変わった」のならうれしいが、それは夢のまた夢だろう。
2005年3月3日(木) at 11:04
なぜ「ありがとう」と言えないのか / 阿木雅芳
日記・その他 > 新たな発見
大阪市営地下鉄を毎日、利用している。車椅子や電動車を使うお年寄りや障害を持つ人たちと出会うことも多い。大阪の地下鉄はこうした人たちに対する配慮が行き届いている。乗車する駅で声を掛ければ、駅員が付き添って介助してくれる。降車駅ではわざわざ駅員が待機し、電車からホームへ下りるための折り畳み式のブリッジ板をかけてくれる。ほかの私鉄ではめったに見ることの出来ない光景だ。
しかし、気になることがある。介助してくれた駅員に対して、あいさつをしない人が多いことだ。ホームに降り立った後は、後片づけの駅員を無視するかのように、そのまま知らんぷりの人が実に多い。「ありがとう」という言葉があっていい。
介助を受けるのは「当然の権利」と心得ているのだろうか。あるいは「乗客はお客様。客に対する当然のサービス」と考えているのか。それとも、世話になった人に対する感謝の念が思い浮かばないのか。寂しいことだ。
しかし、気になることがある。介助してくれた駅員に対して、あいさつをしない人が多いことだ。ホームに降り立った後は、後片づけの駅員を無視するかのように、そのまま知らんぷりの人が実に多い。「ありがとう」という言葉があっていい。
介助を受けるのは「当然の権利」と心得ているのだろうか。あるいは「乗客はお客様。客に対する当然のサービス」と考えているのか。それとも、世話になった人に対する感謝の念が思い浮かばないのか。寂しいことだ。


