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大学入試過去問の再利用 / 阿木雅芳

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 28日の朝日新聞1面に「入試過去問 再利用の輪 17大学連携、参加を呼びかける」という記事が載っていた。岐阜大学を中心とする17の国公私立大学が、入試で過去に出題した問題を互いに利用できるようにするネットワークをつくり、全国の大学に参加を呼びかけている、という趣旨のことが書いてあった。

 この記事を読んだとき、参加表明をしている大学関係者には申し訳ないが「これは大学の堕落ではないか」と受け止めた。記事によると、そもそも、この構想を言い出した岐阜大学学長の発想は「入学試験を作成するのに大変な労力を必要とする。岐阜大の場合は全教職員の約8分の1にあたる約100人の教員が半年が問題をつくっている。その間、研究や授業がほとんどできなくなる」というものらしい。

 そんなヤワなことでいいのか。後ろ向きの発想ではないか。教員も8年に1度くらい、入試問題の作成でどんどん悩んだらいい。その作業を通じて、新しい発想が生まれ、自分の研究や学生の教育にも活かせるはずだ。

 なによりも「過去問再利用計画」で問題だと思うのは、「過去問をそのまま使用することも一部改変して使用することも可能」としている点だ。「一部改変を認める」にとどめているのなら理解できる。「そのまま使用」はあまりに安易ではないか。

 現実に入試問題を作る人たちの苦労は並大抵のことではない、と思う。今の入試で、入試問題が過去にどこかの大学で出題されたものと一緒だった、とあとで判明すればマスメディアからすごいバッシングを受けるだろう。一方で、入試問題を作る人たちはその作成の過程で、いろいろな大学の過去問を参考材料にしていることも容易に推測できる。

 だからこそ、そうした努力は今後も続けてもらいたい。また、今は受験生の総合学力をみる「センター試験」がある。私学を含め、各大学はこの試験を大いに利用するようになった。この流れは大変結構なことだと思う。

 2次試験に相当する各大学独自の入試問題については、それぞれの大学に見合った独自のものを創作する、という思想は崩さないでほしい。 
2007年1月28日(日) at 11:08