島谷的舞録゛@関西

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手術後4ヶ月 / 島谷

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 今日で右足骨折の手術をしてからちょうど4ヶ月になる。
 吾輩の知り合いには骨折経験者が多く中には「骨折は男の勲章だ」と言っていた猛者もいた。
 また吾輩の息子も大学1年のとき単車で右折車にはねられ足を骨折したことがあったがこんなに長引かなかった。
 だから骨折したときはそれほど深刻に考えていなかった。
 3ヶ月もすれば普通の生活に戻れるだろうと脳天気だった。
 しかし実際には4ヶ月経っても装具を外して歩けるようになったものの未だに杖を使ってモタモタと歩かなければならない。
 足首を左右に動かすことは禁じられているので正座・あぐら・蓮華座で座ることができないし、自転車に乗ることもできない。
 たかが足の骨折でこんな大事になるとは夢にも思わなかった。
 もっとも足を骨折したことにより得たものも少なくない。
 痛くて高い授業料だと思うほかなさそうだ。

日本家屋は障害者に不向き
 畳に布団敷きで寝ていると起き上がるのに筋力が必要だ。
 右足を床に触れることなく立ち上がって松葉杖をつくことは不可能に近い。
 いったん布団の傍に椅子を用意して布団から椅子に這い上がるようにして座り、それから松葉杖をついて立ち上がらなければならない。
 しかし畳の上の布団から椅子に座るのも右足を使えないと大変な作業だ。
 ワイフの力では吾輩を椅子まで引きずり上げることはできない。
 幸いスキーをしたい一心で怪我をする前は片足立ち200秒を日課にしていたから腹筋と足の筋力だけは人並み以上にあったので布団から椅子に自力で座ることができたが筋力がなかったら寝たきり老人になってしまったろう。
 足の骨折で他の筋肉が使えたから寝たきり老人にならないですんだが脳性疾患で半身不随ということになったら畳に布団敷きでは手の施しようがない。
 電動式ベッドが絶対に必要だと痛感した。
 また車椅子も必需品だ。
 しかし我が家はベッドを置くこともできないし車椅子を乗り回すスペースもない。
 ワイフが脳卒中などで倒れたら我が家では介護することは不可能だと悟った。
 足が直って普通の生活ができるようになったら吾輩とワイフが元気なうちにバリアフリーの家に移転できるよう家探しを始めなければと思っている。
待てない症候群の改善
 吾輩は重度の待てない症候群で少しでもまたされるとイライラして平常心を失ってしまう。
 しかし入院して療養病棟の食堂でで1ヶ月近く他の患者と一緒に食事をするようになってから待たされるのにだいぶ慣れてきた。
 療養病棟では食事もリハの一環なのだろう。自力ではベッドから車椅子に乗れない人も看護補助者が車椅子で食堂まで連れてくる。
 食事が厨房からワゴンで食堂に到着すると看護補助者が一人ずつ患者に配膳するだけではなく自力では蓋を取ることのできない人のために蓋をとってやる。
 看護補助者は自力では食事できない人には食事を食べさせて上げなければならないから配膳をはやくすませなければならない。
 そのためには動作がのろい人から優先して配膳する必要がある。
 吾輩のように不自由なのは右足だけで手は自由に使える人は後回しになるからワゴンが到着してから食事が来るまでじっと待っていなければならない。
 しかし優先的に配膳される患者を見ていると後回しにされる幸せを感じざるを得ない。
 そんな日々が続くとだんだん待たされるのが苦痛でなくなってきた。
 退院してからワイフが吾輩の気が長くなったと驚いていた。
足首の重要さを実感
 歩くのに膝が大事だとは知っていたが足首がもっと大切だとは知らなかった。
 手術後に足首の上下動が許可されると足首を動かすリハに重点が置かれたことが納得できたのは装具をはずして歩く訓練を始めてからだった。
 足首が上下に曲げることができないとまっすぐ歩くことができない。からだを左右に振るようになってしまう。
 階段を下りるときは特に足首を使う。足首の動きが悪いと階段を下りるのは恐怖だ。
 足首の動きは上下だけではない。左右の動きも必要だ。
 しかし左右の動きは骨に負荷がかかるらしく未だに許可がでていない。
 左右の動きができないと正座、あぐら、蓮華座で座ることができないから和室の生活に不便だ。
 また自転車は乗り降りのときに足首を左右に動かすことになるから自転車に乗ることができない。
 足首が生活にどれだけ貢献しているか痛感した。
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2008年5月7日(水) at 11:14