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縁-えにし- M / 東雲A&M

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 5月21日。友人が亡くなりました。
 連絡が来たのが、5月28日。前日がお葬式だったそうです。
 6月21日に満中陰志の法要。
 今日、6月22日に納骨されるという話でした。

 その友人は、高校の時、真ん中の妹の同級生達から、私と一番下の妹宛てに手紙を貰った事があり、その中の一人だったと記憶しています。

 別の高校に進んでいた妹の同級生なんて、しょっちゅう家に遊びに来ていたのならまだしも、そうそう付き合いが続くとは思いません。
 でも、不思議とその後も手紙のやり取りは続き、一緒に同人誌を作ったり、一緒に通勤したりしていました。

 私が京都に来てからは、流石に会う機会も無くなり、年賀状のやり取りをする程度になっていましたが、今年の年賀状も変わりなく、どこか本人に似た手書きの干支の絵なんかも添えられていて、自然と笑みがこぼれました。


 妹から訃報の連絡を貰った時、沢山の知っている名前が出てきて、「そう言えば、全く違う高校の違う学年だったのに、不思議と共通の友人の多い子だったよなぁ」と改めて思いました。
 聞いたばかりの時は、ショックが大き過ぎて、全身に鳥肌が立つ程度で頭の中は真っ白だったのですが、妹からの電話を切った途端、記憶の引き出しが、ぶわっと引き出されて、中にきちんと整理されて収まっていた筈の記憶達が、次々と飛び出てきました。

 何日も何日も、奥歯を噛み締めて力を籠めていないと、仕事中でも泣き出しそうな日々が続き、家に帰って気が弛んだ途端、涙が溢れる日が続いていました。


 とても色白で綺麗な肌を持った子でした。
 つるんとしたゆで卵みたいな頬はとても柔らかくて、つんつん突付かれては、ぷぅっと頬を膨らませていました。
 ぽわんとした柔らかな印象なのに、結構頑固で短気な所もありました。
 おしとやかで大人しそうなのに、決して人に流されたりせず、自分の意思を持っていた子でした。
 

 きっと、家族の方や沢山の友人達、そして、私の妹も、それぞれの悲しみを抱いて、このひと月を過ごしてきたと思います。
 沢山の涙が、たった一人の為に流され、これからも、次々と流され続けていくのでしょう。
 

 その涙が、どうぞあなたの浄化に繋がりますように。
 どうか、多くの嘆きがあなたの枷になりませんように。


 生まれてくる時、人は皆、自分の人生と役割を決めて生まれてくるのだと言います。
 例え、母親のお腹から生まれ落ちる事が出来なかった赤ん坊がいたとしても、その周囲の人の魂の試練の為に、生まれてこない事を選んできたのだとも言います。
 短くっても、あなたはあなたの人生を全うしたのだと信じたい。
 
 溢れ出した記憶は、また少しずつ整理して、きちんと収めていくつもりです。
 でもそれは、決してあなたを忘れる為ではないから。

 いつの世か。
 また、きっと巡り会いましょう。 
2008年6月22日(日) at 12:26