HOME > 2008年4月

大阪はどうなっていくのだろうか〜飲み屋談義から / 中村智彦

HOME > My Blog

とある飲み屋で・・・・

「しかしなんやなあ、あれもカット、これもカットって、橋下知事も殺生やなあ。」と、定年直前公務員のムーさん。
 
「まあ、しかし、しゃあないんと違いますか」と、50代前半のマスター。
 
「そうですよねえ、別に橋下さんを支持とか支援するわけや無いけど、しゃあないでしょう。」と、40代の私。
 
「リストラされるんちゃうかなあ、わしなんか・・・給料もカットやし、退職金かて危ないかもなあ」と、ムーさん。
 
「しゃあないでしょう、今まで散々、ええめ見てきたんやし」と、マスター。結構、容赦ない 笑
 
       
 
 橋下徹知事の方針は、今のところ、仕方ないと思っている。削減策を批判するのは、もちろん重要なことだ。しかし、よく考えてみると、なぜこんなことになったのかということの議論もしておくべきだ。
 
 今、大阪府で打ち出されている削減策は、確かに大阪府民である私にとっても、厳しいものが並んでいるなとは思う。思うが、仕方ないではないか。そうなったのは、現在の知事の責任ではない。
 同じように大阪市についても言える。一体、大阪府や大阪市が、こんな状態に陥ったのは、誰の責任なのか。様々な削減策を打ち出さねばならなくしたのは、当然ながら、現在の知事や市長ではないだろう。
 
 今、赤字が垂れ流しになっている多くの事業は、大阪市にしても、大阪府にしても、開始当時から、そうなることの予想が大方ついていたものばかりではないのか。
 
 今から10年ほど前、私は大阪府の職員の一人として、様々な会議に出たり、要職にあった人たちと話をする機会が会った。そこで見知ったことは、現在の状況はほぼ想定できたことばかりだということだった。
 
 ある大きなイベントがあった時、その経済波及効果の計算は、逆からなされていた。つまり、積み上げていって、これだけの経済波及効果があるというのではなく、最初に結論があり、その数字にあわせて計算が行われていた。当時の上司に、「仮にこれが理系の研究所、例えば河川の水質の調査を行う部門で、有毒なものを無毒だとデータを改ざんしたら、その担当者は罪に問われるでしょう。それがどうして経済なら許されるのですか」と問うたことがあった。しかし、「仕方ないのだよ」という返答しかなかった。それでも、当時、ある大阪府の幹部と話をした時、彼はこのように言った。「横山ノック知事になってよかった。役人から上がったりすると、結局、自分たちの先輩が知事ということで、過去に作られた計画などを中止することは、やはり先輩たちのミスを指摘することになるので、なかなかできない。ノック知事は、その点、そういうコネクションがないので、大きなプロジェクトを中止することができてよかった。」
 
 大阪市の関係者との会議に出席した時には、あまりにも楽観的で、確信に満ちた考え方に、若さもあって怒りを覚え、その会議の出席を取りやめたこともあった。前々市長の大学教員時代の教え子や、あるいは若い頃の勉強会のメンバーたちで構成されていた御取り巻きグループが、どれだけ無謀で、楽観的な計画を推し進めてきたかは、少し検証すれば浮かび上がるだろう。あまり詳しく書くと、どこからか何か飛んできそうなので、やめておくが、一つだけ当時、爆笑し、次に怒りがこみ上げてきたことだけを書いておこう。当時、開館したばかりだった大阪市立のワインミュージアムを見学した、私と仲間の一人が、その内容のひどさに驚いて、あんな内容で金を取るなんてと、ある関係者に話して、その返答に、さらに驚愕した。「君たち、そう批判ばかりするなよ、あれは、ワインが大好きだった港湾局長の強い思いで作り上げたのだから・・・」そういう時代だったのだ。ちなみにこのワインミュージアムは、この3月であえなく閉館してしまった。

 こうした80年代から90年代にかけての大阪経済における失政の状況と原因については、いずれ私なりにきちんと考察し、まとめていこうとは思っている。
 
     
 
 給与がカットされ、待遇が悪化する職員の立場になれば、あるいは閉館されたり、廃止されたりする職場で働いてきた人や、その恩恵に被ってきた人たちの立場になれば、今の状況は非常に気の毒であるし、怒りを持つのも当然であろうと思う。
 
 しかしである。
 
 一体、こうした状況を招いたのは誰なのか。やりたい放題、やって、給与も退職金も満額もらい、高額な年金をもらって口をつぐんでいる人たちが沢山いるのではないか。その人たちのお取り巻きをして、オリンピックだ、芸術だ、再開発だと騒ぐだけ騒いで、美味しい思いをして、のうのうとしている人たちが沢山いるのではないか。
 
 極論を承知で言わせてもらうならば、我々の祖父、曽祖父たちが営々と積み重ねてきた大阪、関西のストックを、我々の父たちの世代が失敗を積み重ね、ついにそのストックを食い潰してしまったのが、現在の状況ではないのか。さらに言えば、ストックを食い潰しただけではなくて、負の遺産だけを大量に残し、次の世代の我々に押し付けて、自分たちだけでは早々と逃げ出しているように思えるのだが、どうだろうか。「その時は、その時で仕方なかったのだ」と開き直るかもしれないが、それを私は信じる気にはならないし、それが免罪符になるとも思わない。不可能なことは判っているが、そうした人たちの退職金や支払われた諸々を返還させてもいいのではないかと思っているぐらいだ。
 
 繰り返し書くが、私は橋下知事や平松市長のシンパでもないし、積極的に応援しているわけでもない。彼らの主張や政策の中にも、おかしいなと個人的に考えるものも数多い。
 しかし、我々の父たちの世代が作り上げてしまった負債を、ここでなんとかしておかねば、次の時代が切り開けないところに来ていることは確かである。
 
 ここまで変調を来たしてしまった大阪府や大阪市の状況を立て直すには、恐らく長い時間と努力が必要になるだろう。議論は大いにすべきである。ただ、目の前の削減策だけを見て、反対するだけでは、なにも開けてこないことも確かである。今までのやり方を続けることは無理なのだという共通理解に立って、その上で具体的な政策議論を進めていくことが、今の大阪には不可欠だろうと思う。
 
画像は、大阪駅周辺。右上方に見える空き地のような部分が、再開発が進められている梅田北ヤード。
2008年4月30日(水) at 00:56 

小麦が高けりゃ、パンやめてご飯に・・・!実は米の価格急上昇! / 中村智彦

HOME > My Blog
 日本では、今年になって東北農政局が、「米のつくりすぎは、もったいない!」というポスターを製作。「MOTTAINAI」と大きく書かれたポスターを3万枚カラー印刷し、配布しようとしたところが、多くの農家の反発を受けて騒ぎになっている・・・というニュースが流れているらいで、「米=まだ余っている」⇒「小麦が値上がりしているんなら、パンをやめて米を食べればいいや」なんていうお気楽な会話が回りでも多かったのだが・・・本当に大丈夫なのだろうか?

 先日、韓国に出かけて、新聞(英字だが・・・)を拡げて驚いた。新聞記事に大きく、コメ価格の国際価格急上昇が取り上げられていた。韓国政府は、韓国内の米の供給には問題なく、便乗値上げに対して監視を強化するというコメントを出したと記事に書かれていた。
 
 不覚にも自分自身も、あまり米の価格の国際的な上昇というところに意識が繋がらなかっただけに、韓国紙の記事の取り上げ方にショックを受けた。

 どういう状況か簡単に述べると、国際連合食糧農業機関(FAO)によると、今年3月までの一年間で米価格指数は、57%もの上昇を示しており、この18年間で最高、さらにこの五年間で二倍に上昇している。
 タイ国内では、輸出米価格の急上昇が続いており、4月4日、トン当たり1000米ドルを上回った。タイ国内では、今年になって国内市場での販売価格が3倍近くに急上昇するなど、社会問題化しており、政府が業者と協議し、小売価格の安定と定価を実施した。
 米の輸入国であるカンボジアやフィリピンなどでは、大きな混乱が懸念されており、特に供給は問題ないにしても、価格がここまで急上昇すると、貧困層を中心に主食である米の購入が困難になるといったことが心配されている。

 こうした米価格の急上昇については、一つの理由ではなく、複合した問題だと考えられている。アジア全体で、昨年の米の作柄があまり良くなかったことや、人口減少、都市化の進展で水田面積が減少していることが大きな原因だ。特に世界の米の輸出市場で最大級の割合を占めるベトナムが大きく減少させており、これまで年間500万トン程度の輸出量は、400万トンから450万トン程度にまで減少すると予想されている。タイも、小幅ながら生産量の減少が予想されている。さらに中国も、今後、大幅に輸出量の減少を検討すると予想されている。

 日本や韓国といったアジアでも先進国では米の消費量が減少しているものの、その他の発展途上国では急激な人口増加に伴って米の消費量が急増していること。

 世界的な穀物の不足、価格の上昇、さらには投機的な資金の流れなど、考えてみれば米だけが特別な作物ではないことに、いまさらながら気がつかされる。
 
 1980年代以降、世界のコメ生産は順調に増加してきた。品種改良や農法の改善など、発展途上国での増産が成功してきたためである。しかし、発展途上国でも工業化、都市化が進み、農地面積が減少してくる傾向にあることや、生産量の増加も限界に来つつあることなどから、この20年間のような状況は継続できないのではと懸念されている。
 
 さて、ここまで読んでくると、タイ米やベトナム米などの話で日本にはあまり影響もないと考える人もいるだろう。しかし、それで大丈夫だろうか。

 わずか10年少し前の1994年、国内の米屋から米が一斉に姿を消したことは、すでに我々の遠い記憶になっている。米屋に買いに行っても売っているのは、緊急輸入されたタイ米だけ。出勤との途中に米が並んでいるのを見つけたら、すかさず買って職場に米袋を持参した覚えが筆者はある。当時、日本が259万トンを緊急輸入するというので、、一方で、今までも世界的に米の価格は乱高下を繰り返してきた。日本が259万トンもの緊急輸入をした1994年には、トン当たり500米ドルを超す『高値』をつけたと騒がれたのである。今回は、すでにそのほぼ倍の価格に達している。果たして、次回、日本国内で米不足が発生した時に、前回、10数年前と同じようなことができるのだろうか。
 
 もう一点、意外と見落としているのことがある。日本に住んでいて、米は余っているし、そもそもベトナム米とか、タイ米なんて食べないから、いくら値上がりしても関係ないと思い込んでいるが、実は、そうでもない。
 
 焼酎、あられ、せんべい、味噌、和菓子などにいわゆる「外米」が使われているのだ。また、米粉調製品という形や、あるいは製品としても相当量が輸入されている。ちなみに味噌製造では、年間約10万トンの米が使用されているが、そのうち約3割が輸入米である。あられ、せんべいなども、国内の米価格が高いことや、需要は停滞基調で低価格化が進んでいることなどから、中国からの輸入が増加傾向を見せてきた。
 
 ところで、長々書いてきたけれども、この米の世界価格の急上昇・・・・各国の新聞などをチェックしてみると、かなり深刻に捕らえていることがわかる。確かに、アジア諸国において主食たる米の動向は、直接生活に繋がるだけでに大きな問題である。ところが、日本のメディアをチェックしても、ほとんど取り上げられていない。(今週辺りから、テレビのニュースなどで取り上げられていくらしいが・・・)
 
 それにしても、私たちはこんなにも世界的な動きに鈍くていいのだろうか。もう少し、自分たちの置かれている周囲の状況に目配りが必要なのではないだろうか。
 
 
 
2008年4月14日(月) at 00:54