HOME

蝸牛的書状 / 中村智彦

日記・その他 > コラム

 アメリカ郵政公社(United States Postal Service)の調査が、US Todayに載っていた。 

 それによると、Snail Mail(蝸牛手紙=封筒に入れて、切ってを貼って出す手紙)について、アメリカ人は

 「Eメールよりも、より個人的だ」67%
 「受け取るのが、ホントにうれしいね」56%
 「開けてもらうのが楽しみだね」55%

 と思っているそうだ。


 手紙は、書いて、それを折って、封筒に入れて、
封をして、切手を貼って、それをポストに持っていく。
 その作業の途中で、なんども考え直したり、思い
直したりする機会がある。

 メールはそれがないだけに、直接的で、刹那的な
部分がある。


 Eメールよりも、手書きの手紙の方が受け取るのも
出すのも楽しいけれど、そうした時間がなかなか見つ
からない。そういった悩みも、実際にあるだろう。


 合理的で、迅速なものを望む気持ちが、人類の進歩
を支えてきた。しかし、その一方で、より人間的で、
ゆったりしたものも、また、手放したくないと思うの
も人類の思いではないだろうか。
 それにしても、Snail Mail と名付けるセンスが
アメリカらしいユーモアだ。
2005年7月3日(日) at 02:32 

工場見学 / 中村智彦

サークル・部活 > 大学(ゼミ・講義)
 名古屋市西区生涯教育センターの受講生のみなさんと、うちのゼミ生たちと一緒に、西区で「おとなの社会科見学」をやりました。

 
 まず、訪れたのは「歌舞伎飴本舗」。歌舞伎の隈取りをデザインした飴を、御園座で販売している飴屋さんです。
 いわゆる金太郎飴なのですが、デザインの数は実に100種類以上。オリジナルデザインは、顧客によって違うの相当な数に上ります。

 
 あいにくの雨の中、日本の駄菓子屋の里である西区の街並みを歩き、歌舞伎飴さんへ向かいます。菓子問屋やおもちゃ問屋などが軒を連ねており、みんなの足は止まりがち・・

 甘いフーセンガムの匂いが漂ってくるのは、子供頃にお世話になったマルカワのガム工場です。

 
 歌舞伎飴本舗さんは、間口の狭い、一見するとなんのお店だか、工場だか分からない感じ。でも、奥行きが深く、一番奥には、銅製の釜が鎮座しており、かなりの暑さです。
 どんな様子だったかは、ゼミ生のブログを読んでいただくことにしましょう。

 ゼミ生 Oのブログ 
    ゼミ生 Sのブログ 

 
 歌舞伎飴本舗さんの後には、江戸時代から続くお魚屋さん「丸正本店」さんで、魚屋のバックヤードツアー。職人さんが鰹をさばく姿を見ながら、いろいろお話を伺いました。

 
 私のゼミでは、ハイテクを駆使した工場も見学に行きますが、ゼミ生たちの表情が生き生きするのは、どちらかというとプリミティブな製造現場。

 近代的な工場だと、よほどの知識がないと「ふーん」という感じで、物が「創り出される」という実感が、見学してもわかないのでしょう。

 砂糖と水飴を鍋で煮て、それを練って、香料や染料を混ぜ込み、そして、いくつかの異なった色と味の飴の固まりを積み上げ、丸め、延ばしていく。少し冷えたら切り、形を整え、袋に入れていく。

 それぞれの作業は、一見、簡単で、単純そうに見えるのですが、それらが組み合わさって、製品になっていく。とても不思議なのです。

 
 驚いたのは、工場の中でのみんなの表情。てきぱきと働く雰囲気の中にも、なんだかほんわかした空気の流れる工場のせいでしょうか、それとも甘い香りと、できたての飴を口に放り込んだせいでしょうか、みんながとても楽しそうな表情になっているのです。

 Oくんなんか、大学では見せたことの無いような至福の表情。

 
 もちろん、こうした製造業者や、鮮魚店が町から消えていくのはなぜか。どういったところに問題があるのか。単なるノスタルジーだけではなく、問題点を感じてくれただろうと思います。魚屋さんの職人さんは、かつて働いていたスーパーをなぜ辞めたのかを真剣に語ってくれました。「食」の安全、価格競争。どこで折り合うべきなのでしょうか。お昼ご飯を食べながらも、そういう話になりました。

 しかし、なにより「モノ」を作るということの楽しさ、不思議さ、おもしろさを感じてくれたら、まあ、それで良いかなあと思う気持ちも大きいです。
2005年7月1日(金) at 01:45 

長井「食」発見プロジェクトに関して / 中村智彦

> 社会的活動
本年度も、9月7日から10日の4日間の日程で、
山形県長井市において、地場産業振興を目的とした
『長井の食発掘プロジェクト』を開催します。

現在、参加学生を募集中です。

主催機関 財団法人置賜地域地場産業振興センター
関係機関 長井市商工観光課・長井商工会議所等

内容 各大学、大学院の学生が、長井における名産品、食文化を探り、PRビデオを作製します。

参加学生の条件は、
1)大学院、大学の学生であり、地域振興、地場産業の振興に関心があること。
2)日本語でコミュニケーションが取れること
3)他大学の学生とも、連携し、協力できること
4)パソコン、ビデオなどの機材使用に抵抗感がないこと
5)4日間の全ての日程に参加できること
6)終了後も長井市の産業振興に協力できること

昨年度の活動に関しては、長井の食プロジェクトを見てください。

問い合わせ、詳細は、中村までメールを。
定員になりしだい、閉め切ります。
2005年6月27日(月) at 13:12 

山形で研修中!! / 中村智彦

サークル・部活 > 大学(ゼミ・講義)
この映像をご覧になるにはWindows Media Player9以上が必要です クリックすると動画が再生されます
 山形県長井市の産業振興についての調査や研究、協力をここ3年ほど続けています。

 そんな中で、2004年9月の学生参加による地場産品発掘プロジェクトから、中村ゼミの学生たちも長井市のみなさんと色々と交流が始まりました。


 今年度は、ゼミの藤井くんが研修生として、長井市にある置賜地域地場産業振興センターで働きながら勉強しています。
 動画は、藤井くんです。3ヶ月近く働いて、スーツ姿も板に付いてきたような、ないような

2005年6月20日(月) at 23:57 

国内ローカル航空路 / 中村智彦

おでかけ・旅 > 地域経済を考える
この映像をご覧になるにはWindows Media Player9以上が必要です クリックすると動画が再生されます
 最近、地方への出張にローカル航空路を利用することが多い。プロペラ機やジェット機だが、いわゆるビジネスユースを前提にした航空機だ。


 地方空港の建設ブームは一段落した。今まで、地方空港の滑走路の長さが、建設の際の焦点となっていた。いわく、欧米への路線開設のためには、大型機の離発着ができるだけの長さを確保したいというのが地元?の意見であったのだ。
 
 その結果、欧米へ飛行する航空機が離発着「できる」空港がたくさんできた。しかし、「できる」ことと、飛行機が「飛ぶ」というのは別問題である。


 結果的に、大きな滑走路に立派なターミナルと、小さな飛行機がちょこんと並んでいるところが大半だ。

 しかし、考えてみれば、それで当然なのだろう。一時間に一本くらいの間隔で、羽田と結ばれていれば、ビジネスユースには最高の環境だろう。まあ、そこまで行かなくとも、早朝の東京行きと、夜の地方行きがあれば、地方からの出張には問題ないし、それに加えて逆方向も同じようにあれば、東京からの出張に差し支えない。

 同じような時間帯に地方空港を飛行機が出発し、同時に羽田なり、伊丹に到着する。また、夕方には羽田や伊丹から方に向けての出発が集中する。



 今回、高知から伊丹を経由した仙台まで移動したのだが、伊丹での待ち時間はわずかに30分。11時45分に高知市内のホテルをタクシーで出て、1時に高知空港で飛行機に乗り、伊丹を経由して、仙台に着いたのは3時半だった。その日に会議を二つこなせた。


 ただ、いかんせんここの動画にあげているQ400にしろ、ジェット機にしろ、機内が狭く小さい。ビジネスマンばかりの時には、まず機内持ち込みの荷物が少なく、慣れた風の人たちが多いので。とっとと乗り込み、とっとと降りていく。整然としたものだ。
 
 ところが観光客が多いと、大混乱に陥る。機内が小さいために、大きな手荷物を持って乗り込むと、前進も後退も難しくなる。席上のロッカーも小さい。すべてがビジネスユースで設計されているから、ロッカーもブリーフケース程度しか入らないのだ。降りるときも、大騒ぎだ。我先に一カ所しかないドアに進むのだが、通路も席も小さいので、通路に誰かが立ってしまうと、その両側の乗客は立ち上がることすらできない。

 観光客の多い路線は、やはりある程度の大きさのある機材で運航して欲しいと思うのである。

動画は、伊丹から高知に向かう全日空のQ400の機内からです。乗ったあとに、事故が相次いで「故障の多い機体」と言われている機材だと・・・

2005年6月19日(日) at 23:48 

市街電車 / 中村智彦

おでかけ・旅 > 地域経済を考える
この映像をご覧になるにはWindows Media Player9以上が必要です クリックすると動画が再生されます  
 色々なところに旅するが、市街電車の走る街が好きだ。喫茶店で珈琲を飲んでいても、夜の街を歩いていても、独特のあの走行音が響くと、どこかしら懐かしい。

 
 実際には、懐かしさだけでは経営は立ち行かず、かなり苦しいところも多い。
 しかし、妙な新交通システムを作るよりも、コスト的にも、拡張性も、発展性もある。そうしたところが、ヨーロッパを始めとする国々で再評価されているところだろう。

 
 乗車してみれば、この交通システムが、いかに人間的かを体感できるはずである。
 日本で、なかなか再評価が進まないのは、一大自動車輸出国だからだろう。中部地方のある大都市の、交通機関を兼用する委員会で委員をやっていたある人は、「市街電車の話は、持ち出さないでください」と役所から念を押されたそうだ。

 
 まあ、そんな生臭い話は、この際よい。夜の街を、車体を大きく左右に振りながら、轟音を立てて、走り去る市街電車は、素敵だ。 
2005年6月15日(水) at 04:16 

技術の進歩 / 中村智彦

日記・その他 > コラム

 あるコンピュータ関係の企業の方とお話する。
 この5年間の変化は、相当のものがあるという点で意見が一致する。

 文系であるうちの研究室にも、気が付くと4台のPCが稼動していて、私を含めて4人が黙々と作業をしている風景に、自分たちで吹き出して、「珈琲もいれましょうか」と誰かが言い出す。

 先週は、ついにカメラとヘッドセットが導入されたが、2年生のSが量販店で売り出されていたと3千円で手に入れてきたものだ。(なぜか、しっかりSは私名義の領収書も持っていたが・・・)

 5年前に、知多半島の先端の大学に赴任した時、最大の不満は、FMラジオが満足に入らないことと、研究室にテレビの端子がないことだった。特にラジオ大好き人間にとって、電波状態が悪いのは苦痛だった。

 しかし、今やそれらは大きな問題ではなくなった。WEB経由で、多少の不便はあるものの音楽もニュースも聞いたり見たりできるようになったからだ。

 中小企業の経営者に進められてSKYPEも挑戦してみた。まだ、慣れていないので使い勝手は未知数だけど。

 自分の大学時代の恩師が、文学部だったが、大正生まれで新しいもの好きだった。そういう人の影響かも知れないが、うちの研究室では、とにかくネット関係で、金がかからないないなら、なんでもやってみようと言っている。齧ってみて、まずければ食わなければ良いのだ。

 ただ、最近、気になっているのは、格差の拡大だ。学生諸君でも、なんど言っても、メールは携帯電話だけ、PCになかなか触れようとしない層が増えているような気がする。

 企業の方も同じような意見を持っていたが、もっとシビアだ。CADCAMを使った職場は、以前は工業高校や高専、あるいは理工系の大学を出た人間の働く場だった。今では、パートのおばちゃんが、生き生きと働いている。
 それだけ専門知識がなくとも、簡単に操作できるようにソフトが改善されたのだ。一方で、それらソフトを開発する理工系のレベルは高いものが、要求される。
 携帯を使っていれば良い層と、もっと高いレベルを要求される層の二手に分かれていると言える。
 そんな中で、文系人間の生き残る道は、なにか。IT技術は、難しいものという先入観を捨てて、とにかく使ってみる。そして、そうしたものを活用して創造的な活動をしていくか、それができるかが生き残る道だろう。

 とはいうものの、次々と新しいものが開発され、そしてあっという間に陳腐化してしまう時代の中で、生き残るは至難の業だ。
2005年6月13日(月) at 01:18 

地方自治体のアンテナショップ / 中村智彦

おでかけ・旅 > 地域経済を考える
 地域産業の振興策のお手伝いをしている山形県長井市の長井銘産品研究会のみなさんが、東京の霞ヶ関にある山形県のアンテナショップ「ゆとり都」で即売会を開催した。
 そのお手伝いにと、日ごろお世話になっている学生3名を送り込み、その現場監督(笑)に出かけてみた。


 地方自治体によるアンテナショップは、今、東京都内で数多く見ることができる。出店の形態は色々で、東京事務所の一角に売店を設けるものや、第三セクターや公社の直営店、民間企業へ委託しているものなどだ。


 有名なものには、独立採算制で東京以外にも出店し、定着している沖縄県の「わした」がある。折からの沖縄ブームの影響もあるのか、経営的にも安定しているようだ。
 

 こんなところにと驚かされたのは、新宿南口の「新宿サザンテラス」に進出した宮崎県のアンテナショップ「新宿みやざき館 KONNE」。ここでは、ここでしか手に入らない現地直送の焼酎などがあり人気だそうだ。一階の飲食スペースは夕方になると、満席状態になっている。
 宮崎県から東京に来た人と訪れたことがあるが、「地元でもなかなか手に入りにくいものまで揃っている」と感心していた。


 「ゆとり都」で、訪れる客層を観察してみた。霞ヶ関という土地柄、スーツ姿のサラリーマンが多い。店内にソバ屋が併設されているためか、昼食のために訪れる人も多い。
 意外と多いのは、始めから購入するものを決めて来店している人が多いことだ。店に入ると、売り場に直接、向い、そのまま、レジで支払いを済ませて、帰っていく。


 中高年のご婦人も多い。こうした人たちは、一言二言、会話を楽しんでいく。何か、購入するものを決めて来店しているが、試食などをして気に入れば、多少、高額でも購入する傾向があるようだ。
 一方、初老の男性客は、サラリーマンで出身が山形であったり、何かしら関わりがある人が多いようだ。彼らも、会話を楽しみ、気に入ったものを二、三品購入していく。


 若い女性も、少なからずいた。夕方などに立ち寄って、購入していく。今、流行の「おひとりさま」だろうか。彼女たちは、色々と質問をするが、なかなか購入には繋がらない。


 これらの客層を見ていると、こうした産直の店での販売で重要なのは接客であることが理解できる。「わした」のある店舗を訪れた時に、アルバイトの若い男性が詳しい商品知識があるのに感心すると、「ここでは、沖縄出身の学生がバイトしているからです」と少し照れた様子で返事をしてくれた。単に、ふるさとの産品を並べたら、懐かしがってくれて買ってもらえるというものではない。


 そういえば、以前、大阪駅前の地下街の阪神百貨店に沿ったところに、各県の名産品を売る小さなは店が並んでいた。包み紙まで地元のものを使ってくれるため、「アリバイ横丁」と呼ばれていた。ここ十年ほどで、後継者がいなくなったり、売上が伸びなくなったり、あるいは今の状況にあわないとテナントが撤退を望んだりで、今ではすっかり店の数は減ってしまっている。しかし、これらの店で、旅先で美味しかったものなどを買い求めると、まるで現地のみやげものを買っているかの雰囲気がある。売り場のおばちゃんたちの話がおもしろいのだ。


 「ゆとり都」を見ていると、確かに店はこぎれいにまとまっているし、商品揃えも充分だ。しかし、職員の人たちの接客は、少し・・と思ってしまった。特に不満があるわけではないが、なんというか「思い入れ」のようなものが欠けているように思えたのだ。


 地方自治体のアンテナショップは、単なる物販とは違うものを求めてお客たちもやってくる。そうした顧客の求めるもを提供できるかどうかが、成否を分けていくのではないだろうか。
2005年6月3日(金) at 21:56 

中小企業から見た企業間インターネット取引の課題 / 中村智彦

日記・その他 > コラム
本稿は、2002年1月25日の関経連「オープンビジネスネットワーク研究委員会」における講演要旨である。

『中小企業から見た企業間インターネット取引の課題』

ポ イ ン ト

(1)東京・大田区と東大阪は優良中小製造業の集積地域としてよく比較される。関東派は、大田区は高度技術指向であり、東大阪は未熟であると言う。一方、関西派はこの10年間で企業の減少が1割程度と大田区の3割に比べ少なく、技術力は大田区ほどではないが、何でもこなす強みがあるという。

(2)中小企業のインターネット活用策として共同受注を行おうとする動きがあるが、ネットを使うかどうかに係らず共同受注は難しい。そもそも新規取引を行うに際し最も時間やコストのかかるのは信用調査であるが、この部分をネットに置きかえることは困難である。



■中小企業の強みが弱みに

 関西は、他地域に比べ経済の落ち込みが激しく非常に厳しい状態にある。大企業は中国など海外へ生産拠点をシフトするとともに、IT化推進の掛け声の中で発注先の選別を進めている。インターネットと接続していない下請け企業との取引は今後やめると明言している大企業もある。

 東大阪辺りの中小企業を取り巻く環境をさらに詳しく見ると、後継者難や大企業・中堅企業が工場を廃止した跡地が宅地化されることによる生産環境の悪化、不況が長期化する中での資金繰りの悪化などの課題が発生している。

 よく中小企業には多くの強みがあるといわれるが、今、その強みと思われていた部分が弱みとなってきている。すなわち、日本の製造業では、鋼材を売る会社は鋼材だけ、メッキをするところはメッキだけ、というように得意分野を強みとして分業化をはかってきた。その結果、自社だけでは完成品を作ることができなくなっている。実はこのことが、個々の企業における生産品目の転換や技術転換を非常に困難にしている。また、企業規模が小さいため、技術力はあるものの決定的に営業力が不足しているのも弱みである。営業力強化のため新規取引先開拓の営業に出れば機械を休止せざるを得ず生産力が落ちる。逆に営業に力を入れて仕事をとってきても機械を動かす人間がいないという悪循環に陥っている。

■大田区と東大阪の中小製造業の違い

 関西の東大阪と関東の東京・大田区は共にわが国の優良中小企業の集積地としてよく比較されるが、その評価は研究者の間でも分かれている。関東派は、大田区は高度技術指向であり東大阪は技術が未熟である、従って都市型産業集積とは大田区のことをいうのであって東大阪は都市型産業集積ではない、と言う。一方関西派の言い分は次のようなものである。この10年間で大田区は3割程度企業が減っているが、東大阪は1割程度しか減っていない。技術は大田区ほど高くはないが、何でもこなすという強みがある。

 関東と関西の技術水準の違いは、関東は重電や輸送機器関係を中心に発展してきたのに対して大阪は弱電中心であったという点にあり、このことが両者の間で技術水準の較差を生ぜしめているという説がある。例えば、弱電分野であるラジオ製造は、仮に製品が不良でもそれで人が死ぬことはない。しかし輸送機器分野である自動車はブレーキが不良であれば人が死ぬ。この違いを前提に戦後30年〜40年の間でそれぞれの地域が進化を遂げているのであるから、当然、両者の間で求められる技術水準は異なってくるのだというものである。

 また、関西の企業は過去の受注に関する図面を保存していないところが多いという話も聞く。一方関東の企業では図面管理がきちんと出来ており、顧客(発注企業)が以前の注文と同じ物を作ってほしいと依頼すると、過去の図面を取り出してすぐに作ってくれると言われる。このような顧客に対する対応の違いが、結果として受注機会の差となって表れることを関西の企業も学ぶべきである。

 用途地域規制の範囲も影響していると考えられる。大田区は工業専用地域の割合が14.8%と東大阪の7.6%(大阪中小企業情報センター1996年資料より)に比べて高い。つまり、東大阪は住工混在地域が多く、大田区より環境面で良くないことも、不利な点と言える。

 いずれの地域でも中小製造業の廃業が相次いでいるのは、戦後の日本経済の発展過程において必然的に起きている現象と考えられる。わが国の中小製造業の多くは昭和30年代から40年代の高度成長期時代に起業した。当時は20歳代〜30歳代の人が退職金代わりに機械を一台譲り受けガレージ工場で起業するというようなことも行われた。それらの人達が高度成長期を経て今ちょうど定年、或いはそれ以上の年代に入り、子供に継がせるほどの規模でもないので、廃業しようと考えている。

■大企業のネット調達への取り組み

 多くの大企業では、関係会社との間の電子商取引は主としてリードタイムの短縮と情報の共有を目的にEDI(電子データ交換)を使って昔から行われていた。VANによる専用回線と専用端末を利用し、しかも大口の取引先限定であった。それが、今日ではインターネット技術により通信コストも劇的に低下したため、小口の取引先との間でもネット調達を進めやすくなったわけである。

 大企業のインターネット調達は部品調達コストの削減が目的であり、その対象は海外の企業である。国内の中小製造業はすでにぎりぎりまでコスト削減をしており、これ以上価格を下げることは非常に難しいからである。一般的には、大企業は量産品については海外を中心に新規調達を行い、国内では特殊品・少量多品種の製品の調達に集約化している。
中小企業のインターネット活用術

 このような状況下で、中小企業はインターネットをどう活用していけば良いのか。

■インターネットを使えば共同受注は実現するか

 大阪市のナニワ企業団地協同組合は、同市西成区・住之江区の造船所跡地に従業員30人未満の小規模事業所を意識的に集めた企業団地で、1980年に第一期、85年に第二期の造成を行った。現在、約270社が入居し、専任の事務局が調整役となりインターネットを活用した共同受注を活発に行っている。受注案件については、1社で対応する場合や組合企業が協力して複合加工することなど様々である。また組合内で処理できない場合は交流のある他の異業種団体を紹介するなどきめ細かなサービスが提供されている。この共同組合の強みは非常に狭い範囲に様々な加工技術を有する企業が集積し、あらゆる加工処理に対応できる点にある。単にホームページを開設しただけではなく、発注企業から見れば、一ヵ所に相談すればすべてが解決できるきめ細かなサービスが提供されている点がナニワ企業団地の強みとなっている。

 そもそも、インターネットを使うかどうかに係らず、共同受注の実現は非常に難しい。共同受注を行う場合、トラブルの責任を誰が取るのか、誰が弁償するのか、といった問題が起きるからであり、インターネットよりも受注企業間の信頼関係が非常に重要な要素となる。発注企業側から見ても、新規取引を行う際に最も手間やコストのかかるのは相手の信用調査であるが、この部分をネットに置き換えることは困難である。

■地域小規模企業グループ単位でネット交流をはかれ

 京都に京都機械金属青年連絡会(略称:機青連)というグループがある。連絡会のメンバーである京都の中小企業の若手がインターネットを使い出したのは約6年前であるが、当初は全国に中小企業のネットワークを拡大しようと考えた。しかし、現在ではもう一度京都を中心とする地域の中での連携を再構築する方向にある。それは何故か。一部の技術に特化している中小企業が様々な技術の組み合わせによって製品を仕上ようとすれば、物理的に全国レベルで部品のやり取りをすることは非効率である。結局ある程度の地域内で完成品を作れなければ意味がないという結論を得たからである。そこで新たに京都試作ネットという活動も始めている。すなわち、中小企業は、まず地域の中で相互の信頼関係を醸成していくことが先決であり、その上で地域の小規模な企業間ネットワーク組織が全国レベルで他の企業間ネットワーク組織との連携・交流をはかっていくというステップが必要である。

■中小企業の自社ホームページ開設は不可欠

 今日、中小企業が自社ホームページを開設することは不可欠である。何故なら、大企業のインターネット調達は資材調達部門だけではなく開発部、研究部門等様々な部署で行われており、これら多くの担当者が、インターネットの検索エンジンを使って日々新規取引先を探し、企業ホームページを見つけてeメールを送るというやり方に変わってきているからである。自社ホームページがないと電話帳に載ってないのと同じと考えねばならい。大企業は、今後の協力工場の選別の基準を、ホームページやインターネット接続環境があるかどうかという点に置いていることは間違いない。

 中小企業の中には、インターネットを営業活動と位置づけている企業がある。ある企業は、まず非常に簡単なHPを作り、これを各種団体のデータベースに登録し、さらに日本経済新聞の有料サービスを使って展示会があるとパンフレットに会社のアドレス、或いは広告を載せてもらうことによって、自社の営業活動を行っていることになる。さらに、関連会社とLANで結ぶことにより、データを自動送信し、人件費を削減した。見積依頼等もすべてインターネットを使って外注先に送信する。

■データ送信のインターネット活用が重要に

 インターネットを上手に使いこなしている中小企業経営者は、中小製造業にとってのインターネットの利用で非常に重要なのは、製造関係のデータのやり取りをすることであり、単にeメールを使いこなすだけではまったく意味がないと言う。一般に「元気な中小企業」といわれている企業の経営者は、今後は、メールやホームページよりも製造データのやり取りが重点になるだろうと主張する。中小企業が作る自社ホームページは、A4サイズで1〜2枚程度のコンテンツ、すなわち所在地、従業員数、加工法程度の紹介があれば十分なのである。

■団体のインターネット事業について

 中小企業を主たる会員に抱える商工会議所、商工会等の団体がインターネットのサイトを提供する方法としては、大きくは2種類ある。一つは、できるだけ多くの企業情報を集め検索エンジンを使ってその情報を提供する言わばネット上の企業名鑑をつくるケースである。もう一つは、会員企業の中で異業種交流グループなど小規模ネットワーク形成の仕組みを構築するケースである。前者と後者を比較すると、前者はできるだけ多くの企業を登録するほどメリットが大きい“電話帳”であるが、各々の中小企業が技術を特化させている現状では、これを使って複合加工の発注はできない。一方、後者は、相互の信頼関係構築が非常に難しいが、成功すれば、複合加工などの発注に対応するなど、グループ内での密度の濃い情報交流がはかれるメリットがある。

 一般に、ヘビ−ユーザでない人ほどITに過度の期待をかける。インターネット事業を運営する団体の事務局には、インターネットを使って何かしようとしているが、実は、これら団体では高齢化が進み自分はインターネットを使わない、すなわちヘビーユーザではない人が多い。そのため、インターネットに過度な期待をかけるため、多額の予算を使ってシステムを構築し、結局上手く稼動していないという例がかなり見受けられる。逆に、個人がボランティアで開設し、多くの登録企業を集めている加工屋さんサーチなども参考にしてほしい。


(本稿は、2002年1月25日の関経連「オープンビジネスネットワーク研究委員会」における講話の要旨である。)

All Copyrights Reserved by Tom NAKAMURA2002

2005年6月3日(金) at 20:25 

「ポスト2005−どうなる愛知の経済、どうするあなたの会社」【講演録】 / 中村智彦

日記・その他 > コラム

 愛知中小企業家同友会尾張支部新春例会(2005年1月26日)において、「ポスト2005−どうなる愛知の経済、どうするあなたの会社」と題して講演を行った講演録です。

【愛知は本当に景気が良いのか】

 今、愛知県は景気が良い、ということで、雑誌などに採り上げられています。では、本当に景気が良いのか、といいますと、愛知県の税収は(2004年は少し上向いた、という話もありますが)、平成元年に比べて6割ほど落ち込んでいます。経常収支も悪いままです。本当に景気が良くなったのなら、企業も儲かるはずですから、法人税収は伸びるはずです。雑誌にはこういうデータはほとんど載せないで、「元気な企業がある、儲かっている、駅前の再開発だ、万博だ」という記事ばかり載せますが、実際の問題に関してはほとんど触れられていないのが実態です。内実は相当厳しい状況になっています。

 これは特に愛知県に限ったことではなく、日本全国どこも同じ状況です。その中で名古屋だけが、万博と空港という巨大公共投資があります。名古屋駅前の再開発は(日本の中で、この100年で恐らく最後くらいの大きなプロジェクトじゃないか、と不動産業界では言われていますが)、これから高層ビルに建て変わり、そこにトヨタ自動車が営業部門や国際部門を集約していく、という流れがあり、「何となく中部地方は好景気だ」という雰囲気になっています。 ところが、地方へ行きますと、九州や山陰地方はかなり厳しい状況にあります。高速道路や空港はできても、飛行機も車も来ない状態です。工業団地を作っても工場が来ないので、工業団地の大きさが、刑務所の大きさにちょうど良かったということで、刑務所を誘致した、というような事例まで出てきています。あるいは、県庁所在地でも、駅を降りると「元商店街だったところ」がたくさん出てきている。今、地方はこういう状況に置かれています。

 「日本」という同じ船に皆が乗っておりますので、愛知県だけが別の方向に進む、ということはあり得ません。これから先かなり厳しい状況が続くだろう、ということが「ポスト2005」と呼ばれている問題です。

【三位一体の改革の裏で、地方が抱える課題】

 どういう問題がこれから起こってくるのか。実は愛知県自体が、経常収支比率はワースト3位と、かなり厳しい状況です。厳しくなってくると、例えば、皆さんに関連のある分野で言えば、中小企業支援施策などの予算もカットにされています。あるいは公共サービスに関しても県の事業が縮小されていきます。県はあまり関係ないと思われるかも知れませんが、県のお金が市町村に流れている部分もありますから、市町村も相当経営が厳しくなってきます。

 こんな中で、三位一体の改革です。国が補填していた部分を減らす、ということです。そうすると、市町村に入ってくるお金が少なくなります。それに加えて、企業でいう借金がたくさんありますから、その返済も増えてくる。以前は「日本では地方自治が守られてなく、3割自治だ。自分のところから上がってきているお金が3割で、残りの7割は国からもらってやってるんだ」ということを学校で習った。ところが今や、地方へ行くとその程度では済まず、1割自治なんていうのも珍しくない。1割が自己財源で、残りの9割は国と県と諸々の補助金なんです。それを国が「3割カットする」と言うわけです。極端に言えば、9割のうちの3割をカットですから、6になります。それに自己財源の1を加えて7になります。

 まだ愛知県はここまでではありませんが、東北のある県の村では、人件費だけで7を支出している。そうすると、地方交付税交付金を3割カットされると人件費しか出ない。これでは、何もできない。村役場に出てきても、一日中ただ座っていて帰るしかないんです。あと数年で再建団体になるのは確実です。そんな中でも、例えば小学校の廃校を進めようとすると、その学校の卒業生が何人も、廃校に反対しまして、村議会でも意見が分かれています。村としてはこれだけしか出せませんから、それでも残したいのであればその集落の中で足りない分を出してください、という結論にならざるをえません。

 実は、この話は小さい村だけの話ではありません。地方空港に小さい飛行機が飛んでいますが、地方便の約8割は飛んでいる地域の自治体の補助金で何とか運行を維持している状態です。航空会社は赤字だから止めたいんです。地方は止められたら困りますから、地域で最低売上げ額を保証している。こういう路線が8割近くあります。ですから、今までのように、欲しいものを行政に頼んだら補助金を出して作ってくれる、という時代ではなくなってきています。要するに、限られたお金をどう使うかを、地域の住民が決めていく時代になってきている、ということです。ある意味では、今までのように要らないモノが次々と建つようなことはなくなりますから、その点では良くなったかもしれませんが、何が要るのか自分たちで考えなくてはならない時代になった、ということです。

【系列崩壊後の3つのパターン】
 
 その結果、例えば「愛知県でも系列がなくなって、これからは自立的な経営をしていかなければならない」というが話が支部長挨拶の中でされてみえました。

 製造業で見てみますと、今、大企業は3つのグループに分けて見ています。第1のグループは、協力会の中の上位数パーセントの企業群で、これは協力会の中に特別な協力会を作って抱え込んでいます。第2のグループは、一緒に海外進出するなら、取引を続けよう、と言われる企業群。第3のグループは、今までのように協力会で縛らずに、どうぞご自分たちで自立経営をやってください、と言われる企業群。この3つです。この3つのうちのどこに入っていくか。

 どこに入っても「賭け」です。例えば、数パーセントの中に選ばれて強力な協力会の中で新たな系列を作っていくことができるのは、売上が数十億円単位の企業や、ある程度の開発力を持っている企業に限られています。場合によっては大手から資本注入の話がきている企業もあると聞いております。協力会の中に新しい協力会や新しい系列ができ、完全に新しいグループをつくっています。では、ここに入れば大丈夫か、と言えば、10年後は誰にも分かりません。昔と違い、10年前にあった会社が今は無い時代です。銀行だってそうなのですから、誰にも分からない。ですから「この新しい系列に乗って行く」と決めるのも賭けです。

 一方、海外に一緒に進出するにしても、今なら中国やタイ、これからはベトナムやインドでしょう。しかし、それにしても、出て行くのも賭けです。新聞も以前とは異なり、最近は慎重論を展開していますが、中国への投資も流れが変わってきています。評価の変化も急です。

 それから、最後の「どうぞご自由に」という選択肢ですが、今問題になっているのがここです。一昨年、私は名古屋市南区の中小企業にアンケートを取りました。「経営の勉強や異業種交流をどこでしているか」という問いに対して、他の地域では「商工会議所・商工会」がトップにきますが、南区では「親会社の協力会」が他を引き離してダントツのトップでした。「経営上の問題点」のトップが「新しい販売先の開拓」ですから、これは矛盾してるのですが、これが愛知県の中小企業の問題点を如実に表しています。大企業の系列の中にいても先行きは暗いと思っていながら、一方でそこから抜けられない。そんな問題がありながら、そのまま景気が少し良くなりました。

 今回、日本の景気が良くなったのは、長い目でみたらマイナスかもしれません。アメリカは早い時期に自動車が駄目になって、IT産業にシフトしました。ところが日本は製造業が落ち込んできたところへ、中国特需でまた良くなってしまった。その結果、旧来のところに再投資してしまった。これが、長い目でみたらちょっと危険なんじゃないですか、と考える方が増えてきています。

【新しい連携をどう作り出すか】

 この10年で、求人状況に大きな変化がありました。愛知県の有効求人倍率が1を越えています。何でもいいなら仕事はたくさんある、ということですから、その意味では景気はいいのです。ところが、正社員はほとんどありません。ほとんどが契約社員なのです。求人倍率で見れば良く見えますが、安定した職業には就けない、数年後にどうなっているか分からない、ということです。逆に言えば、経営者が数年後は分からないから、正社員を採るくらいなら足りないところは期間労働者で採りましょう、ということです。

 もうひとつは、この愛知県でも地域間で明確に格差が出てきているのではないかという点です。市町村の財政を見ると分かりますが、愛知県の中でも、かなり疲弊している地域、そこそこの地域、かなり良い地域、いろいろあります。ただ、この「かなり良い地域」というのは、大企業の本社や発電所・空港などがあって固定資産税が入ってくるところに限られていて、愛知県全体を見ますと楽観できる状態にはありません。

 愛知県以外の地域と比較しますと、中小企業経営者の動きもあまり目立たないように言われております。例えば経済産業省(経産省)が新しい連携(新連携)ということで募集をしています。ところが、中部地区、特に愛知県においてはそういうところに参加される企業さんが残念ながら非常に少ない。地方へ行きますと、背に腹は換えられませんから、「何とか協力してやっていこう、東京へ売りにいこう」ということもやっていますが、愛知では余りそういう動きも出てこない。

 自治体も、今までの愛知なら放っておいても上手く行った。例えば観光産業では、新宿の南口に宮崎県は大きなアンテナショップを出していますし、九州や東北・北海道の各県は一生懸命に東京市場へ売り込みをかけている。ところが愛知県は今まであまり取り組みをしてこなかった。「観光といっても何があるんですか」という話になってしまいます。

 あるいは製造業の産業集積では、東京の墨田区・大田区や東大阪市がすばらしいと言われていますが、中部地方で産業集積地を売り込む声を聞きません。大田区や東大阪市にも多くの問題はあります。しかし、いろいろな中小企業の連携モデルは、大田区や東大阪市などを事例にしていますから、愛知県の状況とは確かに違います。例えば、研究開発型とか、試作というのが評価されがちですが、大田区や墨田区とその周辺は、首都圏にあって、大企業や大学の研究施設がたくさんあるから零細企業でも少量多品種の注文が来るのであって、名古屋で同じことをやってもすぐにつぶれます。

 この東海地域ではがんばっている中堅企業に力を入れないといけないと思います。中堅企業間でのネットワークをどう形成するかが大切になります。そうすると、首都圏や近畿圏とは異なったモデルを探っていくことが重要であろうと思うのです。

【あなたは『外』をきちんと見ているか】

 ただ、これから先はどうなるか。「自動車があるから大丈夫」と皆がおっしゃいますが、実はトヨタ自動車の生産一つ採ってみましても、昨年度は国内生産が365万台で、海外生産は305万台まで来ています。トヨタ自動車は着実に多国籍企業として展開をしています。トヨタ自動車が今後も世界に冠たる自動車メーカーとして伸びていくことは間違いありませんが、愛知県で自動車を造り続けるかどうかは別問題です。皆さんご承知のように、低価格の自動車は東南アジアで造ったり、北米から輸入したりしています。新年の新聞には、別の自動車メーカーが中国で部品調達するために、中国へ行って中国の企業を指導し、充分に使える部品が造れるようになった、という記事が載っていました。中国の企業でも造れるようになったら、もう皆さんからわざわざ購入する必要はありません。

 私が顧問をさせていただいている京都機械金属中小企業青年連絡会の勉強会で、海外の見学先を決める昨年末の勉強会に、ある大手企業のタイを立ち上げた方たちも参加して討論会をやりました。連絡会のメンバーは皆、京都では大変がんばっていらっしゃる経営者ばかりです。

 さて、そこで「いくらなんでもタイでこんなものは調達できないでしょう」という質問がでました。ところが、タイに駐在しておられた方たちは、「以前とは違います。今は、かなりの水準のものが現地で調達できます」と返されました。

 日本企業が現地に行って指導していますから、自分たちと同じくらいの、下手をしたらタイのほうが新しい機械を入れてしまったりしています。ですから「ちゃんと外を見ないといけない」という話になりました。

 確かに、万博へはこれから大勢の人が来られます。新幹線も増発されますし、修学旅行も相当数の学校が万博に来られますので、ホテルも取りにくくなるかもしれません。しかし、期間中は賑わうにしても、その状態が続くとは限りませんし、それによって製造業に大きな波及効果があるとはとても言えません。
 
 もちろん、否定的なことばかりではありません。これを機に皆さんには楽しんで頂いて、「あいち」という名前も出ますので、中小企業にとってはチャンスです。これに乗らない手はないんですが、それが勝手に花開いて伸びていく、ということは考えられません。

【これから考えられる5つの課題】

 愛知県だけでなく、全国的にどういうことが起こってくるか、ということを、もう一度考えてみます。

 第1に、若年労働者が不足してきます。減ってくることは今から分かっています。知多半島のある中小企業では、留学生も積極的に採用し、中には日本人と結婚して帰化をされた方も出てきています。そういう方を積極的に雇用していく方針です。

 第2に、生産技術の流出も懸念されています。下請け企業が持っていた技術を大企業が海外で教える。これはアメリカでも問題になっていたことですが、そういうことが起こってきます。

 第3に後継者不足。これからは「私の代で廃業」というようなところも相当数出てくると思われます。

 第4には、企業間で業績に相当の格差が出てくることは致し方ありません。もちろん企業間だけでなく、個人の間でも格差は開いてきます。政府は「格差が広がるのは仕方がない」という方針ですから、皆さんの企業の間で大きな格差が開き、その中で、個人の間で給与の格差も開いていくのは、将来的に仕方がないことである、というのが全体的な流れです。実はアメリカは戦争が終わってからの50年間、一度も給与の格差が縮まったことはない国なんです。日本では、戦後50年間、格差が縮まってきました。しかし、いよいよそれが維持できなくなり、これからは格差が開いていきます。学生がのんびりできるのは、今までは大卒であれば大卒の初任給が保証されていたからです。しかしこれからは、「何も大卒だからと言って一律の初任給を出す必要はない。その人間の価値に合った金額でいい」と大企業の経営者たちが言い始めています。

 第5は、国内市場の成熟です。10年前と比べて値段は下がっていても、造っても造っても物は売れません。コンビニエンスストアも、今までは国内で確実に伸ばしてきましたが、国内では限界に達し、今年からは、中国など海外に本格的に展開しはじめています。

【愛知県(名古屋)とは、どういう地域か】

 そんな中で愛知県の問題点を考えたとき、いつも出てくるのは「地元地域思考が強い、保守的な地盤である」ということです。

 雑誌を読んでいると、ある大手自動車メーカーの人事担当者が、「地元の国立大学の出身者は要らない」と言っていました。「その大学の出身者は名古屋から一歩も出たことがない人間ばかりだ。これから海外に展開しようというときにこれでは困る。だから、今まではその大学の人間が大半を占めていたが、これからは違う大学から採らなければならない」というのです。勝手なもので、その会社がそういうふうにしてきたのだとも言えますが、保守的になり過ぎると伸びていかないのです。

 外へ輸出できる時は発展途上ですから、中にこもってお互いに助け合って、外から来る敵を排撃して、外へ出て行かずに、がんばって外へ売ってお金を持ち込みます。これが組織的に言えば一番優れた組織(地域社会)なんです。

 ところが、市場が成熟してくると中で頑張っているだけでは売れなくなり、他に競争相手が出てきたときに、生き残っていけない。これではいけない、ということが大企業にも分かってきまして、今度は「創造性あふれた学校をつくる」と言い始めました。もとは大企業が望んだことなのですけど、それくらい変わってきているんです。

 それから、「管理」が好きと言われます。管理することもされることも好きなようです。名古屋の地下鉄で「エスカレーターは歩かないで2列で並んで乗りましょう」というのをご存知ですか。これが全国では「名古屋というのはそういうのが好きなんだね」という話になっている。そういう部分があります。だから、大企業の系列の中で50年間やってこられたのかもしれません。目立つのも嫌なんです、前述の新連携や異業種交流でも、なぜもう一歩を踏み出すことができないかと言いますと、「目立つのが嫌だから仲良く行きましょう」という発想だからです。

 地方でそういうグループのリーダーをされている方は、個性がきつく、変わった方が多いです。それでも、「何とかやっていかなくてはいけない」という気概でやっていらっしゃる方が多いんです。しかし、愛知では「それをすると損だ」というような感覚がまだ残っているように感じます。「名古屋が元気だ」と言っても、それは外から作られたイメージがあります。

 「保守的なのには歴史的背景がある」と言われていますが、本当にそうでしょうか。愛知には、宗春の時代には睨まれたりもするくらい、古くからたくさんの文化がありました。「愛知県は地味でこつこつ」というイメージは戦後つくられたイメージです。戦前には博覧会もやっていますし、新しい物好きで「日本では名古屋が始めて」というものは実はたくさんあるんです。「ケチ」というのは戦後の話で、戦前はドーンとお金をかけているんです。それが戦後になって変わってきただけで、文化的な土壌は新しい物好きで、目立ちたがりで、遊ぶのも好きなんです。ですから、もっと自信を持っていいんです。今からもう一度やっていかないとだめだろう、ということです。

【これからの経営者に求められる資質とは】

 よく「企業経営の革新だ」と言われていますが、元気な企業さんの話を聞きますと、特に変わったことをやっているわけじゃないんです。どちらかというと基本に忠実にやっている。皆さんが特に口にするのは経理です。右肩上がりの時代であれば丼勘定でも良かった。ところが今は、きちんと経理を押さえ、社員にも説明ができないといけない時代です。会社を継いだら訳の解らない借金があった、という話もあります。40歳近い後継者でも「ボーナスが出たから景気いいんじゃないか」という認識の人もいますし、先代が亡くなった途端に金勘定が分からなくなって潰れた会社もあります。これでは後継できませんから、財布を早く後継者に見せて、一緒にやっていくことをしないと、企業はますます弱体化していき、せっかく後継者がいても後継できない、ということもあります。

 もう一つは、人材管理であります。「社長は頻繁に会合に出て行くが、何をしているのか」という社員の声をよく聞きます。これでは何のために勉強しているのか分かりませんし、返って社員の反発を買いかねません。人心をきちんと掌握しないといけません。テレビの取材である企業に行きました。フリーターたちが、必死に働いている。その企業でフリーターががんばれるのは、「社長が名前で呼んでくれる」と彼らが言うのです。他の会社では「アルバイト○号」みたいな呼ばれ方しかしないのに、この企業では社長が名前で呼んでくれる、話も聞いてくれる。その企業は飲食店ですが、深夜に営業が終わってからお店で宴会をやって、言いたい放題言わせるのです。それは、まさに昔の中小企業なんです。

 みなさんは「今の若者は構わない方がいい、アルバイト○号でいい」と思っていらっしゃるかもしれませんが、じつは彼等は人間関係に飢えている。彼等は社長が声をかけてくれることでがんばれる。これからは、もう一度、本来の中小企業経営に立ち返ったようなことをやっていかないと、引っ張り込めない時代になってくると思います。

 それから、企画力・販売力。日本の中小企業の最大の課題は営業力がないことですが、これも「ないから仕方がない」と言ってしまえばそれまでですから、力をつけていかなくてはいけない。ある程度のサービスや品質があるのは当たり前、価格も当たり前です。そこで差がつく時代ではなくなった。そでは、プラスアルファを探すときに、何が必要かと言うと、一つはネットワーク、人脈の広さです。困ったとき、分からないときに誰に聞いたらいいのか、というネットワーク力です。それは、レファレンス力と言って良いと思います。ITで検索しても情報が多すぎて、どれが本当だか分からなくなってしまう。そのときに結局、知人の中から、その分野に詳しそうな人に聞かねばなりません。そうした知人を回りに持っているかどうかになります。これがないと、企画も販売も上手くいかない。

 それから、経営者自身の魅力の問題です。最後は人間なんです。なぜその人がそこにいるのか、ということです。逆を言えば、「この人だから成功している」という見方もできます。最後は人間力ですから、経営者のみなさんが前向きなことをやっていかないと、社長が見ていないところで社員が履歴書を書いているかもしれません。たまに脅すくらいならいいかもしれませんが、毎日暗い顔をしていると「うちヤバイんじゃないか」という話になりかねません。こういう時代だからこそ、人間力が必要だ、と思います。

【中小企業政策はどう変わったか】

 それから決断力。人脈が広くてレファレンス力があっても、自立していないと話になりません。異業種交流会で「何かいいことがないか」と考える経営者ばかり集まっても、いいことは何もありません。皆さんが独自性を持って、「これだ」というものを持っていて、それで集まって初めて「やろう」という話になるんです。

 永年にわたる中小企業問題というのは、「中小企業というのは過小過多(小さすぎて多すぎて)、労働条件も悪く、社会的弱者だから、救わなければならない」と、2000年までの中小企業基本法の根幹はそうだった。皆さんは「かわいそうな方」だったんです。しかし、現代は規制緩和をし、消費者により良いサービスを提供していく。つまり競争社会なんです。

 前の中小企業基本法には、「社会的弱者を保護しなければいけない」という社会政策があった。この二つが一緒になっていたから、「中小企業基本法というのは使い勝手が悪くて時代に合わない」ということで、2000年に改正されました。そのときに「二つが一緒になっているから分けましょう」と言って、経済政策の方を独立させて今の中小企業基本法にしたのに、社会的弱者を救うという部分の社会政策の方はどこかへ行ってしまいました。それは、それで問題ではあります。しかし、今回の演題とは違う。

 それはそれとして、新しい中小企業基本法は明らかに経済政策ですから、それに合わせた補助施策が出てきます。つまりは、「やる気がある方だけ補助しましょう。今までのように弱い方にも補助をするかどうかは別問題ですよ」という流れです。

 その中でどう生き残るか。先程「2005年問題」という話をしました。確かに愛知には万博や空港がありますが、それよりももっと大きな変わり目に来ています。ですから皆さん方がどういう選択をなさるか。経済政策での競争に参加するのか、社会政策で救済を求めるのか。

 ただ、全体の流れとしましては、競争社会です。経済政策で規制を緩和して郊外に大店舗をたくさんつくれば当然、駅前の集客力はなくなります。そんなことは誰が考えても解ります。私も規制は必要だと思いますが、残念ながら現状を考えたら「この中でどう生き残るか」ということにならざるを得ません。
 
 同友会にはこれだけの人数が集まっているのですから、いろいろな考え方の方がいらっしゃると思います。ですから、同友会の中で小さなグループがたくさんできて、それぞれが違った研究なり勉強なりをされていくのも当然でありましょう。

【観光産業の成否は地元の熱意と努力】

 昨年の経済白書によると、「これからの地方経済は、外資誘致、産業集積の促進、観光産業」とあります。国は「観光産業で頑張ってやってください」というのを強調している。観光というのは経済波及効果がかなり高いから一生懸命言っているんですが、残念なことに今のところ愛知県は出遅れています。

 観光振興は行政だけがやるのもではありません。その地域の皆さんがどういうアイデアを出しどういう努力をするか、というところにかかっています。北海道の「白い恋人たち」というお土産ですが、なぜあのお菓子が有名になったか。実は最初はなかなか売れませんでした。それで、社長がある航空会社に行き、「北海道便の機内でおやつに出してくれ」と言ったんです。最初はケンもホロロにされたんですが、何度も行きまして、最後に、機内で飲み物と一緒に1枚ずつ配った。これで火がついたんです。一人で何枚も食べる人はいませんから、考えてみれば安いコストです。そういう努力をしている。一つの企業がそういう努力をしています。

 それともう一つは「もてなしの心」があるかどうか、ということ。大分県の豊後高田市では、商店街で「昭和の町」というのをやっています。私も行ってみました。そこでは、歩いていると両側の店から声がかかるんです。商店街全体でそういう「もてなし」をする。その結果、何の変哲もない商店街に多くの人がやってきて、そして空き店舗に、外から店を出しに来る人が出てきたんです。

 一般の商店街はその逆で、商店街の元気がなくなったから、学生に店舗を貸して、集客力を高めてようとしている。自分たちは動こうとしないで、他からの力に頼っていてはダメです。豊後高田のように、「このままではだめだから、観光でやっていこう、もてなしていこう、声をかけ合っていこう」と皆が取り組めば、仲間に入れてもらいたいという人も出てきます。
 
 結果的に言えばそこの商店の個人の姿勢が街づくりに問われてくる。

 最後にまとめさせていただくと、いろんな地域を見せていただいて、最終的には、皆さんがまず地域の皆さんに必要とされるものに変わっていき、経営者の皆さんが元気に前向きに立ち向かっていくという姿勢が、これから望まれるものだ、と感じております。

講演が終わったから、多くの経営者の方々にお声をおかけいただきました。「なんとなく安心している傾向は確かにある。」、「勝ち組、負け組が鮮明になりつつある。」、「東海地区は、中堅企業が牽引しているというのはまさにその通りで、もっと主張すべきだ」などと意見をいただきました。


All Copyrights Reserved by Tom NAKAMURA2005
2005年6月1日(水) at 01:36 

自治体の産業振興策を考える / 中村智彦

日記・その他 > コラム
学内の仕事以外に多いのが、地方自治体の産業施策に関する各種委員会などへの参加です。今、多くの自治体で産業振興は、かつてないほど重要な課題になりつつあります。この原稿は、今から3年前に書いたものですが、状況はあまり変わっているとは思えません。ただ、確実に産業振興が各地方自治体にとって重要かつ猶予の無い課題であると多くの人たちが感じるようになったとは思います。

* * * * * * * * * * * *

 ここ数年、産業振興あるいは工業振興の方針や計画を策定する地方自治体が増えている。今まで、産業や工業には、あまり力を入れてこなかった地方自治体でも、そうした動きがみられる。なぜ、地方自治体は、産業振興に関心を持ち始めているのか。いくつかの自治体のそうした仕事に携わっている経験から、その現状をまとめてみたい。

 実態は、かなり厳しい

 ある地方議員の勉強会に招かれた。参加者である議員たちが、懸念しているたのは税収の落ち込みである。各地方自治体の税収は、人口の減少あるいは高齢化、企業の廃業や倒産あるいは移転などで、減少傾向にある。こうした収入の落ち込みをカバーするために、各地方自治体では起債すなわち借金と、今までの積み立て基金等の取り崩しを行っている。

 「工場がなくなり、マンションに建て変わる。そうしたことが急速に起こったこともあり、市民税の法人部分と事業所税が減少している。工場がなくなり、環境が良くなるとばかりは喜んでいられなくなった。」ある議員は、そう指摘する。

 こうした税収の落ち込みに気が付いているのは、もちろん議員たちだけではない。行政側も、その深刻さに気が付いている。

 「今まで製造業、それも大企業の工場は、かなりの市税収入をもたらしてくれていた。それが、海外移転などによって、大きく減りつつある。しかし、我々の内部でも、それに気が付いていない職員もまだ多い。うちの市では、今年に入って、毎月三件づつ、企業のトップ訪問をするようにして、意識をまず改革しようとしている。」

 今まで潤沢な法人市民税収入と、堅調な個人市民税で支えられてきた地方自治体の歳入が、大きな曲がり角に差し掛かっている。ある工業都市として知られる街で商工会議所役員になった中小企業経営者は、「大企業は海外に移転。中小の廃業、倒産も多い。高度成長期時代に建築された老朽化した賃貸住宅には、高齢者ばかりになっている。失業者も多い。息子夫婦は、近隣都市に移り住もうとしている。市の財政状況は非常に悪いのに、職員には危機感のかけらもない」と憤る。

 残念ながら、公務員気質というか、自分たちの収入がどこから来ているか、意識の薄い人も多いのも事実だ。しかし、どの自治体も、程度の差こそあれ、その財政状態は相当傷んでいる。

 なぜ「工業」なのか

 従来、工業に関しては、一部の市町村を除けば、行政は大きな関心を払ってこなかった。行政担当者の代表的な意見は、次のようなものである。

 「行政の産業支援と言えば、商業だった。一つには、商業は商店街組合が存在し、助成などの受け皿として整っていた。二つには、アーケードの改築やカラー舗装など市民の目に見えるかたちの支援がしやすく、市民の理解を得やすかったからだ。」

 商業は、一九七〇年代頃から大型小売店舗の登場など、市民の関心を集めることが何かと多かったことに対して、工業は、市街地からの移転などが中心の課題であった。また、なにより工業は、景気による上下はあったものの、全体としては右肩上がりの成長を続け、一部の特定産業以外は大きく落ち込むことが無かったことも、行政の関心が低くなった原因の一つだろう。

 工業が注目されている理由は、雇用と税収面で、非常に大きな役割を担っていることに地方自治体が気が付きはじめたことにある。今まで、あまり手もかからず、黙々と働いてきてくれた目立たない息子が、急に病に冒されたようなものだ。

 「いやあ、結構、いろいろな企業があるもんですよねえ。それに、かなりITの活用も進んでいるし。」企業ヒアリングを同行した市の職員の率直な感想である。いろいろな調査を行っていて、実は製造業はよく分からないと、正直に述べる市役所職員もある。

 「役所で、会うときは、何かクレームや陳情などの時ですよね。そうすると、こちらも構えているし、あちらもだいたい何か文句を言いに来ているというケースが多い。こうして、こちらから訪ねていって、くだけた雰囲気で話すと、いろいろな意見が聞けるものですね。」

 今まで、いろいろな市で職員と、一緒に企業ヒアリングを同行したが、このようにほぼ同じ感想を漏らす。製造業というと、墨田区や大田区、東大阪市というイメージが先行し、自分の市や町で活躍する元気な企業をつかみ損ねているのではないか。新たな企業呼び込みよりも、今、重要なのは自らが保有している資産となる既存企業の把握である。

 商業が抱える問題

 先日、ある地方都市の市会議員を、ある商店街に案内した。空き店舗が連なる洒落たデザインとオブジェがあふれた旧建設省モデル事業地を、その議員は唖然とした表情で眺めて、言った。「完全な失敗ですね。」そこで、少し意地悪な答えをした。「いや、そうとも言えないですよ。巨額の補助金で、街は綺麗になった。高層化し、ほら店舗の上には自宅兼賃貸住宅が建設できた。商店主の生活は安定した。安心して廃業できるんだ。あなたの党も、中小事業者の保護を訴えているではないですか。だから、成功ですよ。」

 支援策の目的が間違っているという指摘もある。「商店街を残すのか、商店主を残すのかやね。」そう言ってのけたのは、京都のある商店街組合の理事である。彼の主張は明快である。商店街は、もともと主戦場であり、新規参入、敗退が繰り返されることによって活性化が図られてきた。つまり、入れ替わりが頻繁にあってこそ、商店街で、何年も同じ顔ぶれの商店街の方が異常なのだ。

 「しかし、どうですか。今までは、商店街側も、行政側も、今ある店をどう潰さんようにするかということばかり考えてきた。潰さんいうのは、ちょっと問題かもしれないが、商売替えすらも考えてこなかった。」

 都市の再開発事業などが行われたり、改築などへの低利融資などが行われ、結果的に商店主は救済できたが、商店街としての機能を低下させてしまった。極端な例では、巨額の補助金を投入し商店を高層化し、店舗兼自宅と賃貸住宅に改築した結果、返って衰退してしまったケースがある。商店主たちは、安定した家賃収入を得ることができ、いわゆるハッピー・リタイヤーメント(円満引退)が可能になった。反面、本来の商売や、後継、あるいは新規参入者の受け入れには関心が薄くなったのである。

 こうした状況に、行政側も危機感を抱き始めている。果たして、商店街をこれまでのように「支援」していく必要があるのか。再開発が、本当に商店街や中心市街地の活性化に役立つのか。根本的な疑問すら生まれ始めているのだ。「なんだ。商工振興費というが、ほとんどが商店街振興向けじゃないか。製造業には、ほとんどないというのは、どういうことか。」ある市の委員会では、中小製造企業の経営者が声を上げた。決して敵対するものではないが、こうした批判が起きつつあることも、商業者は理解すべきである。

 IT産業・インキュベータ

 厳しい状況の中で、産業振興策を立案するのは良いのであるが、判を押したようにでてくるのが、IT産業、インキュベータである。既存産業は衰退が進み、商店街には空き店舗が目立つ。そこで出てくるのが、これらのアイデアである。

 「IT産業の振興と書いたのはいいが、いったい何をどうやっていいのか」と、真剣に頭を悩ます担当者も多い。そもそもIT産業なるものの定義自体が曖昧で、ひどい場合には、パソコンの製造から携帯電話の販売までIT産業に含められたりする。若者たちが志向するソフト開発やデザイン関係が成長するためには、ある程度の市場が存在していないと難しいし、現実には人と人が出会ってできあがっていくケースが多いために、やはり大都市が有利となる。

 「他の市に視察に行っても、少し芽が出てくると、近隣の大都市か、あるいは東京へ行ってしまうと言う。税金を投入して、インキュベータを実施する価値はあるのだろうか。」これは、残念ながら仕方のないことである。企業は営利を目的としており、市場の大きなところを目指すのは当然であるからだ。

 「そもそもインキュベータというのは孵化器の意味だから、そこから飛び出していくのは当たり前」という意見もあるには、あるが地方自治体が税を投入して育成するには、その後も地域内で事業継続してもらわないと意味がないという考えも、また当然である。
 
 「インキュベータと、ベンチャー企業、ハイテク産業というものが、ワンセットだと考えすぎじゃないのだろうか」と、ある行政担当者は指摘する。その地域の特性に合わせて、ローテクでも、アート系でもいいし、個人事業者やコミュニティービジネスなどでもいいはずである。産学官連携でも、やはり同じように硬直した考えが見られる。「うちの街には、理工系の大学が存在しないから、駄目だ」という考え方である。その街の魅力や情報を発信していくには、むしろ文化系や芸術系の大学の方が有利だろう。もう少し柔軟な考え方があってもいいのではないだろうか。
 
 「あなたの街をシリコンバレーにしよう」などという妙なアイデアに左右されない方がいい。あなたの街は、日本にあって、アメリカではないし、もともと持っている材料が違うのだ。自分の持っている材料を大切にし、最大限に活用できた地域や街が、生き残ることができるのだ。産業振興策の真の目的は、そこにある。

 産業振興策をどう考えるか

 都市間の競争が激しくなる中で、地方自治体の産業施策の戦略とトルツメもなる振興策は、以前とは異なった意味で重要性を増すだろう。大手コンサル会社に数千万円の予算で丸投げし、全国どこでも通用するような内容のものを受け取っているのでは、自滅していくのを容認するようなものだ。そもそもそんな予算は、もはや無いだろう。

 まず、第一に、その地域、街の現状分析を徹底的に行うべきである。地理的な特性や、各種指標を分析するべきである。また、地方自治体の収支内容も分析する。企業で言えば営業戦略を立てるのであるから、当然のことである。

 第二に、欧米モデルに振り回されないことである。未だに、あちこちで「日本版○○」だとか、欧米の再開発モデルのコピーを使おうとする動きがある。日本はすでに先進国である。むしろ、我が街発の新しいオリジナルモデルを作り出そうというぐらいの気概が必要である。

 第三に、危機意識を共有する努力が必要だ。地方自治体の内部、すなわち職員間でも、税収の減少は大きな問題であるという意識を共有すべきである。また、広く市民にも理解を求める必要がある。「人口は、むしろ少な目で、工場なんてなくなれば、住みやすくなる」と思っている人が多いのも事実である。

 第四に、作り上げていく委員会は、二階建てにする。二階部分には、大御所を据えておく。実際の作業、分析、討論は、一階部分の実働部隊で行う。この実働部隊には、ぜひ40歳代以下を中心に据えていただきたい。「研究者が必要な場合は、助教授クラス以下にしおきなさい」といつもアドバイスをする。まだがんばんなきゃいけないクラスを配置するのだ。
 
 そして、最後、第五に、必ずヒアリングを採り入れること。そして、それには地方自治体の職員が同行すること。意外な地元の元気企業や経営者が発掘されて、次につながっていくことが多い。

 いろいろと書き連ねてきたが、実際には問題は多岐に及び、そう簡単ではない。「はぁ! バブル全盛期に作っていたら、さぞかし楽しかったろうに」と冗談を言いながら、議論が深夜まで及ぶこともある。行政が出す以上、最終成果物は、差し障りのないものになることも多い。しかし、議論を重ねて作り上げていった過程は、決して無駄にはなりはしないと信じている。

 さて、あなたの街の産業振興策は、どうなっていますか?

厚友出版『労働と経営』2002年7月掲載分
All Copyrights Reserved by Tom NAKAMURA
2005年5月29日(日) at 00:53 

最上川流域観光案内標識調査報告書 / 中村智彦

社会・政治 > 論文・報告書・レポート
 昨年度、つまり今年の冬に大変な思いをして、現地を調査した報告書をアップしました。

 NPO長井まちづくりセンターからの委託で作成したものです。最上川リバーツーリズム振興のために、関係するNPOのみなさんの参考資料となればと作成したものです。
 研究室にゲラを置いていたら、本当に珍しく学生諸君が「これ結構、おもしろいですね」と言ってくれたものです。

 PDF形式でアップしてあります。

 『最上川流域観光案内標識調査報告書 平成17年版』
2005年5月25日(水) at 19:14 

スケジュール管理 / 中村智彦

日記・その他 > コラム
 正直に言うが、スケジュール管理は下手である。営業マン時代に、スケジュール管理と人の名前を覚えるのが下手で、「本当は、自分は営業には向いていない」と、何度落ち込んだことか・・・

 それでも、今ほどはひどくなかった。ここ数年、スケジュール管理が、いよいよもって限界に達してきている。(と言っても、それは、ひとえに自分の能力不足なのだろうけど)

 今月もかなりハードだった。

 ある週は、(月)大学で講義→(火)大学で講義→夜・新幹線で移動→静岡泊→(水)早朝からお仕事→新幹線で移動→大学で講義→夜・飛行機で移動→福岡→深夜・バスで移動→小倉泊→(木)お仕事→夜・飛行機で移動→(金)大学で講義 というのやった。これよりも、知多半島から、名古屋、長野を経由して、直江津。さらに、ここから日本海沿いに富山を経由して大阪という大学生の夏休みの鉄道旅行みたいな出張の方が、体力的には堪えたが

 移動時間があるから、その分、休めると言えばそうなのだが、ゆっくりというわけに行かない。
 それに最近は、携帯でメールなどを全て管理できるので、飛行機以外では、メールのチェックや送信などもしてしまう

 それでも、どうしてここまでして移動するかというと、三つ理由がある。

 一つは、色々な人に出会えること。じっとしていては手に入らない話や情報に出会えるし、なによりネットとかではない直接、人と話せるのがおもしろい

 二つには、そうやって手に入れたネタは、講義で話しても学生たちが身を乗り出して聞いてくれる。伝聞とか、読んだものを伝えるのとは違った反応が返ってくる

 三つには、これは単に自分の好奇心を満たしたい。美味しいものは好きだけど、プチ・ブルジョワちっくには、どうもなれない。知らない街に夜、遅くに着いて、暗い通りにやっと見つけたラーメン屋で一人、ラーメンを啜るのも悪くない

 所詮、自分の仕事など、他人様のやっていることを見て、
それをネタにしてやっていること。ならば、色々、沢山、少々無理してでも、見てやろう、話してやろうと思っている。

 その気力が続く限り、こういう毎日だろうなあ
2005年5月24日(火) at 01:45 

新連携とは? 〜 新しい中小企業支援施策を考える / 中村智彦

日記・その他 > コラム
この原稿は、2004年12月にあるメルマガで公表したものである。

 その後、この「新・連携」を立案している本人だと名乗る中央官庁の役人から、抗議とも難癖とも区別の付かないメールが届いた。
 
 彼によれば、「大学の先生にしてはあまりにも浅はかな分析」であり、「もう少し、ヒアリングするなりインタビューするなり事実確認をした上で、このような記事を公に配布するということを望みます。いずれにせよ、公開しているメルマガにしては事実調査が不十分と思われます。」とのことで、さらに「申し訳ないですが、役人として現場の経験や脳みそがないなりに、指摘頂いている内容ぐらいは当初から認識して立案しなければ。本省としての存在意義又は資格はありません」のだそうだ。

 中央官庁のお役人が、どれほど大変な思いをされているのか知らないし、知るつもりもないが、こちらは、それなりにヒアリング調査も、インタビューもしている。恐らく彼の想像している以上の範囲と数において。

 ま、大学の先生として適性があるかどうかは自信はないし、浅はかな人間であることは、否定しようの無い事実だが、それは性格の問題だから、んなこと言われてもね

 もちろん、自分の研究分野に関係する省庁を怒らせても、なんの得にもならないというアドバイスもあるが、しかし別に間違ったことを言っているつもりもないし、事実調査もちゃんとやっている。いくら霞ヶ関のお役人だとは言え、妙なメールを送りつけられる筋合いはないのだ。

 というわけで、ここにそのまま掲載することにしました。後のご判断は、お読みになった方のご判断に任せるとしましょう。

 ちなみに、そんなに文句があるなら、どこがどう間違っているか編集担当者宛に、正式の書面でお送りくださいと言ったら、なにも来ませんでした。

 

新連携とは? 

    〜 新しい中小企業支援施策を考える 〜              
          
 今年になって、ある後輩の大学院生が、「中小企業間のネットワークについて研究したい」とやってきた。自分の父親も、中小企業経営者だということで、色々と調べたのだが、今ひとつピンとこないというのだ。

 「ネットワーク」や「連携」といった代物自体が、くせ者で、それでは一体、なんなんだ」と改めて問われると、非常に曖昧な答えしか返せないものなのだ。その「曖昧なもの」が中小企業施策の表舞台に出ようとしている。

 中小企業支援施策の見直し

 政府経済産業省では、中小企業支援施策の見直しを行っている。その中心となっているのが、 新事業創出促進法、中小創造法、経営革新法の三法を統合し、中小企業経営革新等総合支援法にするというものである。

 この新法の中身である三つの重要支援課題が、「創業」、「経営革新」そして、「新連携」である。
 この三法は、現場で働く職員たちからも、従来から重複している部分が多いと指摘されることが、しばしばあった。したがって、これらが統合されることには、問題はない。しかし、三本柱の一つである「新連携」に関しては、疑問というよりも、とまどいの声が多い。

 「新連携」とは?

 政府経済産業省の中小企業支援施策の大きな柱の一つとして、新連携」が盛り込まれている。

 さて、この「新連携」とは、何か。「複数の事業者が異なる事業分野で蓄積したノウハウ・技術等の経営資源を持ち合い、それらが融合することで初めて可能となる事業活動を行うこ経営資源を持ち合い、それらが融合することで初めて可能となる事業活動を行うことで、新たな需要の開拓を行う企業グループ」のことだそうだ。(新連携に見られる共通的特徴と現存する新連携事業の実例紹介)平成16年10月19日経済産業省中小企業庁による) 正直なところ、なにが「新」なのかよく分からない。こうした活動であれば、従来からも存在したではないかと疑問を持つ人も少なくないだろう。

 「緩やかな連携」との関係は?

 そういえば、少し前に「緩やかな連携」というのが流行した時期があった。これは、どうも法人格、すなわち協同組合や事業組合などを持っておらず、任意団体として活動を進めてきた場合も、行政の支援の対象にしていこうというものだったように記憶する。今回の「新連携」も、そうした既存の団体、つまりは組合や商工会、商工会議所などとの区別化を図ったものではないかと想像される。

 そう考えると、「緩やかな連携」の延長線上に、今回の「新連携」が存在していると言えよう。

 果たして「新連携」とは?

 「新連携というくらいですから、旧連携って何なんですか?」

 研究している学生に問われて、答えに詰まった。確かに、経済産業省のホームページなどを探しても、「新連携」、「旧?連携」の定義を見出すことが出来ない。

 「霞ヶ関の優秀なお役人が、鉛筆なめなめ書いたって感じだなあ」と、ある地方自治体の職員は、苦笑いした。確かに、定義付けが曖昧で、はっきり理解できない部分がある。

 そもそもどれだけあるのか?

 平成16年度の「新連携対策委託事業」の公募が、夏から秋にかけて実施された。しかし、その公募状況は一部地域では思わしくなかったようである。もちろん、初年度であり、周知されていなかったという点もあるが、「特徴のある技術、ビジネスノウハウ、知的財産権等の経営資源を有する中小企業、個人、研究機関、NPO、組合、大企業等が、既存の組合等といった組織にとらわれず、自己の欠けている機能(技術、マーケティング、商品化等)を連携によって相互に補完し、新市場創出、製品・サービスの高付加価値化を目指そうとする「ソフトで柔軟な新連携」を支援」するという事業そのものが理解しにくかった言う点も大きいだろう。

 例えば、「連携体のコアとなる企業が存在し、自ら連携予備企業を発掘し、事業化を目的とした連携体を構築」することも支援対象にしている。これなどは、「単なる新たな下請け体制の創出ではないのか」と批判する中小企業経営者もいる。

 「新連携というが、実際に、どれほどのグループが活動をしているのか。なかなか条件にあった活動をしているグループがない」と、やはりある地方の中小企業支援団体職員は嘆く。

 異業種交流会

 中小企業間連携に関しては、今までにも何度か、ブームがあった。当初は、異業種交流会という名称が一般的であったが、次第に「連携」という言葉が多く使われるようになった。

 さて、異業種交流会のブームは、1980年代、1990年代と数度に渡りあったが、いずれも低調になっている。こうした理由は、そもそも補助金がありきで始まったケースが多かったためと考えられる。また、大半の交流会活動が、個人に依存する傾向が多く、設立から10年程度経過すると、活動内容が懇親会化することも大きい。

 当初、異業種企業間の交流を行うものを異業種交流会と読んでいたが、現在では、個人ベースでの交流会(コンパに近いものまで)を呼ぶことが多くなっている。異業種交流会が、次第に「手垢」が附いてきたことから、「連携」が出てきたのだろうか。

 連携に関わる問題

 中小企業間での連携活動を行っているグループは、各地で見られる。しかし、こうしたグループが注目されるということは、逆に言えば、非常に珍しいからである。

 異業種交流会も、その多くが母団体を持つケースが多い。商工会議所、商工会の部会として設立されるケースだけではなく、地域の金融機関、経理士、税理士などの顧客サービスとして設立されるケースなどが多い。

 こうした異業種交流会は、様々な活動を行っているが、実際にビジネスにつながることは稀である。会員相互の取引が起こったり、相互に紹介するなどの効果が指摘することは多いが、あくまでその中心は情報交換に限定される。
 
 なにを目標にするのか

 「創業経営者で、金がかかることでも、その場で決着できる権限を持っている人間が集まらないとダメだ。」

 ある地方の企業グループの代表はそう言う。このグループは、企業組合を設立し、共同受注に成功している。その代表は、続けて次のようにも指摘する。

 「みんなで一緒にという進め方では、結局、一番低いレベルに止まる。そうではなく、やる気があり、また実行力がある者だけが集まることが必要。さらに、強力な個性とリーダシップを持った代表と、それに劣らない調整能力をもった会員がいないとダメ。」また、別の関西の異業種交流グループの代表は、次のように指摘する。「交流だけならば、任意団体でも可能だが、ビジネスに共同で取り組むとなると、法人でないと難しい。それぞれが独立した企業、経営者として、連携してビジネスに取り組む場合には、相互の信頼関係が相当強固でないと無理だ。」

 連携や異業種交流といっても、それぞれの目指す方向性は色々である。「緩やかな連携」は、いろいろな可能性を秘めている一方で、「緩やかな」ままでは責任の所在がはっきりしない。そうなれば、「従来の共同事業会社や、協同組合と、新連携はどこが違うのか」という疑問が生まれてくる。

 チャンスになる場合も

 要するに様々な方面に問い合わせても、この「新連携」が何であるかという点に関して、確たる解答を得ることはできない。しかし、一方で言えることは、従来、補助制度や支援制度の枠外であったグループが活用できるようになる。

 従来は、協同組合や商工会議所など法人格を持った団体やその関係団体が、補助制度、支援制度を受けられやすい体制にあった。今回から、そうした要件が緩和されるために、自主的に活動を行ってきたグループも、申請するチャンスが増えることになる。

 ただし、いつまでも任意団体で交流を目的にしているものや、研究開発だけが目的で集まっているものは、「新連携」支援にはなじまないだろう。

 将来的に、形態はともかく共同で事業を運営していこうという意欲があるグループが、「新連携」支援の対象となるだろう。

 支援手法そのものには疑問も

 「新連携」支援制度、そのものには多少、疑問がある。中小企業を「発掘」して連携構築支援により創出し、さらにそれを認定。その後も、ソフト面、金融面からのフォローアップを行うという点だ。

 たしかに、至れり尽くせりで結構なことだが、実際に、そう簡単に行くのだろうか。

 「結局、支援制度が利用できるからと、中小企業をかき集めることになりはしないか。それでは、今までの異業種交流支援の失敗と同じになる。」さらに、「役所で認定するというが、将来性など、どうやって判定するのか。多くの問題が噴出しているNPO制度と同じようにならないか。」

 さらに、この支援制度について意見を聞いた多くの現場の関係者たちが、最も大きな問題点として指摘するのが、フォローアップ支援の部分だ。「そもそも役所の人間が、営業などのノウハウがある訳がない。誰が一体、市場へのアプローチなどの支援を行うのか。」各地で実施されてきたベンチャー企業支援を例に、次のような懸念を指摘する声もある。

 「行政のベンチャー支援の際に、目利きが重要だということで、民間からも委員を招いたりした。しかし、よく考えてみれば、そんな将来性が分かるようなら、自分でビジネスを立ち上げるか、投資しているはずだ。今回も、また委員会が目利きをするような形を取っているが大丈夫なのか。」

 確かに、目利き委員会などというものが設立されたが、当の委員が経営する企業が倒産したり、上場までこぎ着ける企業が皆無だったりと、散々な状況が各地で生み出されている。今回の支援手法に懸念が示されるのは、当然だろう。

 前向きに考えれば

 今回の支援制度の目玉的存在は、「地域戦略会議」の創出である。地元関係者、政府系金融機関、民間金融機関、技術専門家、マーケティング専門家等からなる会議で、「新連携」プロジェクトに全面的に関係していくことが期待されている。仮にこうした会議が有機的かつ機動的に動けば、地域経済活性化に有意義なことだ。その点では前向きに考えたい。

 しかし、必要とされる人材が、特に地方部ではどれほど集められるかが大きな問題だ。また、「従来、商工会議所などで行ってきた事業や委員会などと重複するのではないか」という懸念や、「県は飛び越されて、中小企業支援機関も経済産業局が直接、担当するつもりだろうか」という疑念も出ている。

 一方で、「正直言って、現場の状況とかなりかけ離れており、苦慮している」「管轄範囲が広範囲であり、経済的、社会的にも異なった特性を持つところに、一つの会議を置いて、必要とされるきめの細かいフォローができるのか」という政府系機関職員の声もある。

 現場に近い関係者が参加できるか、若手の意見がどれだけ反映されるようにできるか、また、それぞれの土地の特性を生かすことができるかが大きな課題だろう。「いつもと同じメンツ」で構成されたり、「長老会議」のようになったり、「利害が絡んでいるのに、コネで入り込むコンサルタント」が入ってきたりしないようにしなくてはいけない。

 実際に動き出すのは2005年度以降になるものと思われる。現場で働く人たちは、今のうちに意見を出しておくことも大事だろう。

*注 経済産業省では、「中小企業経営革新等総合支援法(仮称)」を作成中で、2005年の通常国会に提出する予定である。これは、既存の「中小企業創造活動促進法」、「新事業創出促進法」、「中小企業経営革新支援法」を一つの法律に統合するものである。なお、今回の原稿中の法、会議などの名称は、全て経済産業省から発表されているものであるが、現在のところ全て仮称である。また、ここで述べたものは、執筆段階(2004年11月現在)で公表されているものを使用したものであり、今後、変更される可能性もある。


All Copyrights Reserved by Tom NAKAMURA2004
2005年5月22日(日) at 02:30 

上越・高田の朝市 / 中村智彦

おでかけ・旅 > 地域経済を考える
 上越市の高田に行く機会がありました。わざわざ前日入りしたのは、朝市を見たかったからです。

 この地域には、朝市がまだしっかり残っていると聞いて興味を持ったのです。

 朝市というと、いろいろなところで有名ですが、多くの場合、観光化していて、まあ、それはそれで楽しいのですが、逆に観光化していない朝市だというが、おもしろいなあと思ったのです。

 上越市高田。高田には、春日山城という上杉謙信の居城があったところです。また、中心地には、徳川家康の6男・松平忠輝公の居城だった高田城の跡があり、江戸時代に大いに栄えました。

 市街地の商店街は、豪雪地帯らしく雁木(がんぎ)が続いています。雁木とは、それぞれの店や軒先に雪でもあるけるように通路が設けられているもの。ちょうど、そうですねえ、歩道の上に屋根がしつらえてあるような感じに見えます。シンガポールや香港などの中華街の店の作りに似ているかも。この雁木は、個人の所有地に作られているそうで、それぞれの店の個性が出ていておもしろい。豪雪の時などには、道路は通行不能になるが、雁木のところだけは通行できるそうだ。

 高田の街の中心、大町通りの朝市が立ちます。4と9がつく日に開かれるので「四九の朝市」と呼ばれる。上越市には、隣接する直江津の「三八の市」、同じ高田の大町三丁目から四丁目の「二七の市」が開かれており、いずれも地域密着型の朝市だ。

 高田の商店街は、かなり拡がっており、かつての繁栄を映し出している。しかし、ご多分にもれず、シャッターの閉まった店も多く、大型店の閉店跡が行政の借り上げ施設としてかろうじて面目を保っているところもある。

 市は、古くからの商店街の通りに沿って出ている。ざっと数えてみたところで、大小合わせて30数店が出ている。食品を中心として、植木や刃物金物、履き物などもある。海が近いせいか、新鮮な魚類も遠来の者としては、珍しいものがならんでいる。山菜など、野山で取ってきたものを並べる人たちもいる。庭に植えるのだろうか、苗木や種を並べている店もある。

 出店者も、買い物客も高齢者が多い。ゆっくり歩き、話し、売る方も、買う方も、のんびりした雰囲気だ。
 これだけの規模で、全く観光客対応になっていないのが、これまたおもしろい。本当に地元密着型なのだ。
 本来の「朝市」の形を勉強したいのなら、上越の朝市を見に来るべきだろう。どうも「朝市」というと、観光客相手に発展してきている観光都市のそれを思い浮かべてしまうようになっている。それだけ、従来の「商業」が生き残るのが困難になっている状況もあるのだろうが。

 おばあちゃんたちが、多い市に、突然、明るく甲高い声が響いて、さっと風が通るような気配がした。近所の小学校から、買い物体験だろうか、元気な小学生たちが走り回り、百円玉を握りしめて、色々なものを買っている。
 「小学生だけ、特別! どれでも百円でいいよ!」と、おじさんが、笑いながら声を上げる。

 どこでもこうした定期市を立てることができるとは思わない。しかし、常設店での営業が困難になっている地方部で、こうした定期市を再開していくことも選択肢の一つとして検討できないのだろうか。
 フリーマーケットで活性化という手法が多用されているが、一過性であることは、素人が素人を相手にするだけで、なかなか発展することがない。
 むしろ、商店街から生活必需品、日常買い廻り品、生鮮三品の店が減少していると問題視するのであれば、この上越のような定期市を再評価していもいいのではないか。
 道路管理上とか、衛生上とか、様々な理由を見つけて、無理だと決めるのは簡単だが、しかし、こうした形ででも中心市街地の活性化を考えることは、地域住民の生活にとっても有益ではないのだろうか。

下の画像をクリックすると動画を見ることができます。
この映像をご覧になるにはWindows Media Player9以上が必要です クリックすると動画が再生されます
2005年5月21日(土) at 18:21