『嫌阪流』って?? / 中村智彦
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東京のある書店に入って、驚いた。平積みされた雑誌の表紙に、でかでかと「嫌阪流」の文字。
電車に乗ると車内の中吊り広告でも、この雑誌の表紙が,
でかでかと掲出されていた。
まあ、個人的な話で、「大阪が嫌い」だの、「東京は嫌いや」というような自称東京人VS自称大阪人の言い争いというか、戯れはしばしば目にしたことがあるし、自身も参戦したことはあるので、あまり立派なことは言えないのだが、正直、気持ちが悪かった。
最近、雑誌の売上げが下がっていて、その中で過激な思想を売り物にする出版社が増えているらしい。景気がいいと言われながら、実感もできないし、なにかどこかにそこはかとない不満と不安が鬱積している状況は、私も理解できる。いわばそういうイライラを解消するために、どこか誰かを悪者にして、徹底的に叩くというのが、解消方法になってしまっているのかもしれない。
それで「嫌阪流」である。今、ことさら地域間の違いを指摘して、対立を煽ることに、なにか利益があるのだろうか。今の大阪には勢いはないし、沈滞したムードは否定しようがない。東京に行き、なんと言っても人も多く、勢いをまだ感じられることに触れると、正直なところ、大阪と比較してがっくり来ることが多い。そんな状況で、「嫌阪流」と言われても、なんのことだかという気分である。
ネットで見ていても、大阪は嫌い、東京は嫌いと応酬しているサイトがあったり、それぞれの悪い点を指摘しあっているブログがあったりする。もちろん的を得ている指摘もあるが、一方で勘違いや経緯、解釈を間違っているものも相当ある。
今の日本の問題は、先にも書いたように、多くの人たちがそこはかとない不満と不安を感じ、未来に希望を持てないような雰囲気に覆われていることだろう。しかし、それは一方で我々が、国内外と密接な関係で結ばれ、否応無く、そうした世界の中で生きていかねばならない証左でもある。
そうした世界の中で、前向きではなく、国や地域の文化や習慣の違いを否定したり、嫌悪感を顕わににすることは、あまり懸命な方法ではない。
それぞれの地域や国を訪れると、いいなあと思うことが多いし、反面、これはちょっと思うことも多い。私は、それでいいではないかと思う。
大阪、関西が嫌われる理由にも、確かに私自身も同意せざるを得ない点も数多い。しかし、一方で説明不足というか、理解してもらっていない点も数多い。いずれにしても、あまりに過激で、扇情的な対立を煽るようなことが正しいことなのだろうか・・・
私の自説は、大阪の衰退は、「大阪人が・・」「関西人は・・」と主張しだした頃に始まったというものである。第二次世界大戦前の企業や企業家たちの出自やその経緯を見ると、実はその多くが大阪出身ではない。かつて、大阪は全国から人を集め、そこで商売をする、ある意味で実力勝負で頑張れる場所であったのだ。だからこそ、様々な人材が集まり、新しいビジネスが起こってきたのだ。
それが1970年代以降、やたらと「大阪商法」だの、「大阪人」だのと言い出し、自縄自縛してしまっている。そこに閉鎖性や、保守性が拡大してしまっている原因があるように思う。そうした反省はすべきかもしれないが、いたずらに同じ国内での対立を煽る愚に乗ることはない。
もう一つ、こうした「嫌」なんとかという主張を見るにつけ、不安に思うことがある。それは、植民地運営手法からの発想である。権力を持つ者にとって、支配されている者たちが協力し、一致して反抗してくることが一番の恐怖である。だから、支配されている者たちを小集団に分断し、互いに反目するように仕向けるのである。民族間、地域間、あるいは人為的に身分制度を作るなどして、対立を煽る。
今、本屋に出かけると、お互いの対立を煽るような書物が山積みだ。それは、私たちにとって良いことなのか、それともどこかの誰かにとって良いことなのだろうか・・・
2007年9月3日(月) at 12:04
このエントリ(記事)へのコメント
はじめまして /
ひょう URL
関西人を嫌悪する理由は私も東京に住んでいたときに何となく理解できるなと思いました。
大学を卒業して大阪に戻りましたが、
脱関西をしてしまった関西人にとって、
先生が指摘されているような
妙な「大阪人」とか「関西人」という主張が
煙たく、住みにくく感じるようになりました。
私は外国語を教えていますが、
日本と海外を比較して、日本の方が良くない、
どこどこの国の方がよい、住みよい、得である、
だからここに住むんだとか、そういうこれから将来に
かけて主流になって行くであろう生活スタイルの
変貌も日本という国を嫌悪させすぎた原因であるようにも
思われます。
この対立が招いたことの弊害はこれから先長く続くだろうと
個人的に思っています。
大学を卒業して大阪に戻りましたが、
脱関西をしてしまった関西人にとって、
先生が指摘されているような
妙な「大阪人」とか「関西人」という主張が
煙たく、住みにくく感じるようになりました。
私は外国語を教えていますが、
日本と海外を比較して、日本の方が良くない、
どこどこの国の方がよい、住みよい、得である、
だからここに住むんだとか、そういうこれから将来に
かけて主流になって行くであろう生活スタイルの
変貌も日本という国を嫌悪させすぎた原因であるようにも
思われます。
この対立が招いたことの弊害はこれから先長く続くだろうと
個人的に思っています。
2007年09月03日(月) at 15:07
メディアの弊害? / ゆきの URL
はじめまして。
自論ですが大阪と東京の対立はマスコミの煽りもあると思います。
面白おかしく報道するのはいいけど、おかしな文化の広め方をすることがありますからね。
これはネットもかもしれませんが。
自論ですが大阪と東京の対立はマスコミの煽りもあると思います。
面白おかしく報道するのはいいけど、おかしな文化の広め方をすることがありますからね。
これはネットもかもしれませんが。
2007年09月09日(日) at 2:09
ふむふむ / 通りすがり URL
こうゆう本もあってもいいかと思いますよ
マスコミが報道しない部分もありますし
朝日に対する産経の強化版と思えばいいかと
マスコミが報道しない部分もありますし
朝日に対する産経の強化版と思えばいいかと

