大阪はどうなっていくのだろうか〜飲み屋談義から / 中村智彦
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とある飲み屋で・・・・
「しかしなんやなあ、あれもカット、これもカットって、橋下知事も殺生やなあ。」と、定年直前公務員のムーさん。
「まあ、しかし、しゃあないんと違いますか」と、50代前半のマスター。
「そうですよねえ、別に橋下さんを支持とか支援するわけや無いけど、しゃあないでしょう。」と、40代の私。
「リストラされるんちゃうかなあ、わしなんか・・・給料もカットやし、退職金かて危ないかもなあ」と、ムーさん。
「しゃあないでしょう、今まで散々、ええめ見てきたんやし」と、マスター。結構、容赦ない 笑
橋下徹知事の方針は、今のところ、仕方ないと思っている。削減策を批判するのは、もちろん重要なことだ。しかし、よく考えてみると、なぜこんなことになったのかということの議論もしておくべきだ。
今、大阪府で打ち出されている削減策は、確かに大阪府民である私にとっても、厳しいものが並んでいるなとは思う。思うが、仕方ないではないか。そうなったのは、現在の知事の責任ではない。
同じように大阪市についても言える。一体、大阪府や大阪市が、こんな状態に陥ったのは、誰の責任なのか。様々な削減策を打ち出さねばならなくしたのは、当然ながら、現在の知事や市長ではないだろう。
今、赤字が垂れ流しになっている多くの事業は、大阪市にしても、大阪府にしても、開始当時から、そうなることの予想が大方ついていたものばかりではないのか。
今から10年ほど前、私は大阪府の職員の一人として、様々な会議に出たり、要職にあった人たちと話をする機会が会った。そこで見知ったことは、現在の状況はほぼ想定できたことばかりだということだった。
ある大きなイベントがあった時、その経済波及効果の計算は、逆からなされていた。つまり、積み上げていって、これだけの経済波及効果があるというのではなく、最初に結論があり、その数字にあわせて計算が行われていた。当時の上司に、「仮にこれが理系の研究所、例えば河川の水質の調査を行う部門で、有毒なものを無毒だとデータを改ざんしたら、その担当者は罪に問われるでしょう。それがどうして経済なら許されるのですか」と問うたことがあった。しかし、「仕方ないのだよ」という返答しかなかった。それでも、当時、ある大阪府の幹部と話をした時、彼はこのように言った。「横山ノック知事になってよかった。役人から上がったりすると、結局、自分たちの先輩が知事ということで、過去に作られた計画などを中止することは、やはり先輩たちのミスを指摘することになるので、なかなかできない。ノック知事は、その点、そういうコネクションがないので、大きなプロジェクトを中止することができてよかった。」
大阪市の関係者との会議に出席した時には、あまりにも楽観的で、確信に満ちた考え方に、若さもあって怒りを覚え、その会議の出席を取りやめたこともあった。前々市長の大学教員時代の教え子や、あるいは若い頃の勉強会のメンバーたちで構成されていた御取り巻きグループが、どれだけ無謀で、楽観的な計画を推し進めてきたかは、少し検証すれば浮かび上がるだろう。あまり詳しく書くと、どこからか何か飛んできそうなので、やめておくが、一つだけ当時、爆笑し、次に怒りがこみ上げてきたことだけを書いておこう。当時、開館したばかりだった大阪市立のワインミュージアムを見学した、私と仲間の一人が、その内容のひどさに驚いて、あんな内容で金を取るなんてと、ある関係者に話して、その返答に、さらに驚愕した。「君たち、そう批判ばかりするなよ、あれは、ワインが大好きだった港湾局長の強い思いで作り上げたのだから・・・」そういう時代だったのだ。ちなみにこのワインミュージアムは、この3月であえなく閉館してしまった。
こうした80年代から90年代にかけての大阪経済における失政の状況と原因については、いずれ私なりにきちんと考察し、まとめていこうとは思っている。
給与がカットされ、待遇が悪化する職員の立場になれば、あるいは閉館されたり、廃止されたりする職場で働いてきた人や、その恩恵に被ってきた人たちの立場になれば、今の状況は非常に気の毒であるし、怒りを持つのも当然であろうと思う。
しかしである。
一体、こうした状況を招いたのは誰なのか。やりたい放題、やって、給与も退職金も満額もらい、高額な年金をもらって口をつぐんでいる人たちが沢山いるのではないか。その人たちのお取り巻きをして、オリンピックだ、芸術だ、再開発だと騒ぐだけ騒いで、美味しい思いをして、のうのうとしている人たちが沢山いるのではないか。
極論を承知で言わせてもらうならば、我々の祖父、曽祖父たちが営々と積み重ねてきた大阪、関西のストックを、我々の父たちの世代が失敗を積み重ね、ついにそのストックを食い潰してしまったのが、現在の状況ではないのか。さらに言えば、ストックを食い潰しただけではなくて、負の遺産だけを大量に残し、次の世代の我々に押し付けて、自分たちだけでは早々と逃げ出しているように思えるのだが、どうだろうか。「その時は、その時で仕方なかったのだ」と開き直るかもしれないが、それを私は信じる気にはならないし、それが免罪符になるとも思わない。不可能なことは判っているが、そうした人たちの退職金や支払われた諸々を返還させてもいいのではないかと思っているぐらいだ。
繰り返し書くが、私は橋下知事や平松市長のシンパでもないし、積極的に応援しているわけでもない。彼らの主張や政策の中にも、おかしいなと個人的に考えるものも数多い。
しかし、我々の父たちの世代が作り上げてしまった負債を、ここでなんとかしておかねば、次の時代が切り開けないところに来ていることは確かである。
ここまで変調を来たしてしまった大阪府や大阪市の状況を立て直すには、恐らく長い時間と努力が必要になるだろう。議論は大いにすべきである。ただ、目の前の削減策だけを見て、反対するだけでは、なにも開けてこないことも確かである。今までのやり方を続けることは無理なのだという共通理解に立って、その上で具体的な政策議論を進めていくことが、今の大阪には不可欠だろうと思う。

