ヒロシマのある国で。 / たいき
日記・その他 > いろいろ
中国春季遠征は水泳以外にも色々と深い時間を過ごした。
以前から広島はじっくり訪問したい場所で、
遊びに行くような軽い感じじゃなく、
日本人として、いや地球人として心に焼き付けなきゃいけない、
そんなイメージの場所だった。
電車に乗るのはもったいないので、とりあえず歩いた。
試合会場のビッグウェーブからモノレール沿いに歩くと広島城が見えた。

目的地は平和記念公園だったけど、地図を持っていなかったので、
方向があっているのかどうか不安だった。
でも…気にせず歩いた。
こういう時は、なんとなく間違っていない気がする。
根拠はないけど。
仮に間違っていても、それはそれで何かに出会うやろうと思った。
町並みが賑やかになってきて、広島市民球場が見えてきた。

ここまで来ると、街頭にある地図で目的地が確認できた。
やっぱり方向は間違っていなかった。
そして、
…辿り着いた。

初めて見る原爆ドーム。
この瞬間の気持ちは言葉ではうまく言い表せない。
平和記念公園内をさらに歩いた。

原爆の子の像の前で、
流暢な日本語を話す外国の方に出会った。
「外国人観光客の方に折鶴の折り方を教えるためにいます。
月に2〜3回ですけど。はい、ボランティアです。」
そんな話を聞いて、辺りを見回すと、
確かに外国の方が多いことに気づく。
原爆の子の像とは少し縁があって、
この像のモデルになったサダコさんの甥っ子のYUJIさんが、
ボーカルを務めるロックバンド「ゴッドブレス」に、
ラサSS(僕のジュニアスイマー)時代の後輩だった三戸詞介君がベースで参加していた。
少し前に脱退したけど。
そんな縁があったので、
YUJIさんとはメールか掲示板で少しやりとりしたことがあった。
話が逸れたけど、
テレビで見たことがある風景の中をさらに歩く。

資料館に入る。
入館料は50円やけど、まずは無料のフロアをウロウロしてみる。
地下に下りると、被爆者の方が描かれた絵が掲示されていた。

被爆後、しばらく経ってから子供さんと再会できた方の絵。
子供さんの唇はいちじくのように腫れ上がっており、
見た目からは判別がつきにくい状態だったけど、
話す言葉から間違いなく自分の子供であると確信されたとのこと。
子供さんは親に会えた安心感からか、
自転車の荷台に座った瞬間に息を引き取られたと…。
涙がこぼれた。
止まらなかった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
この日はその後、平和記念公園から広島駅の近所まで歩いた。
結局、3〜4時間くらい歩いたと思う。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
次の日、広島から相生に帰ってくると、
嫁さんと息子と娘が相生駅まで迎えに来てくれた。

お土産のお好み焼き風センベイも喜んでくれた。

当たり前に訪れる日常は、本当は当たり前じゃなく、
なんて大切な一日一日なんやろう、と本当に心から思う。
以前から広島はじっくり訪問したい場所で、
遊びに行くような軽い感じじゃなく、
日本人として、いや地球人として心に焼き付けなきゃいけない、
そんなイメージの場所だった。
電車に乗るのはもったいないので、とりあえず歩いた。
試合会場のビッグウェーブからモノレール沿いに歩くと広島城が見えた。

目的地は平和記念公園だったけど、地図を持っていなかったので、
方向があっているのかどうか不安だった。
でも…気にせず歩いた。
こういう時は、なんとなく間違っていない気がする。
根拠はないけど。
仮に間違っていても、それはそれで何かに出会うやろうと思った。
町並みが賑やかになってきて、広島市民球場が見えてきた。

ここまで来ると、街頭にある地図で目的地が確認できた。
やっぱり方向は間違っていなかった。
そして、
…辿り着いた。

初めて見る原爆ドーム。
この瞬間の気持ちは言葉ではうまく言い表せない。
平和記念公園内をさらに歩いた。

原爆の子の像の前で、
流暢な日本語を話す外国の方に出会った。
「外国人観光客の方に折鶴の折り方を教えるためにいます。
月に2〜3回ですけど。はい、ボランティアです。」
そんな話を聞いて、辺りを見回すと、
確かに外国の方が多いことに気づく。
原爆の子の像とは少し縁があって、
この像のモデルになったサダコさんの甥っ子のYUJIさんが、
ボーカルを務めるロックバンド「ゴッドブレス」に、
ラサSS(僕のジュニアスイマー)時代の後輩だった三戸詞介君がベースで参加していた。
少し前に脱退したけど。
そんな縁があったので、
YUJIさんとはメールか掲示板で少しやりとりしたことがあった。
話が逸れたけど、
テレビで見たことがある風景の中をさらに歩く。

資料館に入る。
入館料は50円やけど、まずは無料のフロアをウロウロしてみる。
地下に下りると、被爆者の方が描かれた絵が掲示されていた。

被爆後、しばらく経ってから子供さんと再会できた方の絵。
子供さんの唇はいちじくのように腫れ上がっており、
見た目からは判別がつきにくい状態だったけど、
話す言葉から間違いなく自分の子供であると確信されたとのこと。
子供さんは親に会えた安心感からか、
自転車の荷台に座った瞬間に息を引き取られたと…。
涙がこぼれた。
止まらなかった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
この日はその後、平和記念公園から広島駅の近所まで歩いた。
結局、3〜4時間くらい歩いたと思う。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
次の日、広島から相生に帰ってくると、
嫁さんと息子と娘が相生駅まで迎えに来てくれた。

お土産のお好み焼き風センベイも喜んでくれた。

当たり前に訪れる日常は、本当は当たり前じゃなく、
なんて大切な一日一日なんやろう、と本当に心から思う。


