名古屋モダン文化マーケット / ブリキフェチ
日記・その他 > オモチャ通信

先週末『名古屋モダン文化マーケット』が名古屋の吹上ホール3階で開催されました。
今回も大阪ブリキ玩具資料室は参加しました。
全般的にトーイショウが縮小傾向にありますが名古屋も同様,出店者が毎回減少していて開催には少なからずリスクが伴いますので大変だな,と言う印象を持っています。大阪でのトイマーケット & レトロ倉庫の開催をしている身としては他人事ではありません。
ただ、いつも通り古くから出店している本当のオモチャ好きが集うと言うことではなかなか楽しいモノがあります。
今回は先日開催された大阪トーイショウでも特別展示販売していた『不二家のペコちゃん』コレクションの即売があり結構脚光を浴びていました。
※約500平米の手頃な広さです。ブリキ玩具が5割、ミニカー、フィギュアが3割、その他のオモチャが2割という感じでしょうか。
※仮面ライダーブラックの俳優倉田てつをさんのサイン会を開いていました。背が高くてスター性のある俳優さんで水戸黄門にも出演しているということでした。(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai2008
2008年7月2日(水) at 11:41
タカダワタル写真展 / ブリキフェチ
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先週の土曜日の夜、大阪土佐堀にある「ダイニングカフェ+雑貨 マーサ」というお店でトークショー&「吉祥寺発赤い電車」の上映会がありました。
「吉祥寺発赤い電車」という映画はパンフレットの解説によると、1972年自主映画団体 "無援社" によって製作された16ミリのムービーで、高田渡を軸に当時のフォークブームの本質に迫る記録映画です。井上陽水や武蔵のタンポポ団、山本コータロー、三上寛などのステージの様子が映し出されています。まぼろしの映画として行方がわからなかったものが2007年に前半分だけ発見されました。当日は発見された半分を全てを上映(約40分)。
元々,映画『タカダワタル的ゼロ』の大阪公開を記念してこのお店で故人の高田渡氏と70年代からの音楽シーンや芸人の写真を撮り続けている糸川燿史氏の写真展が開催されていてその一環として先週の土曜日にトークショーと上映会があり、28日には大塚まさじさんのライブが予定されています。
※今回の写真展では写真好きだった高田渡氏撮影の当時のミュージシャンの画像が何点か展示されていました。糸川さんの写真は1970年代始めに毎年春に天王寺屋音で開催されていた『春一番コンサート』の当時の画像が展示されていて非常に懐かしい情景でした。当時毎年屋音に行ったことを昨日のように思い出させてくれた。糸川さんはその当時少々場違いなおじさんが写真を撮っているな,と思っていたが知り合いになって既に40年になるのかと思うと感慨無量の感があります。9月には写真集を出される予定で刊行がいまから楽しみです。
※当日のもう一つの楽しみは糸川さんと,桂南光師匠のトークショーでした。大阪では中堅落語家のトップを走っている桂南光師匠。桂枝雀さんの内弟子にいる頃からの知り合いなのでどうも師匠と言うよりもべかこさんの方がなじんでしまっていてようやく南光さんという名前が口から出るようになりました。3ヶ月ほど前に南光さんが司会をしている『痛快エブリデイ』という番組で当資料室の取材があったときスタジオで放映後に30年ほど前の『あしたの箱』時代のことを話してくれていました。当時はちょくちょくお店に足を運んでいただいたのを思い出します。トークショウはタカダワタルさんのこと以外に非常におもしろいお話を聞けました。結構脱線してしまってタカダワタルは何処へ行ったの?という感もなきにしもあらずでした。70年代は音楽シーンが新しい波を迎えた時代でもありましたが大阪には『プガジャ』正式には『プレイガイドジャーナル』があって大阪のサブカルチャーを支えてきました。当時の編集長だった山口由美子さんが6月18日に他界されてお通夜に行ってきましたが,当時大阪のサブカルチャーを支えてきた面々が一堂に集まってなんだか同窓会のようでもありました。大塚まさじさんも来られていてなんば元町の『ディラン』のことを思い出してしまいました。
山口由美子さんは私の妹の同窓生でもあり編集長になる前には『あしたの箱』でお店のお手伝いもしてもらっていましたのでとても残念でなりません。
(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai2008
(C) 糸川燿史
(C) 2008 ALTAMIRA MUSIC & PICTURES
タカダワタル的ゼロ
ダイニングカフェ+雑貨 マーサ
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2008年6月24日(火) at 10:53
日本人形玩具学会第20回総大会その5 / ブリキフェチ
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今回記念講演として『江戸独楽 伝統と創作』と題して江戸独楽の製作者、広井政昭氏の講演と独楽の実演がありました。
江戸独楽は江戸時代から伝えられている 轆轤(横向き)を使って制作する木製の独楽です。
江戸時代から続く江戸独楽作りの四代目である広井さんがいままでの経験談をお話ししてくれました。
広井さんの制作した創作独楽はパリのルーブルにある装飾美術館に永久保存されています。
永年の独楽作りの経験から生まれた広井さん独自の作品は思いもよらない動きを見せてくれます。
※アイデアと工夫に満ちた動きは独楽の回転を利用したもので手の力で回転させてしばらくの時間だけ楽しめる刹那の芸術とでも言えるものです。「ずっと動いていたらおもしろくも何ともない』と言うのが広井さんの考え方で、ほんの数十秒の中で作り出す独楽のドラマを楽しみました。(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai2008
2008年6月17日(火) at 13:35
日本人形玩具学会第20回総大会その4 / ブリキフェチ
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折り紙は歴史のある遊び文化ですが今回紹介されているのは折紙展開図です。折り紙の折り目を描いたものを展開図と呼ばれているそうです。この展開図に折り上がった時に色や模様などが現れるようにあらかじめ展開図に彩色などのデザインを施したものを今回展示されている岡村昌夫さんの命名により『色刷り展開図』と呼ぶことになりました。
私も仕事を始めた頃このような折り紙セットをオモチャやで買ったことがあります。古くからあったようで1800年代には福助の折り紙が流行ってその展開図に絵が描かれたものを販売していたそうです。
※様々な色刷り展開図の折り紙が展示されていてその幾何学模様も興味の涌くものでした。(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai2008
2008年6月17日(火) at 09:44
日本人形玩具学会第20回総大会その3 / ブリキフェチ
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人形劇一筋の加藤暁子さんの展示はチェコの人形劇玩具です。
チェコは昔から人形劇が盛んなところだそうです。
主に糸操りの人形が多く、展示物は家の中で楽しむ人形劇場のセットなど。
※劇場と同じような舞台セットもあり子供の頃から人形操りで遊ぶ習慣があるからこそ人形劇の文化が育つのだろうと思いました。
※これは糸操りではなく磁石を利用した人形劇のオモチャです。人形の下に磁石がついていて舞台の下に磁石のついた棒を入れて人形を動かします。加藤暁子さんは昨年法政大学出版局より『日本の人形劇』と言う著書を出されました。幕末から現在に至る人形劇の歴史の集大成です。
法政大学出版局の紹介から抜粋:
12月13日発売
定価2940円(本体2800円+税)四六判
加藤 暁子(かとう あきこ)著
日本の人形劇 1867−2007
ISBN978-4-588-30049-3 C1310
「人形」とは何か。それを「動きを与えられることによって生命感をあらわすモノやカタチ」としてとらえ、パリ万博で日本の芸人が華麗な「蝶の舞」を見せてから今日まで、140年間にわたる日本の人形劇と人形演劇運動の歴史を跡づける。西洋人形芝居の初来日やドイツ人捕虜収容所の人形劇、大政翼賛会の人形劇から「ひょうたん島」や「いっこく堂」まで、人形劇を通して語る日本の近現代史でもある。〔文化史・演劇〕
(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai2008
2008年6月17日(火) at 09:21
日本人形玩具学会第20回総大会その2 / ブリキフェチ
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日本人形玩具学会第20回総大会は此の他にも興味ある展示や研究発表がありました。
ここではその中の一部をご覧いただきましょう。
※吉徳資料室の学芸員の林直輝さんによる日本の凧の展示。極彩色の絵柄は江戸の浮世絵に通じるところがあると言われています。凧もまた次第に姿を消してゆく運命にあるものの一つです。
※同じく吉徳資料室が大切に守って来られた戦時中の統制玩具の一部です。昭和12年に金属玩具の使用禁止がありその後昭和15年には全商品に『公定価格』の設定を命令されました。これによりオモチャが統制品になり贅沢な商品の製造がままならないようになりました。
当時の業界の責任者であった先代の山田徳兵衛氏(吉徳十世)の手により保存された当時のオモチャが今回展示されました。紙や、布製のオモチャばかりですが制約された中でも子供の為に出来るだけ楽しいオモチャを作ろうという製造者の気持ちが読み取れます。ちなみに吉徳とは浅草橋の江戸時代から続いた老舗の人形玩具店のことです。
※木製のポンプやままごと遊び、セルロイドのお人形など金属のオモチャが一切無かった時代のオモチャですがカラフルなつくりで戦争の時代にあってオモチャだけが少しでも世の中を明るくしたのでしょう。
(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai2008
(C) 吉徳資料室
ここではその中の一部をご覧いただきましょう。
※吉徳資料室の学芸員の林直輝さんによる日本の凧の展示。極彩色の絵柄は江戸の浮世絵に通じるところがあると言われています。凧もまた次第に姿を消してゆく運命にあるものの一つです。
※同じく吉徳資料室が大切に守って来られた戦時中の統制玩具の一部です。昭和12年に金属玩具の使用禁止がありその後昭和15年には全商品に『公定価格』の設定を命令されました。これによりオモチャが統制品になり贅沢な商品の製造がままならないようになりました。
当時の業界の責任者であった先代の山田徳兵衛氏(吉徳十世)の手により保存された当時のオモチャが今回展示されました。紙や、布製のオモチャばかりですが制約された中でも子供の為に出来るだけ楽しいオモチャを作ろうという製造者の気持ちが読み取れます。ちなみに吉徳とは浅草橋の江戸時代から続いた老舗の人形玩具店のことです。
※木製のポンプやままごと遊び、セルロイドのお人形など金属のオモチャが一切無かった時代のオモチャですがカラフルなつくりで戦争の時代にあってオモチャだけが少しでも世の中を明るくしたのでしょう。(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai2008
(C) 吉徳資料室
2008年6月16日(月) at 19:08
日本人形玩具学会第20回総大会その1 / ブリキフェチ
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先週週末14日(土)15日(日)の二日間にわたって日本人形玩具学会の総大会がありました。
筆者も学会誌に『ブリキのオモチャは生き残れるか?』と題した一文を掲載したこともありブリキのオモチャの製造工程が解るのサンプルを出品展示をしました。
発足して20年になる日本人形玩具学会は人形と玩具のかたちあそとびをメインの切り口にした学会ですが様々な分野の方が会員になっておられて、それぞれの分野での研究を発表する場にもなっています。
※メーター版を使ってブリキ印刷の版下を作成するサンプルはなかなか興味あるものです。プレス工程での印刷板の歪みを修正しながら作画する技法はブリキ玩具特有の技術です。
※ブリキのオモチャ、歩行ものの組み立ては足から順番に組上げます。鉄人28号NO3の素材を使った組み立て工程のサンプルを展示しました。
※また鉄人28号NO1のボディーを半分カットしたカットモデルを用意して内部のゼンマイの様子を見ていただきました。出来上がったオモチャでは見ることの出来ないギミックを理解していただくことが出来ました。また普段目にすることの無い部品の製作工程のサンプルでどのような順序でプレス加工して一つの部品に仕上げてゆくかを解っていただけました。
(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai2008
(C) 光プロダクション
2008年6月16日(月) at 18:29
大阪トーイショウ / ブリキフェチ
日記・その他 > オモチャ通信

昨日、新大阪のチサンホテルで『大阪トーイショウ』が開催されました。
当資料室も参加しました。
今回は所沢の『あんBALANCE』さんが不二家のペコちゃんコレクションを売り出すと言うことでガラスケースに200点近くのペコちゃん関連商品を展示即売されました。
※首振りのペコちゃんが沢山並んでいました。
※いろんなバリエイションがあるのだと改めて不二家のペコちゃんの奥行きを感じました。
※1950〜60年代のブリキのオモチャの展示即売コーナーも設けられていました。
※神出鬼没のドイツ人コレクターも出店中。世界中何処のトーイショウにでも行くタフガイです。ロボットとSF玩具のコレクション歴は20年ほど、日本には10年ほど前から毎年4〜6回来日。ロボットや宇宙船など安く買える時もあります。要テェック!
※極め付きはイヌクマのパパ!相変わらずお元気で何よりです。燃料の高騰で次回は来れるかどうか心配だとおっしゃっていました。パパがいないとトーイショウじゃ無い。出店ディーラーは前回より少し減ったようですがオープンと同時に熱心なコレクターがお目当てのおもちゃを吟味して買っていました。
特にブリキのオモチャを買い求める新しいお客様が増えてきたように感じます。コレクションは1日にしてならず! 地道な収集、正確な知識と美的センスを養ってこそ成果を上げる世界でもあります。
(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai2008
2008年6月2日(月) at 12:07
トイマーケット & レトロ倉庫 / ブリキフェチ
日記・その他 > オモチャ通信
明日は20回目の『トイマーケット & レトロ倉庫』です。
12年目に入りました。
この数年出店者が減少傾向にあります。どのトーイショウ、骨董関係の催事でもこの傾向があるみたいです。
要因は世間の景気の悪さにあると思います。小泉政治の傷みを分け合う改革政策は大手銀行には不良債権がなくなりよかったかのように見えますが、中小企業の経営者や自営業者に取っては傷みばかりがあって、何の利点もなかったのかと思います。
様々な問題点を早急に改革してゆかないと日本の経済は停滞してしまうでしょう。
我々オモチャの業界にいるものに取って前の見えない政治は夢を売る仕事に取っては少し不安なところがあります。
早くオモチャの市場が良くなるよう祈りたいし努力してゆかないといけないと考える今日この頃です。
とにかく楽しい一日を提供しようと思います。
(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai
トイマーケット & レトロ倉庫
12年目に入りました。
この数年出店者が減少傾向にあります。どのトーイショウ、骨董関係の催事でもこの傾向があるみたいです。
要因は世間の景気の悪さにあると思います。小泉政治の傷みを分け合う改革政策は大手銀行には不良債権がなくなりよかったかのように見えますが、中小企業の経営者や自営業者に取っては傷みばかりがあって、何の利点もなかったのかと思います。
様々な問題点を早急に改革してゆかないと日本の経済は停滞してしまうでしょう。
我々オモチャの業界にいるものに取って前の見えない政治は夢を売る仕事に取っては少し不安なところがあります。
早くオモチャの市場が良くなるよう祈りたいし努力してゆかないといけないと考える今日この頃です。
とにかく楽しい一日を提供しようと思います。
(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai
トイマーケット & レトロ倉庫
2008年3月29日(土) at 12:56
テレビの青春!昭和30年代番組展 / ブリキフェチ
日記・その他 > オモチャ通信

大阪近鉄百貨店阿倍野店で開催中の『テレビの青春!昭和30年代番組展』の入り口では実車ミゼットと昭和レトロ商品の販売をしていますが,連日沢山のお客様がご来場されます。
当社発売のミゼットのブリキ玩具も人気があり,今回の近鉄百貨店のロゴ入幌特別限定品も沢山買っていただきました。
※会場が9階の飲食フロアーにあり,欧風創作料理のお店が期間中当時の給食メニューを再現した限定『懐かしの学校給食セット』を毎日30食用意しています。まだトライしていませんが期間中に是非試食したいものです。(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai2008
2008年3月10日(月) at 14:04
近鉄百貨店阿倍野店催事 / ブリキフェチ
日記・その他 > オモチャ通信

3月6日木曜日から12日まで大阪のJR天王寺駅前にある近鉄百貨店阿倍野店の9階『アート館』で『テレビの青春!昭和30年代番組展』が開催されます。会場での販売コーナーに出店のため、搬入と陳列に行ってきました。
アート館のホワイエにはなんと実車のダイハツミゼットが陳列してあります。姫路ナンバーの付いたバリバリの実車です。
※ガラスケース3台とテーブル2台にオモチャを陳列しました。このうち1台のガラスケースはコレクションの展示に使用しています。昭和30年代を中心に約100点を陳列しました。自動車とオートバイのコレクションとからくり玩具をセレクトして展示しています。
※オート三輪やスクーターなどの珍しいものも陳列しました。
※製品は現在販売可能な商品を陳列して即売致します。
※面子類やアンティーク玩具も販売しています。
※セルロイドのお人形も少し販売します。この他にレトログッズや古着などのお店も出店しています。書籍類も昭和30年代をテーマにしたものが沢山用意されていました。会場では『てなもんや三度笠』をはじめとした懐かしい映像もご覧になれます。明日のオープニングが楽しみです。
(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai2008
2008年3月5日(水) at 18:31
住吉大社の大灯籠 / ブリキフェチ
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大阪の住吉大社には沢山の灯籠があります。
江戸時代に各産業の講、今でいう同業組合が献灯したものが残っています。正面境内に入ったところには『ざこば』と記された灯籠があります。乾物商、小間物商、などと記されたものもあります。
※太鼓橋をわたって本殿がある結界の手前に左右にひときわ大きな灯籠の一対が翫物商と記された大灯籠です。見上げるくらいの高さ多分5メーターはあるでしょうか。
※宝暦12年(1762)文化5年再建とあります(1808)の記載があり約200年の歴史がある由緒ある灯籠であることがわかります。
江戸住吉講も文字も見えます。江戸と上方の玩具商が奉納した大灯籠です。玩具派当時から大変景気のいい産業だったらしくひときわ目立つ場所にたてられています。
※玩具小石灯籠保存会が有り何年かごとに補修してその記録を刻んでいます。
そのなかに人形問屋やオモチャ問屋の名前を見つけることが出来ます。
灯籠巡りをして当時の産業の隆盛を想像するのも楽しいものです。
(C) OSAKA TIN TOY INSTITUTE/nobuo kumagai2008


