『ク・セ・ジュ』

toco3のblog

HOME

ブリューゲルへの旅 / toco3

> myblog

中野孝次の「ブリューゲルへの旅」を読む。


2007年5月19日(土) at 18:19 / コメント( 2 )/ トラックバック( 5 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/toco3/68

「翔ぶが如く」 / toco3

> myblog

司馬遼太郎の「翔ぶが如く」を読む。

この大河小説の主人公は、西郷隆盛であるとも言えそうでないとも言える。
司馬遼太郎はこう言っている。
「この作品では、最初から最後まで、
西郷自身も気づいていた西郷という虚像が歩いている。
それを恐れる側、それを担ぐ側、あるいはそれに希望を託す側など、
無数の人間現象が登場するが、主人公は要するに西郷という虚像である」


この作品の面白さは、西郷という虚像をめぐるこの無数の人間現象にある。

作品中(9巻の136ページ)に、こんな件があった。

「鹿児島県士族の気質」ということについて、
薩摩出身の軍人が、私学校が暴発した早々、陸軍卿の山県有朋に対し、
「彼らは進むを知って退くを知らず、唯、猪突を事として、
縦横の機変に応ずるを知らず」と説いている。

まことに上代の隼人が翔ぶがごとく襲い、翔ぶがごとく退いた
という集団の本性そのままをいまにひきついでいるかのようである。


この作品のタイトルは、おそらくこうした思いから付けられているのだろう。

「翔ぶが如く」は、「坂の上の雲」と並ぶ、司馬文学の双璧をなす作品だと思う。

2007年4月28日(土) at 13:01 / コメント( 1 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/toco3/67

「世に棲む日日」 / toco3

> myblog

司馬遼太郎の「世に棲む日日」を読む。

「世に棲む日日」は、作品の前半は、吉田松陰という幕末の思想家について、
後半は、松蔭の影響の受け手である高杉晋作について、書かれている。

この作品において、司馬遼太郎は、人間が人間に影響を与えるということは、人間のどういう部分によるものかを、松蔭において考えてみたかった、という。

幕末に成立する正義のなかでもっとも精密に思想的であったのは、
松蔭のそれである、と司馬遼太郎はいう。
しかし、松蔭とその後継者の晋作の思想、特に政治についての思想は、
時間や空間を越えるだけの普遍性をもっていない、ともいう。

松蔭の思想よりも、その思想を生んだ松蔭という稀有な個性のみが
重要であるといえるかもしれない、というのである。


幕末という激動の時代に、松蔭も晋作も若くして逝ったのではあるが、
松蔭がいっているように、たとえ少年の身で死んでもその短さのなかに
ちゃんと春夏秋冬がある、
のである。

ところで、「世に棲む日日」という作品名は、おもしろき こともなき世を おもしろく という高杉晋作の「半ばふざけたような辞世の、それも感じようによっては秋の空の下に白い河原の石が磊磊ところがっているような印象からそれをつけた」と司馬遼太郎はいっている。

ちなみに、高杉晋作の辞世の句は、上の句を書いたところで、力が尽き、
尻切れトンボの辞世となったのであるが、弟子のひとりが、すみなすものは 
心なりけり、
と書き、下の句をつけている。

2007年3月21日(水) at 06:40 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/toco3/66

「菜の花の沖」 / toco3

> myblog

司馬遼太郎の『菜の花の沖』を読む。

司馬遼太郎の小説の魅力のひとつに、小説の書き出しが上げられる。
『菜の花の沖』の書き出しは、このようになっている・・・

淡路の島山は、ちぬの海(大阪湾)をゆっくりと塞ぐようにして横たわっている。

『菜の花の沖』の主人公は、淡路島の貧しい村に生まれ、やがて陸からはみ出て生涯を海上で送るようになり、いつの間にか幕府の仕事を請け負うようになり、蝦夷地や千島の経営に関わるようになるという人生を送った高田屋嘉兵衛である。

そして、司馬遼太郎の主たる関心は、鎖国を国是としていた江戸時代の「船と航海と商業について」であり、ロシア及びロシア人という存在あったようである。

とりわけ興味深いのは、江戸幕府という時代の商品経済が、社会と人間にどのような変化を生み出したかを浮かび上がらせているところである。

そこには、「商品経済の社会は、人間をずいぶん変えてしまうものであるらしい」という司馬遼太郎の認識が先ずあるようだ。

『菜の花の沖』という作品は、「なによりも物についての認識が変わる。物を単に物と見ず、物を見、数量的にとらえ、またその変化に関心をもち、物を中心に置いて前後左右の人間関係を考えてゆく」という視点から、高田屋嘉兵衛を描き、江戸幕府という時代を描いている。


2007年2月18日(日) at 22:22 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/toco3/65

「胡蝶の夢」 / toco3

> myblog

司馬遼太郎の「胡蝶の夢」を読む。

「胡蝶の夢」を書くについての作者のおもわくのひとつは、
江戸身分社会というものを一個のいきものとして
作者自身が肉眼で見たいということであった・・・という。

江戸身分社会というものを一個の生き物としてみるために
「胡蝶の夢」で核となっているのは、蘭学である。

幕末に於いて、江戸幕府の制度の一部が、蘭学化することによって
徐々に崩れていき、蘭学を学んだ者が、卑賤の境涯から身分社会において
栄達をしていく様を、主人公の蘭医・松本良順の生涯を追うことで
「胡蝶の夢」は、鮮やかに、時代の風景として、私たちに見せてくれる。

「胡蝶の夢」という題は、「荘子」からとられている。
荘子は夢に胡蝶になり、覚めれば荘子であった。
荘子が夢を見て胡蝶になったのか、胡蝶が夢を見て荘子になっているのか、
大きな流転のなかではどちらが現実であるかわからない・・・

胡蝶とは、幕末という巨大な、未曾有の変動期に生きた人間たち
ここでは、その中心に、松本良順がいて、伊之助がいるのであるが、
彼らは、つまりは、胡蝶に過ぎないのではないかと思える・・・という。

ちなみに、私にとって、この作品で最も興味深い人物は、伊之助である。

2007年1月17日(水) at 22:46 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/toco3/64

「坂の上の雲」 / toco3

> myblog

司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読む。

この大作の書き出しは、
「まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている。」
というものである。まことに簡潔で、的確な書き出しである。
「坂の上の雲」の主人公は、
明治という時代の小さな日本ということができる。

司馬遼太郎は、
明治という時代ほど楽天的な時代はない、という。
「楽天的」という意味は、
この物語を読むことによって明らかになるが、
ともかくもこの長い物語は、明治という時代の
日本史上類のない幸福な楽天家たちの物語である。

やがて彼らは日露戦争という途方もない大仕事に
無我夢中で首をつっこんでゆくのである。
楽天家たちは、明治のような時代としての体質で、
前をのみ見つめながら歩く。

「のぼってゆく坂の上の青い天に
もし一朶の白い雲がかがやいているとすれば、
それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう」
という。

そのなかで、ともかくも3人の人物を取り上げている。
正岡子規と秋山好古・真之兄弟である。3人は、松山で育った。
この3人の人物のあとを追うことで、
明治という時代の小さな日本の姿が鮮やかに浮かび上がる。


2006年12月21日(木) at 23:22 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/toco3/63

ハンニバル / toco3

> myblog

トマス・ハリスの「ハンニバル」を読む。

医学博士にして連続殺人犯のハンニバル・レクターと
FBI特別捜査官クラリス・スターリング。
この2人の主人公の魅力もさることながら、
病院用務員のバーニーが興味深い。

クラリスとバーニーの会話。
「いったい、あなたの望みは何なの、バーニー?」
「死ぬ前に、世界中に散らばっているフェルメールの絵を
残らず見ることでしょうか」
「あなたをフェルメールにのめりこませたのはだれか、
訊くまでもないわね?」
「自分と博士は、真夜中にいろいろなことを話し合いました」


意外なところで、我がフェルメールの名が出ているではないか!
フェルメールの名はそのほかにも出てくる・・・

マーゴはひとしきりバーニーの顔を見つめていた。
そのうち、小さな鞄をテーブルに置いて、言った。
「かなりの大金が入っているからね、ここに。
世界中のフェルメールを一回は見てまわるのに十分なくらいの金額だよ。
二回は無理だろうけど」


その日、ブエノス・アイレスに到着した際は夕方近くになっていたため、
国立美術館には足を運べなかった。
国立美術館ではいま、貸与されたフェルメールの絵が一点、
公開されているのである。
世界中のフェルメールを残らず見るというバーニーの使命を知って、
リリアン・ハーシュは興を誘われた。
それは、二人が楽しい時をすごす妨げにはまったくならなかった。
バーニーがすでに見たフェルメールの絵は全体の四分の一に達していたが、
訪ねるべき美術館はまだたくさん残っていた。


ところで、クラリスはどうしているのか?
ハンニバルはどうなったのか?

二人の関係を大いに親密たらしめているのは、
クラリス・スターリングの肉体を貫く行為だ。
それをクラリスは貪欲に歓迎し、旺盛に求める。
それは一面で、ハンニバル・レクターの肉体が、
クラリスに包まれることでもある。
それは彼の過去の経験の枠をはるかに踏み越えている。
彼がクラリスに畏怖を覚えていることも、ありえないことではない。
セックスは二人が日ごとに強めている素晴らしい絆といえよう。


「ハンニバル」での見どころは他にもある。この小説は6部からなるが、
第2部のフィレンツェだけでひとつの小説世界を完結させている。
フィレンツェという歴史空間が、見事に物語の中に息づいている。

トマス・ハリス、異能の作家である。

2006年11月13日(月) at 18:26 / コメント( 0 )/ トラックバック( 1 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/toco3/62

イヴァン雷帝 / toco3

> myblog
アンリ・トロワイヤの「イヴァン雷帝」を読む。

1547年にモスクワ大公イヴァンは、
「全ロシアのツアーリ」を名乗って戴冠した。
国家としてのロシアは、この時誕生したとされる。

ツアーリ・イヴァンは、「雷帝」と呼ばれるが、
雷帝を意味する「グローズヌィ」というロシア語は、
もともとは「嵐」に由来し、「恐ろしい」という意味があるが、
また、威厳に満ちた、愛国的な響きもあるという。

イヴァン雷帝の偉業は、モスクワの赤の広場にある
色彩豊かで、幻想的なヴァシーリー寺院に象徴されている。

イヴァン雷帝は、「スラブ的混沌」を体現する人物ともいえる。
この書は、建国期のロシアを見つめつつ、帝政ロシアの起源にある
「スラブ」の土壌を描き出しているといえる。



2006年10月15日(日) at 08:24 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/toco3/61

中世の秋 / toco3

> myblog

ホイジンガの『中世の秋』を読む。

この書は、「フランスとネーデルラントにおける
14,5世紀の生活と思考の諸形態についての研究」である。

このサブタイトルは、魅力的な書名に比べると、
学問的で、興味の乏しい内容に思えるが、
ホイジンガは、個人的に関心を寄せる画家ファン・アイクの絵画、
とりわけ、「アルノルフィニ夫妻の肖像」と「子羊の礼拝」を手懸りに、
ファン・アイクの時代でもある中世後期の思考と感受性、
つまりは、中世文化の全体像をイメージ豊かに、精細に描きあげている。

2006年9月23日(土) at 06:40 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/toco3/60

ダ・ヴィンチ・コード / toco3

> myblog

ダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」を読む。

レオナルド・ダ・ヴィンチ、ルーブル美術館、聖杯伝説、秘密結社・・・
いかにも読者の興味を引きそうな内容がいっぱいのこの書は、
「ダ・ヴィンチ・コード」は、ローマ・カソリックの存在を危うくするほどの
ヨーロッパの歴史を塗り替えるほどの「真実」を扱っているという。

その「真実」とは、キリスト教の聖杯伝説である。

「ダ・ヴィンチ・コード」は、世界的に超ベスト・セラーにもなり、
ローマ・カソリックからも問題の書扱いされたりしたが、
作者はキリスト教を糾弾したり、奇を衒ったりする意図はない様に思える。

ダン・ブラウンは自分の得意とする分野を小説として書いているだけであり、
この書で述べられている宗教象徴学や図像学には勝手な解釈は見られず、
社会的、あるいは宗教的な生活態度はむしろ常識的な作家のように思える。

それは、作中で登場人物の一人に語らせている次の言葉からも伺える。
「ある者にとって、聖杯は永遠の命をもたらす杯。
またある者には、失われた文書と謎めいた歴史への探求。
そして大半の者にとって、聖杯はただの壮大な幻想・・・
今日の混沌とした世の中においてさえ、わたしたちに希望を与えてくれる、
素晴らしい夢の宝物ではないかしら」

この書の面白さは、この「聖杯伝説」への新しいアプローチにある。

「聖杯」とは、キリストの杯ではなく、聖なる女性の象徴である。
聖杯が杯だという伝承は、それにまつわる真実を守るための寓話である。
「聖杯」は、ダ・ヴィンチによって、「最後の晩餐」に描かれている・・・という。


2006年8月15日(火) at 08:12 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/toco3/59