「翔ぶが如く」 / toco3
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司馬遼太郎の「翔ぶが如く」を読む。
この大河小説の主人公は、西郷隆盛であるとも言えそうでないとも言える。
司馬遼太郎はこう言っている。
「この作品では、最初から最後まで、
西郷自身も気づいていた西郷という虚像が歩いている。
それを恐れる側、それを担ぐ側、あるいはそれに希望を託す側など、
無数の人間現象が登場するが、主人公は要するに西郷という虚像である」
この作品の面白さは、西郷という虚像をめぐるこの無数の人間現象にある。
作品中(9巻の136ページ)に、こんな件があった。
「鹿児島県士族の気質」ということについて、
薩摩出身の軍人が、私学校が暴発した早々、陸軍卿の山県有朋に対し、
「彼らは進むを知って退くを知らず、唯、猪突を事として、
縦横の機変に応ずるを知らず」と説いている。
まことに上代の隼人が翔ぶがごとく襲い、翔ぶがごとく退いた
という集団の本性そのままをいまにひきついでいるかのようである。
この作品のタイトルは、おそらくこうした思いから付けられているのだろう。
「翔ぶが如く」は、「坂の上の雲」と並ぶ、司馬文学の双璧をなす作品だと思う。
2007年4月28日(土) at 13:01 / コメント( 1 )/ トラックバック( 0 )
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このエントリ(記事)へのコメント
翔ぶが如くを読んでいるところです。 / 田島敬一 URL
なるほど『翔ぶが如く』という題名は薩摩隼人の上代の戦いぶりから来ているということ、納得できました。
西郷隆盛という虚像が主人公であったという言葉も、すとんと胸に落ちました。
私は熊本県ですから、宮崎八郎に関する叙述が多く書かれていることをありがたいと思いますが、同時に命を落さなかったら、その後にどのように影響があったろうかと惜しんでいます。
西郷隆盛という虚像が主人公であったという言葉も、すとんと胸に落ちました。
私は熊本県ですから、宮崎八郎に関する叙述が多く書かれていることをありがたいと思いますが、同時に命を落さなかったら、その後にどのように影響があったろうかと惜しんでいます。
2007年10月12日(金) at 11:27
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