広智苑

智*Longのblog

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『約束』と『考えるうつ病妊婦』 / 智*Long

日記・その他 > うつ病日記
今週は 産婦人科と精神科の通院がある週だった

で・・・
産婦人科では 特に問題などなく 順調に我が子が育ってることがわかった

すでに 2000gあるらしく 大きめに育ってるらしい

血液検査の結果も 貧血なので鉄分を摂る様に指導されたくらいで 他に大きい問題はなく ホッとした

ただ・・・
いつもの様に いつもの看護婦さんが バイタルチェックをして 話をする際に いつもとは ちと違った様子やった

今回の診察の際に 初めて あたしが精神疾患であることを知ったのか どうか わからんけど・・・
『何かあったら いつでも 何でも 相談してくださいね!
今日は あたしは 4時30までいますから 電話してくれてもいいですし 診察日以外でも いつでも来て 話をしてくれていいんですよ!
もう 一人で悩んだり 抱え込まない様にしてくださいね!』

と言う様なことを えらい言われて・・・
何度もお礼を言うた あたし

今までの診察では こういう会話がなかったこともあって なんで 突然 今回の診察では こんなに心配されてるんやろう・・・と かえって あたしが首をかしげる感じやった


で・・・
今日 精神科の診察日やった

いつもの様に 主治医のそらまめ先生は 優しく かつ 丁寧に診察をしてくれた

先日 保健師さんが訪問されたことなどを話した

あたしが 終始 号泣して 何か ようわからん会話をしてたかもしれんと言うと
『それは 良かったと 僕は思いますよ!
調子が悪いときに 訪問されたことは かえって良かったですね!
調子が悪いのを しっかりと見てもらえるし 調子がいい時しか見てないと 本当に辛い状態を 理解してもらいにくいですからね!』

と そらまめ先生が 言うたのを聞いて 納得!

ただ・・・
最近 やはり 精神的に かなりおかしいと自覚してるあたしは その事を どう そらまめ先生に話したらええんかを悩んでた

少し前までは
『もう 疲れた・・・ 死にたい・・・』
って感情を抱いてしまってたけど 最近は
『もう 死んでもええかなぁ・・・』
って感情が あたしの中に存在することを言うた

ぶっちゃけ 自分でも すんごい無責任で おかしなことを言うてると思ってる

お腹には 待望の我が子がいて あと数ヶ月で生まれるというのに 何で 死にたいなどという感情が溢れてるのか・・・!?

やはり 我慢してたけど そらまめ先生と話してるうちに 我慢の限界に来て 目から涙が溢れ出て来た

そんなあたしを見て そらまめ先生は
『智さん まず 自分をしっかりと褒めてあげてください!
本当によくがんばってるんですから!
それに あなたは 今 とっても大きな仕事をしてるんですよ!
子どもを生むというのは 本当に大変なことですからね!
そして 今 ここで 僕と 約束をしてください!
死なないと 約束をしてください!
そうじゃないと 僕は 治療が出来ないからね!
僕は 智さんに生きて欲しいから 治療をするんです!
智さんは 死ぬ為に 今 生きてるんじゃないんですよ!』

とおっしゃった

あたしは 溢れ出る涙を止めることも すぐに その約束を交わすことも出来ず 暫く 言葉を失ってしまった

そんなあたしに そらまめ先生は 優しい口調で しっかりとあたしに伝えたいことを 伝えてくれたんで 何とか 返事をしたあたし

正直 以前の主治医とも 自殺をしないと言う約束を交わしたのに それを破ってしまった経験から 様々な『約束』をすることが かなりの恐怖になってるあたしは それからも 暫く 頭が回ってない状態が続いた

増薬の提案もしてくれたが やはり 子どもへの影響とかも心配なんで 結局 断った

いつもなら 次回の通院日をあたしに聞いて決めるのに 今日は そらまめ先生が決めて 必ず来る様に 何度も念を押された

やっぱり あんまし ええ状態じゃないらしいと 周囲の人たちの言動によって 気付くあたし・・・

あと 保健師さんや看護婦さん 主治医のそらまめ先生たちが共通して言うのが
ひとりで 抱え込んだり 頑張らないでください!
って事やった

ってことは ひとりで考え込んだり 抱え込んだり 頑張ってしまう人が 病気になるのか・・・!?

確かに あたしは 誰かに 何かを頼むことが ほんまに少ない気がした
いつも頼ってる旦那にさえも 何かを頼む時 結構悩んでから 頼んだり 結局 頼まへんことが多いと 改めて思ったりする
もうちょっと 甘えることが出来たら 楽になれるんかもしれんけど・・・それが なかなか難しいと感じてしまってるあたしには まだ 頼ることやら 甘えることが 当分 出来なさそうな気がした



で・・・
最近は 子どもについて 色々と考えたりする

春になって 無事に出産できたら あたしは ひとりの人間の母親になる

でも・・・
未だに 母親ってなもんが よう わからんかったりする

もちろん どうやって子育てしていけばええんか!?みたいな不安や悩みは 以前からあった

ただ そういう事以外の部分で えらく 頭打ちしてる気がする

『生』『死』
ってことも あれこれ考えたりする

今現在 あたしのお腹で育つ我が子は 世間では 胎児って呼ばれるらしい

病院にある超音波映像で見れば 心臓はしっかりと脈を打ち 手足を元気にバタバタさせてる

この我が子は 確実に 生きてる

でも あたし以外には その生きてる感覚を感じることが出来ないせいか どうも 生きてる存在と見なされてない節がある様に感じる

この感覚も なかなか伝えにくいんやけど・・・

あと 雑誌などを見てると 
『?』
と感じることも多い

例えば・・・
『お腹の子は ちゃんと生まれたいと思う親たちの下に生を授かる・・・つまり あなた(読者である母親など)は 子どもに選ばれた立派な親なんですよ』
みたいなコメントがあったりすると かなりの疑問を抱いてしまうあたしは やっぱり 偏屈者なんかもしれん

そういう メルヘンチックな考えもええかもしれん
何も 否定する気は無いが あたしには その感覚がないみたいなんで 違和感を感じてしまった

もし 子どもに そういう意思やら 願望みたいなもんがあるとしたら 是非 聞かせて欲しいと思う

『ほんまに この世に生まれて来たいと思う?』
とか・・・聞いてみたい

胎動を感じる時も すんごい
『なんで そんなに動いてるん?何を考えてるん?』
って聞いてみたい

もちろん 何も考えてないんかもしれんし 動物的本能による動きだけかもしれん

あと 考えてしまうのは 子どもに
『なんで生んだんや!?生まれて来ない方が良かった!』
みたいな事を言われたら どうしよう・・・何も 答えられへんかもしれん・・・って思ってしまう

子どもが欲しいと思って 子どもを生むってことは ある意味 親のエゴやと思ってるからかもしれん

それに あたし自身 何度も 
生まんといて欲しかった
と思ったことがあるから 同じ様に あたしが生む子どももそう思うかもしんと 漠然と思ったりする

ただ
生んでやったんや
感謝しなさい

みたいなことは 絶対に言いたくないと かなり強く思ってる

あと 多分言わんとは思うけど
あんたなんか いらん
と 子どもの存在を否定したり 不要やと言うことだけは 死んでも言うまい と思う

これは あたし自身が 何度も親に言われ 未だに引きずってるからやと思うけど・・・

そんなわけで まだ抱き上げ お乳さえもあげてない まだ見ぬ我が子に あれこれと思ったりしてる日々・・・



また 最近のあたしは 
『明日 朝が来なくても あたしは 満足かもしれん』
ってなことを よく思う

理由って呼べるほどのもんは 見当たらへんけど 何か もう 頑張ることとか 辛抱することとか 疲れてしまって そろそろ終止符を打たれてもええかも・・・みたいな感じに思ってるみたい

きっと 他人からは
『何を甘ったれたことを言うてるねん!』
とお叱りを受けるやろうけど あたし的には 結構 頑張って来たんで もう終わらせて欲しいとか わけわからん事を思ってるみたいで・・・

端的に言えば 無気力状態なだけかもしれん
あと 無欲状態でもあるかもしれん

ここで思うのは やっぱり 生きてる・生きていく上で 『欲』ってなもんは ほんまに重要な役割を担ってるという点

案外 意識してへんことかもしれんけど 生きてる人って 絶対に 何かしらの『欲』を持ってると思う

有意識・無意識に関わらず・・・

空腹時に お腹が グーって音を出すのも これまた 素晴らしい欲があるからこそ なせるワザなわけで・・・

そう考えると 生きるエネルギーってなもんは 色々あると気付かされる


まっ そんなことを あれこれと考えて でも 答えなんてもんは 全然出てないし 出そうという努力もしてないけど こうやって あれこれと考えて 日々過ごせてるあたしは 何だかんだ言うても 幸せ者なんやろうと 漠然と感じたりしてる 新米妊婦のあたしに 乾杯 



2008年2月7日(木) at 18:33