広智苑

智*Longのblog

HOME > 職

介護スタッフ その3 / 智*Long

> いっちょかみ職歴
めちゃ めちゃ 久々にこのカテゴリーを更新する
今回は 『食事』について!

あたしが働いてた施設は 特別老人ホームだったんで いろんな人が入居されてた
特に 他の施設の入居を拒否された方も 入居されてたんで とにかく人数は 定員数をオーバーしまくってた
でも 介護スタッフは すぐに辞められたりして いっつも不足状態
入居者の他にも ショートステイで 短期間入居される方もいた
そもそも ショートステイってのは 数日〜数週間程度 入居されるのが 基本やと思うんですけど・・・
ウチにおられた人たちは ショートではなく まさに ロングステイでした
だって 何ヶ月も なんやったら1年以上の人もおられて もうこうなったら 通常の入居者となんら変わりなし!
理由は その介護者や家族によって 様々やったみたい・・・
面会に来る人も 極少・・・
一度も顔を見たことない 家族の人 たくさんおった

あっ 食事の話でした
3種類あって
普通食・きざみ食・ミキサー食
入居者それぞれにとって 食べやすい食事を摂ってもらう
食堂も 決まった席があるんで これまた 覚えるのが大変
おまけに こぼしてもいい様に ナイロンエプロン(介護用エプロン)も それぞれのテーブルに用意して置いとく
だから これも 全部覚える必要がある
間違っておいてたりして 怒る人だっておるから!
食事介助の必要な人のテーブルに それぞれ スタッフが座って介助する
やっぱり その人 その人によって 一度に食べる量や 時間は 様々・・・
スプーンに これくらいの量で・・・とか 飲み物は こんな風に・・・とか やりながら 教わりながら 覚えていくしか無かった
嚥下困難な人には 特に注意
わずかな量でも のどを詰まらせ 呼吸困難に陥る
あと 視力が殆どない方もおられ 勝手に隣の人の器を手にしてたりも する
見えへん分 声かけしながら 介助していく!
ただ スタッフの人数が少ないから 一人で 2テーブル位を担当したりもしてて もう 休んでるヒマなんぞ 全くない
1テーブルに 大体4〜5人おられる
それの2倍の人を介助しつつ 他のテーブルにも目を配って 食べ終わった人が ちゃんと薬を飲んでるかを確認した上で エレベーターまで 誘導する
もう てんてこまいでした
よく 話には 聞いてたけど 『痴呆の人が 食べた後でも 食べてないって言う』ってこと!ほんまです!
食べ終わったからって すぐにお膳を下げてはいけませんでした
なぜなら お膳が目の前から 姿を消して でも 周囲の人が食べてたら 『あたしだけ 食べてない!』と訴えられるから!
だから 空っぽになった器をそのまま しばらく置いてて 『あなたは もう 食べたんですよ!』ってわかってもらうために わざと お膳を下げない様にしてました
でも・・・
ひと段落して スタッフが食事を詰め所でしてたら ガラス越しに視線を感じ・・・見てみると・・・
ガラスにべったり顔を貼り付けて 食べてるあたし達を 見ておられる入居者たち
初めは ほんまに めちゃめちゃ びっくりしました!
そして 詰め所のドアを コンコンってノックして 
『あたし ご飯食べてまへんねん それ 下さい』
って言いながら 詰め所に入って来られます
否定は禁物なんで
『あっ お腹減ったんですね!じゃ 今 すぐに作ってもらう様にしますね』
といいながら フロアへ誘導する
でも 1分も経たへんうちに
『あの あたし ご飯食べてまへんねん』
と やって来られる
『今 ○○さんのご飯 作ってもらってますからね!出来たら 呼びに行きますから みんなで見て待ってましょう』
と 再びフロアへ誘導・・・
そんなこんなで 食事中も仕事中なのでした
痴呆の人たちは ほんとに様々でした
食事以外にも いろんなことがあるんで その度に 驚いては 学んだ日々でした

・・・その4は あるかも・・・
2004年12月28日(火) at 10:16 / コメント( 2 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/tomo27/557

介護スタッフ その2 / 智*Long

> いっちょかみ職歴
2日目で 辞めよう
そう思ってたのに なぜ 虜になったか・・・

確かに 介護に関する知識もなく 経験もないあたしは 覚えることも いっぱいやし わからんくて戸惑うこと満載やし・・・

でも 先輩が 本当にええ人ばっかりで 丁寧に指導して下さった
あと 同じ歳のスタッフがいたのも 良かった
ちなみに あたしは 最年少
でも その施設は創立3年と めっちゃ新しい施設で スタッフの平均年齢が20歳代やったのも いい環境やったひとつ。


そういう人たちに 助けられたから 2日目で辞めんかったと思う

まず 入居してる方たちの 顔と名前を覚える
そして 各居室を 覚える(3フロアあるから めちゃ多い)
そして 入居者ひとりひとりの 情報を頭に叩き込む


うちは オムツはリースではなくて 布製のものと 紙オムツと併用して 使用してた。
それに 『センサー』なる機械が使われてて 誰が排尿したか すぐにわかる仕組みになってる。
これは センサーの機械に使い捨て専用シートを取り付ける
排尿するとシートが濡れて電流が流れ 濡れたことを付いてるセンサーが無線でお知らせしてくれる。
各フロアのところと 詰め所に随時番号が表示され すぐに オムツ交換をすることが 出来る。
なぜか・・・

濡れたままでは 不快である
だから 随時 交換することで お年寄りも快適に過ごせる というのが 目的らしい。
それまでは 定期交換が 多かったみたいで 濡れてても 決まった時間にしか 交換されなかった。
この点の 改善策として この機械を導入したのでしょう。

ベッドには ナースコールは取り付けてあるが ご自分で交換して欲しいと言える方ばっかりでは ない。
それに 濡れたまま 付けてると 不衛生なのはもちろん かぶれたり かゆくなったりするから あたしは とっても感心した。

またまた これは フロアと詰め所に表示されるばかりでなく あたしたちが持ち歩く 『ポケベル』でも 表示されるから 違うフロアにいても 誰が濡れてるか また 誰がナースコールで呼んでるか なんかも わかる。
忙しいから 当然 ポケベル鳴りまくり・・・

この仕組みは わかったものの 誰が何番か 覚えていく必要もあるし・・・
表示は 名前ではなく あくまでも 番号で表示される。
だから 番号を見て 誰かをすぐに把握して 業務を行う。
これが また 大変やった。
し し しかも みんな 同じ様に オムツをするわけじゃない!


この人は 痩せてるから 布は何枚で カバーはこのサイズ
この人は 尿量が多いから 布は何枚
この人は よく動くから 布は何枚で こうやってあてる
などなど・・・

個人個人 みんな 違うから
その人の状態で 布のあて方 巻き方 パットの使用などを 把握しな あかん


大事なんは 迅速に交換することもある
時間かかってたら おなかも冷えるし お年寄りもしんどい
それに加えて 褥瘡(床ずれ)防止の為に あったかいタオルで拭くんですが その時に 褥瘡になりそうなところを 軽く叩いたり マッサージして 少しでも 血流をよくする

オムツに関してだけで こんなに 色々(まだ あるけど 書くの疲れた)あって 毎日 必死のぱっち
 のあたし・・・

・・・その3が あるかも・・・
2004年9月6日(月) at 12:04 / コメント( 0 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/tomo27/289

介護スタッフ / 智*Long

> いっちょかみ職歴
京都のバスガイドを辞めて 実家に戻ったあたし。
しばし プーを楽しんでから 次なる就職先は・・・
ちなみに プー時代に めっちゃ食べてたから 激太り

そして 次なるお仕事とは
『特別養護老人ホームの介護スタッフ』であった。

あたしは なんも 資格がなかったけど 非常勤として雇ってもらえた

実は 高校時代 あたしは 『進学希望』でした。
もちろん 自分の行きたい学校も学部もあって それを 親に話した・・・
『進学は 働け』
との回答で・・・しぶしぶ 就職したわけで・・・
まぁ 家庭の事情って どこでも ありますよね

まぁ 今は 良かったと思ってる。
当時は 進学の道が・・・と 号泣したりもしたけど・・・。

で 進学したかったのは 『福祉分野で働きたい』との想いがあったから 資格を取得するため 進学を希望してたわけで・・・。


あたしが勤務してた施設には 『ホーム』『デイサービス』『ホームヘルパー派遣業務』などなど・・・

その中の 『ホーム』のスタッフとして 働き出した。
その施設に入居してる方々の 生活全般の介助業務。
うちは あとで知ったけど すっごい痴呆の人が たくさんおられた。
なぜか・・・他で入居やショートステイを断られた方が うちに入られる。聞こえは ええかもしれん。
でも ベッド数・居室数って 決まってるのに それ以上受け入れると 色んなことが 起きるわけで・・・
例えば 本来4人部屋に 無理やりベッドを入れるとか 入居者は増えても 介護者はそのまま つまり 人手不足

十分な介護を 行えないのもあるけど そうなれば 当然 入居されてる方にも 影響が ある。

とにかく 現場を把握してくれてない施設長には スタッフ みんな 泣かされた・・・

取材があるとか 言って その為に あれやこれやと 金を使う。
いや その前に 現場を 見て 必要なこと 他にあるやろ
と 言っても しらんぷり 

あたしは 面接の時に
『おわかりでしょうが 下のお世話もすることになります、抵抗は ないですか?』
と 聞かれ
『別に ないです』
と答えたあたし。

実際 オムツ交換なんて したこともないし 自分以外の排泄物に触れる機会なんて もちろんなかったけど 介護職やねんから当然やろうと思って 抵抗がどうこうでなく 覚悟はしてます みたいな面持ちやった。


初めは 先輩についてまわり 仕事を教えて頂いた。
一番に 朝食後に みんなで 体操をする
そのあと 各居室に 誘導する
そして オムツ交換
 
でも いざ 本番
・・・抵抗を 感じた
・・・正直 止まった
・・・あたしの覚悟なんぞ 役立たずやった


排泄物を目の前にして 一瞬固まった
先輩が 『大丈夫?』と 声をかけてくれて
『はっ』と 我に帰って 『はい』と 答えた。

2日目で 辞めようと思った

でも その後 なぜか 虜になっていき 出勤時間よりも 早く出勤する様になっていった あたし・・・

・・・つづく かも・・・
2004年9月5日(日) at 11:42 / コメント( 16 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/tomo27/286

バスガイド その2 / 智*Long

> いっちょかみ職歴
そんなこんなで 失敗しつつも ガイドをしてた あたし

会社と同じ建物内に 寮があったから 通勤数秒って感じ。

観光シーズンとしては 春・秋が多くて 冬はスキー場の送迎や北陸辺りの観光に行ってた。

あと 観光以外にも 遠足や社会見学の仕事もあって。
ある小学校の社会見学で 自動車工場に行った
みんなが 工場に見学に行ってる間 暇やったから あたしらガイド連中は ウロウロしてて ある扉を 見つけた
こっそり入ると 工場内で 車が生産されてるのを 上から見れるとこに出た。つまり 見学通路で あたしらが入った扉は 出口やったから 出来た車がいっぱいあって・・・。
おもろいから そのまま 通路を歩いて行った。
反対から見学してるわけやから 当然 車がどんどん 解体されてる様に 見える。
めっちゃ おもろい
・・・が 前から お客様である小学生の団体が来る
急いで 出口に向かって 
・・・工場を後にするとき 工場の案内役のお姉さんから
『勝手に 工場内を歩かれると 困りますので お止めください
と 叱られる バカなガイドたち・・・

暇な時期もあって 一応 仕事がなくても 午後2時までは 寮で待機して それからは 自由行動・・・速攻遊びに出かける

でも・・・この暇な時期は 確かに楽やったけど 忙しい時期は 寝る暇が・・・ない
朝3時から夜遅い時は12時位の日もあったりして・・・
それから 明日の仕事に備えて テキストなんかの覚えなおしとかしてるから・・・1〜3時間の睡眠で 休みまで 働いてた。
一日に 3組位の団体さんを掛け持ちすると やっぱり遅くなる。


まぁ それでも その時は 若かったから なんだかんだ言いつつも 休日は 遊びに行ってたわけで・・・。

うちの会社は ラブホテル街の中心にあった。
初めは 近所を歩くのが 恥かしかったりしたけど ホテルから出てくるお客さんの方が あたしらに見られて 恥かしそうにしてた。
で 寮では 数ヶ月経ったら 個人部屋が提供される。
テレビは 室内アンテナを使って 見てた。
映像が悪い時は アンテナをガチャガチャいじくり テレビを楽しむ。
ある時 アンテナをいじってたら 画面に 大変いやらしい・エロエロ・アダルティーな映像と リアルな声が 飛び込んできた
そう 周辺のラブホテルで流されてる アダルトチャンネルを 受信してもうた。


とか 言いつつ 同期の仲間と しばし 大人の授業と題して 鑑賞しました。
これ 男性寮なら みんな ビデオ借りに行く手間が省けて 大変喜ばしきことでは なかろうか・・・。

話変わって 2つ上の先輩が あたしが入社して半年後位に 辞めた。
その先輩とは そんなに親しくさせてもらってはなかったけど 辞めて地元に帰ると聞いたので 関西っぽいキーホルダーをプレゼントした。
それから 文通が始まって・・・今も 文通してる
先輩と 同じ建物で 生活してた期間より 文通してる方が 遥かに長いわけで・・・とても ビックリです。

ちなみに もう あたしがいた観光バス会社は 倒産して 存在しません。
でも 同期会を 2年に1回してて そこで みんなに 会えます。
当時と 違うのは 初々しい社会人から 今は母親になってること
・・・あたしを含め 未婚者は 片手で数えられる程に なってもうた・・・
そんなこんなで 京都での生活を 楽しんだわけで

で 次なる職場とは・・・
2004年9月4日(土) at 06:52 / コメント( 2 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/tomo27/282

バスガイド / 智*Long

> いっちょかみ職歴
高校卒業後 京都で 初就職
『バスガイド』でした。

まぁ きっかけは ただ を出たかったからという ものすごく 単純・不純な動機・・・

寮に入り 入社してからの数ヶ月は 研修期間
テキストを覚えて 歌も歌わされて 生け花もしたり アナウンスの先生の授業もあったり・・・

あたしは 生け花の授業が 一番 面白かった
ちっとも 先生の話を 聞かず 好き勝手 花を生けては うほうほ 言って 楽しんでた


研修期間が終わると 先輩ガイドと一緒に 乗車させてもらって 実際の業務を体験する。

そして デビュー

なんとも 大変な仕事やった・・・
いやぁ 仕事っちゅうもんは 何でも 大変やねんけど・・・


京都には 数多くの寺や神社・観光名所があって 当然 それぞれ歴史があるわけで それを説明・案内するとなると 覚えることは 山の如くあって・・・

最初は あんちょこ があたしの味方でした。
まぁ ただの カンニングやけど

色んなお客さんが いた。
学生や年配の人 また外国の人・・・

学生なんて あたしと歳変わらんから なんか変な感じやった。
でも 頭のいい学校のガイドは・・・辛かった
やたら 質問してくるし なんやったら 
『すみません ガイドさん 先程の説明の中で ○○将軍とおっしゃいましたが ××将軍では ないですか
なんて 鋭い指摘をされて
『あ・・・そうでした 申し訳ありません。ご指摘ありがとうございます。』
と ほんまは あたし自身 ちっともわかってないのに 
「あら あたしったら 間違えたわ」
みたいな素振りで さらっと謝罪したり・・・


またかわいい中学生なんか 別れ際に あたしにプレゼントくれたりして 涙が出そうな位 嬉しかった 

でも 失敗しまくりで・・・

一番は 女子高の修学旅行で バスを降りて 奈良の法隆寺(京都以外も案内する)を歩いて 説明しながら案内してたときのこと・・・
あたしが バスのある駐車場までの道を間違えて 予定出発時間が遅れてしまった
すぐに 先輩が探しに来てくれて なんとかなったけど・・・
もう 他の運転手さんやガイドさんに平謝り
で バスに乗車して お客さんにも 必死に謝りまくった。
でも 2人の学生が やたらと文句を言い続けて・・・
この2人は 初めから 文句の言い放題で 座席も空いてるのに なんなら座席順も決まってるのに わざわざ真ん中の補助席使って まさにクラス内の ボス猿的存在を めっちゃかもし出してて やな感じやった。
初めに 挨拶したときも
『誰も 聞いてないから 下がってよ。 カラオケしたいから 用意して。』
などと 言いたい放題で そんなこと言われて 引き下がるあたしじゃない
『面白くない話かもしれませんが 少しだけ お付き合い下さいね』
と ものすごい 作り笑顔で言うと
『カラオケしたい――― 』
と 叫ぶ
あたしは 無視して 喋りに喋った
だって あたしの仕事やし カラオケは 帰りにと 学校からも言われてるし そう 易々と 要望に答えられん。
叫ぶ 罵倒する の嵐に あたしの失敗は 拍車をかけてしまった

道を間違えたことを いいネタに 罵倒の嵐は 勢力を増していった・・・
それでも 意地で 謝罪しつつも 最後まで案内をし続けた。
帰り際に その2人には これでもかと言う程に ありがとうございました と言って別れた。

この件で バスの中に あたしの味方なんぞ 一人もおらず 悔しくて泣きそうやったけど 泣くのは 必死で耐えた。
一番腹立つのは 自分自身
その次に 同乗してた先生

この先生は 注意一つもしなかった
普段から 手を焼いてる生徒やったかどうか 知らんけど あたしの目から見ても 言動の行き過ぎは あったし 注意するべきと思うところは かなりあったのに・・・無言

大丈夫なんか・・・この先生達(複数 乗車してた)
もしや 先生じゃなくて 老けた生徒か・・・
まさか 目を開けて 寝てたんか・・・


そんなこんなで バスガイド時代を送ったわけで・・・

・・・つづく・・・かも
2004年9月3日(金) at 15:15 / コメント( 40 )/ トラックバック( 0 )
トラックバックURL  http://blog.kansai.com/tb/tomo27/277