死産・流産後のケア / 智*Long
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『死産や流産などで幼子を亡くし 悲嘆にくれる親と あなたはどのように接していますか!?』
横浜市で 今月1日から4日間にわたって開かれた 『第9回SIDS(乳幼児突然死症候群)国際会議』で 乳幼児を失った遺族のグリーフ(悲嘆)ケアが取り上げられた
国内では ケア体制が不十分で 特に医療機関の心ない対応で傷つく親が多いことが浮き彫りになった
『グリーフケア』とは・・・
子どもだけでなく 配偶者・親・友人など 大切な人を亡くし 大きな悲嘆(グリーフ)に襲われている人に対するサポート
様々な精神的・身体的な症状が表れ 悲嘆を乗り越えて立ち直るまでの期間は 数カ月〜数年と個人差がある
周囲の人は 励ましてしまいがちやけど それは逆効果で その人に寄り添い 感情や症状を受け止めることが必要とされてる!
『子どもを亡くした時はショック状態で何も考えられない・・・悲しみはその後にやってくる・・・しかし 国内には 死産したり流産した親の退院後のケアが欠けている!病院側から 『いつでも病院に相談に来ていいよ』と声をかけられるだけでも 精神的に救われる』
会議を主催した NPO法人「SIDS家族の会」の神徳敦子さんは 分科会で医師らに訴えた
家族の会の2003年の調査によれば SIDSや死産などで子どもを失った会員233世帯のうち 約3割が 病院の対応を『良くない・ひどい』と回答してる!退院後のケアは 約9割が受けていなかったとの事!
会議に出席していた男性医師は 総合病院に勤務してる
『月に当直が6〜7回!仕事に追われ 遺族のケアにまで手が回らない』
と言う
また 女性小児科医は
『退院後のケアに 病院がなかなか取り組まないのは 保険診療じゃないからではないか』
と打ち明けた
『亡きがらを紙袋に入れられて 人としての扱いを受けなかった』
『亡くなった子を出産中 元気な赤ちゃんを出産する声が聞こえ 悲しくなった』
『お産に『あなたの協力が足りなかったから亡くなった』と病院から言われた』
などの声が聞かれた
会議最終日の4日目 胎盤はく離で子どもを亡くした37歳の女性は
『私は『入院中に交通事故にあったようなもの』と医師に言われました!どんなに小さな命でも 私たちの子どもなんです!』
と切々と訴えたそう・・・
以前 堕胎した子をゴミ袋に入れていた医師が捕まったのを思い出す・・・
結局は 医師の意識レベルや倫理観が非常に重要やと感じる!
しかしながら ケアに取り組む医療機関もある!
神奈川県立こども医療センターは 10年ほど前から 『グリーフケア』の体制整備を進めて来た
遺族たちで作る自助グループと連携して 医師・助産師・ソーシャルワーカーらによるネットワークを作った
ケア体制の一環として 遺族のために個室を用意して 亡くなった子どもたちの写真や手形など 思い出の品を残すよう 遺族に勧め 更に 退院後も 個別面談や集会・慰霊式などを通じて 遺族との継続的な繋がりを作ることにしてるという!
また 各地で自助グループなども発足されてる
互いに辛い経験をした者同士が支え合うことも 改めてとっても有効かつ重要やと思う
こうした問題の背景には 医師などの倫理観などもあるけど 昨今 産婦人科医が不足傾向にあるのも大きな要因に感じる
やはり 『ゆとり』がなければアカン
産婦人科医も発言してる様に 結局は過酷労働を強いられ 『ゆとり』が無くなってしまってるんちゃうやろか!?
『ドクハラ』なんて言葉もある様に 医師などの言動は 患者側にはすっごい影響を及ぼす
だからこそ 『ゆとり』ある医療が必要になる
今国会でも審議されてる『医療制度改革関連法案』
その問題の中には 小児科医や産婦人科医の不足も深刻な問題やと言われてる!
あと やっぱり『慣れ』って言う落とし穴もあると思った
医師も 毎日 毎日 出産に立会う立場であるがゆえに 死産する人たちを何人も見て来たやろう・・・
それが 珍しいことと感じへん様になってしまってるんちゃうやろか!?
『慣れ』ってのは 時に 大きな落とし穴になるし ある部分をマヒさせてしまう事がある
この場合は 『命が失われた』という点に対しての感情マヒ!
自身が気付かんうちに その大きな落とし穴にはまってしまってる事がある
医師も人間・・・
この『慣れ』の落とし穴に落ちてるんちゃうかなぁ・・・!?
死産・流産しても そこに『命』があった事に なんら変わりはない!
医療機関においてケアが難しいんであれば 先述した様に 神奈川県の医療センターの取り組みみたいに 自助グループなどと連携したネットワークを構築すればええと思う
当事者同士で意見や想いを語り合うことも 救いになるし 専門家の助言もあれば なおのことええんちゃうやろか!?
この問題に限らず どうも 今の社会には『ゆとり』が欠けてる様に感じたりする
今一度 『ゆとり』を持って 日々を過ごす重要さをひとりひとりが考えてみてもええんちゃうかなぁ・・・!?
今までの記事のまとめは → コチラ
横浜市で 今月1日から4日間にわたって開かれた 『第9回SIDS(乳幼児突然死症候群)国際会議』で 乳幼児を失った遺族のグリーフ(悲嘆)ケアが取り上げられた
国内では ケア体制が不十分で 特に医療機関の心ない対応で傷つく親が多いことが浮き彫りになった
『グリーフケア』とは・・・
子どもだけでなく 配偶者・親・友人など 大切な人を亡くし 大きな悲嘆(グリーフ)に襲われている人に対するサポート
様々な精神的・身体的な症状が表れ 悲嘆を乗り越えて立ち直るまでの期間は 数カ月〜数年と個人差がある
周囲の人は 励ましてしまいがちやけど それは逆効果で その人に寄り添い 感情や症状を受け止めることが必要とされてる!
『子どもを亡くした時はショック状態で何も考えられない・・・悲しみはその後にやってくる・・・しかし 国内には 死産したり流産した親の退院後のケアが欠けている!病院側から 『いつでも病院に相談に来ていいよ』と声をかけられるだけでも 精神的に救われる』
会議を主催した NPO法人「SIDS家族の会」の神徳敦子さんは 分科会で医師らに訴えた
家族の会の2003年の調査によれば SIDSや死産などで子どもを失った会員233世帯のうち 約3割が 病院の対応を『良くない・ひどい』と回答してる!退院後のケアは 約9割が受けていなかったとの事!
会議に出席していた男性医師は 総合病院に勤務してる
『月に当直が6〜7回!仕事に追われ 遺族のケアにまで手が回らない』
と言う
また 女性小児科医は
『退院後のケアに 病院がなかなか取り組まないのは 保険診療じゃないからではないか』
と打ち明けた
『亡きがらを紙袋に入れられて 人としての扱いを受けなかった』
『亡くなった子を出産中 元気な赤ちゃんを出産する声が聞こえ 悲しくなった』
『お産に『あなたの協力が足りなかったから亡くなった』と病院から言われた』
などの声が聞かれた
会議最終日の4日目 胎盤はく離で子どもを亡くした37歳の女性は
『私は『入院中に交通事故にあったようなもの』と医師に言われました!どんなに小さな命でも 私たちの子どもなんです!』
と切々と訴えたそう・・・
以前 堕胎した子をゴミ袋に入れていた医師が捕まったのを思い出す・・・
結局は 医師の意識レベルや倫理観が非常に重要やと感じる!
しかしながら ケアに取り組む医療機関もある!
神奈川県立こども医療センターは 10年ほど前から 『グリーフケア』の体制整備を進めて来た
遺族たちで作る自助グループと連携して 医師・助産師・ソーシャルワーカーらによるネットワークを作った
ケア体制の一環として 遺族のために個室を用意して 亡くなった子どもたちの写真や手形など 思い出の品を残すよう 遺族に勧め 更に 退院後も 個別面談や集会・慰霊式などを通じて 遺族との継続的な繋がりを作ることにしてるという!
また 各地で自助グループなども発足されてる
互いに辛い経験をした者同士が支え合うことも 改めてとっても有効かつ重要やと思う
こうした問題の背景には 医師などの倫理観などもあるけど 昨今 産婦人科医が不足傾向にあるのも大きな要因に感じる
やはり 『ゆとり』がなければアカン
産婦人科医も発言してる様に 結局は過酷労働を強いられ 『ゆとり』が無くなってしまってるんちゃうやろか!?
『ドクハラ』なんて言葉もある様に 医師などの言動は 患者側にはすっごい影響を及ぼす
だからこそ 『ゆとり』ある医療が必要になる
今国会でも審議されてる『医療制度改革関連法案』
その問題の中には 小児科医や産婦人科医の不足も深刻な問題やと言われてる!
あと やっぱり『慣れ』って言う落とし穴もあると思った
医師も 毎日 毎日 出産に立会う立場であるがゆえに 死産する人たちを何人も見て来たやろう・・・
それが 珍しいことと感じへん様になってしまってるんちゃうやろか!?
『慣れ』ってのは 時に 大きな落とし穴になるし ある部分をマヒさせてしまう事がある
この場合は 『命が失われた』という点に対しての感情マヒ!
自身が気付かんうちに その大きな落とし穴にはまってしまってる事がある
医師も人間・・・
この『慣れ』の落とし穴に落ちてるんちゃうかなぁ・・・!?
死産・流産しても そこに『命』があった事に なんら変わりはない!
医療機関においてケアが難しいんであれば 先述した様に 神奈川県の医療センターの取り組みみたいに 自助グループなどと連携したネットワークを構築すればええと思う
当事者同士で意見や想いを語り合うことも 救いになるし 専門家の助言もあれば なおのことええんちゃうやろか!?
この問題に限らず どうも 今の社会には『ゆとり』が欠けてる様に感じたりする
今一度 『ゆとり』を持って 日々を過ごす重要さをひとりひとりが考えてみてもええんちゃうかなぁ・・・!?
今までの記事のまとめは → コチラ
2006年6月10日(土) at 14:50
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