ジョグジャに行ってみると、その日は旧正月やった / どくたーくに
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前日夜に着いたバリ島デンパサールから、翌日昼便でジョグジャへ向かった。
わずか一時間のフライトやけれども、お菓子やパンが出される。
その中に何やら中国っぽいお菓子があった。
雰囲気から旧正月のお祝いやと察することができた。
そういえば、朝のニュースでチャイナドレス着ている人が居たと思い出す。

そしてジョグジャ到着後。
まず大学に行ってみると、何やら音楽イベントみたいなのをやっており、雰囲気から今日が祝日であることがわかった。
祝日やのに、のこのこ日本からやってきて、迎えに来てもらってすいません。

「夜はChinese New Year Partyがあるわよ。」ということで、お世話になっている先生夫婦に、のこのこ着いていく。
ジョグジャ中心部のチャイナタウンエリアの一角に、着いてみると野外特設ステージみたいなのがあり、最前列にはVIP用の席が用意されていた。
当然のように先生はここに進み、場違いな自分も2列目にちょこんと座る。
先生のセレブぶりに気づく。
ちなみに最前列は、王族関係者とか芸能人とか財界の偉い人とか超セレブの人たち。
何やら王様の次に偉い人が来てるとかで、フラッシュの荒らしやった。
※ジョグジャカルタ特別州は、王国の領土を引き継いだエリアであり、10代目の王が健在している。現在は知事も勤めている。知事は代々王家の中から大統領が任命することになっている。

席の後ろは見物人ですごい人だかり。

伝統舞踊や、ベテラン演歌歌手みたいな人、ダンス、子供のお遊戯、などなどが2時間以上続いた。
そして最後はジョグジャでは滅多にない、花火で閉め。
なかなか派手にやってる。
以前、マリオボロ通りの商店にヒアリングしたときも、商店主には中国系の人が多くいたことを思い出す。
中国系の人たちが、経済等で重要な位置を占めているんだなと再認識。
2008年2月26日(火) at 21:41
インドネシアのカルフールに行ってみた / どくたーくに
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ジョグジャカルタ滞在中、Lyaさんのバイクの後ろに乗っけてもらって、ジョグジャで一番大きい商業施設であるカルフールに行ってみた。
2005年にジョグジャに行ったときには商業空間調査を行ったので、帰国後にできたカルフールにちょっと興味があったというのもある。
マリオボロ通りという中心商業地区から少し離れた幹線道路沿いに位置し、以前は隣接するホテルの敷地の一部分であったらしい。
大きな駐車場が完備されていて(日本みたい広大な露天駐車場は無いが)、日本でお馴染みの郊外ショッピングセンターの風景がそこにはある。

品揃えに関しても日本のそれである。
リアさんによると、日本留学から帰国して、新しくオープンしたカルフールの中を見て、「日本みたいだ!」と思ったそう。

建物に関しては屋根が高いような雰囲気を受ける。広々とした印象。
そしてお決まりの吹き抜け広場には、旧正月飾りと展示会や子供歌合戦みたいなイベントが行われていました。
文化の違いを超えてしまう何かを感じた。
フランスのものやのに、もはや国境なき景観。
2008年2月25日(月) at 20:38
稲刈りって秋のもんやと思ってたら / どくたーくに
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ジョグジャカルタ近郊には田んぼがいっぱい。
稲刈りを終えて、目一杯に稲を積んで走るバイク。
一方で、まだ水をはった水田。
聞いてみることには、特にシーズンは決まってないそう。
まあ年中暖かいから当たり前かと感じながらも、
「稲刈り=秋の行事」っていう間隔が、
日本の環境に由来しているもので、当然のように頭の中に刷り込まれていたことに気づく。
2008年2月21日(木) at 21:06
インドネシアのジョグジャカルタでじゃらんじゃらん / どくたーくに
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昨日からインドネシアジャワ島のジョグジャカルタという町にきています。
こちらの大学にお世話になって来週木曜まで勉強しています。
ホテルの通信環境がやっと整ったので、記事を書いてみます。
海外から更新というのに少々憧れていたことやし。
こちらは30度を超える日差しと毎日降るスコールのせいで蒸し暑さは半端ない。寒い寒いと言っていた体が壊れないか心配です。
写真はジョグジャカルタのコタグデという地区のものです。
かつては独立した王宮都市として栄えたところです。
2005年のジャワ島中部地震で地域に多大なるダメージがあり、大学を中心に復興計画が進んでいます。プログラムは立派なもので日本のそれより柔軟でええもののように感じられます。
この写真の通路のような空間を少し調べてみたいと思ってます。
2008年2月9日(土) at 01:57
地震後のカンプンの行く末 / どくたーくに
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インドネシアにはカンプンという集落と同意義の地域ある。
規模や立地などの厳密な定義はないようである。
自然発生的なもので、都市内にも存在する。
ジョグジャカルタのような大都市にも大通りの裏側に抜けるとカンプンがある。洗濯物がつっていたり、子供が走りまわっていたりする。濃密なコミュニティが存在している。日本などのアジア都市が共通して有している性格かもしれない。
昨年訪れた時、路上脇でお菓子とお茶を楽しんでいるおば様方に出くわした。すると、見知らぬ日本人に対して手招きをしてくれて、輪の中に入れられた。そして、お土産にパンケーキみたいなものを何枚も頂いてしまった。インドネシアの人のもてなしの心を強く感じました。

このカンプンは駅北側トゥグのモニュメントから東へ行った川沿いに位置する。
現地学生の話によると、デザイナーが住み着いて住宅の壁に派手なペインティングをほどこしたらしい。なんやら、かわいげのある、おもしろい家並みが続いている。家はけっこうぼろぼろなんだけれども、統一感のある屋根の連なりや街路と建物の関係など、なんだかほっとする雰囲気を与えてくれる。そして、地域らしさを形成している重要な要素になっているともいえる。
今回の地震では、こうしたカンプンなどの密集市街地は大きく被害が出たのであろうか。防災上の観点から密集市街地整備は日本でも大きく問題になる。ただ、道を広くまっすぐにするというデザインをおこなうと、本来マチが持っていた特徴が消えてしまいかねない。阪神淡路大震災で、復興市街地整備の中で、神戸の町並みから地域らしさが薄れていったように、今回のジャワ地震でも同様の問題が今後起きかねない。混乱の中にも将来を見据えた計画が必要なのではないだろうか。
2006年6月2日(金) at 22:03
プランバナン寺院 / どくたーくに
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ジョグジャカルタ市街東にあるプランバナン遺跡
中心市街地から10kmと比較的近い位置に存在している。
ボロブドゥール遺跡と共に世界文化遺産指定を受けている。
かつてジャワを支配していた王国の影響によりヒンドゥーや仏教の要素が入り混じった、独特の様式を有している。
もともと老朽化による損傷が大きく、修復工事が進められていたが、地震の影響により、さらに大きく損壊してしまったようである。
地域のシンボルであり、復旧はジョグジャ地震の復興のシンボルとなるかもしれない。現在は住宅の問題など優先すべき課題も多いが、その立派な姿を取り戻してもらいたい。
昨年(2005年)9月時点の映像
2006年6月1日(木) at 22:06
プランバナン寺院の様子 / どくたーくに
ジョグジャカルタ コタグデ / どくたーくに
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ジョグジャカルタ中心市街地から南に位置するコダグデのマチ
マチの映像
銀細工で有名なマチで、それを目当てに訪れる観光客も少なからず存在している。でも銀以上に、このマチは迷宮のような複雑な路地と住宅形態で独特の環境を形成している。
地震の話を聞いてから、ここの環境は守られているのだろうかと思った。ニュースなどでも何回か取り上げられているし。きちんと文章にしておこうと感じた。
コタグデは今でこそジョグジャの市街地に取り込まれたようになっているが、もともと中心に王宮があり、独立した小国家であったらしい。
今でもマチの中心部に王宮の跡がひっそりと残っている。
立派な石積みの門などが存在しているが、地震によって崩壊した写真がニュースでみられた。どうなっているのでしょうか。

住宅街の中に入ると、最上部の写真のような風景があらわれる。家と家の間の路地のように見えるが、道を挟んだ両側は同じ家であって、いわば個々の家の中庭がずっとつながったような状態になっている。
人の家にお邪魔したような気分を感じながらも、とても静かな良い環境である。インドネシアには日本の町内会のような制度が発達しており、個人のものでありながらも、地区住民の共有空間としての認識も大きいのかもしれない。きれいに掃除されており、集会所のような施設もこの道の途中に存在していた。
またあちこちに配置されている植栽からは、さすが熱帯というエネルギッシュさを感じる。

また、街区の内部へと入っていくと、人が行き違うのにもやっとな幅で、とても背の高い塀で囲まれた路地が迷路のように入り組んでいる。まさに迷宮。地図があっても出られなくなりそうである。地震には持ちこたえたのでしょうか。
阪神淡路大震災後に淡路の漁村や神戸側の旧集落地区で、防災上の観点のみから、地域の環境の基盤となってきた街区や街路が区画整理等によって大きく変容してしまった。10年以上たった今、当時の混乱状態でしょうがなかったというのはあるが、もうちょっとよいやり方があったのではないかという意見も聞こえてくる。
インドネシアにはこうしたコタクデのような空間以外にも、カンプンとよばれる都市内集落のようなものも存在し、インドネシアらしさを形成する重要な要素となっている。地震後の都市デザインの方向性を決めるにあたっては、こうした環境の良さを十分に活かす必要があるのではないかと感じる。
2006年6月1日(木) at 20:44
ジョグジャカルタ コタグデの様子 / どくたーくに
ジョグジャカルタで地震 / どくたーくに
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ジョグジャカルタで地震が発生しました。
2週間ほど前から火山活動が活発化していて、心配していたのですが。
本当に大変なことになってしまいました。
ジョグジャの学生とも連絡が取れていない状況で、少々不安です。
過去に研究室に滞在した人たちも同様の状況です。
南部に比べて、調査を行った中心市街地はまだ被害が比較的少ないようですが、心配です。
カンプン(古い集落みたいなところ)など、密集した市街地では被害が大きくなっていそうですが、全く情報が入ってきていません。
不安です。
■ジョグジャカルタ
2週間ほど前から火山活動が活発化していて、心配していたのですが。
本当に大変なことになってしまいました。
ジョグジャの学生とも連絡が取れていない状況で、少々不安です。
過去に研究室に滞在した人たちも同様の状況です。
南部に比べて、調査を行った中心市街地はまだ被害が比較的少ないようですが、心配です。
カンプン(古い集落みたいなところ)など、密集した市街地では被害が大きくなっていそうですが、全く情報が入ってきていません。
不安です。
■ジョグジャカルタ


